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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
閑話その一【草燃えぬ】
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閑話その一【草燃えぬ】5

 日はすっかりと落ちて、夜。

 騒々しい武家屋敷の一角に、そのガラス張りの茶室は有った。

 「派手なカフェスペースだと思ったか? けど、これでもジョージのアイデアよりはマシだったと私は思っているよ」

 迷彩柄の直垂を着て、茜色の髪をポニーテールに縛った眼鏡の女、ペイジは茶器の中のブラックコーヒーで口を少し潤わせつつ、向かいに座るピンクの縄で縛られている様なデザインの直垂を着た眼鏡の男、トキヤにどこか得意げな澄まし顔をして見せた。

 「彼はここにサーディーズを再現させるつもりだったからな。それは流石にガニザニから怒られるだろ、と私が説得したんだ」

 「さーでぃーず……?」

 「ニューヨークにあるレストランだ。これはジョージには内緒にしておいて欲しいのだが……彼のアイデアは古臭いからあまり好きではなかった。だから昔日本に来た時見せてもらった、とあるIT企業の日本法人が建てたビルの最上階にあった茶室からインスパイアを受けたこのデザイン案を通させたんだ」

 「へえ……なんかIQ高そうな事、色々考えてんだな」

 「ガラスを使う事に少し文句を言われたが、それ以外は概ね好評だったよ。特に……火の魔術が得意な妖精をバリスタとして雇う事でエスプレッソを実現したアイデアには、彼も舌を巻いていた。ほら、君も飲んでくれ。是非とも彼の仕事振りに感動して欲しい」

 促されるまま、茶器の中のカフェラテを何とも言えない気分でトキヤは飲み始めて……、

 「美味しい……!」

 思わず素直な驚嘆の感想が溢れ、バリスタ妖精も笑顔が溢れた。

 「さて、あれから色々あって話し合う機会が無かったからこの場を設けさせてもらった。色々と聞かせてくれないか?」

 「あけすけに全部は無理だからな」

 「分かってるさ。こちらで調べた事の確認をしたい、そんなところと思ってくれ」

 彼女の言葉振りにトキヤは相手に向けていた仲間意識から少し襟を正して、先程自分を問い詰めながら警告を齎した美しい青年の言葉の数々を少し思い出した。

 「では……」

 眼鏡を掛け直して、ペイジはタイプライターで文字打ちされたと思しき和紙を手にした。

 「我等が女王、光旭についての話を聞かせてくれ……彼女はお前の事を前から好いていたようだが、その好意はそのままにお前は色病みの呪いを発動させる事に成功した。

 その後も彼女はお前の事を嫌うどころか、より好意を寄せて依存までしているように見えるが……彼女がそこまでしてお前以外の人間を信頼しない理由は何だと思う?」

 「あいつは可哀想な奴なんだよ……誰も信じられないような環境からやっと抜け出して、自分が生きるための戦いを始めようと思ったら、俺に全否定されて、その夜には勘違いしたアニキに言い寄られてさ。

 だから、俺はこの尽きない命をあいつへの贖罪の為に使いたい、そう思った。

 素直に受け入れてもらえて嬉しかった反面、あいつはそうするしかなかったって事は忘れないように心掛けて常に隣にいる。だから旭も俺を愛刀って呼んでくれたり、側近にしたり、裏切られたら相当リスキーな事も平気で頼むのかもな」

 昔を懐かしんで語るような言動をとったトキヤだったが、その実としては余計な事を言わないよう細心の注意を払いながら言葉を選んでいた。

 「ああそうか。じゃ、次の質問だ。いいか?」

 ……ペイジはこちらの意図には気付いていないらしい。

 トキヤは少しばかり胸を撫で下ろした。

 「サエグサ傭兵団の副団長サエグサジョンヒだが、彼女は妙に他の男達と比べてお前を甘やかしているな。シャウカットの事もナンパしてきたその日に足を踏んだ上に股を蹴り上げて追い払ったようだが、そいつ等とお前の違いは何なのだろう」

 「甘やかしてる……のかな。まあ、他の奴等と違って俺は騙されやすいバカだから面白がって揶揄ってるんだと思う。

 シャウカットだと多分、俺なんかとは違って頭が良いからあいつ曰くの『可愛くない』反応しかしないせいで、そこまで揶揄う気にもならないんじゃないか?」

 「アイツ……そんな風にお前を……許せない……!」

 「まあ気にしないでくれ。それでうまく回ってんだから。それに、別にペイジが何か嫌な目に遭ってる訳じゃないんだから……まさかあいつ、俺に隠れてペイジにもそんな事を……!?」

