第十一話【奈落の果て】4
いつもの広い板間で集まった7人は、やいのやいのと呑気に話し合いながら自分達の認めた『王』が来るのを今か今かと待っていた。
「それにしても女王のヤロー、真仲を旭って事にして軍を嗾しかけてくるとか、頭の柔らかさがハンパねえな。タンジン、完全にテメエの負けだろ」
「ま、まあ……まだ慌てる程ではないでしょう、ヒョンウ。最悪は旭を生け贄にすればいいのですから。トキタロウ、我等が王の説得はアナタがしなさい」
「いきなり無茶振りすんじゃねえよ! 出来るワケねえだろそんなの! トキヤがどれだけ旭を大事にしてるかはお前だってよく分かってんだろ!?」
腐れ縁の3人が仲が良いのか悪いのか分からないやり取りを交わし、
「都の女王か……正直なところ、あまり興味の無い相手だった。タダのカゲツのサンドバッグと高を括っていたが、これは考えを改めなくてはいけないね」
何処か他人事のようにガニザニが話について行く。
「ハハハッ、カラスが白いっつったら白い事に出来る立場を最大限活かしてきやがるな。で、どうすんだよ。流石に俺達だけで動いてキタノの参謀がキレちまったら収拾つかねえぞ」
ジョージもいつも通り軽いノリで真面目に話を進め、
「ウーム……こんな時、マトモだった頃の旭姫ならばどうしておったのかのう……」
チランジーヴィが真意を滲ませた言い回しをする中、
「過ぎた事はどうにもならない。合理的な判断を下すなら、先ずはトキヤを執権職から解任し、次に旭を殺して首を差し出し、最後に女王の嘘に乗っかって真仲を旭という事にして迎え入れるのはどうか」
新参者のバレンティンも負けじと話し合いに参加するが、
「……断固拒否です。我等が王を解任? バカも休み休み言いなさい」
タンジンに門前払いされてしまった。
「珍しく気が合うな、タンジン。オレも弟のハシゴ外すつもりは無えかな」
「けどよトキタロウ、オレは嫌だぜ。あの陰湿メガネと心中なんてな」
「スパイの身分でどの面を提げて他人の陰湿さを論うのですか、アナタ」
「なんだテメエ! やるか!?」
「やめないか2人とも……だが、僕もトキヤ君の解任には反対だし、旭姫を差し出すつもりもない。そんな事をすれば神坐は東ヒノモトでの求心力を一気に失い、僕達はまたカゲツの下僕か家畜以下の扱いからやり直しになってしまう」
「つまり、八方塞がりってこったな」
「ウーム……こんな時、旭姫ならばどうしたんじゃろうなあ……」
そしてまたも堂々巡りに戻ったところへ、
「真仲を拐かして力を奪い、恋仲の参謀やかつての臣下、仲間共の尽くへ役に立たなくなった無惨な姿を見せて失望させ、希み絶たれし怒りを抱いた真仲自身の手で其奴等を殺させる。最後はわしが真仲の乱心を正して許すという名目の下で、残った中ヒノモト豪族共の勝手を知る真仲を間に挟んで神坐が従える」
「おお! そうじゃそうじゃ! まさしくそれこそ大胆不敵で狡猾残忍な旭姫の手口じゃ! して、それを今提案したのは……」
チランジーヴィは手を叩いて喜びながら声の源へと目を向け、
「大胆不敵で狡猾残忍なお前の主だ、チランジーヴィ」
その両手を頬に当てて顔を真っ青にした。
「おやおや……まさか本当に呪いを解いて戻ってくるとは。あと一歩でトキヤを我等が王として祭り上げられるところであったというのに、何と残念な事であろうか……」
悔しげな言葉とは裏腹に、タンジンはどこか楽しげで不敵な笑みを浮かべている。
「先程の話、聞いていたぞ。呪いが解けて冴えた頭でどう考えようと、此度の騒ぎはわしを殺す為にお前が仕組んだ謀であるとしか思えなかったが……猿も木から落ちるとは、この事だな?」
旭の辛辣な嘲笑は相変わらずだが、それでもタンジンは難敵の帰還を喜んでいる様子だ。
