第十話【堕ちた姫】4
オオニタ傭兵団の屋敷……屋敷? というより、小規模な宮殿のような様相のその一室には今、2人の男女が屋敷の主人の前にいた。
「どうしてこんな事になってるって教えてくれなかったんだよ!? 兄さん!」
「ウーム……こうなるのが面倒であったからに他ならぬのじゃ」
「面倒って、そんなの……まあでも、その答えでよく分かった。アンタしょっちゅう旭ちゃんに粉掛けてたけど、アレ全部演技でホントは自分達の利益誘導の為に媚びてただけだったんだね」
ジョンヒの推察力の高さに、思わずチランジーヴィとシャウカットは互いに目を合わせて驚愕の表情を確かめ合うに至った。
「な、何を言うとるんじゃ!? ワシだって旭姫の事は大好きじゃぞ! そりゃもう、シャウカットにも譲る気が無いぐらいにはのう!」
「そりゃ譲らないでしょうね。だって相手は一国の女王様なんだから、譲ればオオニタ傭兵団の権力関係グチャグチャになっちゃうし」
「そんな事言ってる場合じゃないだろジョンヒ! 旭さんの呪いを何とかしないと! このままだと旭さん一生トキヤのカキタレだぞ!」
「うん? それで何が悪いんじゃ?」
「え……」
唐突に素の言動で問われ、シャウカットは呆然とした声が口から零れた。
「人を信じぬクセに一丁前に忠誠を求めてきて、少し痛い目を見させてやっただけで何もかも放り出して現実逃避……そんな女にこれ以上国主が務まると思うか? ワシはまだ素直に人の話を聞けるトキヤの方が人の上に立つ者としての素質があると思うぞ?」
「いや、現実逃避って何だよ。今ああなってるのはトキヤに無理矢理襲われて……」
「そんな後先考えぬ衝動性があのバカ真面目にあるとは到底思えんのう。大方ヘラった旭に追い詰められて血迷わされたってとこじゃとワシは睨んでおるぞ」
「だとしても! どうして旭さんを助けないんだよ!? あの人は俺達の国の主だぞ!?」
「よいかシャウカット、ワシ等の大命を見誤ってはいかんのじゃ。ヒノモトを人類の手に取り戻す、その為に旭が必要であればこそ手を組んだというもの。たかが中ヒノモトの猿山大将に根性で負けたようなヘナチョコを見損なうなと謂う方が無理なのじゃ」
何一つとして間違った事を言っていないチランジーヴィに言い負かされたシャウカットは、一言も発せなくなってしまった。
「しかし、お前達まで知るところとなっておるのはマズいのう……玉座が空のままではいずれ真仲やカゲツどころか足下の豪族共までナメた事をしでかしそうではあるが、かといって無思慮にトキヤを王様にしてしまえば現地人の諸侯共から反感を買う事は間違いないのじゃ。ここは正義でも担ぎ上げて置き物になってもらうが吉かのう……」
2人の気持ちも知らずに……というより、知っていて尚、チランジーヴィは迫り来る残酷な未来を示唆する。
「ま、そういう事じゃからワシはオヌシの助けにはなれんぞ、ジョンヒ。シャウカットも妙な事を考えたりしたら許さんから、そのつもりでいておくのじゃ。さあ、夜も遅いし帰った帰った。ワシは良い子じゃからもう寝たいのじゃー」
2人を置いたまま、チランジーヴィは寝室の方へと歩き去っていった。
「……釘、刺されちゃった」
「だから何だってんだよ……! 俺は引き下がらねえからな」
ゆっくりと後退りし始め、チランジーヴィのいた場所に背を向け、2人はまたも夜闇に姿を消した。
それから数日後。
「じゃ、これでみんな集まったって事でいいよね?」
今度はトキヤ達を呼ばずに、ジョンヒ、ニャライ、ペイジ、シャウカットの4人で再び集まっていた。
「おー、まだ旭さんの呪いを解く方法探してたんだ、飽きないねー」
「当たり前だろ! 旭さんをトキヤの魔の手から取り戻すまで、俺は絶対ェに諦めねえからな!」
