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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十話【堕ちた姫】
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第十話【堕ちた姫】5

 そこにいたのは、僧衣を着た少女と短い金髪の女。

 女の着ている赤い水干を見て、

 「花童(かむろ)……? 何故花童が都の外にいる?」

 呟いたのは正義だった。

 「カムロ? 何だそれ?」

 きょとんとしてジョンヒへ訊くシャウカットに、

 「カゲツ傭兵団のスパイ部隊。都周りの貧乏な子供達を教育して、貴族とか女王が不穏な動きしてないか見張らせてる……って事になってるけど、ま、所詮は子供のお遊戯会かな」

 どこか得意げにジョンヒは答えた。

 「どう見ても人間だし、子供って年齢でもなさそうだけど……その花童は大の大人の人間でもなれるもんなの?」

 尤もな質問をするニャライ。

 「最近は人手が足りないみたいだから、そういう風にしてるのかもね。それより、まさか人間の貴族がカゲツと手を組んでたなんてね……」

 ジョンヒが興味ありげに見やるが、

 「否……どうやら手を組んではいないようです」

 正義が即、否定した。

 「よお、こんなしちめんどくせえ所まで逃げてくれやがって。お陰でクソ実家の連中どころかオレ様の部下までみんな脱落しちまったじゃねえか」

 「何と言われようと私は姉上の許へ行きます、そこを退いてください!」

 僧衣の少女は頭巾を被っている為に髪色が分からないものの、目的地を『姉上の許』と言った事から、その正体は光円で間違いないだろう。

 そして、どうやら金髪の女は元々光本家の娘であったようだ。花童として雇われているという事は、今は縁が切れているようだが……。

 「出来ねえ相談だな。古代ヒノモトの色病みの呪いを使いこなせるなんざ、オレ様達女の敵もいいとこじゃねえか。カゲツのジジイもお冠だぜ? 御附のババアをテメエに寝取られるんじゃねえかって思ってやがるんだろうよ。傑作だよな?」

 「あなたの目的は、私を殺す事……ですか?」

 「ハハッ、死にたくねえか? ま、そりゃそうか。それじゃ取引といこうじゃねえか。その力、オレ様の為に使え。オレ様の気に入らねえ奴を全員男浸りのクソビッチにしちまえ。そうだな……手始めに、ウチの本家、光家のクソババアをやっちまうか。一々グチグチ煩え奴だったからな、少しはアソビってヤツを教えてやる良い機会だ。どうだ? やるか? やらねえならここで刀の錆だぜ」

 「刀の錆になるのは貴様だ、ならず者」

 「おっと! 危ねえ……!」

 驚くべきは一陣の桃色の風の如き正義の身のこなしではなく、それに応じて金髪の女が直ぐに刀を抜いて振り返った動作の速さだ。

 「その髪の色……クソが、もう神坐から迎えが来てやがったのか!」

 「残念だったな、カゲツの手先。こちらは私を含めて転生者が4人いる。お前が根負けするまでここで戦っても構わないつもりだ」

 只者ではない相手と察したペイジは、あまり時間を掛けたくないと脅しを掛けた。

 「……今回は諦めてやるよ。また会おうぜ」

 金髪の女はそう言い残すと、森の奥へと姿を消していった。

 「さて、チンピラも追い払ったし、あとは円ちゃんを……」

 金髪の女が去っていった方から円の方へと意気揚々に振り向いたジョンヒの目の前には、

 「怪我は無いか? 迎えが遅くなってすまなかった」

 「いえ……まさか、兄上が直々に来てくださるなんて……!」

 「申し遅れたな。わたくしは光正義、今はカゲツを斃し人々の世を取り戻すと謂う志を共にした姉上、光旭の許に身を寄せている。其方は呪いに詳しいとあらば、きっとその呪いに苦しむ姉上も快く迎えて下さるだろう。わたくしと、共に来てくれるか?」

 「はい……! 何処までも御供致します、兄上……!」

 正義の無自覚な話術に掛かってしまっているのか、すっかり恋焦がれて目を輝かせている円の姿があった。

 「えぇ……ちょっろ」

 「まあ、無事に保護出来たからいいだろ。これで旭の迷走ともやっとおさらば出来る」

 「それにしてもはっちゃけてたねー、あの変な服年末にでも貸してもらおっかな。忘年会とかでウケそうじゃない?」

 「あのエロ衣装をギャグの文脈で解釈する価値観はちょっと俺、理解出来ねえかな……女のセンス的にはそうなるのか?」

 「いや、ドン引きしたし面白くないと思うしニャライのセンスがイカれてるだけだとあたしも思う」

 夜明け前の白くなってゆく空に向かって、7人は歩き始めた。





 旭の呪いを解く事の出来る者が現れた。

 その報せは神坐を震撼させた。

 タンジンは直ぐに良子を差し向けて消し去ろうとしたが、戦神の化身と名高い正義に守られている為に手も足も出なかった。

 そこでガニザニが交渉に向かい、現在の神坐が執権政治によって安定している事、呪いを解けば再び旭の治世に戻り、七将軍の負担が増える事を懇切丁寧に説明して説得を試みたが、円は首を縦には振らなかった。

 そうして遂に、ジョンヒ達に連れられた円はトキヤと話し合う事となったのであった。

 広い板間の下段に6人は通された。

 「あの……兄上、その、義兄上あにうえはどのようなお方なのでしょうか? 姉上が呪いに臥せってから執権をされているという話は、ジョンヒ様からお聞かせいただきましたが……」

