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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十話【堕ちた姫】
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第十話【堕ちた姫】7

 翌朝。

 「旭……もう、寝てしまったか。また夜に会おうな」

 白い狩衣を纏ったトキヤが部屋から去っていく音を廊下の床下から聞きつつ、5人は入れ替わりで部屋へと忍び込んで寝息を立てる旭に近付く。

 「……円ちゃん」

 「はい」

 円は左手を旭の額に翳して、深呼吸すると……、

 目を青く光輝かせ始めた。

 「……ここまでは予想通りの記述がされている。……ここまでもよし。

 ……あ、この辺からだ。……はいはい、やっぱり伝染すようにはなってて? ……ここの処理は何をしているんだろう? ……全然分からない。とりあえず今は読み進めるしかないかな。

 ……これは凄い。一度発動している事と、出来る事を知っているのが条件とはいえ、自分の意思で解いたり掛け直したり出来るようになってる。でも、どうして掛け直す必要が……?

 ……で、ここが弱める処理か。なるほどこうやって実現させるのは想定の範囲内だけど、こっちも弱められると知ってないと出来ないようになってる……姉上は何処かで気付いたのかな? でもやっぱり、こんな風に出来る技術力があるならそもそも解呪すればいいのに、どうしてわざわざ消さないで操るような記述にしてるんだろう……」

 ぶつぶつと独り言を口から垂れ流しながら、円は何かを見ている様子だ。

 「なんか、この感じ……俺、元の世界で見た事あるな。父親が仕事を家に持って帰ってきた時に、パソコンと睨めっこしてて、こんな感じだった」

 「あー……アンタん家ってそうだったんだ。意外とマトモそうでちょっとびっくり」

 「マトモだったのは父親だけだよ。俺も、母親も、兄弟も……って、元の世界の話するのはルール違反だったな」

 「うん……やめよー。私もしたくない」

 円が呪いの解析をしている様子に、何かが重ねて見えた4人だったが、

 「これだ……」

 円の深刻そうな声で何かを見つけた事を察し、全員黙り込んで声の元へと目を向けた。

 「伝染す処理の直後の記述はこの処理を呼び出す為にあったんだ。それでここからこっちの呪いに移ってて、こっちの呪いは殆ど色病みの呪いと同じ記述を使い回しながら……やっぱり、そういう効き目になってるよね。しかも効果を弱める処理が初めから効いてるけど、時限式で効かなくなるようにされてる。

 義兄上は流れ者だからこれを無効化出来るけど、そうじゃない人達は……想像するだけでも恐ろしい。

 神代の呪いをここまで書き換えられる上に、それを元にして全く別の呪いを編み出せる腕を持った呪い師も只者ではない、けど……母上、何と悍ましい事を……何故斯様な、ヒノモトに住まう全てを滅ぼしかねない事を……自分の身体だけでなく、その身を痛めて産んだ子供達の身体まで、呪いをばら撒く厄災へと作り替えてしまうのに……」

 目を閉じて、ふらふらと後退り始めた円は「おっと、大丈夫か?」シャウカットの方に倒れ込み、彼の腕で受け止められた。

 「なんか最後の方メチャクチャ物騒な事言ってた気がするんだけど、結局どうだったの?」

 シャウカットにもたれ掛かりながら、ジョンヒの問いに円は答え始めた。

 「まず、初めに……呪いを書き換えた者はかなり腕の立つ呪い師かと。故に、何かの間違いで呪いが暴走するような事は無く、全ての記述に目を通しましたが、そのような事を起こすような処理もありませんでした。よって姉上はこのまま放置しても、ちょっと義兄上が好き過ぎて迷惑な事をする程度に留まり、更には姉上を説得出来れば、姉上御自身の意思で自ら解呪を行う事も可能な形に書き換えられていたのも確認しました」

 「だったら昼過ぎにもっかい来て皆でトキヤと旭さんを言い負かすぞ」

 「ちょっと強引過ぎないー? まーでも、この先ずっとあのカッコされると、笑い堪えるのキツいし……それでもいいのかな」

 「私も同じ意見だ……あ、アレが面白く見えるというのは同意見ではない。私は、その……目のやり場に困るから、何とかしたい」

 「まあソレに関してはあたしも賛成なんだけどさ……円ちゃん。何かヤバい事分かったんでしょ? そっちも教えてくれない?」

 ジョンヒに問われ、円は重々しく頷いて続ける。

 「問題は、姉上以外への影響です……流れ者の皆様には何の被害も無い話ではありますが、あの呪いはやはり、宿主と身体を重ねた相手に自分と、そして付属するもう一つの呪いを複製してしまうようになっていました。

 付属する呪いについてですが……呪い師としてこれは純粋に尊敬に値する事ではありますが、この呪いを書き換えた者は、色病みの呪いを元にして男性を色病みに陥れる呪いを新たに作り上げていたようです。その呪いが元からある色病みとは別に、姉上の身体に仕込まれていました」

