第十三話【巴の欠片】5
更に夜も更けたジョージのリゾート。
流石に遊技場やラウンジの人もまばらになり始めてきた中、一部の客は徐に外へ出始めていた。
その行く先は露天風呂のある別館……に見えて、別館の中に入っていった客達は、『清掃中』の立て看板を無視して大浴場の受付を通り抜けてゆく。
そして露天風呂への出入り口にある観音開きの戸を、左だけ開けてから、全開にして、すぐに右だけ閉じてから、全部閉じ、また左だけ開け、全開、右だけ閉じ、全部閉じる。
次にすかさず戸の閂を右、左、右、左と動かし、
最後に「川、山」と戸を動かしていた者が口にした。
……改めて、戸を開く。
その先に広がっていたのは露天風呂ではなく、地下へと続く階段だった。
「この面倒な入り方、どうにかならねえのかな」
「仕方ないよ。この先でやってる事は、そう大っぴらに出来る事でもないんだから」
そんな事を話しながら、若い男女数人組が扉の奥へと消えていった……。
後ろを4人の男女につけられている事にも気付かず。
闇夜に煌めく星々……と謂うにはあまりにも下品な絢爛さで飾られた、薄暗い空間。
色彩の暴力染みたスポットライトの光がシャンデリアで乱反射する、洋風の開けたパーティールーム。
「おらっ! もっと善がれ! 俺にどうして欲しいんだ!?」
「あぁっ♡ お客様ぁ!♡ もっと、もっと私めに御慈悲を下さいませぇ!♡」
あちらこちらから聞こえるのは、罵声と悲鳴……否。
それはあまりにも烈しいせいで争い合いにしか聞こえないが、よくよく聞けば男と女の嬌声だ。
「あはは! 無様で可愛い有様ね。何が欲しいか言ってみなさい?」
「うあぁっ!♡ お客様ぁ……っ!♡ もっと、おれを辱めて……! 痛めつけて、下さいませぇ……っ!♡」
服を着た男や女と、おおよそ服とは呼べぬものを着せられた男や女が酒を浴び、冒し合い、入り交じり、織り成すは、
頽廃の騒乱。
即物的な獣慾の儘に遊女も男娼も貪られ、悦びの叫びを上げる空間の一番奥で、
「まさかチランジーヴィのヤツ、地下にこんなモンをぶっ建ててやがったとはな」
「入口に細工をしているとはいえ、人様の商売に乗っかってここまでの事をやるたァ大胆なモンだぜ」
正気を保った男が2人。
白い直垂の男と、黒い小袖袴の男が並んでソファに腰掛け、楽しげに酒を吞み交わしていた。
「そういえばトキタロウ、ここに菱川の……アイツがいるらしいじゃねえか。もう遊んでやったのか?」
「冗談キツイぜヒョンウ。何が楽しくて弟と穴兄弟にならなきゃいけねえんだ?」
「ありゃあ悲惨だぜ。テメエの弟に捨てられちまって自棄ッパチで色んな男に跨ってるみてえだが、誰とヤっても満足出来ねえみたいだ。いっちょお前が助けてやれよ」
「そりゃ傑作だな。旭の事をコケにしやがったんだ、このまま一生苦しみながら遊女やり続けてるのが似合いの最期ってヤツだろ」
「そういうお前のえげつねえ所、堪んねえぜ」
「っと、ちょっと待った」
トキタロウは目をぼんやり泳がせて映していた視界の中に、見覚えのある女を見つけた。
「よお白拍子の姉ちゃん、あんたここで一番の美人だな」
「あたいと遊びたいの? だったら少しは面白い話でもしてね。いきなり押し倒されてばっかで気が滅入ってるんだ」
「ひでえ客ばっかりなんだな。俺はそんな風にはしねえよ、約束する。あっちで連れと座ってんだ、一緒に……」
調子よく話していた客の男は、
「悪ィな、ガキ。コイツはオレのお手付きだ。ガキはガキらしく、その辺のしょうもねえのと遊んでな」
「その真っ白な直垂……流れ者のキタノ殿か……!? くそっ、何でこんな所に……!」
突然白拍子の後ろから現れて彼女の肩を抱いた男が何者かを察して、悔しげにその場を後にする事しか出来なかった。
「何のつもり? 人様の商いを邪魔にしに来たなら、それなりに埋め合わせてくれるんだよね?」
「ああ。この前夏祭りの後遊んでくれた分も含めて、きっちり払う。だからこんな危ない場所、オレと一緒にさっさとずらかろうぜ?」
優しく話し掛けながらトキタロウは白拍子を愛で回す。
「……そんなに、他の男とあたいが、するの、見たくないなら……側女に召し上げるなり、何なりすれば?」
白拍子は少し息が上がって、頬が赤く染まり始めていた。
「お前が良いなら直ぐにでもそうさせてくれよ」
「だ……駄目に決まってんでしょ、だってあんた、都に……」
「あんまりこっちに呼びたくねえんだ。いつか血塗れで殺し合ってるオレの姿を見せちまいそうでな。都育ちの時宮には、オレ達の世界の事は知らねえでいて欲しいんだ」
「だったら、足洗えば? 神坐姫も、トキヤも……それからあたいの事も、全部忘れてしまって、都に行けば……」
「しらばっくれんなよ。それが出来ねえ理由を、お前はもう分かってんだろ?」
余裕のない白拍子に対して、涼しい顔でトキタロウは、