「病み上がりの所申し訳ないが、君も知っての通り僕達は都の白鳥女王を脅して従えていた筈が、まんまと騙されて盤面をそっくりそのままひっくり返されてしまった。君の作戦は成功すれば極限まで血を流さずに事態を終息させられるだけでなく、中ヒノモトを丸ごと手に入れられる。是非とも実行に移したいが……少々作戦として粗が目立つ。君の頭の中で描いている絵について、もう少し詳しく教えてはくれないだろうか」
ガニザニは旭の今までの事情を知らない訳が無いにも拘らず何事も無かったかのように相変わらずだが、
「尤もな意見よ。然れば、先ずはこの手筈をやるにあたって心強い味方が加わった故、紹介してやろう。円!」
むしろその特別扱いの無さこそが今の旭にとっては嬉しいところだった。
旭に呼ばれて悠々と部屋に入ってきたのは、一人の尼僧。
座して見定める7人の男一人ひとりの目を緊張した面持ちで覗き込みつつ、旭の前まで歩みを進めると、振り向き改めて全員の方へと顔を向けた。
「ひ……ひか、光まど……」
緊張でしどろもどろに自己紹介を始めた彼女だったが、
「光円、だろ? この前の色病みパンデミックの時に名前は聞いてたから知ってるぜ。ウチの連中もだいぶやられてたんだ、助けてくれて、ありがとうな!」
トキタロウが気遣って手助けを入れ、屈託のない笑みを向けた。
「あ……す、すみません」
「良いって事よ! むしろこれからは、呪いとか魔術はからっきしのオレ達の方が世話になっちまうと思うからさ」
「は、はいっ! 僭越ながら、人の身で魔術、呪い、法術、その他諸々を私の域まで練り上げた者はこのヒノモトにはいない自信が有りまして御座います、是非、私を役立ててくださいませ……!」
トキタロウとすっかり打ち解けた円が己の近くにうきうきと座した様子を前に、旭は少しだけ表情が柔らかくなったが、直ぐに険しい表情に戻ると、話を続けた。
「此奴は呪いだけでなく魔術にも長けておるそうでな。故に、先ずはタンジン、お前がかつて私を襲った時に用いた変身の魔術だが、あれは魔力を持たぬ人間でも用いることが出来るのであれば、魔力を持つ円であればもっと長い間変身出来るものとわしは睨んでおる。故にこれを円に使わせ、円の扮した真仲の偽者と真仲の本物を入れ替わらせて、本物の真仲を拐かし、ここへ連れてくるのだ。
次に、真仲の力を奪う。雷落としが魔術の類いであると確か正義が言っておったのだが、円曰く、雷落としが魔術であるのならば魔力を封じる事で奴をただの人の身に貶められるそうだ。
最後に、無用の長物となった真仲を郎党どもと引き合わせて『偽者を使い続けるか、本物を返してやるか』を選ばせてやる。役に立たぬ主を認める者などおらぬ故、真仲はかつての臣下のすべてに裏切られる。希みを絶たれた真仲の怒りが頂点に達した頃合いを見計らって封印を解き、奴に返してやった雷落としの力でかつての臣下を皆殺しにさせてやるのだ。
これで一旦は真仲の名声は地に堕ちる。しかし、そこでわしが奴と残された中ヒノモトの豪族共との間を取り持ってやる事で、真仲を傀儡にして中ヒノモトを神坐の手中に収められると謂う訳よ」
旭の語る手筈の鮮やかさを前に、そこにいた七人の将軍達は皆して拍手喝采を贈った。
「素晴らしい、君の名を騙った真仲への意趣返しという訳か。これは何とも面白い作戦じゃないか。だけど円ちゃん一人を向かわせて何かあった時の、神坐としての損失は無視出来ない……そうだな、転生者を誰か一人、こっそりと潜り込ませようか。バレンティン、君の所の団員を一人、円ちゃんの護衛に使ってくれないか?」
「構わない。帰ってから適任の者を探しておく」
ガニザニとバレンティンは旭の復活を前に血沸き肉躍る調子で言葉を交わした。
