第十二話【雷葬】3
2人は互いの軍勢と共に刃を交え始める。
互いに勝利して、相手を得るために。
「トキヤ殿! いい加減、諦めろ!」
真仲は唯々死に戻るだけの相手に対して、切り結び、合間に贅沢にも雷を何発も落としてゆく。
「諦めろ! 諦めて、あなたのすべてを私にくれ!」
閃光が河原を劈く度に、焦げた石や魚が飛び散る。
「私はこれ以上あなたを苦しませたくない! これ以上旭様のせいで擦り減っていくあなたの哀れな姿を前に、黙って何も出来ないでいる事など耐えられない!」
斬り合い、隙が出来れば雷が落ち、また斬り合う。
しかしトキヤの斬撃は全て真仲に当たらず、払われ、押し返されるばかりだ。
「頼むトキヤ殿! あなたが真に慕う者が私であるのなら! ここで私に殺させないでくれ!」
あまりにも図に乗った真仲の言葉を浴びせられたからなのか、
「トキヤ、殿……?」
トキヤは戦意を失ったかのように突如顔を他所へと向けた。
彼の出した答えを『拒絶』と判断した真仲は……悲しげな笑みをその背中に向けた。
「そうか……こうまでしても結局、あなたが最期まで共にいたいのは、旭様なのか」
真仲の問い掛けに応じてか否か、トキヤは明後日の方向に、ゆっくりと頷くと、真仲の方へと向き直った。
互いを見ているのに、その見ている先に相手がいるのは1人だけ。
「真仲さん……あんたはホントに、武士の鑑だよ。戦えば俺達が全く敵わないぐらい強くて、でもその強さに溺れず俺みたいな何も出来ない奴にまで優しくしてくれる……狡くてワガママですぐ人を見下す旭なんかよりも、あんたと先に出会いたかった」
「トキヤ殿……それは買い被り過ぎだ。私はただ、高巴や中ヒノモトの皆とは違う、あなたの筋の通った為人が眩しく思えて欲しくなった、それだけの事」
真仲は、トキヤの手を取ろうと、一歩、そして二歩、手を差し伸べて近付く。
「悪いようにはしないと約束する。私の隣で高巴と共に、人々を率いてこの地の為に戦ってはくれないか?」
その提案に、
トキヤは諦めたような、そして失望したような乾いた嘲笑を上げた。
「あんたの望みはそれっぽっちなのかよ」
「え……?」
想像だにしていなかった言葉を向けられて、真仲は頭が真っ白になって固まってしまった。
その、一瞬が命取りだった。
「ぐ、は……っ!?」
何者かに背を刺された。
(な……何!? 高巴は何を……!?)
己の身に危険が及べばいつも助けてくれていた筈の男が来ない事も不可解だったが、慌てて後ろを振り向いた真仲は、
「は……!?」
更なる混乱の渦に呑まれゆく。
「悪く思わないでくださいね、真仲様。さあ義兄上……手筈通り」
先ず、己の背は物理的に刺されたのではなかった。
相手の持つ短い錫杖のようなものの先、ぼんやりと幻影の様に象られた光の刃が己の背を刺し貫いていた。
次に、自身の背を刺しているのは、他でもない。
自分自身だった。
「な……何だ……!? 一体、何が……」
思わずそんな言葉が零れた真仲だったが、
「ああ、分かった。円、気をつけてな……おい大丈夫か円!? しっかりしろ! クソッ! だから小手先の魔術だけで暗殺なんて無理だって言ったんだ!」
トキヤが喚く言葉を聞いて、状況を把握した。
「一旦退くぞ円! 真仲さん、また今度必ずケリつけにきますから、それまで誰にも殺されないで下さいね!」
「望むところだ。旭様の具合が良くなるまでの間に手勢を整え、あなたを待っておくとしよう」
「トキヤ殿……何故、私、を……」
その場で起きている事は理解出来たが、なぜそうなったのかが分からない。
