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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
閑話その一【草燃えぬ】
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閑話その一【草燃えぬ】6

 夜も更けた頃。

 黒服に青い鎧の集団が行列を成して、神坐の一角の屋敷へと入ってゆく。

 その最後尾には馬に乗った長い黒髪に青い狩衣姿の目を見張る程に美しい男と、馬の手綱を引く黒髪を後ろで結んだ小袖姿の優しげな顔をした中年女性の姿があった。

 「はあ……やっと帰れました。幾ら転生者は死なないとはいえ、皆してワタクシを馬車馬の如く働かせるとは」

 「久しぶりに良い汗かいたんじゃねえかい? 人間文武両道が一番ええとあっしは思いますよ」

 「いくら鍛えたところで良子と違ってワタクシは転生者です、筋肉が付かないので意味が無いではありませんか」

 馬上でヘトヘトな様子のタンジンと呼ばれた男を、手綱を引く良子と呼ばれた中年女性は揶揄いながらも細やかに労る。

 「身体は変わらずとも、心が変わるなら意味はありますでしょう。腕っぷしの使い方、風の感ぜられ方、研ぎ澄まされた目耳……それはタンジンだけの学びとなり、他のお高くとまった奴等との差をつけられるものとなる。あっしはそう思うんだがねえ?」

 尤もな良子の言葉に理解を示しつつも、然しタンジンは尚も不満げな様子で「差をつけたい相手が皆してワタクシよりも体を動かすのが好きな連中なのが、困ったところですね」とだけ返した。

 そんな2人の許へ屋敷から黒服の女が駆け寄ってきて来ると、

 「失礼いたします。良子様……」

 何事か良子に耳打ちをし始め、

 「えェッ!? 何だって! あの子、やりやがったのかい!?」

 良子は明らかに狼狽えた様子となり、

 「……まさか、シシュエか!」

 それにつられたかの様にタンジンは一瞬で正解を言い当てると、慌てて馬から飛び降りて良子、黒服と共に屋敷へ早歩きで向かい始めた。

 「相手は誰ですか!? あの子がこちらへ来る度にしっかり説教してあるのにあのバカ共がやらかしたとは思いたくないのですが……!」

 「それが……執権殿が……」

 「トキヤですと!? 何故……? ジョンヒにはあれだけ言っていたというのに!」

 「あんの若輩者が、情に絆されたな……? ハァー。タンジンや、だから小娘なんかを信用するんじゃねえとあっしは言ったんだよお」

 「……正直なところ、アレはアナタの可愛らしい嫉妬だと微笑ましく思いながら聞き流していました。完全にワタクシの過失です。この場に於いては先ずアナタの意見を聞きましょう、良子」

 話し合いながらいつもの定位置……タンジンが上座に、そして良子が向かいの下座に座りながらも、タンジンは下座に頭を下げた。

 「こうなった以上は仕方ねえ、シシュエを殺っちまいましょう」

 良子は冷徹な判断を下したが、

 「いや……確かに事は急を要しますが、彼女に掛けたコストの回収が出来ないのは納得がいきません」

 「そりゃそうだがね、このままだとヒノモトが滅びますよ」

 「これは例え話ですが、虫下しの様なものを飲ませて降ろさせるという事は?」

 「稚児が出来上がるまで待つなんて悠長な事すりゃあ、しくじった時に取り返しがつかないんじゃないかえ?」

 ……タンジンは、決めきれずにいた。

 「良子……アナタが辛いのと同じ様に、ワタクシだって辛いのです。何度も言っている通り、トキヤに逃げられて、人の子を育てる素質は無いのかと絶望していたワタクシに、あの子は一筋の光を与えてくれた……それなのに、自分の手で握り潰すというのは……」

 「つまり、自分じゃどうすりゃいいのかは分かってる、そういう事で良いんだね?」

 良子の示した結論に、然しタンジンは首を縦に振れない。

 「良いんだね?」

 良子は『己こそがヒノモトの人々の代表である』といった顔で、俯いて長い髪で顔を隠したまま目を合わせない彼へ最後通牒を突き付けた。

 「……後の事は、全てアナタに任せます」

 声を絞り出したタンジンは、そのまま微動だにしなかった。





 その夜も、トキヤはいつも通りに旭の待つ部屋へと足を進めていた。

 「いやー、まさかこんなトントン拍子でコトが進むなんて……ボク、もっと早くに君に頼ればよかったよ」

 いつもと違うのは、ホクホクとした笑顔で自身の腕を抱く女……黒髪をショートウルフにした頭の左右に布を被せた包包頭の見える青い水干を着た女、イタミ・シシュエが隣にいる事だけだった。

