第十一話【奈落の果て】6
……トキヤが円に無理矢理襲われてから数刻後。
「ふあぁー。少し寝過ぎたな。円、気は済んだか?」
日の暮れ始めた中、正義は寝惚け眼を擦って2人に目を向けた。
……円とトキヤは未だ絡み合っているものの、唯身体を重ねているだけではない様子だ。
「う、ぎぃ……っ! こ、これだと、呪いが少し強過ぎますね。頭がぴりぴりして、嫌な感じがします。もう少し、果てた時に与える快楽を弱めます」
「分かった、じゃあもう一回最初からだな」
「ふふ、要領を掴んできましたね、トキヤ。手でするのだけは初めからやけに御上手でしたが、これで文句なしに神坐一の男娼となれますよ」
「流石にここでそれを食い扶持にはしたくないけど、旅の日銭稼ぎには使わせてもらうかもしれないな」
「またそうやって逃げようとする……もうあなたは私のものなのですから、逃げる事は許されませんよ」
「いや、お前のモノになった覚えは無いんだけど……」
ぶつぶつと話し合う2人の許へ、忍足で歩みを進め……、
「義兄上!」
「あ、兄上」「うおあっ!? な、何だ正義!」
少し不機嫌そうな表情を見せながら、正義はいい加減2人を止めた。
「もう良い時間ですから、そろそろお終いにして下され。でないと……わたくしも義兄上に跨りますよ?」
「いや、俺は男は、ちょっと……」
「それから円、何やら怪しげな呪いを義兄上に施していたな? もしも義兄上を使って姉上に何かしようものならば、例え妹であってもわたくしは容赦せぬからな」
「いえ、これはそういったものではないですよ兄上。ただ呪い師としての純粋な興味で、色病みの呪いを色々と弄っていたのです」
円の何処か自信満々なその言葉を受けて、怪訝そうな視線を向けた正義は……嘘は言っていない口振りであると判断して、
「義兄上がお前の手の加えた呪いのせいで、誰か慕った人を殺してしまう事が無い様にな」
少しばかり釘を刺すに留めた。
「さて、義兄上。今日はわたくしの部屋で一晩お過ごし下さい。少し頭を冷やせば、面倒な暴れ者の姉上の世話を他の者に押し付けて逃げ出せばこの国がどうなってしまうか、お気付きになられるでしょうから」
「だから俺があいつの足引っ張ってたんだって。光旭がヒノモトの人間達の頂点に立つ為には、俺は邪魔な存在で……」
「まったく、義兄上はしょうがない御方だ。いいですよ。それなら、今宵は朝まで話を聞かせてくださいませ」
どっかりとその場に座って、正義はトキヤに向かいへ座るよう促す。
「ず、ずるいです兄上! トキヤは私の夫なのですよ?」
「いやだから俺はお前の夫にはならねえって……」
「円も義兄上と語りたいか。ならばお前はそこへ」
「はいっ」
「……ごめんな。こんな迷惑掛けるつもりじゃなかったんだ」
「そういうのやめましょう、トキヤ。姉上とは上手くいかなかったかもしれませんが、私達とはお互い持ちつ持たれつで良いではありませんか。さあ、早速ですが、何か甘い物でも食べますか?」
「いや、俺甘いのはそんなに好きじゃないんだ。元の世界にいた時もお茶とかが好きでさ」
「では義兄上、この前その辺で取ってきた薬草を裏に干しているので、それで茶でも煎れましょうか」
「兄上、あれ全部毒草ですよ……!? 自分で飲む為に取っていたんですか!? てっきり毒矢の材料にでもするものと……流れ者のトキヤは兎も角、私達はひとたまりもありませんが……」
「左様なのか? わたくしはいつも何ともないのだが……」
「毒に耐性が出来ている……? 恐ろしい御人……」
他愛のない話をする3人。
それでもトキヤの決意は固く揺るがないでいたが、たまには旭に見つからないよう神坐に戻るのも悪くないだろうと思い始めていた。
