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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第八話【無用のならず者】
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第八話【無用のならず者】2

 旭とニャライの陰謀の歯車が回り始めてからそう時間の経たない内に、光正義による謀反の計画の噂が神坐に流れ始めた。

 ただ言葉遣いが悪かっただけで蟄居を命じられた事に腹を立てて……という納得のいく理由であっただけに、その話を信じない者はトキヤの他にはいないようだった。

 そうして、不穏な空気の流れる神坐の夕暮れ。

 御所の縁側で、トキヤは旭と並んで座っていた。

 自身の腕を握られて、離れられないようにされながら。

 「……旭、ちょっと距離近過ぎないか?」

 問われた旭は、お互いの身体を着け合うように更に近付いた。

 この計画を失敗させるつもりは無い……それを察したトキヤは、せめて旭が何を考えているのかを知りたい、そう思った。

 「教えてくれ旭。どうしてお前はそんなに、正義の事を嫌うんだ?」

 その問いに答える者はいなかった。

 「アイツがお前に何したっていうんだ? まあ、確かに最初会った時は行き違いで酷い目に遭わされたけどさ」

 「逆にお前は、何故……奴を生かしておく事にしたのだ? 初めは私の座を脅かす者と考えてくれていたのに」

 重々しく口を開いて、旭は問い返す。

 「アイツにそんな才能も根性も無いだろ」

 「奴自身には、な。だがそれだけで芽を摘む理由が無くなるのであれば、カゲツがタンジンを使い、私にああまで躍起になる理由も無かっただろう?」

 「とは言ってもな、神輿の軽さにも限度があると俺は思うぞ」

 「それはお前の考えであって、皆して同じく思っておる訳ではあるまい。それに、奴の方が軽いとも限らぬだろ。私は奴に戦運びも、刀の腕も遥かに劣る……」

 そう言いながら、旭は更に距離を縮めて……トキヤに縋り付くように抱き寄る。

 「私は怖いのだ……皆が私に愛想を尽かして、正義を担ぎ上げる、そんな夢をもう何日も見ている……その夢の中で私は最期、命を乞うも斬り捨てられるのだ。『どうかお願い致します、あなた様の遊女にでも何にでも貶めていただいて構いません。それでもどうか、命だけは……!』そう跪き、涙を流して願いながら、殺されるのだ……お前にな?」

 旭が伝えようとしている事を……旭にとって、トキヤ以外の誰も信用出来ないのに、そのトキヤとまで意見を異にするような事があれば、最早それは破滅以外の何物でもないと謂う事を……トキヤは察して彼女を抱き寄せた。

 「……弟殺しなんて。家族に手を掛けるなんて、マトモな人間のする事じゃないからな?」

 「元々私は天涯孤独、母に捨てられ、父は何者かも分からぬ身の上で生きてきた。今更出てきた弟を名乗る奴より、勝手知ったるお前の方が身内だと私は思いたい。故に……あれは私の道具にはなろうと、身内にはならぬ」

 「お前にはそんな地獄みたいな生き方をして欲しくないんだけどな」

 「私は人々の頂に立ち導く、神に等しき武士。そう甘い事を言うてはおれぬ。故にこそだ、トキヤ」

 旭はトキヤの頬を撫でながら彼をゆっくりと押し倒し、顔を近付け始める。

 「お前には、私と共に、人の身でありながらカゲツのような鬼の生き様へと、堕ちてもらうぞ」

 「……地獄の底まで、ついて行けばいいんだろ?」

 黄昏れた談笑を交わし合い、互いを求め合う二人。

 その思い合う先は、全く違う目的地である事は明白だった。

 それでもトキヤは、彼女を救いたいと願い、

 然して旭は、彼と共に滅びたいと望み……。

 「なあ、トキヤ? お前は私を前にして、ずっと耐え続けられているのは何故だ? 他の男どもは斯様に誘われ続けていると、いずれは女が何を言おうと構わず犯すものだろう?」

 「人それぞれじゃないか? 少なくとも俺は事情を知ってる以上、自分の欲望を優先させるような事はしたくないよ」

 「なあ、本当は……私の事が、嫌いなのではないか? 嫌いだから、利用しているだけだから、私に媚び諂って得をしたいだけだから……」

 トキヤは旭と唇を合わせて、その言葉を遮った。

 「冷静になってくれ。寧ろお前の言う通りなら、傀儡にする為に真っ先に呪いを発動させてるんじゃないか?」

 「私はこの身体が憎い……幾らお前を信じようとしても、その証をただでは得られないこの身体が……」

 「今はまだその時じゃないってだけだ。この東ヒノモトを纏め上げて、都と交流も出来れば、きっと直ぐにでも呪いを解ける人だって見つかる筈……こんな言葉でだけしか言えない俺を許してくれ。お前に行動で示して信じさせられない俺を……許してくれ」

