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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十一話【奈落の果て】
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第十一話【奈落の果て】1

 シャウカット達が色病みの呪いから異世界ヒノモトを守ると決意を固めた日の夜。

 その日は何時にも増して激しくトキヤを求めてしまい、旭は先に気絶するように眠ってしまった。

 トキヤもそんな彼女を気遣って眠りにつき、2人して寝静まった御所の中……。

 ふと、旭は何者かの気配を感じて目を覚まし、

 「ひっ……」

 その気配の正体を目の当たりにして背筋を凍てつかせたが、

 「……斯様な有様となった、わしの夢枕に生霊として立つとは。わざわざ嘲りにでも来たのか?」

 そこに実体がある筈が無い事に思い至り、気配の正体……カゲツ傭兵団の頭領、カゲツを相手にしながらも不遜に、そして卑屈に問い掛けた。

 「哀れなものよ。己が遊び女となる運命から抗うべく旅を始め、わしを討ち取り人々の世を取り戻すと言って憚らず、一度は討伐されかけるも生き長らえる天運を示した挙句が、元の遊び女となる運命に絡め取られる最期とは……たった一代で都一の武勇を馳せたと伝わる光義日の末裔が聞いて呆れるわ」

 「その遊び女に貶める運命を背負わせた貴様が、如何様な心持ちで左様に他人事の振舞いをして、私を詰るのだ……!」

 カゲツに心無い言葉を浴びせられ……それでも今の無力そのものの旭には、恨めしく怒気を帯びた声を震わせながら涙を流す事が精一杯だった。

 そんな彼女の悲惨そのものの有様を前に、カゲツは何を思ったのか、

 「……そうであったな。我が父の手によって、義日は破滅へと追い詰められた……言葉が過ぎたようだ。その呪いの責を負うべきは其方ではない。すまぬ」

 言葉面だけの哀れみではなく、真に旭を憐れんだ。

 「……よい。敵といえど、話の通じる奴で良かった」

 「故にこそ、わしは知りたい。其方は一時まで確かにその運命に争っていたにも拘らず……何故諦めた?」

 「わしには過ぎたる望みであったのだ。我武者羅に刀を振るい、周りの人々を誑かし、どうにか運の良さだけでここまでやってきたが故に……わしより優れた導き手が現れ天に見放された今、最早わしに残された道は、この者に媚び、この者に飽きられぬよう身を尽くす……遊女よりも浅ましく惨めな奴婢の道の他には無い」

 己を嘲り、絶望を語る旭に、

 「左様か……ならば貴様は、せめてこの作りかけの船が沈まぬよう、無駄な祈りを捧げながら朽ち果てるがよいわ」

 カゲツは淡白な言葉を吐き捨てて旭に背を向けた。

 「ま、待て! それだけ言いに来た訳でもなかろう!?」

 慌てて呼び止める旭だったが、振り向いたカゲツは畜生でも見るかの如き目を向けてきた。

 「そこが小童に代わりが務まる訳が無い事すらも分からぬ腑抜けに用は無い。貴様の願いも虚しく、この国が中ヒノモトの小娘に蹂躙され焼け落ちる有様を、都の女王と共に眺めてやろうぞ。その後には貴様よりも取るに足らぬ小娘を易々と討ち取り、それの首を白鳥にくれてやるわ。奴が泣いて喜びながら心を壊し、今の貴様が如き有様でわしに恭順を示す姿が、目に見えようものだ」

 カゲツの身勝手な失望に対して、

 「嗚呼そうか。是非にそうせよ。貴様がそうすればこそ、全てが終わった頃にはあの世であろうわしの苦しみも辛さも、少しは晴れると謂うものよ」

 自暴自棄に旭が吐き捨てた言葉へ、

 「たわけ!」

 更にカゲツは我慢ならないといった声色の怒声で以て返した。

 その怒りを全身に浴びせられた旭は、竦み上がるばかりだ。

 「貴様が逃げ出した左様な辛苦、わしが二百年生きてきた中でとうの昔に跳ね除けたものぞ……! わしは天に見放されようと、仲間が尽く先に死に絶えようと、お慕い申し上げた方を奪われようと! 人々に裏切られようと! 同じ亜人にまで疎まれようと! ヒノモト全ての生きとし生ける者共から! 鬼と罵られ! 物の怪と慄かれ! ……独り、生き続ける事となろうと。己の進む道を妨げる全てを斬り斃した。そうでなくば、我が手から取りこぼして仕舞った者達の思いを、全て無碍にしてしまうからだ。其方にも背負うものが、その手に抱いたものがあろう。それを守り抜きたくば、すべき事はここで惰眠を貪る事ではない……!」

