第八話【無用のならず者】5
遂にその日が来た。
「出てくるなりいきなり呼び出されてしまうとは……でも、大人しく部屋で書物を読んでただけなのに何を怒られるのだろう?」
蟄居を言い渡されていた正義は、久し振りの外の空気を浴びて思わず背伸びをしながら旭の前まで歩いてくると、その場に胡座をかいて座った。
「お久しゅう御座います、姉上。なにやらわたくしを咎めようとお呼びになられたと聞きましたが、つい先程まで言いつけを守り蟄居をしていたので、何が起きているのか全く存じておりませぬ。何故わたくしをここにお呼びなされたのか、お聞かせいただけませぬか」
「正義よ……貴様、わしを殺そうと企んでおったそうだな?」
「はい?」
「そこに直れ!」
刀を抜き、振り上げた旭。
対する正義はあまりにも突然の事に為す術もない。
斬り裂かれ、鮮血が飛び散った、
「誤解です……! 旭!」
「タンジン……!?」
タンジンは、己の身体を死に戻らせながら立ち上がると、
「この不埒な噂を流した真の犯人は別にいるのだと、トキヤが教えてくれました」
そう言いながら旭に一歩、また一歩と詰め寄る。
「やめろタンジン!」
慌ててトキタロウが立ち上がり、旭とタンジンの間に転がり込むと、
「そこにいとけよ、旭。どういうつもりだ、タンジン? どうして旭が実の弟を殺さなきゃならねえんだ?」
タンジンに向かって刀を構え、白々しくもタンジンに問い掛けて見せて、次の一手を窺い始めた。
「おや? ワタクシは一言も、旭が噂を流したとは言っておりませんが」
「ちぃッ、旭! コイツの言葉を聞くな! オレ達は知ってるんだ、コイツがその噂に乗っかって、お前を殺そうとしてたってな!」
「乗っかった、ですか……ならばアナタの考えとしては、出元はやはり旭で、彼女はワタクシに利用されたマヌケだと、そう言いたいのですね?」
「もしもそうだったらそりゃもうとんでもない大バカ話だな。でも、全部テメエの自作自演なんだろ?」
「意地でもワタクシのせいにしたがりますね。しかし犯人はもう、見つけてあるのですよ。そうでしょう、トキヤ!」
タンジンに名を呼ばれて廊下の陰から現れたトキヤは、
「ああ。こいつだ」
白い塊を転がして見せた。
……白い塊、というのは誤りだ。正しくは、
経帷子を着せられ手脚を縛られている、物言わぬ抜け殻となったティナ・サカガミだった。
「ひっ……」
旭は小さく悲鳴を漏らし、後退り、そのまま腰が抜けてへたり込んでしまった。
「話の出来る状態で連れて来たかったのですが、暴れられたので仕方なく良子に精神を破壊させました。彼女はもう二度と、マトモだった頃には戻りません」
他の将軍……ひいては転生者達も、亜人や人間との戦闘ですっかり忘れていた『転生者も不老不死ではない』という事実を改めて突き付けられて、血の気が引いた様子だ。
「なっ……何、したんだよ。たったの一晩で、人間の心を、ここまでぶっ壊すって……」
「申し訳ないヒョンウ、こればかりはイタミ傭兵団門外不出の技術なので」
暗殺を生業にするサエグサ傭兵団の団長でさえも、流石に転生者を再起不能にするには骨が折れるものだと考えていた。
それをタンジンは……否、良子はたったの一晩で殺したのだ。
狼狽えるなと謂う方が無理がある。
一方、転生者ではない旭も目の焦点が合わない様子だ。
過呼吸を起こし、涙を目尻に溜め始めていた。
そして、普段であればそんな状態の彼女を放っておくはずがない彼が、今回はいつまで経っても彼女を宥めにやって来ないせいで、旭はひたすら恐怖に怯えて震える事しか出来ない。
「これで、反乱騒ぎは終わりだ。今後俺達に……旭に逆らう奴がいれば、死ぬ奴は打ち首にして、転生者には、コレと同じ目に遭ってもらう」
ゆっくりと歩いて回り、残った6人の将軍達の顔を覗き込みながらトキヤは凄んで見せると、最後にトキタロウの前に立ち、
「アニキだからって容赦しねえからな」
今までの彼であれば絶対にしなかったであろう、敬愛する人物への恫喝をやってのけた。
対するトキタロウは表情こそ不敵な笑みを装ったままであったが、唯々可愛いだけのハズだった弟分の示した恐るべき覚悟を前に、
「おう、そうかい。良い顔になったぜ? トキヤ……!」
自分の身体が震えているのは嬉しさが理由なのだ、と必死に言い聞かせるのがやっとだった。