 「いや、無い。あいつは私の事も他の有象無象と同じ扱いをしているよ。それが良いか悪いかは別としてな」

 「今度きっちり話し合おう、あいつを交えて3人で」

 トキヤの提案に、ペイジは含みのある笑みを見せた。

 その含みの意味を……トキヤは理解する事が出来なかった。

 「さて、次だ。イシハラ傭兵団の……今は副団長か。ニャライイシハラ。彼女と一時期恋愛関係にあったそうだが……」

 「まさか、フラれた理由なんて訊くつもりじゃないだろうな?」

 ……ペイジの目が泳いだ様子を、トキヤは見逃さなかった。

 「てっきり旭の話でもさせられるのかと思ってたけど、さっきから俺の話ばっかりだな。何の意図があってこんな事してるんだ? 悪いけどさ、どんな奴寄越されても執権の座を譲るつもりは無えからな」

 トキヤの問い掛けに……ペイジは俯き、眼鏡のブリッジ部分に指を当てたまま何も言わなくなってしまった。

 「……分かったよ。質問に答えるから黙り込むのだけはやめてくれ。でも執権の座は誰にも渡さないからな」

 「ああ、我々の構成員の中に『プリンセス係』の務まる奴はいない。それはお前が上手くやっておいてくれ。そしてニャライの事を訊くのはやめよう。だが我々としてはお前の情報は必要だから他の質問を続ける。今朝方、シャウカットが円の幻術で女性の姿になってお前に言い寄っていたが、何故拒まなかった? 確かお前は男は無理だと聞いているが……」

 「ちょっとしたイタズラ返しのつもりだったんだけど、妙にお互い盛り上がっちまってさ。まあ、気の迷いだよ。シャウカットもそう思ってるんじゃないかな」

 「……次の質問だ。その後にイタミ傭兵団の倉庫係、イタミシシュエとジョンヒの3人で随分楽しそうにしていたが……お前はああいうのが好きなのか? その……歳上の余裕のあるお姉さんとか、甘サドとか」

 「いきなり突っ込んだ事を聞いてくるな」

 「答えてくれ。今後の私……違った、我々にとって必要な情報だから」

 涼しい声色で言ってのけるペイジだったが……少し顔の血色が良くなって、余裕なさげに口で息をしている。

 何より、さっきから手にしている紙の方へは全く目を向けずに質問攻めをしてきている。

 鈍感なトキヤも、流石に彼女の意図が何となく察せた。

 「ペイジ……流石にここでそんな話したくないよ。人の目もあるし」

 「そ、そうだな……じゃあ、御足労を掛けてすまないが、私の部屋に来てもらおうか。君にはリラックスして話をしてもらいたい」

 言うや否や、ペイジは席を立つとトキヤの腕を掴み、引きながらずんずん歩いてゆく。

 「ありがとう、今日も美味しかった、また来る」

 早口でそれだけ言い捨てて去っていったペイジに、バリスタ妖精は微笑ましさを覚えているような表情を向けた。





 ヤマモト傭兵団の武家屋敷を歩く1人の女がいた。

 「よし、ここで最後かな。じゃ、その後は約束通りトキヤとジョンヒと落ち合って、タンジンの説得か……上手くいくといいなー」

 呑気な独り言を呟きながら、行き交う人々に「こんにちわー、イタミ傭兵団でーす」「ご注文のお荷物の配達に来ましたよー」と声を掛けつつ、

 「ちわー! ペイジー、ハンコちょーだい?」

 副団長の部屋の襖を派手に開けた。

 「……なんか、熱出してる?」

 そこには、いつも通り開きっぱなしの巻物がそこら中に散らかった部屋の奥で、いつもと違ってなんだか妙に熱っぽい様子のペイジが座っていた。

 「い、いや……そんな、事は……」

 普段のはきはきとした言葉遣いも無く、焦点も定まっていない目を泳がせて、碌にシシュエの顔も見れていない。

 それにいつもはキッチリと着込んでいる迷彩柄の直垂が、今日は胸元がはだけて、胸紐も解けてしまっている事にも気付いていない。

 ……更には、隠れているつもりなのだろうが、よく見るとペイジと座布団の間に謎の空間があり、まるでペイジが股を開いて宙に浮きながら座っているような不思議な状態になっている事から、この部屋にはもう一人誰かがいる事は明らかだった。

 (へー、あの堅物のペイジが男連れ込んでよろしくヤってるなんて……何処の誰だろう)

 珍しい現場に居合わせた事にシシュエは驚きつつも、

 (ま、いつもペイジが話する男っていったらジョージとトキヤだけだから、何となーく想像つくけど……)

