第十三話【巴の欠片】3
旭達がジョージと話し合っているのと同じ頃。
「で、この部屋何? どうして旭ちゃんしか使わない部屋をパーティーの出し物感覚で監視出来るようになってんの?」
天帝の間の隣の電気室……という建前の、カラオケルームの様なソファとテーブル、そして大量の画面が掛けられた壁に面したデスクと椅子の置かれた一室に、ジョンヒ達4人は屯していた。
「だ、出し物……? いや、そんなつもりは……というか、一国の主に何かあればコトだろ。だから立場上プライバシーを絶対に確保するという事は許されなくないか?」
「ふーん……ま、そういう事にしといたげるけど、アンタの『好きな男が他の女とヨロシクやってんの見る趣味』、キショいし治した方がいいと思うなー」
「いや……別に私は、彼の事は、友人としか……だ、だから、そんな事はどうでも良くてだな」
ペイジはジョンヒの真面目な叱責から逃げるように話題を無理矢理終わらせた。
「ここへ君達を案内したのは他でもなく『オペレーション後妻打ち』の成功に寄与する為だ。他意は無い」
「いや友人関係なら『後妻打ち』なんてやらなくない?」
呆れるジョンヒに反感の表情をペイジは返した。
「私は、ジョンヒやニャライの様なプライベートの嫉妬心からこの計画に参加しているのではない」
「ハ? あたし等に喧嘩売ってんの?」
「何度も言ってるじゃん、私も恋人関係解消してるからそんなんじゃないんだけどー?」
「勿論、シャウカットの様な利己的な性欲の為にトキヤを陥れる為でもない」
「勘違いすんな、俺は旭さんが欲しいだけでトキヤにちょっかい出すつもりは無えよ」
3人の反論をペイジはまともに聞き入れず、話を続ける。
「私の目的は唯一つ、光旭が後から入ってきてメチャクチャにした私達とトキヤの関係を有るべき姿に戻す事、それだけだ」
「何それ? 旭ちゃんを暗殺でもするつもり?」
「ジョンヒ、君だって何も出来ないタダのトキタロウの金魚のフンだったトキヤがいきなり訳のわからない勢いで出世をした事には反感を抱いているだろ?」
ペイジの問い掛けにジョンヒは一瞬白けた顔を見せたが……、
「まーね。ホントはあそこにあたしがいるハズなのに……って、実は思ってた。アンタには隠し事出来ないね」
誰にも悟られない内に、芝居掛かった静かな怒りで取り繕った。
「ニャライ、君はさっきも所詮元カレの話だと強がっていたが、自分より遥かに人格の破綻した女が口を開けばアニキアニキだった男を夢中にさせている事実を前に、本当のところは理不尽さや悔しさを抱いているんだろ? 私はそんな君に理解を示したいんだ」
「ペイジ……! そう。そうだよね。トキヤも酷いけど、旭さんだって酷いよね! 私がずっとトキヤに迷惑かなった遠慮してた事、あの人は全部トキヤにわざとやってのけて、それで私達に上手く行ってるのを見せつけて……!」
さめざめと泣きながらペイジに抱きつくニャライ。
ペイジは彼女を抱き留めて哀れみの表情を向けるが、
「アンタのそういうとこ、あたし嫌いだな……」
ニャライは残りの2人に向けて、明らかにペイジをバカにしている笑みを見せていた。
「そしてシャウカット、君は自分で気付いていないだけで、本当に望んでいる事は旭を手に入れる事ではない。きっと旭を奪っても、3分もすれば彼女を捨ててしまう事だろう」
シャウカットはペイジの分析に対して……、
「ち、違……俺は、旭さんの事が好きなんだよ! ホントなんだよ!」
他の2人の様に体よく利用する事が出来ない。
唯々、自分でも気付いていなかったモヤモヤとした気持ちに対する言い訳の出来ない正解を突き付けられて、何も言えなくなってしまった……。
が。