「長い転生者人生の中で、ここまで深く気が合ったヤツを、みすみす逃すつもりは無えよ」
耳元に囁いた。
……白拍子は何も返事を返さなかったが、拒む事もしなかった。
「この部屋で待っててくれ。オレも『野暮用』を済ませたら直ぐに戻る」
「他の女口説いてたら、殺すから」
トキタロウに渡された鍵に付いたアクリルのキーホルダーをその手で握り締めて、白拍子は出入り口の方へと小走りに去ってゆく。
誰も彼女に声を掛ける事も無い。
さっきまで話していた相手を見ていて尚ナンパが出来る様な命知らずは、ここにはいない……。
その背中を見守りきって、トキタロウは出入り口に背を向けた。
「チョロい女ほど入れ込むよな。どういう趣味してんだ?」
「オレがチョロい男だから、親近感を覚えるのかもしれないな」
「分かってるじゃねえか。けど、まだオレの方がよく分かってるぜ」
「いつもの事だけど、ヒョンウには敵わねえなあ」
黒服の男と、白服の男。
二人は改めてソファに座り直すと、お互い楽しげに目を配せ合いながらグラスを手に取った。
一方その頃。
「そこが黒き服の姫様、其方は客で? もし良ければ麿と「うっさい」ぐへぇっ!?」
「そこの赤い直垂の方! あまり都では見かけない顔つきだが可憐にして「ダメでーす」がぁっ!」
「あ、あれ? ペイジ様!? どうしてここ「そう言うお前は従業員番号3333番の万太郎だな。後で処分を言い渡すから今直ぐ帰れ。ここにいるだけで従業員規則を幾つ破っているか、自分の胸に手を当てて考えておけ」はい……」
「あのう、ひょっとしてオーナーの弟君のシャウカット様ですか……? よ、よかったら、私達と遊「ハ? 失せろアバズレ」え……何、こいつ……」
言い寄る男達の尽くを殴り、蹴り、追い返しているのは、黒い直垂を着た長い黒髪のウンザリした表情を浮かべた女……サエグサ・ジョンヒと、緋色の直垂を着てドレッドヘアをツインテールに結んだ営業スマイルを崩さない少女……ニャライ・イシハラ。
隠れて遊びに来ていた従業員を断罪しているのは、迷彩柄の直垂を着て赤毛をポニーテールに結び眼鏡をかけて呆れ返った顔をしている女……ペイジ・ヤマモト。
自分に媚びてくる遊女を歯牙にもかけず貶しているのは……、
「っていうか今の女、ここのオーナーが兄さんだって言ってなかったか!?」
「意外だけど、女有り余ってるヤツ程更に欲しくなるモンなのかもね」
想定外の情報が飛び込んで来て途方に暮れた様子を見せる、藍色の直垂を着て癖毛の黒髪を肩まで伸ばした背の高く中性的な外見の少年……シャウカット・オオニタだ。
「それにしても、旭ちゃんの事だからガセ掴まされてるだけかと思ったら……大盛り上がりじゃん。ペイジが潰しちゃうならあたしが貰っちゃおっかな」
「少なくともウチのリゾートの外でやってくれ、頼むから」
「いや冗談だから。こんな店大っぴらに開こうとしたらガニザニさんブチギレるでしょ」
「確かにー。ウチの将軍閣下は渋ーいお茶屋さんとかじゃないとすぐに眉間に皺寄せるしー」
「それ考えると、ここまでの乱痴気じゃねえとはいえ、今まさに真上にぶっ建ってる特大リゾートをガニザニさんに呑ませたお前んとこの団長、やっぱやべえ人だって改めて思わされるわ」
「私はあまり好かないがな。彼のやり方は大きな利益の為に犠牲にするモノが少なくなさ過ぎる」
他愛のない事を話し合いながら、酒を浴びて色事に耽る愚かな大人達を蔑みつつ、4人はたまに自分達に襲い来るだらしのない大人達を暴力で弾き返しながら地下遊郭を我が物顔で進んでゆく。
「それにしても旭は何故ここを探ろうとしていたのだろう。私達の為……であれば、トキヤがそれを伝えない事は無いだろうし……」
ふと疑問を漏らしたペイジの方を向いて、
「アレじゃない……? ほら、アレ」
眉を顰めながら、ジョンヒが顔を向け直した先には……。
「おい、一度に俺達全員とやりてえって言ったのお前だろ。最初から最後まで不貞腐れて、どういうつもりだ?」
「どれだけ何してやっても楽しくなさそうにしやがって。ちったあ好い声でも上げて欲しかったんだがな」
「折角こんな良い身体つきしてるってのに、まるで虫の女でも相手にしてるみてえな心の無さで心底がっかりだ」
「違う……」「何?」
数人の男達に囲まれ、組み敷かれていたのは、この地下空間の中で最も淫猥な……最早服とも呼べない藍色にテカった布と金属の組み合わせたモノを纏う、暗い空色をした短めの髪の年若い遊女。
「違う!」「ぐえっ!?」「お、おい!」
彼女はもどかしさの極まったような……或いは飢えに飢えて気が触れたかの様な怒鳴り声を上げて、自ら股を開いて誘った筈の男達を突き飛ばし、よろめきながらも立ち上がった。
「い、いきなり何なんだよ!?」
「お前の方から誘ってきた癖に……!」
「煩い……煩いいいいい!」
