第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】6
トキヤをサカガミ傭兵団に預けてから数日。
「流石はトキヤだぜ! あの面倒くせえティナを手懐けて連戦連勝とはなあ!」
「この調子で周辺地域の制圧が進めば、今週末にはもう一度月夜見に喧嘩が売れそうだな? 姫様」
連日のように送られてくる勝利報告の手紙に囲まれて小躍りするトキタロウと、その隣で腕を組み不敵に微笑むヒョンウ。
「余りにも進軍のペースが速過ぎる。本当にティナが素直に我々の指示に従って正々堂々と戦闘をしているとも到底思えない……手段を選ばず領主を謀殺し、残った兵士を脅迫して従えて回っているのでは?」
「ヤマモト傭兵団としても同じ見解だ。そして、こんなやり方を続ければ東ヒノモトにカゲツ傭兵団よりも酷い恐怖政治を敷く事になる。……それでいいのか? 旭」
対照的に、ガニザニとペイジは現実を直視して暗澹たる思いを吐露した。
だが当の旭は両者のどちらも気に留める様子はなく、超然とした佇まいで何度も何度も同じ手紙を読み直していた。
「その手紙に書かれている内容の内、何が気になっているのかな?」
ガニザニの問いに、旭は表情一つ変えず「桃色の髪の男だ」とだけ答えた。
「わしと同じ色の髪をした旅の男にトキヤが喧嘩を売ったが返り討ちにされ、一時心を病んでしまった……素直に考えればティナがトキヤに無茶をさせた責任を取りたくないが故についた出鱈目な嘘であろうが、仮にこの話が真であったならば……其奴は恐らくは、我が血を分けた兄弟であろうな」
「一つ質問させてくれ。確か君の一族は一度男性と関わりを持つと、その後正気を失って子を一人産んだ後には衰弱死する、という話だったハズだ。すると君に弟がいるとは考え辛いのだが」
「それはそうなのだが……一つだけ、我が母上には奇妙な話があってな……」
ペイジの問いに考え込むような素振りを見せながらも、しかし旭の中では一つの結論が出ていた。
「他の祖先達は子を一人成して直ぐに死したと伝わっておるのだが……母上はわしを産んで直ぐに、女衒の下から姿を眩ましたのだ」
「つまり……君の母親は何故だか男と関係を持ってもマトモなままで、その後も各地を渡り歩いていた。そしてその逃亡生活の中で、君の弟が出来ていた……そういう仮説を言っているんだな?」
「まあ、与太話など宛てにすべきではないか? ペイジ。然れば、斯様な仕打ちを受けておるトキヤを素直に憐れんでやるかな。おお、何と哀れなトキヤ。蛮勇ティナ・サカガミに蹂躙され、辱められ……わしは腸が煮え繰り返りそうだ」
全くそんな事は思っていなさそうな陳腐極まる芝居……の芝居を演じながら、旭は手紙の端がくしゃくしゃになる程拳を握り締めていた。
その週の末日、神坐本軍は月夜見からは程遠く、むしろ神坐を挟んで真逆の無間平野と呼ばれる地で陣を張っていた。
神坐国建国の報せを受けたカゲツが西ヒノモト中から亜人兵をかき集めて進軍を始めた為であった。
「まあ、早かれ遅かれこうなるとは思っていたけれど……それでも最善を尽くす事は約束しよう」
「心配すんなって旭。相手は所詮寄せ集めだ、オレ達でもどうにかなるさ」
「何度も言わせるな、わしは『サカガミ傭兵団は今どこまで来ておるのだ?』と問うたのだ。お前等の世辞など欠片も聞きとうないわ」
トキタロウに新たに用意させた純白の大鎧を身に纏った旭は、露骨に機嫌を悪くしながら彼とガニザニに八つ当たりを繰り返していた。
「何なに? また負けるかもしれないって思ってイラついてんの?」
「貴様はトキヤがいないとやけに活き活きとしおるな」
そんな旭の機嫌の悪さを、ジョンヒは敢えて更に揶揄う。
「今度の相手は月夜見の変態と違って普通の性癖の連中だから、もしサカガミが来る前に生け捕りにでもされたら……」
そう言いだしたジョンヒは旭の耳元に口を近付けて、
「トキヤの目の前で穴って名前の付いてる穴を全部犯されながら無様にアヘり倒す事になっちゃうかもね?」
旭が最も嫌がりそうな事を囁いた。
「わしが辱められる? 流石にトキタロウやチランジーヴィ達がいるのだから左様な事にはならんだろ。な?」
「当たり前だろ」
「当然じゃな」
「大人にマジレスさせるなんて旭ちゃんつまんなーい」
しかし今それどころではない旭は、何も動じる事など無かった。
「よっ、敵情視察終わったぜ、姫様」
「団長おかえりー」
「いい加減にしろジョンヒ。もうオレは将軍なんだよ」
「でも団長さあ……、将軍ってガラじゃないでしょ」
「左様な話はどうでもよい! して、カゲツは来ておるのか? ティナはどこにおるのか? 洗いざらい教えよ!」
旭に黙らされたジョンヒは露骨に不機嫌な表情を浮かべ、対するヒョンウは得意げな笑みを浮かべた。
「カゲツの野郎は兵だけ置いてさっさと都に戻りやがったぜ。どうせいつも通り女王陛下が何かやらかして帰らざるを得なくなったんだろうな。で、後を引き継いだのはまたケイシンだ。アイツ等人材不足もいいとこだな」
「成程……これで頭から尻尾まで烏合の衆、という訳だな? それならまだ勝ち目はあるか」
「で、サカガミ傭兵団なんだがな……この近くまで来てはいるみたいなんだが、妙な旅の行商人にウザ絡みをされて身動きが取れなくなってるみてえだ」
「旅の行商人……?」
「何だそりゃ、ティナならそんなヤツとっととぶっ殺しそうな気がするけどな……」
「どうもその行商人、背後に北ヒノモトの豪族の御藤家が絡んでるみたいでな。ティナは砂金をちらつかされて足止めを喰らってるらしい」
「北ヒノモトの豪族……」
「おいおい、ティナの金に目が眩んで優先順位がバグっちまうクセはまだ直ってねえのかよ……って、旭?」
目を瞑り考え事を始めた旭の様子から、トキタロウは何かを察した。
「敵の攪乱、そう言いたいんだな?」
「否、ケイシンは数さえ揃えばそれでよしと考える戦下手……斯様な搦め手をする能は無い。それに、たかだか商いの話で足止めをしているとなれば、戦に間に合わぬようにしたい訳でもなさそうだ」
「じゃあ、何が目当てでそんな事してるっていうの……?」
「サカガミを……或いはトキヤを遅らせて、わしを『最早何者も信用出来ぬ』と苛立たせ、そんな折に颯爽と味方を名乗り馳せ参じる事……それが狙いとすれば……」
そう言って旭が顔を上げた直後だった。




