第八話【無用のならず者】1
今日も神坐の国は騒がしい。
それは唯単に人間の数が増えたから……というだけでなく、それぞれに考え方の違う集団が7つも集まれば上から下まで諍いが絶えなくなるのは当然の事だろう。
「はあ……? 昨日は虫拳で何が一番強いかで争い、一昨日は休みの日に何をするかで争い、して、今日は明日この世が終わるならどうするかで争っておったと……」
旭の前で喧嘩をしているのはサエグサ、オオニタ、ヤマモト傭兵団の団員達だった。
三者三様に弓、木刀、桶を手にして他の二人を口汚く罵り合い、旭の仲裁を全く相手にしない。
「おい! いい加減人の話聞けよ! テメエ等のリーダーは誰か分かってんのか!?
「「「うちの団長だ!」」」
「旭に決まってんだろこのクソボケ共が!!!」
声を揃えて不正解を怒鳴る三人を前にトキヤも負けじと罵声を浴びせるが、
「そりゃ違えよ。そこの妙な色の髪した女は唯単にキタノの団長に担がれてるだけだ」
3人のうち1人が、急に真顔になって言い返した。
「そのキタノの団長の伝手でうち等の団長も表向き頭下げてるけどよ、まあ言葉通りのお飾り様だろ」
「勘違いしてっといつか背中刺されるぜ。悪い事言わねえから、言葉と態度には気をつけな」
残りの2人にも同様にふざけた様子ではなく真剣に窘められたトキヤは、それ以上何も言い返せないまま喧嘩に飽きて帰って行った3人の背中を見送る事しか出来なかった。
「……私がもう少し、例えば威厳のある男であったなら、こうはならぬのか?」
「そうとも限らないだろ。ただ、正直ナメられてるなってのは、否定出来ない……」
途方に暮れる二人だったが、
「はいはーい、手軽に威厳を手に入れる方法ありまーす」
ここ最近聞いていなかった声が後ろから聞こえた。
「お前に頼むぐらいならガニザニに頼みたいのだが」
「まあまあ! そんな事言わずに!」
いつもと比べても異様な程ニコニコ笑いながら迫るニャライに旭は流石に不気味さを覚え「おい……」思わずトキヤの袖を掴むも、
「その話、俺と2人じゃ出来ないか?」
既にトキヤは何かを察したような顔をニャライへと向けており、その素振りから自分に危害の及ぶ状態ではない事を悟った。
「……ま、旭さんは事後説明でもいっかな」
「ならぬぞ。お前の隠し事は私への裏切りと心得よ」
「俺が今更裏切る訳ないだろ、ちょっとニャライと話するだけだから……」
「ニャライには出来て私には出来ぬ話とは何だ? 謀反か?」
「何でお前を殺さなきゃいけないんだよ!」
「ならば答えは一つであろう! ニャライ、お前の話、聞いてやらぬでもない。此奴の言う事は放っておいて良い故、ここで話せ」
「旭! ……頼むよニャライ、ちょっと冷静になってくれ」
「いえっさー、旭さん。そこの意気地無しはほっといてー……」
焦っているような、或いは昂っているような……そんな様子が伺えるせわしない早歩きで二人の前に座ったニャライは、
「それじゃあ今だけ大出血サービス、ここだけのオススメ謀略セミナーを、始めちゃいまーす……!」
暗く、昏く、腹黒い、良識も善性もかなぐり捨てた満面の笑みを浮かべると、続けて朗々と話し始めた。
「人間という生き物は、強きに従い弱きを挫く生き物です。それはどんな美辞麗句を並べ立てて足掻いても覆す事の出来ない動物的本能からの習性なのです。強い者、才能に長けた者の前には、それより劣る者は唯々負け犬でしかないですし、負け犬なんかに従うヤツはいません。今まさに、戦力欲しさにサカガミを引き入れ、トキヤを使って嫌がらせをしたいが為だけにイタミを許した旭さんの選択を見て、大多数の人達は『何やらかしてもテキトーに言いくるめてれば何とでもなるヤツ』と見做しているのは当然の結果という訳ですね」
「あのさニャライ……もう少し言い方考えてくれ」
「構わぬ。続けよ」