 苦しげに互いを求めるも、溺れて沈む事も許されない……そんな二人のもどかしいやり取りは、夜更けまで続いていった。





 夜明け前の浜辺に、トキヤは一人で佇んでいた。

 旭が貪るように自分を求めてきた挙句、気絶するように眠ってくれたおかげで、ようやく一人で考える時間を得られた……と、思ったのも束の間。

 「籠の中の鳥は、籠に己を閉じ込めた主人を恨むものだ。

 そう人々は、そして主人すらも思う事だろう。

 例え当の鳥自身が、恐るべき外敵から己を守ってくれていると、主人を盲信していたとしても……」

 「いつから後ろをつけてたんですか、タンジン」

 青い狩衣を着た男が長い黒髪を潮風に靡かせながら、朗々と詩のようなものを詠み上げてトキヤの後ろから現れた。

 その顔には得意げなのか、自嘲しているのかよく分からない微笑みを湛えている。

 「後ろをつける等と人聞きの悪い。見知った顔の者が思い詰めた表情で海へ向かっていれば、誰しも心配して様子を見に行くものでしょう?」

 「それが死ねない奴でもですか?」

 「身体だけ労っては片手落ちですよ。人間とは心によって身体を動かす生き物でしょう?」

 「……俺はダメな奴です。旭を気遣ってるハズが、余計にあいつを不安にさせてしまっていた」

 「果たして、そうアナタの目に映った姿も真実かは分かりませんがね」

 「……?」

 「ああいえ、お気になさらず。それより」

 ……話をし始めそうなところで妙な区切り方をしたタンジンを不審に思い、トキヤは思わず彼の方へと目を向けた。

 「うっ……」

 全てはタンジンの思惑通りだった。

 トキヤは半ば無理矢理タンジンと互いに目を合わせる形をとらされ……というよりは、蛇に睨まれた蛙のような状態になってしまった。

 「近頃妙な噂が流れていますね? 正義が謀反を起こそうとしている……だとか」

 「事実関係を確認中です、追って詳細はお伝えしますので」

 タンジンが話しかけてきた本当の目的に、今の今まで

気付けなかった自身の愚鈍さをトキヤは恨んだ。

 「アナタはどう思いますか? 本当に正義が謀反を起こそうとしている? 或いは誰かが謀反を起こすのに担ぎ上げようとしている? それとも……」

 威圧的な歩調でタンジンはじりじりとトキヤに詰め寄る。

 「寧ろその逆、正義の存在を疎ましく思う者が、体よく彼を殺そうとしている?」

 「だから、分からねえって言ってるじゃないですか!」

 「アナタがどう考えているかを答えなさい!」

 今のやりとりだけで全てが筒抜けになっている、そうとしか考えられなかったトキヤは、

 「俺だってこんな事は可笑しいと思ってんですよ! でも……! 旭はアイツが来てからずっと、俺達に裏切られて殺される悪夢を見てるっていうんですよ。そんなの俺は放っとけねえ。何の罪もない正義を殺すなんてどうかしてるけど、でも俺は……! 俺は最低な人間です。それでも俺は、正しさよりも旭が大事なんです」

 最早これまで、そう判断して自暴自棄に全てをぶちまけた。

 「だから、これを知っちまった以上、あんたにも手伝って貰うしかねえ。嫌だってんなら、首を縦に振るまで、ここで死に続けてもらう……!」

 勝ち目があるとは到底思えないが、この前の斬り合いでは何故か辛勝した。

 今回も何とか押さえ込まなければ。

 刀を握る腕がプレッシャーで震える中、トキヤはタンジンと再び刃を交える覚悟を決めた……しかし。

 「何か勘違いをされているようなので落ち着いていただきたいのですが、ワタクシは寧ろアナタ達の味方ですよ?」

 タンジンから返ってきたのは、ある意味最悪の答えだった。

 「そうだよな……あんたはそういう人だ。俺なんかよりもよっぽど、旭と考え方が近い……」

 「しかし、正義はまだ利用価値がありますので、ワタクシは素直に乗るつもりはありません。少しワタクシなりに悪くないアレンジをしましょう。今後は上手く旭の所を抜け出して、ワタクシの許にも来るように。いいですね?」

 「あの、タンジン……それだとこの計画の意味が……」

 トキヤの尤もな懸念の表明に、タンジンは尚も自信満々といった表情を崩さない。

 「そんな悪夢も吹き飛ぶような、最高のサプライズショーを旭には御堪能いただくのですよ、トキヤ」

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