薄れゆく意識の中、ただ確かであると認識した事は、その円とやらに背を刺されてから、真仲は円の姿になってしまった……という事だけのようだった。
神坐へ着いたトキヤ一行はその足を御所まで進め、
「ぐ……!」
捕らえた円の姿をした真仲を縛り上げ、座らせた。
「まるで罪人が如き扱いだな。私は神坐の者だぞ、これは同士討ちにあたるのではないか?」
自身を蔑んだり嘲ったり、様々な視線を向ける将軍達を相手に真仲は冗談めかして問い掛けるも、
「ニヒヒヒ……! オヌシ、自分の置かれた状況をまるで分かっておらぬようじゃのう?」
チランジーヴィの言葉から、自身が円でない事は皆知っていると察した。
「残念だがな、テメエもう終わりだぜ?」
「終わりか。ならば、早く一思いに首を刎ねたらどうだ?」
売り言葉に買い言葉、ヒョンウに負けじと真仲は考え無しに言い返す。
「言葉に気をつけるんだ。僕は優しいから目を瞑ってあげられるが、名前の無いタダの人間に過ぎない今の君の減らず口を、皆は到底許しはしないよ」
「名前が無い……どういう事だ……? 私は菱川真仲だ、それはあなた方も知っての通りだろう?」
悲しい哉、真仲はガニザニの思い遣りが故の忠告を聞いても、何を言いたいのかが理解出来ない。
「おやおやおや、そうこうしている内に……来ましたね」
タンジンの視線の先から現れたのは、
「久しいな真仲。達者にしていたか? 志を同じくする我が盟友よ」
光旭。
「私もお会いしたいと思うていたぞ、旭様。何故斯様な事を為された?」
そう問われた旭だったが、
「円の姿で阿呆丸出しの言葉を話すな、目障りだ。タンジン、手筈通りやれ」
真仲の問い掛けは完全に無視して、先ずはタンジンに何事か命じた。
「それは残念。折角合法的に阿婆擦れの小娘を虐げられるところであったというのに……良子、円から預かったアレの使い方、分かりますか?」
「へえ。円様から聞いた通りにやりまさあ」
タンジンは軽い溜め息をつきつつも墨塗りの黒い木の枝のようなものを持った良子と他愛なさげに言葉を交わし、
「何を……ぐあぁっ!?」
良子に持たせたソレで真仲の背を殴らせた。
「う、ぐ……?」
己を縛る縄が少しきつくなったように感ぜられた事から変身が解けた事は察せた真仲だったが、それだけにしては何か身体が重い事にも違和感を覚えていた。
それでも、先ずは旭の真意を問いたいと考えた真仲は、
「……答えてくれ、旭様。何故わざわざ私を拐すのに、私に変身させた偽者を用意したのだ? 単に高巴の目を誤魔化す為だけでもないのだろう?」
物怖じせずに問い掛ける。
だが、それを度胸が故と捉える者はこの場におらず、皆して単なる暗愚の発露を嘲るだけだった。
「有り体に言えば、本物の其方はもう用済みとしたいのだ。わしが用意した影武者と入れ替わらせて、其奴に中ヒノモトを取り纏めさせる。都の女王の甘言にまんまと乗せられわしに歯向かう、わしの目の前におる大馬鹿者には……」
不意に真仲へ近付いた旭は、
「があっ!」
その横っ面を殴りつけた。
「その命を以て償わせる他あるまい?」
言うや否や旭は刀を抜いて振り上げ、
「莫迦な、みすみす殺されると思うな!」
対する真仲も己が身を捩り、
「おっと、縄が脆過ぎましたね」
タンジンの言葉通り縄を千切ると、腰に差したままの刀を抜いて旭の刀を受け止めようとするも、
「えっ、あれ……っ?」
刀が重い。
思わず取り落とした真仲の頭上で、旭の振り下ろした刀は止まった。
「上手く避けたものだな? ……と、何時迄も呆けたお前で遊ぶのも良くないか。いい加減気付け」
にやにやと嗤う旭。
重く感じる身体と刀。
……真仲は嫌な予感で一杯の心持ちで、慌てて中庭の池へと走り抜けて己の姿を水面に映した。