遊女は至極真っ当な男達の抗議の言葉に対して、更に理不尽な怒りをぶつけるがごとく怒鳴り散らしながら腕を振るった。
「何だ!?」「ちょっと、何!? こんな土中で雷の魔術なんて……」
一瞬白く瞬いた事に周囲の人々が気を取られて、目を向けたその先には、
「……何だあれ?」「さあ。でもあんなのあったかな」「ひっ……」
枯れ木の様な何かが数本……其れの正体が何なのかを察した者だけが、青い髪の遊女を腫れ物扱いしながらそっと逃げ出していった。
「違う……違う、違う、ちがう! これじゃない! こんなのじゃない! 全然足りないいい……!」
俯きながら、錯乱して悲痛な喚きを上げて、遊女はその場にしゃがみ込んでしまった……。
「……アレが目当てで来たんじゃない?」
ジョンヒの問い返しに、残りの3人は一斉に苦笑いを浮かべたり深いため息をついたりし始めた。
「アレな……どうして旭は中ヒノモト制圧作戦が完了した時、一思いに殺してやらなかったんだろうな」
「利用価値があるって言ってたけどー……結局こんな所に放り捨ててるんだったら、ねー……」
「呪い漬けにして言う事聞かせるハズが四六時中盛りまくっちゃって……まあでも、トキヤの邪魔になってたんだから、責任は真仲ちゃんにもあるでしょ」
「傍から見てて大分ヤバかったからなアレ。そのクセして兄さんやトキタロウが止めに入ったら雷ドカンだ。あんなの俺でも面倒見きれねえよ」
「俺『でも』ねえ……アンタってどうしてそんな無根拠に自己評価高いの? もっとトキヤみたいに謙虚にならないから素材は良いのにモテないんじゃない?」
「いや、それは無えよ。なんかお前等の男の趣味がおかしいだけで、俺はマトモだって」
4人は遠巻きに、他人事の様に、真仲の惨い有様を見て呆れ返り、嘲り、嫌悪して口々に罵る。
その真意……即ちは、自分達の友人あるいは元恋人はたまた世話の焼ける弟分そして好敵手を独占しようとした挙句、拒絶されて売女にまで落ちぶれた女の無様な末路を前に、心に燻る嫉妬の念が綺麗さっぱり解消されて胸がすく思いでいる事に、自分達も気付いていない。
唯々どす黒い悦びを美酒の如く味わいながら、どんな男に抱かれても満たされず、自分達にとって当たり前の存在である『彼』を探し求め続ける醜態を晒す一人の遊女の姿を視視界に収めていた。
……そこへ。
「えっ……?」
不意に遊女が間の抜けた声を漏らして顔を上げたのを、4人は見逃さなかった。
彼女の視線の先にいたのは、
「きゃはははっ♥ 久し振りね、真仲」
己と同じ様な、然し下品な光沢は桃色をしている服を着た、服と同じ桃色の髪を長く伸ばした女。
彼女が右腕を抱いている、桃色の麻の葉紋様の入った灰色の直垂を着る白髪に眼鏡の青年は何も言わず、唯々遊女へ冷たい眼差しを向けていた。
「随分とお辛そうですね、真仲様。如何いたします? 義兄上♥」
眼鏡の青年の後ろからひょっこり現れたのは、僧衣の少女。
だが頭巾を外し、青年の腕を抱く女と同じ長い桃色の髪を曝け出して、青年へ光の宿らない熱情で満たされた瞳を向けているその様子から、彼女も破戒僧の身である事は誰の目にも明らかだ。
然し遊女の目の向けられている先はそんな二人でも、彼女達を侍らせている青年でもなかった。
「ね? 真仲さん、大分面白い事になってるでしょ? トキヤ……!」
黒髪をショートウルフにした頭の左右に布を被せた包包頭の見える、青い水干を着た女……その女は遊女を目の前で嘲ってみせると、これ見よがしに青年の頬へキスをした。
青い髪の遊女……真仲は、呆然とした……それでいて問い質すような目で、目の前の黒い髪の女を見やる。
「アハハ、そんな怖い顔しないで欲しいな。ボクはトキヤをここまで案内しただけだよ。ね? トキヤ」
トキヤと呼ばれた青年は、自分よりも身長の高い黒髪の女に上から顔を撫でられて少し煩わしそうにしながらも、真仲から視線を外さない。
「トキヤ……どういう事だ、これは……? 何なんだ、その女は……!?」
真仲の地獄の底から追い縋る様な声に、破戒僧と水干の女は悪寒を覚えた。
バチバチと音を立てて、彼女の『トキヤでなければ満たされない想い』を現すかの如く、身体を青白い電流が走る。
「私とお前は、共に旭様の罪を負って死ぬ……そう誓い合ったよな? この仕打ちは何だ? その上私に似せたつもりで似ても似つかぬ醜女を当てつけで侍らせているのは何事だ?」
「ひ、酷いなあ。ボク、そんなに顔面偏差値低くな「黙れ! 死ねえええええ!」うわっ!?」
雷の矛先は黒い髪の女へと向いた。
が。
「ひ、ひえー……信じてよ、ボクはタダの案内係だから。ホントに。……あ、トキヤ助けてくれてありがとね」
初めからそうなる事が分かりきっていたトキヤは、瞬時に黒い髪の女を突き飛ばして自身の身体で雷を受け止めた。
黒く背の低い枯れ木のごとき様相を呈するトキヤだったものは……巻き戻し映像の様に一瞬白く輝き直すのと同時に、元の姿へと戻る。