「これを面と向かって君に言う事を先に謝っておくが、この計画が成功した事でトキヤが惨めな為体を晒しても、過去の様に悪意丸出しで彼を嘲るマネは決してするな。さもなくば、君が七傭兵団の秩序を崩す原因となり、果ては神坐が崩壊する最悪の事態の引き金となるだろう」
「あ……えーっと、そ、それは約束出来ねえなあ。だってアイツが勝手にバカやって痛い目見る分には、俺は全ッ然関係無えじゃん!」
「全く……この計画に於いては君が一番の問題児だな」
間一髪スレスレのところで、ペイジはズレた結論と忠告をシャウカットに押し付けてしまった。
「私は君達が抱くそれぞれの願いを最大公約数的に叶える為にベストな形で計画に協力しようと考えた。この計画の最終目標は、神坐内部に於ける光旭の権威の失墜であり、それに伴いトキヤの独占を止めさせる事だ」
3人は走り始めた暴走列車が如きマシンガントークを続けるペイジの話へ面白半分に耳を傾ける。
「私達の中で最も無能かつ行動力の無いトキヤが執権を務めているお陰で、神坐のバランスはとれているのかもしれないが我々としては彼が抜け駆けして出世したように思えて不快で仕方がない。
そして旭が公私混同状態で昼夜問わずトキヤと2人きりでいるから、それまで行っていた彼との必要なコミュニケーションすら取れない。
この問題を解決しながら、然し対外的な神坐の面子を守り通す。そのベストな解決策とは即ち……」
ペイジは自身の眼鏡、そのブリッジに指を添えながら俯き、
「トキヤと旭の情事の最中に私達全員で殴り込み、彼の職務の分担を認めさせる。つまり、私達も執権になって、2人の間に割り込む……君達の腹積りはそういう事なんだろ?」
改めて3人に問い掛けた。
問い掛けるペイジと、その問い掛けに不適な笑みで返す3人。
静かで不穏な空気の漂うモニタールームに、
「はぁー! 疲れた! ジョージ様も人使いが荒いんだから!」
ドアをぶち開けて入ってきたのは、浅黒い肌に銀の髪の少女。
「あれ、ペイジ様じゃないですか。ここ従業員控室ですよね? どうしてお客様を連れ込んでるんですか?」
「え……いや、ここは、電気室……」
しどろもどろのペイジを見兼ねて、
「えっと、何? 電気室を改造してこっそり天帝の間を監視出来るモニタールームにしたつもりが、従業員には控室と思われて勝手に使われてたから、アンタはいつも通り休憩しに来た……ってコト?」
代わりにジョンヒが問いかける。
少女は首を縦に振って応えると、
「いやー、それならそうと看板でも付けといて下さいよー。はー疲れた」
「お、おう、すまねえな……」
シャウカットの隣にどっかりと座って、目の前のテーブルに盆を放り投げた。
「それで? 何故に方々はこんな所に?」
「一緒に来てた元カレを今カノに独り占めされたから、腹いせに隣でカラオケ大会しよっかなーって」
ニャライの限りなく本音に聞こえる大嘘を前に3人は必死に笑いを堪えるが、
「流石にそんな見えすいた嘘をつかれると悲しいなあ。本当は、
光旭に一泡吹かせてあの執権殿を引き摺り下ろしたい。
と思って謀をしている。そうでしょ?」
少女の答えを聞いた4人は、流石に顔から笑いが消えた。
「光旭……ついこの前までは東ヒノモトの果てで女衒に育てられていた遊女のなり損ないが、今や西の世にも名の聞こえる一国の主にして人々を救い導く猛き武士。
その破竹の勢いを支えるは、死なず斃れず老い朽ちずと噂の遠き国より流れ着きし者共が七人、人呼んで七将軍。
だが船頭多くして船山に登る……纏め役を担う光旭の目の届かぬ所では、こうして互いを喰らい合う権謀術数を張り巡らせ合っている……となれば、
七人の内六人の目の上の痰瘤はあのキタノ傭兵団が送り込み、まんまと執権に仕立て上げた参謀。何でも良い、蹴落とす事さえ出来れば、他の将軍も自らの息の掛かった者を送り込む好機となる。その為に……先ずは四人集まった。違うか?」
確信犯的な少女の言葉に、