 「俺から説明はするから、シシュエは何も言わなくて良い」

 「えぇー? 大丈夫なの? トキヤは口下手だからなぁー」

 「旭と付き合い長いのは俺の方だから、ここは任せろ」

 和気藹々と談笑しながら襖を開けて、

 「ただいま旭、ちょっと相談が……」

 そう切り出した2人の前にはいつも通り真白な狩衣を着た桃色の長い髪の女と、

 「トキヤ……」

 「えっ……どうしたんだよ真仲、そんな、畏まって」

 久し振りに夜伽服ではない、灰色地に水色の麻の葉文様が描かれたまともな直垂を着た空色の短めの髪の女。

 二人が神妙な面持ちで並んで座っていた。

 「その女か? 忌み子とやらは」

 「へえ」

 「ッ!」

 声のする方へ振り向きながらトキヤは、

 「何……するんです、良子さん……ッ!」

 旭の言葉で瞬間的に状況を察して刀を抜き、シシュエの首を刎ねようとした良子の短刀の一閃を防いだ。

 「ちぇっ、一思いに終わらせて、悲しまずに済ませてやろうと思ったんだがねえ?」

 「シシュエを秘書にするのは、殺さなきゃいけないぐらいダメな事だっていうんですか……!?」

 流石にタンジンと斬り合ったトキヤの刀の腕は、手も足も出ないと謂う程の拙さは脱していた。

 だがそれでも、気を抜けば良子からシシュエを守りきる事は出来なくなる。

 「旭! 先ずは俺達の話を聞いてくれ!」

 トキヤの問い掛けに然し……旭は応えなかった。

 「旭! シシュエは、俺を助けてくれたんだ、だから俺は、その恩返しをしたいだけなんだ!」

 「ジョンヒが言っておった、お前の呪いが暴走して……という話か?」

 じっと窘める様にトキヤを見つめながら、旭はぴしゃりと言い放つ。

 「円に確かめたが、左様な事は有り得ぬそうだ」

 「その、話は! 絶対なのかよ!?」

 「流れ者の好でうだつの上がらぬ仲間を助けてやろうと思うたのやもしれぬが、然してお前を誑かして其れを成そうとした始末の悪い雌猫にわしは情けを掛けはせぬ」

 旭の言葉はシシュエに向けただけのものではない。

 鈍い真仲も流石にそれを察して怯え、身を震わせた。

 「お前が誰のものであるかを示す為にも、此度の一件はただでは済ませられぬ。良子」

 「へえ」

 「トキヤがわしのものであると示せ。その為に、この『鬼の娘』の首を何としてでも刎ねよ」

 「鬼……? ちょっと待て旭、それは一体……」

 防戦一方とはいえシシュエを守りきりながらも旭に問い掛ける器用な芸当を見せたトキヤだったが、

 「おい……! 血迷ったんか!? 小娘!」

 突然、良子は攻めの手を止め、何者かに喚き散らした。

 「ジョンヒ……助けに来てくれたのか?」

 「別に。……姐さん、正直タンジンの頼みを聞き流してたあたしも悪かったと思いますし、この世界を守りたいんだったらココでシシュエを殺さなきゃいけないってのも頭では分かってます。でも」

 良子の首に忍刀を突き付けながら闇夜から姿を現したのは、黒い直垂を着て、夜風に長い黒髪を靡かせる女。

 「トキヤを旭ちゃんのモノって認める為に殺すなんていうのは、癪なんで致しません」

 「莫迦も休み々み言いな! 今はくだらねえ事で旭様といがみ合ってる場合じゃねえんだよ!」

 「そうなんでしょうね。きっと姐さんが全て正しいんでしょうね。……あたし、何やってるんでしょうね」

 「おのれ女狐……! わしが憎いあまりに気が触れたか!?」

 3人は睨み合う。

 ヒノモトの世を守る為。

 己の権勢を示すが為。

 そして、

 歪んだ独占欲と偏愛が為。

 トキヤ以外のこの場にいる誰もシシュエを慮って等いなかった。

 「……なあ、シシュエ。その、鬼の娘って」

 問い掛けるトキヤに、シシュエは唯々頭の布を取り去って答えを見せた。

 「な……成、程。ホントに、そういう意味だったのか」

 布の下にあったのは、白い角。

 「なあ、シシュエや。どうしてこんな事をしたんだい? タンジンが言ってたじゃないか。お前が迂闊な事をすれば……」

 問い掛ける良子の言葉を、

 「全部壊れてしまえばいいって思ったんだ」

 彼女を睨みつけるシシュエが遮った。

 「どうして他の皆は死に戻りを持ってこの世界に来たのに、ボクだけは鬼としてこの世界に転生してしまったのか。どうして他の皆はあれよあれよという間に参謀や副団長になったのに、ボクだけは倉庫係に留め置かれっ放しなのか。どうして皆楽しそうに、こんなに華やかな国で優雅な暮らしをしてるのに、ボクだけは、ずっと暗くてシケた場所に閉じ込められなきゃいけないのか……ずっと、ずーっと、ずぅーーーっと、真っ暗な蔵の中で考えてたら、もう一つ疑問が芽生えた……」

