第十二話【雷葬】2
タンジンに背中を押されるがまま陣中の一角まで案内されたトキヤは、
「ご覧あれ! どうです? なかなかに会心の出来ではありませんか?」
「ちょっと俺が着るには派手過ぎません?」
「気持ちで負けては執権すら務まりませんよ! ワタクシが着替えさせてあげましょうか?」
「え、えぇ……分かりましたよ……」
彼に促されるがまま着替えてゆく。
「ときに我が王よ、何故みすみす旭が戻るのを許したのです? あれ程までに苦しめたくないと言っていたのに」
「その我が王ってのやめません? マジで俺、旭の事を蹴落とすつもりなんて微塵も無いんで」
「質問の答えになっていませんよ、我が王」
「答え……答えか。旭が戻るって言ったからですよ」
「では質問の仕方を変えましょうか。何故、旭の戻ると謂う意思を許したのです?」
「あんたと違って、流石に他人の意思は尊重したいんでね」
「そして流されるがままに政の場から追い出され、己の妻を苦しめた凡才の幼妻を殺す事すら許されず、呪いまで掛けられてこんな所で幼妻を相手にナンパ師崩れをさせられる事になったと……アナタにはプライドというものは無いのですか?」
「今度は何企んでるんですか? 回りくどく罵られたところで、バカの俺には何一つ理解出来ねえんですけど」
「それを素直に答える等と唯々稚拙でつまらない。アナタだってそんな淡白な会話をワタクシと交わす事等望んでいない筈だ」
「……上手く事故に見せかけて、真仲を殺せると思いますか?」
「ワタクシが言いたいのはそういう事ではありませんしその目先の旭の事しか頭に無い考えはおやめなさい」
「だったら、この先アイツは捕虜にした真仲と上手くやっていけると思いますか?」
「その他力本願な問いそのものを恥じるべきだと何故分からない?」
鎧の紐を締めたトキヤは、タンジンの問い返しの意味が分からず、暫し黙して彼と目を合わせた。
対するタンジンはトキヤへ、扇子で口元を隠しながら囁く。
「良いですか? ……夜伽の呪具の材料は、まだ余っています」
「俺は旭の意思を尊重したいです。その支配欲か性欲か分からないものを振りかざしてまで、2人の仲を取り持つ積もりは無い」
トキヤは冷淡な言葉を吐き捨てた。
だが、タンジンはトキヤの僅かな言動の揺らぎから、何かを確信していた。
「トキヤ、折角の異世界ヒノモトなのですから、欲しい者は全て手に入れなさい。玉石混合あらゆる者を手に入れていけば、いずれその果てにアナタが本当に成し遂げたい事の為に役立つナニカが必ずや見つかりますよ」
新しい直垂。
新しい鎧。
それらを身に纏ったトキヤはタンジンに連れられて、
「わあ……! 義兄上、麗しいです……!」
目をきらきらさせて自身に見惚れる円の前に立つ。
「呪いで目が曇ってるせいだとしても、お前に褒められたら勘違いしちまうよ」
目の前の円の言動を面白おかしく感じて、軽口を叩いたトキヤ。
「まだまだ勘違いしても大丈夫だと思います。義兄上は自信が無さ過ぎるのですよ」
彼の言葉の一つ一つに異様な程浮足立った反応を見せる円に、タンジンは眉をひそめた。
「おやおや、円の前では随分と饒舌ですね」
「そうですか? あんたと普段話してる時とそう変わらないと思いますけど」
「だから饒舌なのだと言っているのです。この前会ったばかりだというのに、まるで距離感のバグったカップルみたいではありませんか」
「な゛っ!? ち、違! わ、私が、義兄上と……!? お、お、恐れ多く存じます! 姉上に合わせる顔がありません!」
タンジンの言葉に、円が戸惑いながら顔を真っ赤にする。
「一々円が俺にデレデレしてんのは今日の作戦で使う呪いを弄ってたらミイラ取りがミイラになっちまっただけなんで、そんなんじゃないですよタンジン」
そんな円に、トキヤは面白い生き物を見るかのような視線を向ける。
「そんな言い方あんまりです! 義兄上は、私を弄んで……! 酷い御人です!」
「そうでしょう円。この男はこの世界に来るなりワタクシを誘っておきながらトキタロウに靡いた酷い男なのですよ。まるでワタクシとの一時は遊びであったと言わんばかりでした……最低の男です」
「そんな……! でも……私も最低です。そんな義兄上だから、余計に好きになってしまう……♥」
「おやおや、アナタまでもがワタクシ達と同じように、この男に手玉に取られてしまっているようですね。本当に、酷い男だ……!」
「悪い遊びはこの辺にしてもらえませんか、タンジン。円もそれ以上酷くなる前にさっさと自分の呪いを解いてくれ」
「義兄上は人の心が無いです!」
これ以上付き合ってられないと態度で示すように2人に背を向けて、トキヤは近くの岩の上に立つと、川向こうへ目を向けた。
そこには、確かに亜人ではなく人間の軍勢がいた。
(それにしても、これだけの数の人間を唯単なる人当たりの良さだけで集められるなんてな……旭じゃ絶対こうはならない。真仲さん、俺の元いた世界でアイドルにでもなってりゃボロ儲け出来ただろうな)