 不安げに尋ねる円を落ち着かせる事もなく、正義は険しい顔だ。

 「一言では言い表しにくい御人だな……真面目で素直なところはありながら、姉上の寵愛を受ける為ならば幾らでも己の手を汚せる……わたくしもその犠牲になりかけた事があったのだ。ちょっと歪んだ為人をされているのかもしれない」

 「義兄上は何故にそこまで姉上の事を慕っておられるのですか?」

 「分からない。寧ろわたくしの方が知りたいぐらいだ。いつも姉上に殴られたり無茶を頼まれたりしているのに、何故義兄上はああまで頑なに姉上を慕っているのか……あ、来たようだ」

 正義の言葉に促されるように、円は顔を上段の間へと向け……、

 「あんたが旭の妹の円か? はるばる都から有難うな。手紙でもくれたら誰か迎えに行かせたんだけど……」

 白い狩衣を着た白髪の青年は、誰かの見様見真似のような、爽やかさを装った気さくな作り笑いを見せたが……、

 その笑顔を見て、円は背中に言い知れぬ悪寒が走った。

 「俺は光トキヤ。この人間の国、神坐の女王をやってる光旭の夫で、今は呪いで何も出来なくなってる旭の執権を務めてる。何かあれば俺が相談に乗るよ」

 「光円と申します。魔術や呪いについては自信があるので、姉上の呪いも……」

 「ここにいる限りはカゲツも手を出せないし、西の人間の都、京安の連中も寄り付かない。君が良ければ幾らでもここにいてくれ」

 「あの、義兄上、姉上の呪いは……」

 「ところで、都から来たんだっけ? 女王陛下は元気にしてるか? あ、女王といってもこっちの話じゃなくて、あっちの白鳥の話だ。知ってる範囲でいいから……」

 「義兄上!」

 この男は話をまともに聞いていない。

 そう円は感じて、語気をを強めて黙らせると、

 「教えて下さい、義兄上。今、姉上はどうなっているのですか? 何故私を会わせたくない御様子なのですか? あの呪いは、解けるのであれば解いておいた方がいい危険な呪いです」

 トキヤに物怖じせず、ハッキリと問い詰める。

 「……正直なところを言えば、事情が変わったんだ。今、あんたに来られても……呪いを解いた方が、旭は苦しむ事になっちまう」

 「え……?」

 予想だにしていなかった答えを前に、円は一瞬訳が分からない、といった表情を浮かべた。

 「旭は今、呪いで与えられる強過ぎる快楽の影響で人格が崩壊して、全く別の人間になっちまったみたいでさ。でもそのお陰で、あいつは今まで苦しめられていたモノから解放された。道のりが長過ぎて生きている間に果たせるかも分からない使命、それを妨げる汚い欲望まみれの周囲の人間、自分の使命を悪意無く奪おうとする志を同じくした敵、それから……頼りになると見込んだのに、期待外れだった側近」

 「そんな事ないよトキヤ、アンタ充分頑張ってたって……」

 「その充分は旭の理想には遠く及ばなかった。だから殺してくれと俺に頼み込む程、旭は追い詰められた。……そこで呪いを発動させるしか出来なくて、殺せなかった俺は結局覚悟の足りない奴のままなのかもな。でもあいつが俺以外の誰にも頼ろうとしなかった以上、俺がやるしかない。俺がこの死にも老いもしない身体で、あいつの目指した全てを叶えるまで罪を背負い続ける。旭が死んだ後も、何百年でも、何千年でも」

 言い終えたトキヤは、天を見上げて目を覆う。

 「それがあいつに選ばれた者の責任だと、俺は信じている」

 歪んだ愛情を基にした正気の沙汰ではない覚悟を前に、円は唯々圧倒されて子鹿のように震える事しか出来ない。

 が。

 「あのー、悦に浸ってるとこ悪いんだけど、そういうのどうでもいいんで早く旭さん呼んできて?」

 「これだけ言ってもまだ分からねえのかよ!? ニャライお前マジでサイコパスなんじゃねえの!?」

 「サイコパスはテメエだろ! 何でそこで宥めてやるとか、人を集めて相談に乗ってやるとか出来ねえかな!?」

 「だからさシャウカット、旭は俺以外の誰も信用出来ないって……」

 「お前、お前な……まあ、そういう真面目で素直なところはお前の長所でもあるが……はあ」

 「何なんだよその歯切れの悪い言い方は。正直に言えよペイジ。俺の事、相手の言葉面しか理解出来ない薄っぺらいバカだって、そう言いたいんだろ?」

 「いや、そんなに悪い事ばかりではないだろ? だから、まあ……うーん」

 その他のイツメンは『またトキヤの悪いクセが始まった』とでも言わんばかりに口々に言いたい放題トキヤと言い合う。

 「ま、旭ちゃんの悪い所とトキヤの悪い所が最悪の形で噛み合っちゃったって事でしょ? それは分かったから、早く旭ちゃん出して?」

 最後に満面の笑みで威圧するジョンヒを前に、トキヤはというと……それ以上誤魔化すでも、去勢を張るでもなく、頭を抱えだした。

 「アンタ的にも断る理由無いでしょ? あんな人として終わってる状態の旭ちゃんに付き合わされて、大変そうにしか見えないし」

 「……でも、それは旭をまた、この苦しみしかない表舞台に引き摺り出すって事だろ?」

 「心配するな、今度は私達がいる。旭がウザがっても助けになるつもりだ」

 「いや、だからそれはダメだろ、旭の意思を尊重しないと……あ」

 そんなこんな言い合っている声が聞こえたのだろうか。


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