第七話【人類の守護者】5
「さ……先程確かに毒矢で射た、筈」
「わしは、光家の嫡子だ……! 武士をなめるな!」
旭に斬られた旭は無茶苦茶な理論の返事を旭から聞かされ、旭に呆然とした表情を向けたまま崩れ落ちると、その身体から黒い煙を吐き出しながら小袖を着た黒髪の女の姿になった。
「トキヤ……」
「旭!」
ふらふらとトキヤの腕の中に吸い寄せられ、抱き留められた旭。
「毒矢で、不意打ちとは、姑息な奴等よ……お陰で、意識が……ぼや……け……ん? あれ?」
それまでは今にも斃れそうな様子だったのに、トキヤと触れ合った瞬間、劇的な回復を見せてトキヤの支え無しでも普通に立てるようになった。
「……今のはわざとではないからな! お前に抱かれたくて毒が回ったような振りをしたのではない! 本当に、今にも気を失いそうであったのだが……ううむ」
「今はそれを気にしてる場合じゃないだろ」「それもそうか」
なんとか旭が自分の異常な体質について考え込むのを避けさせたトキヤは、心の中でほっと一息ついた。
「して、此度の敵……恐らくは魔術の類いであろうが、斯様な搦手を使われるとはな」
トキヤの袖を握りながら、旭は依然周りを見回し新たに備える。
「離れろトキヤ! そいつは偽者だ、あちらもこちらもわしに化けた間者だらけにって、もう見抜かれている!? ぐあぁっ!」
その備えに応えるが如くまた偽者が現れたが、一瞬にして見抜かれてトキヤに斬られた。
「雑な模倣だ……こんなヤツ、旭の手を煩わせる間でもない」
隣にいる旭は自分自身を『私』と呼び、毒を自らの治癒能力で克服した。
これ以上の本物の証明など無いだろう。
「どこの奴等の差し金だろうな」
「昨日の今日である事を考えると差し詰タンジンであろう。どこまでも私を見くびった事をしてくる奴よ」
「でもどうする? 敵が全員お前に変身してるとなれば、大分厄介だぞ」
「何を臆している? 私の姿をしていようと所詮偽者、遠慮無く斬り捨てよ」
「いや、そうじゃなくてさ……」
壁越しに、床越しに、天井越しに……人の殺気を四方八方に感じながら、トキヤは続けた。
「お前が本物の旭だって分かってるのは、俺しかいないんじゃないか?」
「……下手な助けが来ては逆に収拾がつかなくなる、という事だな。まあ、大事になる前にさっさと塵掃除をするか」
口では強気だが、袖を握る力が強くなった事をトキヤは感じ取った。
不安を覚えている旭を安心させようと、
「先ずは正義と合流しよう。さっきまで俺にしょうもない嫌がらせしてたから、そんなに遠くには行ってないと思うけど……」
トキヤが話を進めながら廊下の角を曲がった矢先、
「「「ぐわーっ!」」」
旭の断末魔が数人分響いた。
「姉上を騙っておれを騙そうとする等、卑怯千万。死を以て姉上に償うがいい……! あ、姉上! わたくしは無事です!」
二人の目の前では、数人の偽旭を踏み躙り、組み敷き、その尽くの息の根を止めた旭……に化けた正義の姿があった。
「何故お前までわしの姿になっておるのだ!?」
「あ……えーと、木を隠すなら森の中でしょう! ね? トキヤ殿……!」
「なんでケイシンから教わったって素直に言わないんだ?」
「トキヤ殿!」
「ははあ……成程。あの盆暗妖精、こういったところでは厄介な機転が利くのだな。そして、お前はまんまと奴に利用されたという訳か」
「どうも一度化けると暫く元に戻れないようでして……申し訳、ありませぬ……」
「ま、お前が騙されて敵に回るよりは良かったと思うておこう。して……」
「光旭、覚悟!」「お前など我等人間の頭目に値せず!」「タンジン様の御心も分からぬ愚か者め!」
また新手が湧いて出てくる。
そして彼等は旭の顔で、声で、旭にとっては反吐の出るような言葉を放ってくる。
「屍肉を喰らう始末の悪い飼い犬の群れよ……わしの面を提げ、随分と気分の悪い事を言ってくれるな?」
「同じ人間だってのに神坐に楯突くクズ共が。調子に乗るな! 旭の手を煩わせる間でもない、ここで俺の刀の錆にしてやるよ!」
「腕に自信のある者がいればわたくしが御相手致しましょう。そこの二人と戦っても手応えが無いですよ?」
三者三様に相手を挑発し……、
「おい待て正義、その言い草ではわし等も弱いと聞こえるが?」
「え……? あ! い、いえ、そのようなつもりは……」
「旭やめろ。コイツに悪気無えんだから」
「……この騒ぎが収まればお前に蟄居を命じる。書物でも読み漁って言葉遣いを何とかせよ」
「申し訳、ありませぬ……ええい! 貴様等のせいで姉上に嫌われてしまったではないか! 纏めて御相手仕ります! 掛かって来い!」
三者三様に締まらない言葉を交わして刀を構えた。