転生者は死なない。
それが故に出来る芸当だ。
「何だ今の……? あの白髪の男、今雷の魔術に打たれてたよな……?」
「よく見なって、あの子眼鏡掛けてる……流れ者だよ。だから雷に打たれても死に戻ったんだ」
「白髪で眼鏡の流れ者……って、まさか神坐の執権殿? 流れ者の生まれなのに、人心を誑かせる呪いが使えるって噂の、あの?」
「おい離れとけ、その噂は正しそうだ。見ろ、あいつが侍らせてるいかれた格好した桃色の髪の女……ありゃ執権殿の主の筈の神坐姫だろ」
「おお怖……麿もその呪いに掛かれば、あの小娘のようになってしまうのかのう? なんとも悍ましい男子よ……」
「いや、あんたは男だからその心配は要らないんじゃないかな……多分」
然し今の騒ぎで他の客は恐れ慄き、蜘蛛の子を散らす様に彼等から距離を取っていった。
「俺とお前は、旭の為に同じ地獄へ落ちる……俺だって約束通りそうしたい。でもな」
雑音が逃げ去って、トキヤは漸く話す気になり始めた。
「でも、今のお前とは出来そうにない」
断じられた真仲は、絶望を一杯に湛えた表情でトキヤを見上げる事しか出来ない。
「幾ら呪いの影響があったとしても、旭を軽く見て、他の将軍……アニキ達の話もまともに聞かず、四六時中人の迷惑も考えないで、俺の身体を求めてくるようじゃ、俺の背中なんて到底任せられない」
トキヤに一歩、二歩、と詰め寄られて、真仲も同じように後退っていく。
「だからここで頭を冷やして、お前がホントに大事なモノは何なのかを見つめ直して欲しかった……俺達をお前の所へ案内してくれたシシュエに、勝手な思い込みでこんな仕打ちをしたお前は、何も変わってないどころか酷くなってるみたいだな」
やがてこの空間の中心に置かれた天蓋付き円形ベッドの角に背中が当たり、それ以上逃げられなくなった真仲へ、
「もうお前はここで一生遊女やってろ」
トキヤは吐き捨てると、真仲を捨て置いてベッドに腰掛けた。
「シシュエ、ここストレートティーってある?」
「あるよー。旭さんは何が良い?」
「じゃあ、わたしは『かふぇらて』……」
「旭、夜中にコーヒーはダメだって言ってるだろ?」
「紅茶も大概カフェイン入ってない?」
「いや、でもさ……」
「では私は餠茶で」
「ハーイ、承りー」
「あっ……。っていうか円、今『へいちゃ』って言った? 何それ?」
「義兄上は知らないのですか? 美味しいですよ、是非」
「執権様、円の言う事を真に受けてはなりませんわ。あれは匂いがきつくて飲めたものではありません」
「あ、そうなんだ……まあ、また今度旭がいない時にでも、頼もうかな、ハハハ……」
「もうっ、姉上? 良薬口に苦し、ですよ」
真仲を捨て置いて、トキヤはいつも通りのノリで話をしつつ、
「旭」「はいっ♥ んっ……♥ お゛っ♥」
旭に自身を跨らせて、首筋を一舐めした。
「ほお゛ぉ゛っ♥ んへえ゛ぇ゛……っ♥ しっ、執権様のこれ……♥ 今日も、熱くて、硬くてぇ……♥ 心根まで蕩けてしまいますっう゛う゛ぅ゛……♥」
「お前があられもなく乱れまくる姿、しっかりここにいる奴等に見せろよ? 誰が神坐の女王をこの手に収めて……」
「ふぎいぃっ♥ い゛っ♥ 急にっ♥ 掴むの駄目ぇっ♥」
「この世界を本当に支配してるのか……それを、身をもって示せ……!」
「あぐっ♥ う゛う゛う゛ぅ゛っ♥ 先っぽお゛ぉ゛っ♥」
抱き合う2人の隣にいる円は、
「嗚呼、姉上……羨ましい……♥ 義兄上、次は私も……♥ 私もぉ……っ♥」
蕩けた目で口元を緩め、己の指を股で挟みながら、脚を擦り合わせる。
至上の快楽を貪る者、それが約束された歓喜の悦びに満たされた者の嬌声を前に、
「……何のつもりだ?」
真仲は今の己が出来る精一杯の誠意を示した。
「トキヤ……トキヤ、助けて、くれ……」
呻き苦しみながら跪く真仲は、最早それ以上に何も出来ない様子だった。
「あはっ♥ 今まで散々、わたし達の言う事も聞かず、執権様に好き放題甘えてきた癖に……今更何を都合の良い事を言っている?」
咎める旭の言葉を前に、
「許してくれ、旭様! 身体が! 身体がぁっ! 熱くて! 灼け死にそうでぇっ! もう、もう……! これ以上は……!」
それでも這いつくばりながらトキヤの脚元で慈悲を乞う。
そんな必死の願いを聞かされたトキヤは、
「旭、場所を変えようか。ここは煩くてお前に集中出来ない」
「ぶふっ、きゃははははは! ええ、そうしましょう執権様♥ 円も来て?」
一瞬も戸惑わず踏み躙った。
「い、嫌だ、嫌だ! やだあああああ!」
泣き喚く真仲を捨て置いて、トキヤは旭を抱いたまま立ち上がる。
「ほら、こうやって、股を開いたまま、抱き上げて歩いていけば……誰に善がらせてもらえてるか、一目瞭然だな?」
「あ゛お゛お゛ぉ゛っ!♥ らめぇ゛っ♥ こんなのっ♥ 恥ずかし過ぎますっ♥ 執権様あ゛あ゛あ゛っ!♥」
