第七話【人類の守護者】7
御所を一周して回り刺客を返り討ちにして回った三人。
最後に残された御殿、その板間の戸を両手で開けて、
「タンジン!」
トキヤが呼びかけたそこには、
「ぐあッ!」「くッ……!」
タンジンと斬り合い、押し負けて斬りつけられ、斃れたトキタロウの姿があった。
「アニキ!」
「来るんじゃねえ……ッ!」
トキタロウはそう言い返しながらも、よろめいてその場に倒れ込む事しか出来ない様子だ。
「タンジン……これは、どういう事ですか!?」
「ヘッ、格好つけてお前らを助けようとしてみたんだが、このザマだ……情けねえなあ」
「……悲劇のヒーローぶってないで、先程のようにさっさと御自分で首を切り落として死に戻られては如何ですか?」
「タンジン!」
トキヤに怒鳴られ気分悪げな表情のタンジンは、身体をずるずる引きずりながら部屋の角へと逃げてゆくトキタロウを一瞥すると、次は3人の方へと身体を向けた。
「……ワタクシがここにいる意味を、アナタは分かって頂けますよね? トキヤ」
「ケジメのつもりですか? 大人しく頭下げりゃあ、今まで斬り殺してきた奴等だって旭のために働けたってのに」
「彼女達は皆旭を認めていなかったので、こうなる以外の運命はありませんでしたよ」
「面倒を見きれなくなった手下諸共、死地に来たとでもいうのか? 随分と自棄くそな事をしたものだな?」
「死なない身体で死地へ来てしまって申し訳ありませんね」
「回りくどい嘘をつかれるお方だ。もっとはっきり言いたい事を伝えなければ、この二人には伝わらないですよ? 貴方の真意が、姉上とトキヤ殿を試したい、そういったものであると」
その言葉にタンジンは明らかに厭そうな表情を浮かべたが、正義は気にせず続ける。
「カゲツと戦い、打ち勝つ事が出来るかを見定めたい。それだけの力があれば、自分も心置きなくカゲツの許から離れられる……ひいては、人々の未来を託す事が出来る。そのように考えて、斯様な真似をされたのではありませんか?」
全て言い当てて話の主導権を簒奪してこようとする正義に、タンジンは俯いて眉間にしわを寄せた。
「何と風情も心も無いつまらない男だ……アナタとはあまり話をしたくない。トキヤ、刀を構えなさい」
正義にそれ以上喋らせないように言い回しながらタンジンはトキヤと対峙し切っ先を向けるも、
「待て! 斬り合いならばわしが受けて立とう。トキヤ、お前の出る幕ではない」
弟を押さえつけると今度は姉の方が出しゃばって来た。
やれやれだ、といった様子の溜め息をついてから、
「ただの人間のアナタでは話にならないでしょう?」
一般論を以て話を終わりにしようと誘導する。
「侮るなよ仙人気取り。これでも既に流れ者を一人、この腕っぷしで従わせておるのでな?」
それでも旭は尚も食い下がって、トキヤとの決闘を認めようとしない。
「ならば余計に、アナタとは戦う意味がありませんね」
この女はそういタチの悪い性格だった事を、タンジンは疎ましげに思い出した。
「四の五の言っておる間に首を斬り飛ばしてやろうか? ……トキヤ?」
だが旭の意図が嫌がらせに有る事に気付いていないのか、タンジンと旭の間にトキヤが黙して歩み出た。
「何のつもりだ? 私の言う事が聞けぬとでもいうのか?」
「ごめん、旭。ここは俺にやらせてくれ」
「まさか今更、女子に戦わせたくない等と言うのではなかろうな? 左様な流れ者どもの仕来りは聞き入れぬぞ?」
「お願いだ」
「ならぬ。お前は弱過ぎる」
「俺に、お前の隣に立てる事の証明をさせてくれ」
「必要ない」
「旭!」
「どうしても戦うというのであればそれは私への裏切りと心得よ!」
怒りを露わにトキヤを怒鳴る旭だったが、その目尻には涙が滲み、冷や汗をかいていた。
「お前は……お前だけは、私を裏切らぬよな? トキヤ」
トキヤはその問いに対して首を横に振りながらも、旭の後ろへ戻る事しか出来なかった。
「それでよい……お前は私の側近、出過ぎた真似をする必要は無い。この国の主はわしだ! どこからでも掛かって来い、イタミ・タンジン!」
胸を撫で下ろしたかと思えば啖呵を切って意気揚々とタンジンを挑発する忙しない旭を前に、タンジンは特大の溜め息をついた。
「全く……弟は風情が無く、姉は仁義よりも偏愛を優先する有様ですか……先が思いやられますね。良子」
「へえ」「何っ!?」
その名を聞いた旭が警戒するよりも早く、旭は腕に矢を受けた。
「旭!」「姉上!」
「方々ご安心下せえ! 眠り薬でさあ!」
「う……! と、トキ……ヤ……」
崩れ落ちた旭はそのままいびきをかいて眠り始め、良子の言葉が嘘ではない事を証明する。
「これで邪魔者は誰もいませんよ。さあ、旭の目が覚めてしまう前に……!」
余裕のある風な喋り方は崩さないタンジンだったが、切実さは痛い程に伝わってくる。
「トキヤ殿。敵の罠であれば、わたくしが責を負い助け出しますので」
「多分そうだったらアニキがすっ飛んで来るだろうから旭の横で寝てていいぞ。な、アニキ」
トキヤに目を向けられたトキタロウは、壁に背中を預けながらも笑顔で返した。
その応えにトキヤも微笑みを向けると、改めてタンジンの方へと直り、
「あんたには恩があるし、正直胡散臭いけど嫌いになんてなれねえ」
歩みを進める。
「アニキの方が俺は性に合ってると思う。でも、そのアニキだって何度も世話になった」
そして互いの真っ当な間合いに着いたトキヤは刀を抜き、
「勘違いしないでくれよ。これはあんたに認めてもらう為に戦うんじゃない」
タンジンへと切っ先を向けて構えた。
「あんたを対等な立場で倒す為だ」
「素晴らしい……! ならばワタクシの心が折れるまで、斃し続けなさい、トキヤ!」
タンジンは今まで何者にも見せてこなかった程の、喜びに満ちた笑顔をトキヤに向けた。




