第七話【人類の守護者】8
トキヤとタンジン。刀を抜き、互いの首を狙い合って、静かに様子を窺い合い……、
「うおおおおお!」
先に仕掛けたのはトキヤだった。
刀を下に構えて駆け出し、タンジンの首を狙うも「があッ!?」タンジンは目にも留まらぬ速さで右に逸れながら、逆にトキヤの首を刎ねた。
「甘えるな! そんな太刀筋では、ワタクシに傷一つ付けられませんよ……!」
首と身体が斬り分けられたトキヤだったが、
「ぐ……、がぁッ!」
転生者は死なない。
斬り飛ばされた首が巻き戻し映像のように身体の方へと戻って来て、繋がり直し、息を吹き返す。
「さあ、何度でも来なさい。そしてワタクシを斃しなさあぁッ!? ぐ、あ……ッ!?」
余裕綽々、むしろトキヤの弱さに呆れ気味に話していたタンジンだったが、
「ずるいやり方してすまねえんだけどさ……! 死に戻りながら動くってえの、最近覚えたんだ」
彼の思っていたよりも速く、トキヤは背中を斬りつけてきた。
「が、は……ッ! 狡い等と、とんでもない……!」
派手に後ろを切り裂かれたのが致命傷に繋がったタンジンにも死に戻りが発動する。
「この、ヒノモトに於いて……人間とは非力で脆弱な生き物。亜人と対等に渡り合うのに、馬鹿正直では話になりません」
再び、互いに隙を伺い合いながら歩みをゆっくりと進める。
「次は、ワタクシから仕掛けましょう」
「そういうのいいんでえええ!?」
「悪くない」
「あ、あぶねえ……!」
「能天気に返事をしながらも警戒を解かず、よくぞワタクシの攻めを受け止められました」
トキヤの返事を待たずにタンジンは一気に斬り込んだが、トキヤは寸でのところで己の刀の鍔で弾き返した。
「さて、ワタクシの太刀を正面から受け止めたとはいえ、呆けている暇などありませんよ?」
「当たり前だ。俺だって、防戦一方じゃねえからなあああ!」
再びトキヤが仕掛けるも既にタンジンはその太刀筋を見切って回避動作に入ると、突っ込んでくるトキヤの首の位置に自身の刀を構えながらすれ違う。
「話にならない分かり易さだ。手下であれば何とも愛いものですが……ん?」
タンジンは違和感を覚えた。己の構える刀に、斬った筈のトキヤの首の感触が無い。
「そこか!」「ちぃッ!」
タンジンはすかさず振り返り、トキヤの振り上げた太刀を弾き返すと切っ先をトキヤに合わせながら後退して間合いを取り直した。
「そうですよトキヤ。動きの速さで勝てずとも、己の反射神経を尖らせて相手の太刀筋を先読みする。そうしていれば身体能力に勝る亜人であろうと、疲れが蓄積して隙が生まれるものです」
「御託はいい! 俺はあんたと同じ土俵に立って倒す! その為に戦ってんだ!」
必死なトキヤの気迫を全身に浴びてタンジンは恍惚とした表情を浮かべながら身体を震わせる。
思わず『トキヤがカゲツと対等に渡り合えるかを見定める』為の試練を与えている事を忘れて、この場でずっと彼と心を通わせ続けていたいと望んでしまう……。
だが、旭に仕込んだ眠り薬はそう長い時間を稼げるものでもない。
そして今の彼ならば、まだ多少は厳しいところがあれど自分達が補う事で充分やっていけると確信出来た。
故にタンジンは、
「ならば、ワタクシの全力! 受け止めてみなさい!」
わざと自身の苦手とする力押しに打って出た。
瞬きをすれば一瞬で腹を横一閃に裂かれる一撃を、床を踏み込み、一気に相手の懐へ跳び込んで仕掛ける。
トキヤはきっとこの斬撃を受け止め、弾き返し、その反動で倒れた自身へトドメを刺す。
そこまで先を読んだタンジンに対して、
「ぐおぉ……ッ! ごほッ……!」「ぐえァ……!?」
あろうことか、トキヤはタンジンの刀で敢えて身体を両断された。
だが、トキヤの予想外の選択にタンジンは狼狽える事が出来ない。何故なら、
タンジンの首は、すれ違いざまにトキヤの刀で刎ね飛ばされていたからだ……。
トキヤとタンジン。互いに死に戻り、再び元通りとなった二人だったが、
「おい! ……もう、いいんですか?」
タンジンは刀を仕舞い、トキヤに背を向けた。
「ええ。ワタクシは心が折れました。後はアナタの気の済むようにしなさい」
「そう言われてはいそうですかっつってシバく奴がいる訳ないでしょう?」
「それはどうでしょう? でも、アナタは少なくともそうでしたね」
「タンジンや、そろそろ旭様が目を覚ますみてえですよ」
「ありがとう良子。では、最後の仕上げの一芝居ですね」
困惑するばかりのトキヤを放っておいて、タンジンは次々に話を進めると、
「突然ですがトキヤ」
「……何ですか?」
「死になさい」
「へ?」
仕舞った刀の柄を一瞬で握り直すと、一切の情け容赦の無い斬撃を喰らわせ
「させるか!」
「ぐあッ!」
る事は適わなかった。
「無事かトキヤ!? ……ったく、油断も隙も無い卑劣漢よ!」