「ふふっ、初めは姉上の面目を慮っていましたが……こういった場であれば、人々に夢現の事と思わせながら、善なる姉上を悪しき義兄上が辱めて、神坐の実権を握っている……そう刷り込むのには丁度良いですね、姉上」
まるで噛み合っていないようで、然し一つの思惑で束ねられた会話を交わしながら、3人はその場を去ろうとし始め……、
「ゆ……許してくれ、トキヤ、否、トキヤ様! お許しをください! 後生に御座いますから! こんなの! 壊れてしまう! 死んでしまう! 嫌だ! 壊れたくない! 死にたくない! お願いします! 許してください! 助けて! ください……!」
最早恥も外聞もなく、真仲はトキヤの前に回り込んで尚跪き、己が侮って、その手に収めようとまでしていた相手に命乞いをする。
滅茶苦茶な敬語を使って、唯々素直なだけが取り柄の筈だった青年の、そこに確かに存在した良心へ訴え掛ける。
「諦めて真仲、あなたはもう終わった女……執権様の手で殺されなかっただけでも有難く思いなさい? そしてこれからは……記憶の中の執権様に縋りながら、道端の小石が如き男共に、つまらなく犯され続けてれば? あははははは!」
愉しげに無慈悲な言葉を紡いで真仲を苦しめる旭。
大声で泣き叫んで救いを求め続ける真仲。
白けた顔で真仲を見下す円……。
流石に埒が明かない。
そう感じたトキヤは、
「えっ……執権様?」
「旭は真仲よりも強くて賢い……だったら、自分よりも弱くて愚かな奴を思い遣る事だって出来るよな?」
「もう……執権様は女に甘過ぎます」
もう一度ベッドに座り直して、旭をその上に寝かせた。
「真仲、お前の気持ちは伝わった。けど気持ちだけじゃ許す事は出来ない」
そして、顔を上げた真仲の涙を拭い、軽く口付けを交わすと、
「これから旭と、円とシた後にお前ともヤってやる。けど自分の番が来るまで何があっても、旭の邪魔をせずに俺と一緒にいてみろ。もし最後まで我慢が出来たら、お前の事をもう一度信じる。……出来るか?」
「……分かりました。もう、トキヤ様と、離れたくない、です……! だから、私、やります……!」
上手い落とし所を探り始めた。
「んあああああっ!♥ ……はぁっ!♥ はぁっ♥ はっ……♥ 気持ち良かったですよ、義兄上♥」
「良かった、円に合格って言って貰えたら自信持てるよ」
「わたしでは御不満ですか? 執権様……」
「お前の評価はアテにならないんだよ……相性が良過ぎるからな?」
「ひゃうんっ♥ もうっ♥ そんな事より……ほら、執権様に一途な女が、ずっと待ち侘びていますわ……♥」
「ふう゛ぅ゛っ!♥ う゛く゛う゛う゛う゛っ!♥ と、トキヤぁ゛……様あ゛ぁ゛……っ♥ や、約束通り、耐え、ました……♥ もう、何回果てたか分からないのにっ♥ お前の、あなた様の指だけしかっ!♥ 欲しがらなかったぁ゛っ!♥ だからぁっ♥ 早くう゛う゛う゛う゛う゛……!♥」
旭と円の番が漸く終わり、それまで卑屈な程にトキヤにされるがままでいた真仲は、更に卑屈な言葉を絞り出しながらトキヤへと祈りを捧げる。
「野人と侮っていたけれど、あなたの愛する人への想いの強さ、しかと見届けたわ。わたしからも褒めてあげる」
「姉上も認めて下さいましたよ。良かったですね、真仲様……さあ、義兄上♥」
欲望のままに生きる事しか知らなかった女が、慕う男に抱かれたいが為だけに、沽券も打算も何もかも投げ捨てて見せたいじらしく拙い努力を、
「俺の為によく頑張ったな。ちゃんと我慢が出来たご褒美に、何が欲しいか教えてくれ」
彼は漸く信じて赦した。
「こ、これ……っ♥ トキヤ様の、硬くて、熱くてぇっ♥ 灼けつく腹の疼きを鎮めてくれる、トキヤ様のこれが欲しい……♥ 旭様や円と同じようにっ♥ 私も燃え朽ちる程に愛して、ください……♥」
求められるがままトキヤの前で、真仲は股を開いて懇願する。
その誠意に満ちた愛欲を認めて、
「その堅苦しいの、やめてくれよ。俺達は同じ旭に仕える身分だろ?」
「あ…… ♥ 忝い、トキヤ…… ♥ トキヤ……っ ♥」
今一度、真仲に覆い被さる。
「しっかり噛み締めろよ……これからは量じゃなくて質で愛し合うんだからな?」
「はあぁっ♥ はあああぁっ♥ ずっと待ってた、ずっと欲しかったっ♥ トキヤっ♥ トキヤあぁっ♥ トキヤあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ーーーーーっ……!♥」
「……えっ? 真仲?」
「貫かれただけで果ててしまったみたいですわね……」
「よっぽど嬉しくて堪らなかったのでしょうね。気を失っているのに、思いっきり固く義兄上の手を握ってます」
「流石にこのまま終わりだと可哀想だな……真仲、起きれるか?」
トキヤと真仲。
2人の蟠りは漸く解けて、互いに心が通じ合う悦びに溺れゆく。
