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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十一話【奈落の果て】
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第十一話【奈落の果て】2

 白髪の男と、桃色の髪の女。

 白い狩衣を着た2人は互いに相手を見ているようで、お互いに真の相手の姿が見えていない。

 「勝手に着替えたらダメだろ、旭。あの服が無いと呪いを抑えられないんだから、一緒に部屋に戻ろうな?」

 歩み寄り、手を伸ばすトキヤだったが、

 「もう、よい……もう戯れは終わりだ」

 よろめきながらも、旭は避けた。

 「お前に政を任せるは未だ早過ぎたようだ……ここ数日、良子に頼んで探って貰ったが、よう分かった」

 「旭……もうお前は武士としての旭に戻る必要は無いんだ、そんな事をするのはやめろ」

 「ま、待て、今触れられたら……!」

 トキヤは無理に近づいてその腕を掴もうとしたが、

 「あ……っ、ああ……」

 寸でのところでジョンヒが割って入った。

 「何のつもりだ?」

 「折角旭ちゃんが立ち直る気になってくれたのに、またアンタがあの子の頭ぐちゃぐちゃに戻そうとしたから、止めたの」

 「どうしてお前はいつも旭を苦しめようとするんだ……旭、こんな奴の言葉を聞くな。みんなお前の苦しむ姿を面白がってるんだ」

 「……そうだな。お前すらも今、私を遊女の立場に縛りつけようとしておる故な」

 「何言ってんだよ旭、俺は、お前を守りたくて……どけ!」

 「ちょっと!」

 ジョンヒを押し退けて、

 「あっ、や、やめ……っ」

 トキヤは旭の腕を引き、半ば強引に抱き寄せる。

 「全く……どうしていつも、俺が少し目を離したら自分から辛い目に遭いに行こうとするんだ。お前は本当に、手間のかかる奴隷だな」

 その言葉は何もかも辛辣で刺々しいが、トキヤの声色はまるで赤子をあやすかの様だった。

 「あっあっ、執権様……♥ ち、違う……! やめろ、トキヤ……! もう私は、お前の奴婢に等と……!」

 色病みの呪いに蝕まれた身体が己を包むトキヤの身体を求めて、熱く汗ばんでゆく。

 呪いに流されるがままトキヤと戯れている時には、周囲の者に悪戯が出来るくらいの余裕すら有るというのに、いざ抗うとなると、全くといって良い程身体は言う事を聞かない。

 それでも旭は必死に理性を取り落とさないよう抗う。

 「そうか……流石に奴隷は嫌だよな。なら、今夜からは遊女に格上げしてやるよ。しっかり務めを果たせるように、俺が責任を持って愛でて……」

 「後生だから、やめてくれ……っ♥」

 魂の軸すらも融け堕ちそうになる誘惑を振り切ろうと、旭は彼の言葉を遮ってまで抵抗する。

 「やめてくれ、か。自分で何言ってるか分かってんだろうな?」

 「え……っ」

 旭のしつこい抵抗に遭って何か考えが変わったのか、突然トキヤは彼女をあっさり解放した。

 「な、何で……」

 「やめて欲しいんだろ? 俺は、ずっとお前が苦しまない為に最善を尽くしてきたつもりだった。でもそれが今度はお前を苦しめてしまうなら……」

 冷たく無機質な声色でトキヤは言い放つ。

 「お前を愛してやるのも、金輪際終わりだな」

 「え……あ……」

 言葉の意味を理解した旭の表情は、まさしく絶望という言葉を体現するかのようなそれに一瞬で変わった。

 「俺も肩の荷が降りたような気分だよ。やっぱりお前の言う通り、俺には過ぎた役目だった。さ、早いとこ円に呪いを解いてもらえよ」

 「嫌……やめて……!」

 膝から崩れ落ち、縋るように自身を見上げる旭を捨て置いて、わざとらしくトキヤは彼女に背を向けジョンヒと向き合った。