 旭は、己の考えの至らなさを恥じた。

 目の前の男は傭兵で、自身は武士。

 呼び名こそ違えど、持つべき心構えは同じであった事を、こうして面と向かって話されなければ気付けなかったが故に。

 「ならば教えてくれ……わしは如何にすれば再び立ち直れる……? 天運のみでここまで来たわしが、如何にしてあのもう一人の光る姫に打ち勝つ事が出来る……?」

 「敵に教えを乞う奴があるか。其方は其方のやり方を見つけよ。そしてわしでは救えなかったものを、其方のやり方で救うのだ。このヒノモトの世を正す者が、そこが小童や何処の馬の骨とも分からぬ小娘となるような事は断じて許せぬ。決して諦めるでない。奪われたならば奪い返せ。失ったならば残されたものを守り抜け。何度でも人々を従えてわしに挑め。何度でも亜人をくびり殺してわしの世を脅かせ。そしてきっと、必ずや、わしを滅ぼせ……! この身体は悠久の時を生き続ける。故に貴様が婆となって朽ち果てる最期の時まで、迎えうってやろうぞ」

 カゲツは己の言いたい事を言いきったのか、その姿が足下から徐々に薄くなってゆく。

 「……死に損ないの爺め、生き甲斐をわしに求めるな、気持ち悪い」

 「生き甲斐がわしを殺す事であった貴様がそれを言うか、片腹痛いわ」

 「何を……!」

 旭が言い返す前にカゲツは消え、

 「旭……どうした?」

 「え……いえ、何でも、御座いませんわ……執権様……」

 今しがた見たものが夢であったのか、現であったのかすら分からぬまま、彼女は最愛の人の腕の中で再び微睡み始めた。





 色病みの呪いがヒノモト中にバラ撒かれている。

 その噂は立ち所に広まっていった。

 東ヒノモトの人々は一時『誰が呪われているのかも分からない』と恐怖し騒乱の有様となったが、円主導のもと各地の寺社による解呪が行われ、どうにか事なきを得た。

 「いやはや……まさかこれ程までに蔓延っていたとは。流れ者の皆様って、良識とか倫理観とか抜け落ちていらっしゃるんですか?」

 「はぁーあ……吐きそ。暫く団長の顔見たくないかも」

 「気が合うな、ジョンヒ。私もだ。あんな老人みたいな姿をしている癖に、そっちの元気さには舌を巻くばかりだ……」

 「まーでもヒョンウさんもジョージさんもお金で買ってたから後追っかけやすくて良かったじゃん? どこかの手当たり次第の節操無しさんよりは……」

 「ったく、えげつねえ事する奴がいたもんだよなぁー! 親族の顔が見てみたいっての!」

 寺の一室で休憩を取っている5人のうち、どっと疲れた様子のシャウカットが最後に何気なく口にしたその言葉が可笑しかったのか、或いはここ数日全く眠らずに準備を進めていたからか、大して面白くもないのに全員自棄くそ染みて大爆笑した。