「あ……あああ………」
その予感は的中していた。
髪も瞳も黒い己が、池の中から覗き込んでいた。
「あああああ! ……あ、あああぁ……!」
真仲の表情は、己の人生を歪ませた程の強く疎ましき力をいざ失えばどうなってしまうのかを理解したかのように、絶望一色の様相を呈していた。
「お前の雷の力、呪具によって封じさせてもらったぞ。これで身代わりに成り代わられた上に力も失ったお前はただの名も無き非力な娘、と謂う訳だ。我が手から逃れようと、お前をお前と認める者は誰一人としておらぬ。慕うておる側近の間者ですら、今の何も出来ぬ有様を見れば早々に見捨てるであろうな?」
「何故……何故、斯様な、酷い事を為されるのだ……! 私が何をしたというのだ!?」
縋り付いてきた真仲を、
「痴れ者が!」
旭は蹴り飛ばし、吐き捨てる。
「わしを出し抜き、謀り、殺そうとして、剰えわしから名を奪おう等と考えた身分でよくぞ左様に人を悪し様に言えたものよな?」
真仲の髪を引っ掴み、その首に刀の峰を押し当てた。
「これは、人の分際で武士の頂に立つ神に等しきわしを愚弄した、貴様への罰と思え。あの世でわしに詫び続けよ! 菱川真仲!」
力を奪われ、己自身をも奪われた菱川真仲だった女は、失意の内に目を閉じたが、
「やめろ旭!」
捨てる神あれば拾う転生者有り。
今ここで彼女が縋れるたった一人の声が、2人の間に挟まった。
「何のつもりだ……? またお前は左様に、他の女に現を抜かすか!」
「この人は、お前と分かり合える筈の人だと俺は思ってる。それをみすみす手放すのは、哀れが過ぎるだろ」
トキヤの言葉を聞いて、旭はじっと真仲を見やる。
その瞳の中には、純然たる怒りや焦りだけでなく、何か別の反感が見えた。
その感情を感じ取った真仲は……、
己の望み絶たれし心を塗り替える程の、言い知れぬ心地良さを覚えて、思わず喉を鳴らした。
「お前今……わしを嗤ったな?」
「……っ! ち、違う、私は……」
その一瞬を見逃さず、慌てて正気に戻った真仲を、旭の方が逆に嘲ったが、
「そうまで言うのであればトキヤ、私はお前の言葉を信じて命を下そうではないか」
その嘲りも一瞬の事で、彼女は何事も無かったかのように続ける。
「此奴を……私を謀った始末の悪い雌猪を、二度と私に逆らわぬ雌犬として躾けろ。私を出し抜こうとせず、私の言葉を全て受け容れ、私の為ならば泥を啜り敵の背を刺し如何なる卑怯千万をもやり遂げる、私だけの従順なる犬畜生とするのだ。さすればお前の助命嘆願、聞き入れぬでもない」
「そんなの間違ってるだろ! 俺は真仲さんをお前の奴隷にしたいんじゃない、かけがえの無い友にしたいんだよ!」
「認めぬ。私は此奴を殺したいと言っておるのだ、命があるだけましと思え。出来なければ其奴が幾ら嫌がろうと腹を切らせてやるからな! 覚えておけ!」
旭は言い渡すと、一人御所の奥へと消えていった。
残された2人は、互いの顔を覗き合う。
「……トキヤ殿」
「必ず俺が守り抜きます」
その言葉に、真仲はほっとしたような……と謂うには少し謀の色が強い笑みを浮かべた。
「どうか希望を捨てないで下さい。俺は旭の言う事全てに従うつもりは無い。ここで話せる事はあんまり多くないので、行きましょうか」
「忝い、トキヤ殿」
トキヤに腕を引かれて、真仲は部屋を後にする。
そこにいる七将軍の向ける視線は……何か異様な雰囲気があった。
或る者は哀れむような、或る者は嘲るような、或る者は悼むような……少なくとも、以前に来た時のような客人を迎える目ではなかった。
真仲は、その視線の意味を察する事が出来なかった。