そんな他愛のない考えをぼんやり宙に浮かべながら眺めていた彼の視界に、空色の髪をした背の高い女が入った。
女は、こちらを見るなり驚いたような表情になったが……それを隠すように一度天を仰ぎ、再びトキヤに向けた顔は、不敵な笑みを湛えていた。
トキヤは……今から自分が行う所業を思い、自身の胸に精神的な痛みを覚えたが……最早立ち止まる事は許されない。
決意を込めて歩み出たトキヤの姿を認めて、真仲も一人、応えるように川向こうからやって来る。
「久しいな、トキヤ殿。私だ、光旭だ。早速頼み事をしてしまってすまないが、病になっている方はまだ床に臥せっているのか? もしよければ、そちらと私を取り換えては貰えないだろうか?」
「やめてもらえますか? この世に旭は2人も要らないんで」
「しかし、私は都の女王からそう言い渡されてしまった。ヒノモトの神である女王の言葉には、あなたも逆らえない筈だ」
「知りませんよ。俺達は転生者だ、神も仏も無い」
……暫し、2人の間には沈黙が流れるも、両軍共に睨み合いから進む気配は無い。
「遠目に見ていた内は唯黒いだけかと思っていたが……随分と派手なものを着込んでいるな、トキヤ殿」
「俺のセンスじゃないんで幻滅しないで下さいね」
「桃色の線が入り乱れる灰色の直垂に、七つの色を織り込んだ鎧……成程、今のあなたが背負う全てがそこに表されているのだな。それを誂えた者は良い趣味をされている」
「是非、直接言ってやって下さい。褒められるのは好きな人ですから」
……2人は刀を抜いた。
「思えば長い道のりだった。元々父親の分からぬ身の上の私であったが、この青き髪、黄色い目を見た人々から、母上は狼と交わり私を成した等と莫迦げた作り話で罵られてしまった。そのせいで母上は幼き私を一度は森に捨てさせられ、私は高巴に見つけてもらえるまで、ずっとこの昼も薄暗い森の中で迷いながら生き続けていたのだ……初めて私の許へと会いに来てくれたあの時、道に迷っていたあなたの様にな?」
「……それは、寂しいし、悲しい話ですね」
「あなたを一目見た時、その白い髪がまるでかつての私の青い髪のように見えた……幼き日の、救いを求めて何の希みも無い森の中を延々と彷徨っていた私を、やっと己の手で助け出す事が出来たような気がした」
「そりゃ嘘でしょう。あんたがそこまで俺の事好きじゃない事ぐらいは、流石に鈍い俺でも分かりますよ」
「今のは真の話だったのにな……でも、神坐へと呼ばれ、夢のような一夜を過ごしたあの日……あの日が今でも昨日の事のように思い出せる……きっとあの時だけが、私の戦いばかりの人生の中で、最も幸せな一時となるのだろうとは思っているよ」
「もう勝った気でいるんですか? 俺達も随分とナメられたもんだ」
「ところで、流れ者が死なないと謂う話は真ではないのだろう? 身体だけは何が有ろうと甦る、しかし心を砕き、魂を死へと追いやれば、唯の腐らぬ骸と化す……そう都の女王が言っていた」
「こんな事止めましょう、真仲さん。俺が旭と掛け合います。あんただけでも助けたいって」
「それは優しさから言っているのだろうが、失礼な思い上がりだぞ、トキヤ殿」
「優しさ、か……あんたこそ、俺達を見くびり過ぎてるよ」
「諦めてくれ。私はあなたの権威は勿論、その生温い善意で靡くような軽い女ではない。あなたと私はここで斬り合い、そして……私は必ず打ち勝つ。あなたにも、そして、あなたを斃した先に待っている、ヒノモトの武士の頂に立つ者……旭様にも」
「俺の心は砕けない。つまり、あなたには初めから勝ち目など無い。だからこんな事はやめろと言ってるんです」
「その言葉は偽りと私は考えている。何故なら……旭様は、嫉妬の為に私が都に入れぬよう嫌がらせをされた。私がこの地、中ヒノモトを所領として安堵して貰えず、孤立し、窮地に立たされたところを攻め落として殺す為に。ところが今のあなたは、そんな旭様の意思に反して私を助けたいと言う。あなたはもう私を殺したい旭様から心が離れている、そう謂わずしてこれを何と喩える?」
「……ッ! うるせえ! 俺は、旭一筋だ!」
「まあ、今すぐあなたを口説き落とせるとは思っていない。然れば!」
先に刀を振るったのは真仲の方だった。
だが、トキヤからは少し遠く、届かない。その刀身は空を斬るばかり……ではなく。
眩く青い閃光が辺りを覆った。
その直後、真仲の切先にいた筈のトキヤは消え、そこに残っているのは黒焦げの背の低い枯れ木のような何かだった。
轟音が低く鳴り響く中、真仲は険しい顔を焦げた枯れ木に向けながら、
「あなたが諦めて私の側近となってくれるまで、私も諦めない事としようか」
死に戻ると分かっているように語り掛ける。
「いいぜ。やれるもんならやってみろよ」
枯れ木は言葉を発すると、みるみる内に人の姿へと戻っていき、
「せいぜい死なない俺達に磨り潰されないよう、気をつけるんだな……掛かれえええエエ!」
そこに立っていたのは、刀を真仲に向けて己の軍に突撃を言い渡す、七色の鎧を着た白髪の青年だった。
「はっはっは! 血沸き肉躍るな! 迎え討て! 東夷何する者ぞ!」