 「ジョンヒー、そういえば本家さんの動向はどうなってるのー?」

 「団長がわざと向こうに分かるように探り入れて抑え込んだみたい。ま、最低限のとこはしっかりしてたってとこかな」

 「成程、そういう方法もあるのか……スパイの世界は奥が深いな」

 「大事に至らなくて本当に良かった……これも皆様のお力添えのお陰です、ありがとうございます……!」

 目尻に涙を溜めて喜ぶ円に思わず全員が暖かい笑顔となったが、

 「しかしながら、話を聞くなり手を貸していただけたとはいえ、義兄上は姉上の呪いを解かせるつもりはない御様子。如何にすればお分かりいただけるのやら……」

 そんな深刻な話をしながら……胡坐をかいているシャウカットにくっついて座り、彼に身体を預けている様子にジョンヒが眉を顰めた。

 「ねえ……円ちゃん、シャウカットばっかり凭れ掛かられてたら可哀想だから、よかったらあたしの事も頼りにして?」

 「えっ……と、わ、分かりました」

 円は、唐突なジョンヒの言葉に戸惑った……というより、露骨にシャウカットから離れる事を嫌そうにし始める。

 「さ、おいでー」

 「……はい」

 そして、名残惜しそうにシャウカットから離れると、ジョンヒの隣にすとんと収まったところを、

 「えっ!? あの、放してください!」

 「ねえ、見逃してもらえると思った? アンタ正義とかシャウカットとか、あっちこっちの男に色目使ってんのバレバレ」

 ジョンヒに羽交締めにされてしまった。

 「は……? ガチ!? なんか距離感バグってるなーって思ってたけど……」

 「シャウカット、アンタも不用心過ぎ。この前旭ちゃんの呪い解析させた時あたしが真後ろにいたのにわざわざそっちに倒れ込んだの、変だと思わなかった?」

 「そう言われると、確かに……えぇっ、怖っ」

 「ま、待ってください、誤解です! 誤解だから逃げないで……! う、ううぅ……」

 あざとく声にならない声を上げる円だが、流石にもう誰も騙されない。

 「魔術は気力を酷使すると聞いていたから大目に見ていたが……成程。初めから役得目当てだったのか。見下げ果てたぞ」

 「まー私は最初から怪しいって思ってたけどねー」

 「うぅ……シャウカット様」

 「旭さんといい、あんたといい……どうして光家の女性ってのはそういうのばっかりなんだ?」

 「ホントにね。親族の顔が見てみたいもんだわ」

 ジョンヒが最後に何気なく口にしたその言葉が可笑しかったのか、或いはここ数日全く眠らずに準備を進めていたからか。

 激詰めされていた円も含めて全員で自棄くそ染みて大爆笑した。

 「って笑ってる場合じゃないですよ! まだ姉上と義兄上の呪いが……!」





 御所。

 「ああ、そうだな。まあ考えておく。有難う、円。それじゃ」

 言うや否や上段の間に座っていたトキヤは足早に立ち上がって踵を返そうとするも、

 「げッ……」

 「はい、ストップ。まだ話終わってないから」

 いつの間にかジョンヒに先回りされていた。

 思わず後ずさったトキヤだったが、

 「もうっ、義兄上! 逃げないでください!」

 「お、おい放せ……! クソッ!」

 円に抱きつかれ、捕まえられてしまう。

 「さー、観念して真剣に話し合おうねー。あと円ちゃんはそうやって隙あらば役得するのやめようねー」

 「ち、違います! 捕まえてないと義兄上が……!」

 「5人で囲んでるのに?」

 ……円は渋々トキヤから腕を離した。

 「何をされても結論は変わらない。旭をこれ以上辛い目に遭わせない為にも、俺は絶対にお前達には屈さない」

 「いい加減にしろ! 旭さんはテメエだけのモンじゃねえの! テメエと旭さんの都合だけで勝手な事されたら困るんだよ!」

 「困る? ……今の所俺の率いる神坐は順調に事を運べていると思うが」

 「はい、これ何?」

 そう言ってジョンヒが差し出したのは、一通の手紙。

 「ああ、それか。都の女王と連絡が取れたから、兵を差し向けられたくなければ真仲を都に入れるなって脅しておいたんだ。そしたら、なんか気を利かせてくれたみたいで真仲追討の院宣まで出してくれて……」

 得意げに話すトキヤの横っ面を、ジョンヒは手に持った手紙で叩いた。

 「アンタってさ、ホンットにバカだよね。コレ、旭ちゃん追討の院宣なの」

 「は……!? でも、ここには確かに真仲って……」

 「アンタがウチ等の武力で圧掛けた結果どうなったか教えてあげてよっか? 真仲ちゃん、無理矢理都に押し入ったの。あっちも武力でね。お陰で都の女王様はメンツ丸潰れ。それでどうしたと思う? 真仲ちゃんを光旭として扱って、菱川真仲追討軍を組ませたの。ここまで言ったら意味分かるよね?」

 ジョンヒの話を聞いているうちに、トキヤはみるみる顔を青ざめていき、

 「何だよそれ……!? そんなのアリかよ!? っていうかどうしてヒョンウは何も……」

 「もっと取り返しつかなくなってから伝えるつもりだったんじゃねーの? そうすりゃ旭さんを体良く処分出来るからな」

 呆れ返ったシャウカットの至極真っ当な推測を聞かされて、トキヤは旭から託された『誰も信じるな』という言葉の真の意味を思い知らされた。

 「……そうか。よく分かった」

 「分かってくれたか。なら良かった、みんなで旭の所へ……」

 ペイジが歩み寄るも、トキヤは一歩退き、

 「では、先ずはヒョンウを処刑するか。ジョンヒ、繰り上がりでお前を将軍にして良いか?」

 「は……? ちょっと、何言ってんのアンタ……!?」

 顔を上げたその目は、どす黒い決意に満ち溢れていた。

 「まずは綱紀粛正だ。旭を軽く見るなら例え将軍であろうが絶対ェに許されない事を示す。その後は真仲を迎え討って、首を都の女王に送りつけてやる。『神坐に逆らえば、次にこうなるのはお前だ』そう伝える為に」

 「おい、落ち着けトキヤ。その隙にカゲツが攻めてきたらどうするつもりなんだ」

 「真仲を相手に総力戦をするつもりはない。最悪はタンジンに命令して良子を動かせばいい」

 「暗殺で敵将の首取っちゃったら、神坐の評判ガタ落ちだと思うけど……」

 「俺達のやり方についていけない奴は皆殺しにする。神坐で、ひいては東ヒノモトで生きていたくば、俺達に従う他に道は無いと示す良い機会だ」

 「それが……それがテメエの答えかよ」

 「俺はとっくに覚悟決めてんだよ。旭の為ならアイツの実の弟であろうと躊躇無く殺す。お前等が敵になるなら、精神を破壊して再起不能にする。全ては神坐の為に。それが執権としての最低限の務めだ」

 「左様な有り方では直に誰もついていかなくなりますよ、義兄上……!」

 「お前はそう思うのか、円。だったら、ヒョンウの後はお前の首を河原に晒してやるか」

 最早誰の話も聞く気はない、といった様子のトキヤだったが、

 「や……やめよ、トキヤ」

 弱々しい女の声が、後ろから彼を呼び止めた。


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