 「今までごめんな、ジョンヒ。これからは、そうだな……暇を貰ってキタノ傭兵団に戻ろうと思う」

 「……最悪。あたしを舞台装置にして、こういう事するんだ」

 「何の話だ? 俺は皆の説得を受け入れて……」

 トキヤは、足首に重いものが絡まる感覚を覚えた。

 「おいおい、どうしたんだよ旭。円はあっちだぞ」

 それが何なのかは、彼自身分かりきっていた。

 「ゆ……許して、ください……」

 「何言ってんだ? お前が望んだ事だろ」

 「嫌……嫌あぁ……嫌あああああ!」

 恥も外聞も無く慟哭しながら、地を這う旭はトキヤの脚に縋りつく。

 「お願いします、行かないでください! 私を捨てないで! わたしは、もう、執権様がいないと……! 生きていけないんです!」

 「だから呪いを解いて元通りになるんだろ?」

 「嫌です、そんなの耐えられない! 執権様に骨の髄まで愛でられるのが! 壊れる程に激しく貪られるのが! 気を失っても抱かれ続けるのが! 全部ぜんぶもう二度として貰えないなんて……! そんなの、嫌……嫌あああぁぁ……」

 嗚咽を上げ続ける旭。

 「あ、姉上……? そんな、どうして……確かに呪いは姉上の心を蝕む程強くはなかったのに……」

 円は、トキヤによって正常な価値観が完全に破壊し尽くされた旭の言動を前に訳が分からず動揺するも、

 「……セックス依存症になっちゃったんだと思う。何日も何日も、大好きなトキヤにでろでろに甘やかされながらエッチして、しかも呪いでその気持ちよさが普通にするより何倍にも高められてたんでしょ? ……それをいきなり全部ナシにされるってなったら、ああもなるんじゃない?」

 ジョンヒは旭の精神状態を一瞬で見抜いた。

 「依存……呪いによる直接の影響ではなく、間接的な影響……そんな事が……」

 円だけでなく、その場にいた者は旭の無惨な有様を前に改めて色病みの呪いの恐ろしさを思い知らされたのと同時に、唯只管に己が身を滅ぼす程の快楽を欲して自らの意思でトキヤの奴隷となってしまった末路を目の当たりにして、ソレが人のような形をした生臭い動物にしか思えなくなってしまった。

 「お願いします! 捨てないで下さい! 何でもします、指先から魂の髄まで如何様にしてくださっても構いません! だから、だから……嫌いにならないで、ください……!」

 唯一人、

 「……ごめんな旭。ちょっと意地悪し過ぎた。俺だって、お前が離れていく事は辛くて耐えられないんだよ。だからお互いに、さっきまでの言葉は無かった事にしないか?」

 「あ……♥ ああ……っ♥ 忝く、存じます、執権様……♥」

 旭が何処まで堕ちぶれようとも共に歩き続ける覚悟を決めたこの男だけが、今の旭の味方だった。

 「旭、改めて俺に、それから皆に教えてくれ。お前は今どういう立場で、どうなりたいのか」

 「わ、わたしは……遊女のあさひは……」

 「ん? 遊女でいいのか?」

 「ん゛お゛っ♥ ご、ごめんなしゃい♥ 奴隷ですっ♥ 奴隷のあさひは……♥」

 「そのまま続けてくれ。奴隷の旭は、どうなりたいんだ?」

 「どっ♥ 奴隷の、あさひは……♥」

 「あんまり勿体ぶるな、みんな聞きたがってる」

 「んぎいいいぃっ♥ そ、そんな急に激しくは、だめええええぇ♥」

 「早く言わないと、このままみんなの前で身体で示す事になるな」

 「嫌ぁっ♥ ちゃんとっ♥ ちゃんと言いますからぁっ♥ わらしっ♥ わ、わたしは……♥ 執権様附奴隷のあさひは♥ もう、もうっ♥ 色病みの呪いで駄目になっちゃったんれすうぅっ♥ 刀を振るう事も♥ 政をする事もぉ♥ こんなのじゃまともに出来っ♥ 出来ないいいぃ♥ だから、だからぁ♥ これからも、ずっと……♥ 執権様に、奴隷として飼われてっ♥ 生きていきますううううう♥」