「これぇっ♥ これだあぁっ!♥ ずっとこれがっ♥ 欲しかったんだあああっ!♥」
「そうかよ、白々しい事言いやがって……俺がココに来るまでの間、どれだけ他の男で善がりまくってたんだ? 言ってみろよ!」
「違うぅっ!♥ 他のどんな男も駄目だったんだあぁっ! 誰に身体を預けても、痛くて、気持ち悪くてぇ……っ! 全然好くなくてえぇっ! だから今、分かったんだ……っ! もう、私はぁっ♥ トキヤじゃないと駄目なんだあぁっ!♥」
そんな彼等の様子を遠巻きに見る4人がいた。
「うるさっ……それにしてもトキヤ、なかなか器用だな……真仲とあれだけ激しくしながら、旭も指で……流石に円には手が回っていないようだが……」
轟く雷鳴と例えても言い過ぎにならない程の真仲の煩い喘ぎ声よそに、熱に浮かされた表情を隠すように広げた手指の先を眼鏡のブリッジに添えながら、ペイジはボソボソ独り言を垂れ流す。
「だったら、俺以外の男は全部忘れろ! お前の初めての男は誰だ? 言えるよな!?」
「わ、忘れるっ♥ 私の初めてを捧げたのは……「おい、何を思い出そうとしてんだ?」ち、違……」
「俺以外何も分からなくしてやろうか?」
「あっ♥ あっ♥ あっ♥ だっ、駄目、そんなには駄っ、か゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!♥」
「早く答えないと、ホントに壊すからな」
「と、トキヤだっ!♥ 私に初めて、女の悦びを教えてくれてっ♥ 本当の男の好さをこの身体に刻みつけてくれたっ♥ 後にも、先にもぉっ♥ 私の男はお前だけだあぁっ!♥」
「だよな? 嬉しいよ、真仲……これで俺達、やっと心の全てが通じ合えた」
「わー、ペイジ聞いてた今の? どさくさに紛れて元カレの事忘れさせようとしてた、キッショー」
そんな独り言にニャライが面白がって合いの手を入れていた。
「そ、そうか? 私はあんな風に、強く求められてしまったら……ホントにその気になって、トキヤ以外の男の事を、忘れてしまうかもしれない……」
「えー何それー? ペイジはトキヤなんかにあんな風にされたいのー?」
「いや、だから……私と彼は、友人関係で……!」
2人の可愛げな会話は、
「真仲……っ! お前をずっと、こんな所で独りにさせちまって、ごめんな……。でも、これからはずっと一緒だ。だから、俺のモノになる為に、受け止めて、くれ……!」
「う゛ぅ゛っ♥ 受け、止めるっ♥ お前の濃くて、熱くてぇっ♥ 私の内側の全てを満たす其れを、全部この身で受け止めるっ♥ だからぁっ♥ 私の腹の奥で、粘ついて、取れなくなってっ♥ お前と私の稚児になってしまうまでぇっ♥ 注いで、注いでっ♥ そそいでえええ!♥」
「さっきは円、その前はわたし、そして今度は真仲の番……♥ 誰が最初に執権様と子を成せるか、楽しみね♥」
「え、えぇ……? 姉上以外が最初だと、神坐の政が大変よろしくない事になるのでは……」
「煩い゛ぃ゛っ!♥ わ、わたしい゛ぃ゛っ♥ 私が一番だっ!♥ 私の方が旭様より先だぁ゛っ!♥ 絶対負けないっ!♥ 絶対産むう゛ぅ゛!♥ トキヤのお゛ぉ゛っ♥ 一番はあ゛ぁ゛っ♥ 私のものだあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!♥」
一際迷惑な真仲の絶叫と同時に、彼女達が囲んでいたテーブルをぶん殴った全く可愛くない音でぶった切られた。
「ねえ、2人ともさ。わざわざトキヤと旭ちゃん達の一部始終実況しなくていいから。それとも何? アンタ等そういう下品な事で喜ぶタチなの? 人様率いてる傭兵団の副団長の立場のクセして? 結構幼稚だね。正直見損なったわ」
「やめろってジョンヒ、何ガチになってんだよ。アイツ等のああいうの今に始まった事じゃねえだろ?」
「へえ、アンタもコレ楽しいんだ? 悪いけどあたし、そういうノリ付き合ってらんないから。もう帰っていい?」
「落ち着けって……! っていうかそうだ、むしろ今が『オペレーション後妻打ち』のサイコーのチャンスじゃね?」
シャウカットの思い出したような苦肉の説得で、漸くジョンヒはこの地に4人でやって来た最大の目的を思い出すに至った。
「……悔しいけど、今回はアンタが言ってる事の方が正しいね」
言うや否や、ジョンヒは何処からともなく訓練用の木製苦無を取り出した。
「おうよ。絶好調でよろしくやってやがるトキヤのケツを、俺達全員でシバいてやろうじゃねえの」
シャウカットも何処からともなくヴァジュラを取り出し、臨戦態勢に入る。
「ってコトだから、2人もトキヤの生態観測はその辺にして準備……なんだ、ちゃんと出来てるじゃん」
ジョンヒが呆れながら声を掛けた先には、既に木製のフンガムンガを持ったニャライと、拳銃を手にしたペイジがいた。
「おいペイジ、それは殺る気マンマン過ぎんだろ。トキヤは兎も角残り3人は撃ったら死ぬって」
