第七話【人類の守護者】2
「トキヤ! 何処に行っていたんだ!?」
千鳥足の旭を連れて帰って来たトキヤの前に、ペイジが慌てた様子で現れた。
「え、あ……」「まあ……少しばかり、散歩をな」
気まずそうにする二人だったが、
「お前達が目を離している隙に、正義とその手勢が忽然と姿を消したんだ!」
その様子などまるで眼中に入っていないペイジは、更に言葉を転がし続ける。
「えっ?」「何だと……?」
「もしかすると、旭のぞんざいな扱いに怒って……寝返ったのかもしれない……そう私は考えているが、トキヤ、旭、散歩とやらの途中で正義を見なかったか!?」
「いや、見てないな……」「わしも同じくだ」
「イシハラ・オオニタ連合の方には行っていない……キタノ・サエグサ連合の方にも行っていない事はさっきジョンヒに確認を取った……サカガミの方は私が見張っていたから行っている筈がない……では、彼は何処へ……」
俯きながらうろうろと足を迷わせるペイジの様子に、流石にトキヤと旭も不安を覚えた、その直後だった。
「トキヤよ……あれは何だ?」
「煙……? しかもあんなに沢山……」
不意に、無間平野の方から無数の煙が立ち上り始めた。
「カゲツはこんな時間から飯を炊いているのか? 呑気な連中……否、違うぞ」
直後、カゲツの本陣が俄かに騒がしくなり始める。
「だが、攻めに出ている様子は無い……むしろ、逃げている……?」
「まさか正義、居眠りしていた事を気に病んで敵陣に不意打ちを仕掛けたのか……?」
「ヤバい奴だとは思ってたが……ヤケクソになって旭の為に死ぬ気じゃないだろうな……」
「否、奴は左様に考え無しではない……何が為に、斯様な真似を……」
嫌な汗をかきながら無間平野を睨む三人の許に、
「申し上げます!」「話せ、何が起きておる?」
サエグサの兵が伝令に現れた。
「何者かが無間平野の地下、虫どもの根城にて煙を焚き、炙り出された虫が方々から這い出しているとの事!」
伝えられた内容から一瞬で『正義のやらかした事』を理解した旭は、
「おのれ正義……手柄欲しさに何という真似を……!」
途方に暮れて唯々天を仰いた。
「いや、多分手柄が理由じゃないと思うけど……続けろ、それで?」
「はっ。然して、這い出た虫どもを一目見た敵将は一目散に西へと逃げ出し、それを正義殿が追い駆けて行きまして御座います。残されたカゲツの軍も頭を失った事で散り散りと逃げ惑っておるようです」
「ケイシンの虫嫌いを利用して、戦わずに勝利を収めた……という事か。手段は最悪だが、最高に合理的だな」
今起きていることを冷静に把握したペイジは、感心しつつもその手段の選ばなさに恐怖を覚え冷や汗が止まらない。
「朝になったら、謝罪に行かせるか」
「いや……奴に行かせた日には、寧ろもっと話が拗れて相手を怒らせた挙句に虫どもの首という首を持って帰ってきそうだ……私とお前で行こう」
「そうかな……そうかも……」
今この時ほど、朝が来てほしくないと旭が願った事は無かったが……。
無慈悲にも夜は明けた。
そして無間平野に歩みを進めた転生者達が目の当たりにしたもの。
それは、無惨な焼け野原と、散らばった亜人の骸。
中には煙で炙り出されたところを運悪く戦に巻き込まれたと思しき虫の亜人の亡骸や、ヤマモトかイタミ辺りが金を積んで呼んだであろう人間の遊女と思しき死体すらあった。
「美しくない……美しくないねえ」
「君のやり方も似たようなものだろう」
「そうか? ティナはこんな魚を釣るために池をダイナマイトで爆破するような真似、しないと思うぜ」
「うむ……この場にいる誰も、そして旭姫すらも、こんなメチャクチャはしないじゃろうな」
「ったく、おぞましい奴を味方に引き入れちまったな、姫様は」
誰が何をしたかを昨夜のうちに把握していた5人の将軍は、眼前の惨状を作り出した男が同じ人間であるとは到底思えない様子だ。
「方々! 敵将を捕らえまして御座います!」
そんな葬式帰りのような面構えの5人に向かって、西から嬉しそうな青年の声が投げ掛けられた。
「……そして、僕達が敢えて敵将を取り逃がし続けていた意図も、彼には伝わらなかったようだ」
「人質って事にして体よく金目の物と交換で返しちまおうぜ」
「あのガキがそんな汚いやり口に首を縦に振ると思うかい?」
「ウーム……どうする? トキタロウ」
「一先ず、旭に報告するしかないだろ」
虫の息のケイシンの首を掴んで引きずってきた正義を前に、誰もまともに彼と話そうという気にはなれなかった。




