第八話【無用のならず者】6
夕暮れの河原で見せしめとして磔にされたティナをじっと見つめるトキヤの背中に、旭は言い知れぬ恐怖を覚えていた。
だが、いつものような態度で「気味が悪い」等と軽口を叩く勇気は、今の彼女には欠片も残されてはいなかった。
「……トキヤ、何故正義を殺さなかった?」
変に上擦った声で問い掛けてしまった。
慌てた旭に、振り向いたトキヤは落ち着かせようとしているのか、微笑んだ。
「反乱を企てていた奴を、それも死なないものとされていた転生者を実質的に殺した。光旭の前に殺せない存在など無いと知らしめたんだ。これで誰もお前に逆らおう等と思わなくなる。そうなれば、幾ら優秀な弟がいようと誰も担ぎ上げはしないだろ?」
優秀な弟。
自分自身認めていたからこそ、その言葉を最も言って欲しくなかった相手から聞かされて、旭は視界がぐらりと揺れる感覚に襲われたが、何とか倒れずに立ち続けはした。
「……そうだな。お前の言うておる事は、正しい。これで私が、幾ら駄目な国主であろうと、駄目な武士であろうと……駄目な女であろうと、きっと皆して恐れをなして、逆らいはせぬな」
「旭……」
不意に迫ってきたトキヤ。
「と……トキ、ヤ……」
有無を言わさない雰囲気の彼を前に、恐怖で身体が硬直した様子の旭は半歩も引けない。
「どうして逃げない? いや……俺が怖くて逃げられないんだな?」
腕を掴まれ、岩陰に押し倒されたが、尚も旭の身体は動かない。
「ずっと考えていた……お前をこの残酷な世界から守り抜きたいのに、お前は自分の力を示そうとして、傷付いてばかりいる……どうすればお前を止められるんだろう、どうすれば、俺が守る事の出来る存在に、なってくれるんだろう、って」
脚を広げられ、旭は目の前の破滅を前にして息が浅く上がってしまい、顔を赤くしてしまう。
「嫌だ……やめろ……!」
「愛してる、旭」
「ダメ!」「あ痛゛ッ!?」
が、寸でのところでいつもの邪魔が入ってしまった。
「アンタ、調子乗るのも良い加減にしな! たかだか転生者1人潰したぐらいで!」
「え、えぇ……でもジョンヒ、俺はティナさんを……何も悪くない人を……」
「ハイこれ」
トキヤを黙らせるようにジョンヒは洋風の便箋を差し出す。
おずおずとそれを受け取って、トキヤは読み進め……「えぇ……」困惑の声を再び漏らした。
「お、おい何と書いてあるのだ?」
すっかりいつもの調子に戻ってしまった旭は何の気無しにトキヤに問い「えーっと……読む。うん」少し戻り損ねてはいるがだいぶマシになったトキヤは、淡々と読み進み始めた。
「親愛なる神坐国の旭姫とその側近のトキヤさんへ。
この度は我々サカガミ傭兵団を暴力と脅迫によって従わせていた極悪非道のティナ・サカガミを処刑して下さり、本当にありがとうございます。
転生者は精神を破壊すれば実質的な死を迎えるとはいえ、我々もその方法をティナから隠れて必死に探しておりましたが見つけられず、すっかり困り果てて諦めていました。
これからのサカガミ傭兵団は強いリーダーに頼らない方法で団結していく必要があり、それはきっと長く険しい戦いになるでしょう。しかし我々は必ずや成し遂げ、ヒノモトの平和の為に戦う組織に生まれ変わる事を誓います。
それまでの間の我々の指揮権は、まことに勝手なお願いをしてしまいますが、旭姫に託させて下さい。
……だとよ」
「何と!? いきなり流れ者の軍を丸々手に入れられたとは……! いやはや、ティナも悪い奴ではなかったが、何とも僥倖な事よ!」
さっきまでの可愛げな態度は何処へやら、すっかりいつもの不遜な様子に戻った旭を前に、トキヤは唯々呆れる事しか出来ずにいた……が、
「あれ、裏に追伸が書いてる。何々……?
追伸。
表面を書いた直後に新しいリーダーが決まりました。
明日の参議から加わりますのでよろしくお願いします。
……残念だったな、旭」