「あー……その話なんだがな、シャウカット」
旭は確かに呪いの影響を受けてはいるが、完全に以前の人格が失われて色情の虜に変わり果ててしまったような言動は演技だった……という話をペイジは切り出したかったが、
「何? その話、あたしの話より大事?」
「い、いや、あの……すまない、続けてくれていい」
ジョンヒに威圧されて、完全にタイミングを失った。
「それじゃ、あたしから報告ね。ウチの団長に頼まれて真仲さんの周りを探ってたついでに都近くのお寺とか神社とか聞いて回ったけど、旭ちゃんの呪い……色病みの呪いについては確かにペイジ、アンタの言う通り誰も分からないみたいだった……っていうのは表向きの話」
驚いた顔をするペイジの様子にジョンヒは満足げに目を細め、続ける。
「更に調べてみたら、都の有力武士の一族が記録を片っ端から焼き捨てさせてた。何処の何て奴等だと思う? 光本家。旭ちゃんの遠いご先祖様、光義日さんの実家が絡んでたってワケ」
「え……何でそんな事……あ、ひょっとして、呪いを掛けたのって……」
最悪な想像をしてしまったニャライだったが、事実はまさしくその想像通りである事をジョンヒは首を縦に振って認めた。
「本家に乗り込んで色々話聞かせて貰っちゃった。そもそも義日さんが東ヒノモトに落ち延びる事を選んだ理由は、本家の人達がカゲツ傭兵団に敗けた責任を義日さんに押し付けて縁を切ったからで、そうして仲間どころか血の繋がった家族にも裏切られて、絶望して自分に呪いを掛けた……って事なのかと思ったら、コレも嘘だった。ホントはみんなに裏切られてたった一人になっても、最後の瞬間まで東ヒノモトの有力者に声掛けて回って、再起を図ろうとしてたんだって。まるであたし等が初めて会った時の旭ちゃんみたいにね」
ジョンヒの言葉で初めの頃の旭を思い出し、皆して感傷に浸ってしまったが……。
「だが、義日は志半ばで本家の刺客に呪いを掛けられてしまった、と」
振り切って、ペイジが話しを続けさせた。
「しかも、カゲツ傭兵団に命令されてとかでもない。これから生まれてくるかも分からない、一族を裏切ろうと考える自分達の子孫への見せしめの為に、義日さんが風呂上がりで油断してたところに呪術師が奇襲を仕掛けて……それで人として使い物にならなくなった義日さんを、売春婦として二束三文で売り飛ばしたんだってさ……」
「けど、その当時なら今ほど記録が焼かれてなかったんだろ? さっさと呪いを解く事も出来たんじゃねえのかよ」
「その時代から既に使える人の限られる呪いだったみたい。特に東ヒノモトはまだまだ未開の地で、魔術に詳しい妖精の国の月夜見が有りはしたけど、義日さんが喧嘩売った相手は亜人の傭兵団だったから……助けてくれなかった、ってコトじゃない? で、振り出しに戻るけど」
ぐっ、と頭を近付けて、小声で話し始める。
「呪いを解ける子、見つけた」
「マジか!?」
「しッ! 声大きいって……! 都のお寺でずっと修業してた子で、しかも旭ちゃんの妹にあたる人みたい。光円っていう名前まで分かってる」
「成程……自分も同じ呪いを受けていたからこそ研究が出来た、という訳か」
「それはちょっと分かんないけど、円ちゃんがいたっていうお寺とは連絡が取れた」
「で、どうなんだよ? 呼べそうなのか? こっちに」
「呼べそうどころか、入れ違いでこっちに向かってた」
「あー……色病みの呪いの研究してたのが、本家さんにバレちゃったんだ」
ニャライの言葉にジョンヒが頷いた直後、
「マズいだろそれは! 俺達で助けないと、殺されでもしたらもう旭さんは……!」
取り乱したシャウカットがジョンヒの襟を掴み、ぐらぐらと揺らして訴えかける。