「そういえば、色病みの呪いは子供にも伝染るんだよな? 旭がそうなら、円は自分で解いてるとしても、正義も呪われてるんじゃないのか?」
ふとトキヤは疑問に思った事を問う。
「それなのですが……何故か兄上は呪いに掛かっていないのですよ。兄上、北ヒノモトの秤様や都にいた頃の寺の和尚様に、呪いを解いていただいたという事はありましたか?」
「いや……左様な事は無かった。わたくしを御産みになられた時には、もう人を呪う気が失せていたのでは?」
「どうでしょうか……呪いを解いた者の中には、最近桃色の髪の歩き巫女を抱いたという男もいたので」
「つまり、何故だか分からないけど正義は呪われてないって事なんだな? まあそれならそれで良かったんじゃないか? これから先、正義も好い人を見つけて結婚とかするだろうし」
「気が早いですよ義兄上、わたくし、背丈ばかり高いだけで齢はまだ……円?」
「しっ……何やら姉上の部屋の方が……」
不意にそう言って円は2人の話を止めた。
「ぐえっ!? か、辛……ッ! 旭さん、何食ったんだよ!? 有り得ねえ!」
それは間違いなくシャウカットの狼狽える声だった。
「は!? わしは何も……ま、待て! お前にまで逃げられては、わしは……!」
「あのな旭さん! 俺はトキヤと違って、こういう事されたら許せねえの! ガチで! ホントに……う、うげえええぇぇ……!」
そんな会話が聞こえた直後、3人のいる部屋の前をどたどた音を立ててシャウカットが通り過ぎていった。
「……辛い? 姉上は何か悪戯でもしたのだろうか?」
「それは流石に旭を怒らないとだな。シャウカットが可哀想だ」
男2人はそんな事を言いながら、円は黙して何か考え事をしている様子でシャウカットの背中へ目を向けていたところへ、
「こんの、愚弟共が!」
後ろから現れた旭が、正義と円に拳骨を下した。
「そこに直れ! 人様の醜態を覗き見る等と、下衆の所業ぞ!」
「「も、申し訳、ありませぬ……」」
旭に正座で座らせられて、2人は唯々頭を下げる。
「おい、2人は旭の事を心配してたんだよ、やめてやれ……」
助けられた手前無碍に出来ないトキヤは弁解を始めたが、
旭に口を重ねられて、言葉を止められてしまった。
「あれ……? シャウカットは辛いって言ってたけど……旭、何か甘い物でも食べたのか?」
「左様な事はどうでもよい、お前は奴が代わりになると言っておったがこの体たらくよ。責を負え。最早お前の他には……いえ、貴方様の他には、何者もわたしを愛せない事は、明白に御座いましょう? 執権様……♥」
飢えた様な……しかし、飢えたと謂うにはあまりにも哀れな目つきを向けて助けを求めてくる旭を前にして、これ以上トキヤが退く理由は無かった。
「……そうか。俺じゃないとダメなのか。分かったよ、旭」
「きゃっ……し、執権様、いきなり抱き上げるなんて……♥」
「先ずは、軽い気持ちでアイツに浮気しようとしたお仕置きからだな?」
「あ……♥ お、お仕置き、やった♥ お仕置き、おしおきっ♥ ひひっ、ひひひひ……♥」
そうして二人の拗れた痴話喧嘩は終わりを迎え、元鞘へと収まる為に部屋へと帰っていった。
「……何であったのだ、これは。どっと疲れましたよ、姉上」
旭の背中に小声で愚痴を吐いた正義だが、
「聞こえておるぞ」
「あっいえ、その、御二人がよりを戻せて何よりです!」
「よい。……行きましょう、執権様♥」
「もういいのか。分かったよ、旭」
どうにか旭の許しを得た。
「さてと、万事丸く収まったようだし、おれも寝直すかな。円、お前もそろそろ自分の部屋に……」
そう言って円のいた方へと目を向けた正義だったが、
「……円?」
円は視界の遥か先、何か深刻な表情でシャウカットを追って小走りに去って行っていた。