「すごいすごーい、あたしに気付かれない内にそこまで嗅ぎ回れた事、褒めてあげる」
不敵な笑みを浮かべながら、バカにした様な拍手をジョンヒが返した。
「あなたの目的は何? 私達だけじゃなく旭さんの事も嫌ってそうだから、単なる反七将軍派ってワケでもなさそうだけど」
ニャライは思い切って探りを入れる質問を投げ掛けた。
「それは無論、お前等と手を組み神坐を崩す事よ。我が名は義巴。この中ヒノモトの地を治めし菱川の手の者。あの遊女崩れと違って我等は正真正銘の武士故、こちらに降れば死に損ないとも貶められし其方等にも格というものが付くだろうよ」
「菱川……? あー、真仲さんのご実家の。でもついこの前に、正にその真仲さんに焼き払われて滅んだって話だったような……?」
残酷かつ素朴なニャライの疑問に、義巴は思わず彼女をきつく睨みつけた。
「くっ……この間は貴様等神坐にしてやられ、今や勝手に斯様な屋敷を建てられて商いをされてしまうに至ったが、我等は未だ中ヒノモトの主。その証左に、この地の武士は誰一人としてお前等の味方になっておらぬ筈だ」
「なるほど、そういう事……てっきり真仲ちゃんが殺し尽くしたから誰も来ないのかなって思ってた」
少女は意外とあっさりと己の全てを明かしたが、ジョンヒは構わず口汚い返事をした。
「そうだ、真仲といえば、我が愚兄の高巴が担ぎ上げたあの大莫迦の雌猪を引き取ってくれた事については、私は有難く思っている。あれは将としての才など無い、兄上ありきの傀儡であったからな?」
「おいペイジ、従業員の教育はもっとしっかりやっとけよ。アイツ自分の女バカにされたらキレ散らかすんだから……」
徐に立ち上がってシャウカットは、
「こんなの目の前に出されたら、バラバラ死体にしちまうぞ……?」
彼女の前に影を落とす様に立ち塞がった。
「私に喧嘩を売ろうと謂うのか? これでも間者として鍛えた腕には自信が有る。4人程度であれば、幾ら流れ者が相手であろうともお前等の心根が草臥れるまで斬り結び、斬り刻んでやる事も容易い……どうだ? やるか?」
彼に窘められたペイジもオフィスチェアから立ち上がり、義巴の方へと振り向く。
「最初に雇用契約を結んだ時、言ったハズだ。
①ここは人間も亜人も無く、従業員とお客様しかいない
②お客様は神様であり、従業員は決して失礼があってはならない
③業務に私物を持ち込むような事があれば、問答無用で解雇する
今……お前は従業員の立場を投げ捨ててお客様に喧嘩を売り、『私怨』という私物を持ち込んだ」
汚い虫ケラへと憎しみを向けているかの如く鋭い眼光で義巴を睨みつけながら、ペイジは自分の直垂の袖の下へ手を突っ込むと、
「ペイジ!? アンタ何……!」
ジョンヒの制止も無視して、袖から取り出した『ソレ』から鉛の弾と火薬の炸裂音を発させた。
「ルールを破ったお前はクビだ。そして従業員でも何でもない敵軍のスパイは、生かしておく理由も無い」
ペイジの撃った弾は、義巴の耳を掠めて後ろの壁に穴を開けた。
「ちょっとペイジ、それはやり過ぎ……」
ニャライは突然堪忍袋の緒がキレたペイジを前に、少し引いていた。
「ってか何でいきなり拳銃なんか出した? ガニザニさんも無闇に元の世界のモン使うなって言ってたろ」
シャウカットは目の前の素っ頓狂な状況を前に、一周回って妙な冷静さを発揮した。
「手っ取り早く現地人分からせるなら現代兵器って考えたんでしょ?」
ジョンヒはペイジの思考回路にいち早く寄り添えた。
「でも、間者やってるような肝据わってるヤツ、そんなんじゃ……」
そう言いつつ4人が視線を向けた先では、
「あらあら……カワイイ顔しちゃって」
「こ……降伏いたします……だから、命だけは、何卒、なにとぞ……!」
意外にも、縮こまって震える義巴の姿があった。