「安心しろ、中身はゴム弾だ」
「どの道現代兵器はルール違反な気がするけどー……」
「じゃ、後は殴り込み掛けるタイミングだけど……あ」
ふと4人が目を向けると、先程までとは状況が変わっていた。
「ハーイ、ご注文の品でーす。って……あーあ、結局許しちゃうんだ?」
呆れた様な、それでいて何処かホッとしたような溜め息をつきながら、シシュエは慣れた手つきでそれぞれの飲み物が入ったグラスを置く。
「あ、そうだ真仲さん何にする?」
「構わない。私の分は、もうそこにあるから」
気を利かせたシシュエに真仲はそう応えるや否や、トキヤの脚の間に潜り込み、
「んふ……っ♥ じゅるっ♥ はぁっ♥ ……ここに、あるから♥」
「ワァ……そ、そういうコトかぁ……」
己の『飲み物』を言動で示してみせた。
「前から思っていたのですが、真仲様、よく出来ますよね、それ……私は湯浴みの直後、抱き合う前じゃないと流石にする気にならないです……」
「執権様……その、やっぱりわたしも、出来るようになった方が嬉しいですか?」
「いや、旭にはこんな事させたくないからやめてくれ」
「ふふ……執権様のそういう所、好きですよ♥ でも、ちょっと悔しい気もしますわ……」
「この状況でそのノロケに行き着くの想像の斜め上過ぎて笑えてくるな……まあ、それじゃー後はごゆっくりー」
ドン引きし過ぎて半笑いを浮かべるシシュエはそう言って4人の許から離れようとしたが、
「あっ、シシュエ待って、やっぱ俺ミルクティーが良い」
トキヤが不意にそんな事を言いだした。
「えー? もう、しょうがないなー」
そう言ってシシュエは紅茶のグラスを手に取ろうとしたが、
「そうだ……♥ 執権様、お待ちになってくださいな」
彼女の手は、含みのある笑みが零れている旭に止められた。
「何企んでんだ? 旭」
「みるく……というのは、牛の乳の事ですよね? シシュエの手を煩わせる間でもないですわ。だって……」
トキヤに問われて更に淫靡な笑みを浮かべた旭は、彼の手を自身の胸の先へと誘った。
「『みるく』なら……ここにあります♥」
そう言いながら、どこか挑発的な視線を向けてきた旭に、トキヤは……。
「おいおい、さっき誰が一番にデキるか競うような事言ってたクセに、既に『勝者』は決まってたのかよ」
「でも、ああ言われて、執権様も真仲もそそられてたでしょう?」
負けじと嗜虐的な笑みを旭へ向けると、
「お゛っ♥ ほお゛ぉ゛……っ♥ や、優しく搾ってくださいね?」
「少しは刺激があった方が出やすくなるだろ? 円、俺のグラス持ってきてくれるか?」
「ええ、構いませんよ。義兄上は両手に花でお忙しいですからね……」
「そう拗ねるなよ。3輪目の花とはキスがしたいな」
「義兄上は強欲です……♥ 手元をちゃんと見れないので、姉上の胸元から外れても知りませんよ?♥」
真仲と旭、2人を抱き留めながら彼女の胸を弄び、円と舌を絡め始めた。
「前から思ってたんだよ。これだけ大きくて甘い匂いさせてんだから、きっと濃くて良い味のが出るんだろうな……って」
「お゛ん゛っ♥ お゛ぉ゛ぅ゛っ♥ ……ふ、ふふ、きっと執権様の気に入る味ですわ♥」
「ぷは……っ。なあ、トキヤ……」「んちゅ……っ。あの、義兄上……」
「二人してそう切なそうな顔しなくても、お前達も出来るようになったら同じ事してやるよ」
他愛ない口約束だが、トキヤはそんな些細な事でも決して破らない。
それを分かっている2人は、いずれ訪れる倒錯的な寵愛の時への期待だけで全身を痙攣させてしまった。
「や、約束だぞ……♥ 絶対私のも搾ってくれ♥」
「義兄上、流石に変態過ぎです♥ 私、引いちゃいました♥」
4人のツッコミ不在の異常な会話に嫌気が差した様子のシシュエは、肩をすくめながら背を向けると、
「ねえ、ボクもそっち行っていい?」
「どーぞー」
すたすたとその場を後にして、丁度彼等の死角になっているテーブル席……4人の許へと合流した。
「なんか皆して物騒なモノ持ってるね……妙な事するつもりなら、流石にここの店長としては看過できないんだけど」
「お前ここの店長だったのかよ!? よくもウチの地下でこんな違法風俗店なんかやりやがって!」
「いや落ち着いてよペイジ、ボク雇われ店長だから。店開いたのボクじゃないから」
「だからどうした!? こんな店にホイホイ雇われるお前の倫理観は、一体全体どうなっているんだ!?」
うっかり口を滑らせたシシュエ。それを問いただすペイジ。
「あ、あのさ!」
2人の口喧嘩を止めたのは、
「あんた誰? ……その見た目的に、イタミの人間っぽそうだけど」
シャウカットにしてはなかなか無い純真無垢な質問だった。
「シャウカットは会った事が無いのか……オオニタの雑用係ならどこかで顔を合わせているとばかり思っていたが」