 「マジかー……じゃあ、トキヤはもう……」

 「まあ、でもトキヤは転生者だから。だから今回ばっかりは、旭ちゃんがトキヤにゾッコンで良かったね。ね! ニャライ!」

 「別に元カレがこっそり浮気してても私はどうでもいいかなー」

 「もしも何かの間違いで旭が浮気性であったり、或いは転生者ではない他の男を好きになっていたら……そう考えると、恐ろしいモノがあるな」

 ギリギリの状況が判明して、思い思いに胸を撫で下ろした転生者達のぬか喜びは、

 「いえ、ここまで高度で時間の掛かる書き換えを姉上の預かり知らぬところで呪い師が行う事は出来ない筈なので、呪いがこの形に書き換えられたのは姉上の代ではなく、恐らくは母上かと……」

 「「「「えっ?」」」」

 円が無慈悲にも粉砕し、たった今色病みの呪いの話の範囲は旭個人の問題から異世界ヒノモト存亡の危機にまで一気に広がってしまった。





 「……何の為に、呪術師はこんな事をしたんだよ。アレか、思想強めの奴だったのかな?」

 途方もない話を前に、シャウカットは冗談めいて空に問いを投げかける事しか出来ない。

 「呪い師の思惑、というよりは……恐らくは母上の思惑かと。でなければ自分の娘に斯様なものを受け継がせはしないでしょう」

 「分からない……私分からないよ……折角呪いを解ける人に出会えたのに、その人を利用して、周囲の人に自分と同じ苦しみをバラ撒いたなんて……どうして……」

 自分の知略に絶対の自信があるニャライでさえ、旭の母の残した己の義性を厭わない悪意に満ちた執念としか思えないモノへの理解が及ばない様子だったが、

 「……復讐、だったのでは?」

 不意にペイジが、そんな結論に思い至った。

 「武家の末裔でありながら同じ人間に呪いを掛けられて遊女以外の道を閉ざされ、しかも自分の子も孫も……子々孫々同じ運命を背負わされる。そんな現実を前にして、人類も亜人も全て滅ぼしたくなったのかもしれない」

 「あー……なるほど。だから旭さんを産んだ後、歩き巫女になったんだ。効率的にヒノモト各地へ呪いを撒き散らしていく為に……」

 「……最悪だけど、納得しちゃった。何て言うか、この子あってのその親ありって感じだね」

 深刻な顔で頷きつつも、それ以上どうしようもない、といった様子のジョンヒに、

 「感心している場合ではないですよ! 母上は今の時点で、どれだけの相手に呪いを掛けて回ったのか……そして母上と関係を持った男性が、どれだけの人々に呪いを伝染して回っているのか……考えるだけで気が遠くなりそうです」

 円は途方もない人数いるであろう犠牲者を考えて、青ざめた顔を俯ける。

 「でも、今のところ何処かの地域でヤバい事になってる人が出まくってるなんて話は入ってないし……ひょっとしたら、こう、オリジナルの呪いと違ってコピーの呪いだから、効き目が弱くなってるとか無い?」

 「男性への呪いは時限式になっていましたから、恐らく被害規模が明らかになるのはこれからかと」

 「だ、だけどさ! 円さんはその呪いを解けるんだよね? じゃあ、大丈夫なんじゃないの?」

 「ニャライ様、私一人では限界があります……それに、下手に動けば光本家が黙っていないです。彼女達は家の沽券が守れるなら、下々の民が幾ら犠牲になろうと気にしないので……」

 「だったら、もう道は一つだろ」「きゃっ……!」

 シャウカットは自信に身体を預ける円をの肩に手を置きながら、何か決意を固めた様子だ。

 「俺達が……いや、神坐が色病みの呪いを世間に公表する。で、円さんに呪いを解く方法をマニュアル化してもらって、そいつを方々の坊主や陰陽師に配って回る。流石に一つの国が相手だったら都の貴族でも太刀打ち出来ねえよ。どうだ? やらねえか?」

 シャウカットの至極真っ当な提案に、

 「七将軍はどう説得する?」

 「流石にこんなヤベえ事が明るみになったら放置しねえだろ。特にウチの兄さんは調略と称して方々の女とヤりまくってるからな、何処かで呪いを貰ってねえ方が可笑しいよ」

 「あー……ウチの団長もよく遊女買ってるから反対しないと思う」

 「ジョージもだな……。面倒な将軍が全員弱みを握られる形になっているのは、何とも皮肉なものだ」

 「トキヤと旭さんの説得はどのタイミングでするのー?」

 「最悪は七将軍からの圧力で動かすのもいいけど……俺は最初に旭さんを説得して、その次にトキヤと話し合いたい」

 次々に残りの3人も質問の後、同意していく。

 「方々……誠に忝う存じます!」

 涙を流して喜ぶ円に、シャウカットは眩しい笑顔を向けた。

 「じゃ、そうと決まればまた昼過ぎにでもここに来て、まずは旭さんと話し合うか!」

 「だが旭はトキヤ以外の誰も信じない。どう心変わりして貰うかは考える必要があるぞ」

 「あたし良いアイデア有るよ」

 「私も兄上を呼んで、出来る事をさせていただきます!」

 「いやー……正義さんは、別にいいかなー……」

 5人それぞれが楽しげに言葉を交わしながら部屋を出ていった後……。

 寝た振りをしていた旭は、思い詰めた顔をしながら起き上がると、袖を握りながら俯いて何事か考えを巡らせ始めた。


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