「分かってる、分かってるから落ち着こ? アンタの言う通り、一刻も早く助けに行かなきゃだけど、将軍連中は旭ちゃんが呪いに罹ったままにしたがってるから、むしろ本家に協力しかねないじゃん」
「そうなると……私達だけで助け出す必要がある、そういう事だな?」
「でもどうやって探すの? この世界にはケータイもGPSも無いんだよ?」
「どうせピンク髪なんだから遠くからでもすぐ分かるんじゃねえの?」
「尼さんだから髪を隠してるのでは……」
思い思いの事を言い合う3人を、
「ハイハイ、そこも大丈夫だから落ち着いて? お寺を出た日付と時間、円ちゃんの身長、それから普段の歩く速度を聞き出せたから、そこから移動距離を計算して、今どの辺りにいるのかは特定出来てるから」
ジョンヒはぐうの音も出せない完璧な答えで落ち着かせて、東ヒノモトの地図を取り出した。
「こっちは獣道すら無い断崖絶壁だから移動ルートの候補としてそもそも無いも同然、こっちの道は西の方でカゲツが陣を張ってるから使えない、こっちは逆に道として整備され過ぎてて追手にすぐ見つかるから使うとは思えない……だから、ここ。円ちゃんは、ここで見つける事になる」
ジョンヒの指先に3人の視線が寄せられた。
「……分かった。そこまでハッキリしてるなら早く行こう。俺達は転生者、死なねえんだからどんな奴が来ても負ける事なんて無いハズだ」
「相手も極力神坐を巻き込みたくないと考えているだろうから、派手な徒党は組んでいないだろう。数的不利が起きても打開は可能な範囲と考えられる」
「それじゃー、出発進行ー!」
全会一致で直ぐにでも向かう事を決め、調子良くニャライが部屋の障子を開けた。
「話は聞かせていただきました。姉上の呪いを解ける者が見つかり、しかもそれは我が妹であり、これから助け出しに行くのだと。ならばわたくしも参りましょう」
一瞬で全員の表情が嫌そうに変わった。
神坐を発ち、北西の山々を抜けて数時間。
鬱蒼と茂る森の中を、5人は歩く。
「えーっと……あれ? ジョンヒ、さっき焚き火してるの見えたの、この辺だったよな?」
「あの山の上から見てたから、位置関係的にはそれで合ってる」
「えーっと、じゃあ……ひょっとして、魔術で位置をずらして見せてたとかない? 光の屈折に干渉する魔術とか、そういうのありそうじゃん」
「有り得るな。そうなると……二手にでも分かれて周辺を捜索するか?」
「いえ、その必要は無いかと。……焚き火の匂いがするのは、あちらからですね」
言うや穴や、正義はずんずん森の中の道無き道を進みゆく。
「わー、流石は北ヒノモトの野人だー、嗅覚が鋭い」
「お褒めに預かり光栄に御座いますが、先ずは円を見つけねば」
「ハァー……コイツ、マジでつまんな」
ため息をつくジョンヒだったが、
「さ、左様に御座いましたか……申し訳、ありませぬ……」
「あぁーもう、アンタ察しは悪いのに何でそんなに地獄耳なの!? マジ面倒臭いんだけど!?」
遂には堪忍袋の緒が切れてしまった。
「北ヒノモトにいた頃も、よく同じ事を言われておりました。秤様には3人の孫娘がおられて、わたくしにとっては姉のような存在でしたが……あまり好いてはいただけず、毎日わたくしにうんざりした御様子でした。それでも、わたくしにとってはかけがえのない家族のようなもので……」
「どうしてこんなに性格の良い奴の姉がアレなんだろうな」「何それ皮肉?」「……少し歪み過ぎた言い方をしたかもしれない。すまない」
そんなこんな話し合いながら歩いていた彼女達だったが、
「しっ! ……なんか話してない?」
ジョンヒが最初に人の気配を感じた。
それぞれ木陰や茂みに隠れて、声のする方を覗き込む。