「はーい。で、ここからが本題です。かといって二人をいきなり追放でもすればそれはそれで理不尽の極みですから人心は離れていく一方になっちゃいます。じゃあもう打つ手は無いのか? いえいえ。あるじゃないですかそこに。丁度追放するに相応しい、ロクに役に立たないクセして偉そうに国主の隣でふんぞり返ってる……」
旭は拳で以てニャライを黙らせた。
「もうよい、帰れ。話を聞くだけ無駄骨であったわ」
吐き捨てた旭。しかし殴られて倒れた身体をがばりと異様に揺り戻させて起き上がったニャライは、尚もその拳を両手で掴むと、
「で、では! 反乱計画をでっち上げるというのはどうでしょう?」
お構いなしで次の提案をし始めた。
「わしが誰に謀反をするのだ? 何を言っているのかまるで分からぬぞ」
「いえいえ、誰も本当の反乱なんてしません。ただ、皆さんに分かるような形でウソの反乱計画を進めさせるんです。で、それとなく誰かをリーダーに担ぎ上げさせて、トキヤが暴いたって形で収めます。最後にリーダーを追放してしまえば、もう旭さんに逆らう気を起こすヤツなんていなくなるでしょう。何てったって、転生者が相手でも物怖じしなかった態度を見せられる訳ですから」
「おいニャライその辺でいいだろ、そんな事したって誰も良い気分しねえよ」
「……して、それをやる相手はお前のところの団長でも構わぬのだな?」
「今後この国が立ち行かなくなってもいいならご自由にどうぞー」
「まあ、今のは単なる吹っ掛けよ。然して……お前はそれをやる相手は、誰が的確だと心得る?」
問い掛けられたニャライは、ニタニタと笑いながら暫く黙り込み……そして、旭と目を合わせた。
「一番好きな人がダメなら、一番嫌いな人はどうですか?」
「……心得たぞ。追放と言わず、誅殺出来る者の方が示しもつかせやすいしな?」
「察しが良くて助かりまーす!」
ニャライの提案と、旭の重い答え。
トキヤは2人が誰の事を言っているのかを直ぐに結論付けた。
「お前まさか……自分の弟を手に掛けるつもりか!?」
「コラ! そういうの大声で言っちゃダメだよー!」
「お前もお前だ! こんな事やってる理由がまさにソレだからだろ!」
「……どういう事だ?」
ニャライを押し退けて、素直に疑問を呈した旭の前にトキヤが座った。
「コイツの悪い癖なんだよ。自分が認めた相手、例えばガニザニさんとかタンジンが相手だったら素直に負けを認めるんだけど、それ以外の相手が自分の思いつかなかった作戦を成功させた時……ニャライは、そいつと自分を比べちまうんだ。それで勝手に自分を追い詰めて、もっと周りが舌を巻くような、大胆でいて誰も思いつかない作戦や計画を持ち込んでくる……成功すれば自分の株が上がるのと同時に、相手の手柄を台無しにする、そんな謀略だ」
「いやー、無間平野での活躍、感動的だったよね! 私もさすがにあんな倫理観の無い作戦思いつかなかったよ! 戦略家としての才能には目を見張るものがあるし、きっと荒事は私よりも向いてるんだろうね! だから、さあ……!」
羨望と憎悪で血走った目を見開きながらニャライは口角を限界まで吊り上げた微笑みの表情を見せる。
素直な怒りや悲しみは己のプライドに懸けて絶対に表出させない、とでも言わんばかりに。
「私はあの子の苦手だっていう政治分野にもチャレンジして、差別化を図ろうかなって、思ったんだ……!」
そんな悲しい様子のニャライを前にした旭は……むしろ全てを理解した今、
「良かろう、ニャライ。わしは此奴と違い己の為に心を砕いてくれる者への情に厚い故、その謀略、乗ってやる」
ニャライを利用する気に満ちていた。
「ありがとうございまーす!」
「その代わり、正義を殺すのであれば、勿論それで空いた分の穴はお前が埋めるのだぞ?」
「嘘だろ、旭……」
トキヤは目の前でとんとん拍子で進む人の心の無い計画を前に、途方に暮れる事しか出来なかった。