「さて、この手筈で進めると決まれば、次に真仲は今、我等の事を如何に考えているかを知りたいのだが、誰か探っておる者は?」
「真仲だァ? 知らねえな。プリンセスが帰ってくるまではぶっ殺しちまうって話だったからな? っていうか正面きって戦ってぶっ潰しちまうのがサムライの情けってヤツじゃないのか?」
ジョージは投げやりでありながらも、何処か探りを入れてくるような問い掛けを旭に繰り出すも、
「話にならぬな。誇りで飯は食えぬし、義に拘り過ぎた者の末路は、例えば仲間を失い破滅し遊女に貶められるような道であるぞ」
旭は悠々とジョージの問いを跳ね除けた。
「さて、ジョージが知らぬとなれば、バレンティン、お前も都を探っていたそうだな? どうだ? 何か真仲の動きは?」
「申し訳ない、女王。我々サカガミ傭兵団は執権の命令によりカゲツ傭兵団の動向を探っていた。真仲については……」
そう言ってバレンティンが顔を向けた先には、
「ん? ああそうじゃった、ワシが頼まれておったのう。しかし、真仲がピカイチなのは見た目だけで、アレの実質的な中身は参謀の入れ知恵じゃぞ。そんなつまらん女にいつまでも現を抜かすワシではないのじゃ」
言い訳がましく『手を出す前に飽きてしまった』といった意味の言葉を並べ立てるチランジーヴィがいた。
「要するに、碌に探りもしていなかった……そういう事だな?」
「確か、真仲には高巴とかいう彼氏がおるんじゃったよな? 多分その男が真仲を裏から動かしておるハズじゃから、そいつさえ引っ剥がしてしまえば、殺すも操るも自由自在という訳よ」
いまいち話の噛み合わない2人だったが、
「そうして見くびった結果がこの有様であろう」
「今も今じゃぞ。結局白鳥女王の操り人形になっておるだけじゃからな。そういう意味では、放っておくといずれカゲツの口車にすら乗りそうなクソバカである事は確かじゃのう」
チランジーヴィの言葉からある程度までは動向を追っていた事を察した旭は、それ以上咎める事はしなかった。
「全く、手の掛かる女よ。そうだな……ここは素直にお前に訊くべきであったか? ヒョンウ」
「……そうだな。オレか或いはタンジンかってとこだろ」
旭に問われたヒョンウは、妙な含みのある返事をした。
その真意を既に察している旭は、
「お前、言ったな? どうやらお前の探りが甘かったせいでタンジンがしくじったようだが……わしは今までのお前の働きを買っておる。あまり失望させるなよ?」
ヒョンウの全てが己の掌の上である事を伝えた上で、大目に見る事とした。
「良かったなヒョンウ! 旭は許してくれるってよ。お前ずっと『執権さんにやらかしたって素直に言うか、罠に嵌めたって嘘つくか、どっちの方がマシだと思う?』ってオレに相談してたけど……」
「アアアアア! やめろ!」
トキタロウの気の利かせた言葉にヒョンウはいつもの涼しげな顔は何処へやら、彼の言葉を無理矢理止めさせてまで取り乱す。
「お前程の男でもトキヤを恐れるのだな?」
そんな彼の意外な一面を面白がる旭だったが、
「もういいだろ姫様! 真仲の話して欲しいんだろ!? しょうもねえ冗談言ってねえで、耳かっぽじってよく聞いとけ!」
ヒョンウはこれ以上自分をネタに笑う事を許すつもりは無いようだ。
「真仲はどうも最初に都へ押し入った時は『旭様が嫉妬心から嫌がらせをしている』と思っていたようだな。まんまと自分を信頼させる事に成功した馬鹿正直メガネが、まさかヤンデレ拗らせて自分を殺そうとしてるなんて、露程も思わなかったみてえだ。
勿論都の連中も姫様が色病みでぶっ倒れて何も出来なくなってた事も、執権さんが代わりに指揮を執ってた事も知らなかったらしい。で、ここからは……お前が伝えた方が正確だろ」
ヒョンウに促されて、姿を現したのは……。