 言い終わるが否や旭は、トキヤに口を重ねられながら獣のような喘ぎを上げて、身体を激しく震わせながら気を失った。

 「……何とでも言ってくれ。或いは言葉も出ない程に嫌ってくれてもいい。それでも俺は……俺は、旭をこうしてしまった責任を取って生きていく」

 最早自分達を連れ戻す事は適わないように思ったのか何も言えなくなってしまったかつての仲間達を前に、トキヤは改めて自身の決意を伝えるが、

 「それが贖罪のつもりなのですか? 義兄上」

 真っ先に異を唱えたのは、円だった。

 「俺に出来る最大限の罪滅ぼしだと、そう信じている」

 「その答えを聞いて……やはり思ったのですが、義兄上はあまり頭がよろしくないですね」

 「……まあ、な。そのせいでこの世界に来たようなもんだから、否定はしねえよ」

 「まさしくそのような答えを為される所ですよ。私が言いたい事、何も分かっていない……」

 「悪いな。バカにも分かるよう説明して欲しい」

 トキヤの開き直った態度に呆れ返った溜め息をつきながら、円は問う。

 「あなたは姉上との間に出来た自分の子供達にも、同じ呪いを背負わせるおつもりですか?」

 円の問い掛けに、

 「あー……あのね、円ちゃん。円ちゃんは知らないと思うんだけど、転生者って……」

 と、説明し始めたジョンヒの口を「待て」「むぐ!?」慌ててシャウカットは抑えて、トキヤを指差した。

 ジョンヒがシャウカットに促されるがまま目を向けた先では、どうやら何か転生者達の間で認め合っている共通の認識を知らないらしい様子のトキヤが、酷く狼狽えていた。

 「ウソでしょ……!? あの子マジで知らないの? それなのに前ニャライと付き合ってたの? って事は何? レスだったのも別れた理由の1つって聞いてたけど、そうなった理由って……」

 「今そんな事言ってる場合じゃねえだろ……! もうちょっとでトキヤを説得出来るかもしれねえのに……!」

 「えぇー、でも……うーん、分かった……」

 ヒソヒソと話し合いながら、2人は事の顛末を見守る。

 「ついこの前の母上の凶行が間違っているとお分かりの義兄上であれば、ここまで話せば御自分が何をされているかは流石に理解が及びますよね?」

 「いや、でも旭が……ああそうかよ。ついこの前来たばっかりのお前まで俺の事をそうやって言うのかよ。だったら俺はもう悪人でも凶人でも構わねえ。俺は旭さえ幸せだったら、旭と俺のガキがどうなろうが、他の何がどうなろうが、全部背負ってやるよ」

 「そうした選択の果てには姉上の破滅しか無いと分かっていてもですか?」

 「そんな事にはさせないって言ってんだろ。俺に……いや、旭に逆らう奴は、俺が皆殺しにするから」

 「さっきと同じ問答になっている事に気付いていただけませんか」

 「すまねえな。俺はバカだからそうなっちまってるのかもな。面白い話がしたけりゃ他所当たってくれよ」

 「己が愚かであると分かっているのであれば道を空けて下さい」

 「ダメだ。旭から全てを任されたのは他でもない俺だ。例え俺よりも上手くやる奴がいたとしても、そいつに譲るのは旭への裏切りだ」

 「はぁ……。分からず屋の義兄上に付ける薬はもう、これしかないですね!」

 円は言うや否や、

 「ちょっ、待っ……!?」

 トキヤを押し倒して、無理矢理唇を奪った。

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