目を覚ました瞬間、旭はいつの間にかタンジンとトキヤの間に立って刀を抜き、その斬撃を受け止めると、タンジンの身体ごと弾き返す。
反動で吹き飛ばされたタンジンは、刀を取り落として仰向けに倒れてしまった。
「ぐ……ッ! おのれ! ワタクシの手から逃れ、ワタクシから転生者達を奪い!ワタクシの預かり知らぬ人間の国を勝手に打ち建て! ……ワタクシこそが、人類の守護者であったというのに!」
「残念であったなあ? 貴様はもう用済みよ。これよりはヒノモトの人々も、流れ者も、そして……」
旭はこれ見よがしにトキヤを抱き寄せてタンジンへ下卑た笑みを向けた。
「トキヤも……全てわしのものだ」
「今この時ほど死ねない身体が恨めしいと思った事はありませんよ……!」
「そうか……いっそ死にたいと思う程に悔しいか……! ならば」
しゃがみ込んで、にたにたと嗤いながら旭はタンジンを見下した。
「わしは情に厚く、寛大な人々の守り人……故に貴様が今までわしに働いた全ての非礼をここで許そう。イタミ・タンジン、お前はこれよりイタミ傭兵団の団長の座に戻り、我が神坐の国の七人目の将軍となるがよい」
「何ですと……!?」
「わしの足下で、お前が今まで恣にしていた全てを奪われて尚死ぬ事も許されず、惨めに媚び諂い続けるがいい! あははははは!」
勝ち誇って豪快に笑い声を轟かせる旭を前にして、
「く……ッ! おのれ! いっそ殺せ! 殺してくれえええ……!」
タンジンは悔しげに狼狽える事しか出来ないような素振りをして見せた。
「という訳でワタクシもこれからは神坐の一員となりました。以後よろしくお願いしますね?」
夜明け前。
神坐国内にあるキタノ傭兵団の屋敷に集まった六傭兵団の団長達を前に、タンジンはけろりとした顔で事の顛末を説明し終えた。
「何だそれは……? じゃあ、あんたは旭様……あの小娘を上手く騙くらかして、お咎め無しでアタシ等と同じ立場を手に入れたっていうのか……!?」
やや怒り気味に驚きを隠せない様子のティナだったが、
「ワタクシとしてはその言葉をそっくりそのまま返したいのですが……アナタ曰く、サカガミ傭兵団は仲間など必要としなかった筈では?」
「まあ、それは……色々あったんだよ」
「ワタクシもそういう事です」
「いやそうはならないだろ……ったく、旭様は狡賢いんだかおバカなんだか分からなくなってきたよ」
タンジンは巧みな話術で彼女を丸め込んでしまった。
「実に君らしいやり方だ。失敗した時のリスクを欠片も考えていないのに、寸分の違いもなく計画を成功させる……味方になってくれた事、本当に感謝しているよ」
次に口を開いたのはガニザニだ。
彼の言動はいつも通り物腰柔らかだが、これまでのことを踏まえて警戒を緩めていない事に気付かないタンジンではない。
「逆にいえば、今の旭はあまりにも感情を手玉に取りやすい相手でもある訳ですから、このままでは良くないとワタクシは考えていますよ。共に、支えて参りましょう?」
「殊勝だね、タンジン。僕も同じ思いだ。彼女と、それから彼女のお気に入りの彼の事も、お互い気に掛けていこう」
「ワタクシがいない間に何をトキヤに吹き込んだのか、これからじっくり炙り出させてもらいますね」
「まあ……君が来ると分かっていれば、教育方針も変えていたのだけれど……ハハハ」
目を光らせるつもりだったであろうガニザニに対して、タンジンは逆に釘を刺した。
「まあそんなカッカすんなって、タンジン。これからはオレ達、同じ釜のメシを食ってくんだからさ」
「ではワタクシが先にアナタの茶碗へ毒を塗っておきますので、お互い苦しみ合いましょうか」
「へ、へへ……っ、やっぱお前はそうこなくっちゃな……!」
トキタロウは口喧嘩が滅法弱い。
適当に弄んでおけば、勝手に言葉に詰まって黙り込む。
だから彼は何も言わない事で自分を出し抜いてくる。
ならば寧ろ喋らせるべきのようにも思えるが、どうせ喋らせても毒にも薬にもならないつまらない話しかしないので、総合的に判断すると黙らせた方がマシなのだ。
「それにしても、どういう風の吹き回しでカゲツを裏切ったんじゃ? オヌシはてっきり最後まで二重スパイをするもんじゃとばかり……」
純粋に疑問を呈するチランジーヴィに唯一言、
「アレはもう滅びるからですよ」
タンジンは素っ気なく答えた。
「そうか? ヒョンウが言うにはアイツ死なねえんじゃなかったか?」
「ま、あくまで噂だぜ?」
「噂だとしてもだ。だから俺達と死なねえモン同士、この異世界が黙示録の炎に包まれるまで戦い続ける腹でも括ったのかと思ったんだが……」
「彼以外は普通に死ぬのですから、徐々に削り取っていけば良いだけの話ですよ。それに……」
タンジンは……得体の知れない微笑をジョージに向けた。
「アレも我々と同じならば、最期には心を壊せば良いだけの事ではありませんか」