「いや、俺はトキヤと違ってちゃんとした参謀だから雑用はやってねえんだわ。で、誰?」
つっけんどんなシャウカットに、シシュエは寧ろ面白さを覚えている様子で、
「お初にお目にかかります、オオニタ傭兵団のシャウカット様。ボクはイタミ十雪。ご明察の通り、イタミ傭兵団の倉庫係が表の顔だね」
イタミ十雪
イタミ傭兵団の倉庫係。普段は傭兵団の倉庫で働き詰めの為滅多に姿を見せないが、やけに神坐の内情や世間の様相に詳しく、タンジンとも頻繁に連絡を取り合っている。
莫迦丁寧な挨拶をわざとらしくして見せて、シャウカットを揶揄った。
「ふーん。あっそ。で、なんかさっきやたらとトキヤにベタベタしてたけど、どういう関係なの?」
「おやおや、ひょっとしてボクの事が気になっちゃったかな? でも残念、ボクは既にトキヤのお手付きなんだよねー。いつか身の回りのゴタゴタが片付いたら、正式にトキヤの秘書として神坐の御所暮らしをさせてくれるって約束も貰ってる。だから君みたいな、たかだか一傭兵団の参謀なんか相手にしてあげられないのさ。悪いね」
売り言葉に買い言葉、シシュエは大人気なくシャウカットを煽り倒して満足げに微笑んだが、
「なるほどなぁー。アイツ、いつかこういうのに引っ掛かるとは思ってたけど……はぁーあ」
シャウカットは更に失礼極まる独り言で以ってして殴り返した。
「こういうのって何だよ! ボクはイタミ傭兵団の次期……じゃなくて、所属で! この話もジョンヒのお墨付きなんだぞ!? ねっ! ジョンヒ!」
流石に怒りを覚えたシシュエはジョンヒを味方に付けようと彼女の名を呼んだが……。
「ジョンヒ?」
ジョンヒは、何故か突然トキヤ達の方を食い入るように見始めていた。
「……ジョンヒ?」
何も返事をしない彼女の事を流石に案じて、シシュエはそっと近付くと、
「何、言ってるの? 旭ちゃん……?」
何か震える小声で言葉を紡ぎながら、目を見開いてトキヤと旭の様子を見ている、という事だけは理解出来た。
「転生者はデキないハズ……なのに、どうしてソレが出るの? ひょっとしてトキヤ以外に男が……? それはそれで許せないけど、でもそんな時間的余裕も無い生活してるから絶対有り得ないし、じゃあやっぱりトキヤの……? あっ、ひょっとして出るってウソついて小細工するつもり? 出せるもんなら出せば? だって転生者は絶対デキないから、あたしが先を越されて下になるなんてあり得な……」
そんな事をヒソヒソと一人で言っていたジョンヒの視線の先で、
「ふーっ♥ ふう゛ぅ゛っ♥ でっ、出る♥ 出る出る出るでるっ♥ 出ますっ♥ しっけんしゃまっ♥ わらひのみるくっ♥ みるく゛う゛う゛お゛お゛お゛お゛お゛……っ♥」
旭は身体を強く震わせながら、グラスの中の紅茶を白く染めた。
「はあ゛あ゛ぁ゛っ……♥ はーっ♥ い、如何にございますか? わたしの味は……♥」
「凄い……何かで調べた時に人間のは薄いって書かれてた気がするんだけど、旭のは濃くて、甘くて、ずっと喉に香りが残るみたいで……これ、ホントのミルクなんかよりも、全然美味しい……」
「あはぁ……♥ お気に召されたみたいで何よりですわ♥ みるくを出すの、癖になってしまいそうです♥」
少し驚いた様子のトキヤに、旭は満足げな蕩けた笑みを見せる。
その直後。
「えっジョンヒ様どうしてここに……? きゃっ!」
「ん……んぇっ!? ジョンヒ様!? 待て、何を……! うあっ!」
2人を有無を言わさずトキヤから引き剥がして投げ飛ばし、
「ねえ、旭ちゃん!」
ジョンヒは二人の前に立ちはだかった。
「え……ジョンヒ、どうして、ここに……」
「きゃはっ♥ あなたもここを嗅ぎ付けていたのね、女狐」
「それ……アンタ、どういうコトなの……? またいつものナゾの能力で出してるの? それとも……アンタ、ホントに、トキヤの赤ちゃん……!?」
珍しく余裕のない様子で突っ掛かってきたジョンヒを前に、旭は底意地の悪い笑みと企みが湧いて、
「ええ……♥ きっと、来年の春には産まれるわ……♥ きゃははははは!」
口から出任せを言いながら、わざとらしく己の腹を摩った。
「……トキヤ?」
怒りなのか、絶望なのか……自分自身も全く分からない感情で一杯になった胸が張り裂けそうになりながら、ジョンヒは今一度、彼の名を呼んだ。
が。
「あの……ジョンヒまさか、ここに来てからの事、全部、見てたの……!?」
「えっ……えっ? あ、うん。真仲ちゃん相手にアホみたいにオラつき倒してて楽しそうだなーって思いながら見てたけど……」
「ミ゜!?!?!? わ……っ、わあああああ!」
トキヤは見知った仲間に……それもこういったあられもない言動を一番見られたくなかった相手に全て見られてしまった羞恥から、錯乱の叫びを上げてしまった。
「動くな! 我等は菱川の郎党だ!」
その一瞬が、彼等に重大な隙を生んでしまった。