 シシュエはトキヤに微笑み掛けて、彼の頬に軽く口を触れさせた。

 「この世界が間違ってるんじゃないかってね?」

 哀れな鬼の娘の有様を前に、旭は憤怒も邪心も思わず忘れた憐憫の眼差しを唯々向けざるを得ない。

 「しみったれた逆恨みよ。それで同情するのはトキヤぐらいのものぞ」

 「だからボクは嬉しかった……二度目の人生も何一つ上手くいかなかったけど、それでもボクの心に寄り添ってくれる人がいたんだ。それだけで……」

 涙を流しながらも微笑み、彼女は己の最期の味方の手を己の手で包んだ。

 「もう、気が済んだ。ボクはこのままだと、この世界を滅ぼす子を産んでしまう……だから、せめてものお願いだ。君がボクを終わらせてよ」

 「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 全然話が分からない……まあ、旭の気持ちは分かる。今の俺がやってる事は不倫にしか思えないって事だろ? それはそれとして、どうして俺とシシュエの子は世界を滅ぼすんだ? 俺の性格が悪いからか? それとも俺がバカだから、バカが遺伝してヤバい事になるとか?」

 何も知らない立場からの至極真っ当な疑問であったが、それまでのしんみりとした雰囲気を破壊し尽くしたトキヤの問いに、思わずその場にいた全員が失笑してしまった。

 「方々! そこまでです! そのまま動かず!」

 その緊張が解れた隙を突いて割って入って来たのは、僧衣の少女だった。

 「あ……円」

 「ジョンヒ様、何やら私の預かり知らぬところで随分と勝手な事を言いふらして回っていたようですね……お陰で危うく私の呪い師としての評判が地に落ちるところで御座いましたよ」

 「これ以上落ちたら地面に潜るんじゃない?」

 「あなたが流れ者でなければ腕を生やしまくって百足人間にして殺していたところです……まあ、それはさておき、間に合って良かった」

 周囲の全ての人間を見回しながら、円は息を吸うと、

 「結論から先に申し上げますと、シシュエ様は義兄上の子を宿しません」

 取り付く島もない調子で断言した。

 「……その心は?」

 首を傾げる良子に、円は自慢げな態度で語り始める。

 「姉上には黙っていて申し訳ありませんでしたが、もしも姉上や真仲様、そして義兄上が異性に襲われ、望まぬ関係を持たされた時の為に、姉上達全員の色病みの呪いに細工を施しておりました。これは私もよく使っている避妊の魔術の応用で、かいつまんで説明すれば同じ色病みの呪いを持つ者同士が抱き合わなければ子が成せぬようにしてあるのです」

 「避妊の魔術……そういう事かい。あんたなかなか思いきった事をするねえ」

 円の答えに、良子は若干引いているような態度を見せた。

 「私も神坐の中枢を担う一員です。気の多い義兄上が他所で隠し子なぞ作っていては国の根幹が揺るぎかねませぬ故」

 そう言いつつも円はトキヤも旭も真仲も、果てはシシュエすら眼中に無く、己の呪術の才能に酔った立ち振る舞いをする。

 「えぇ……じゃあ、ボクこれからどうすればいいの?」

 そうして、途方に暮れたシシュエの前に、

 「話は全部聞かせていただきましたよ!」

 「げぇっ、タンジン」

 いわゆる『機械仕掛けの全能神』が現れると、

 「シシュエ! こんなところで何をボサっと油を売っているのです! アナタは本来この時間イタミ傭兵団第333倉庫に戻って刀の棚卸をしているハズですよ!?」

 「ヤダ! ボクもトキヤ達と神坐でキラキラ武官生活したいの!」

 「つべこべ言わず帰りますよ! 良子!」

 「へえ」

 「ヤダああああ! トキヤ助けて!」

 「えっ……えっ?」

 呆然とするトキヤを放っておいて、今朝方から散々シシュエが広げるだけ広げた風呂敷を雑に畳んで去っていった。





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