 少し揶揄ってやろうと思い立って、

 「っていうかこの部屋なんか蒸してない?」

 わざとらしく言いながら、一歩、二歩、ニマニマと性格の悪い笑みを浮かべつつペイジとの距離を詰め始めた。

 「お、おいそれ以上入る必要無いだろ! いつも納品書にハンコ押させてさっさと帰るクセに!」

 「それはいつもならペイジがここまで来て押してくれるからでしょ? 今日も来て押してくれるの? なんか明らか調子悪そうだけど?」

 「それは……その……」

 「ま、ちょっと積もる話もあるからさ、たまにはいいじゃん。こういうのも」

 「……私は、良くない。机に置いて、ちょっと外で待ってて欲しい」

 「ヤダ」

 「くっ……! い、いいだろう。望むところだ。世間話に花を咲かせようじゃないか……!」

 他愛のない話をするだけなのに異様な覚悟を滾らせるペイジに思わずシシュエは失笑しそうになったが、笑えば全てバレバレであると教える事になってしまう。

 まだこの面白い状況を楽しみたいシシュエは『恐らくその辺にいるのであろう男』に目元だけでニヤついて見せると、机を挟んでペイジの反対側にどっかりと胡坐をかいた。

 「それで、ペイジ。君の事だからもう知ってると思うけど、ボクこれからは神坐で暮らす事になったんだ」

 「何……!? いや、ま、まあ、知ってはいるが……それだったら言っておく……タンジンが、そう、簡単に゛っ……! と、トキヤ、深い……! そんなに、奥まで突、く、な……」「え、俺動いてない、けど……」「け、けど、当たって……」「……お前が感じ過ぎて、降りちゃってんじゃないの?」「……っ! なっ、何言ってるんだ……!? 私をそんな、見られて悦ぶ、変態みたいに……!」

 「ねえ、何ブツブツ独り言喋ってんの?」

 「ち、違う! 別に何でもない! それで……うぅっ! ぐ……っ! ……そう、そうだ、お前が倉庫係を外れては、また良子の舎弟達が備蓄をガメ始めるだろうから、そんな事、タンジンは許さないと思う……っく! ふうぅ……っ! はっ……あ……っ」

 「そっかな。ボクも大概盗み食いしてたからあんまり変わらないと思うけど……まあでも、そんなどうでもいい理由じゃボクはもう倉庫に戻らなくていいと思うよ。さて、どんな手を使ったでしょうか?」

 「何を、しでかした? ……トキヤ、何か知ってるなら教えてくれ。……トキヤ? ……まさか、シシュエお前……!」

 ペイジの問い掛けに、シシュエは今日一番に底意地の悪い笑みを浮かべた顔をペイジの前に見せつけた。

 「ボク、トキヤと結婚するんだ」

 「……っ! そ、そうか。だから何だっていうんだ?」

 言葉だけは強気なペイジが、自身を抱く何者かの方へと一瞬戸惑いの目を向けたのをシシュエは見逃さなかった。

 「君みたいな宙ぶらりんの関係じゃなくて、トキヤの側女になるの。表向きは秘書って事らしいけど、でもジョンヒはトキヤの呪いの暴走を鎮められるのがボクだけだから仕方なくっていう言い訳を考えてて……なんか自分で言っててややこしくなってきたな」

 「そんな、浅はかな言い訳で……どうにかなると思わない方がいい……! お前は神坐に居れない。大人しく、倉庫に、戻ってろ……!」

 「タンジンにある事ない事チクって何とかしようっていう魂胆の方が浅はかじゃないかな?」

 「うる、さい……! 黙れ……! トキヤに無理やり迫った理由はそういう事だったのか……!」

 カジュアルに関係を持って、剰え自分に見せつけるように目の前で今まさに事に及んでいる(本人的には隠しているつもりのようだが……)にも拘らず余裕の無いペイジ。

 その有様があまりにも面白くて、可笑しくて……シシュエは調子に乗って、

 「まあそういう事だから、残念でした。君が立場とか世間体とか気にして足踏みしてる間に、ボクはトキヤと毎日あんな事やこんな事をしちゃいまーす。もうペイジの事なんて、構わなくなっちゃうかもね?」

 そんな事を言いながら、わざとらしくペイジの後ろへ流し目を向けて舌を出してみせた。

 ……そう、シシュエはペイジの事を見くびっていた。

 まさか思慮深く、慎重で、ともすれば臆病者のペイジが、

 「……フ、フフッ、アハハ、ハハハハハ!」

 「えっ、ちょっと待っ、ペイジ!?」

 全てをかなぐり捨てて、

 売られたくだらない喧嘩を大人買いして、

 「……いやまあ、最初からそういう事してたの、分かってたけどさ」

 シシュエが部屋に入ってきた時、自らがトキヤに咄嗟に被せた透明化の呪具、無色袿むしょくうちきを己自身の意志によって引き剥がし、

 「もう一度、言ってみろ……! お前は誰のカキタレになって、誰の立場を奪える気でいる……って? ……っ! ーーーーーっ!」

 トキヤと2人、自棄クソな快楽に身を委ねて身体を強く震わせた。

 

 

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