第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】5
来る日も、来る日も。
サカガミ傭兵団はすべての戦に勝ち続けて、神坐にまつろわぬ者を減らしてゆく。
ある者には跪かせ、またある者には死を与え。
その戦列の中で、トキヤは常にティナの隣を歩かされていた。
旭とティナの取引が成立し、サカガミ傭兵団の監視役……とは名ばかりの人質としてトキヤが再びティナの許に預けられて以降、ずっとそんな日々が続いている。
……ある時は搦め手の上手く正攻法では勝てない豪族と和平交渉の場を設けて、彼等一族を宴の席に呼んだかと思えば……。
「それにしてもどういう風の吹き回しだ? いきなり俺達の所領を認めるなんて」
「そうさねえ……ま、あんた等の強さに惚れ込んだってとこだね」
「神坐の女王はそれで良いってのかよ」
「まあ、そこはアタシが何とか話を合わせておこう」
握手を交わすティナだったが、相手が頭を下げた瞬間、
偽りの暖かな微笑が、冷酷な嘲笑に変貌した。
「お前達のバラバラ死体でな」
「は?」
ティナの言葉の意味を理解しきれないまま、
「ぐあああああ!」
「アハハハハ!」
全ては爆炎に呑まれて、無に帰した。
そして煙が晴れた中で立っていたのは、サカガミ傭兵団とトキヤだけだった。
「……ハッハッハ! バーカ! 転生者相手に全くの無警戒でのこのこやって来やがって、このマヌケ共が!」
……またある時には肥沃な土地を持った豪族を攻めあぐねたティナは農民達に目を付けると、躊躇なく村々に細菌兵器を撒き散らし……。
「貴様等……! 民草を狙う等、卑怯極まりないぞ!」
「ハ? アタシ等がやったって証拠でもあるのか?」
「貴様等が来るまで、斯様な奇病が流行る事など無かったのだ……それで疑うなと謂う方が無理があろう!?」
「どうだか。むしろ、ここらがこの土地からの引き際って神様からの思し召しかもねえ?」
……そんな調子で、ティナは一切の容赦なく、手段を選ばずに神坐の勢力拡大を続けていった……。
その悪辣な手腕をまざまざと見せつけられ続けて、トキヤの精神は完全に憔悴しきってしまった。
「ちょっと、外の空気吸わせてくれ」
ある日の昼下がり、そう言ってトキヤは「外って……ここも外だけどあんた何言ってんだい?」と素直な疑問を呈するティナを置いてフラフラとサカガミ傭兵団の隊列から一人離れていった。
「夕暮れまでには帰ってくるんだよー!」
そんなティナの言葉から逃げるように彼は暫く森の中の獣道を進んで、開けた草原まで歩くと近くの岩に腰掛けた。
……やっと、自分の時間が手に入った。
そんな風に思えたのは、自分達が不死身である事を最大限合理的に活用し続けるティナの無茶な進軍に付き合い続けたからだけではない。
こちらから何を言っても「あんたの意見は求めてない」「じゃあ他にどんな手があるというんだ?」「小娘の為を思うなら手段を選ぶより作戦続行だ」と、まともに取り合わないティナの態度に疲れきっていたせいでもあった。
成程、彼女は意図的に周囲を疲弊させて洗脳している訳ではない。
そうではないからこそ悪質で救いが無い。
こんなやり方を続けていれば、神坐の評判が地に落ちる。
それでも恐怖で支配して自分の好き勝手に生きていく事に何の憂いもないティナにとっては、全くノーダメージなのだろう。
「アニキ……旭……俺はどうすればいい?」
話の通じない相手と意思疎通は成立しない。
それでもこちらのやり方に従ってくれなければ、これ以上は一緒にやっていけない。
だが彼女達ともう一度、今度こそ正面切っての全面対決をやったとして、勝てる算段などというものは今の神坐には無い。
八方塞がりの極限に近い精神状態が彼に幻覚を見せたのか……、遠くに見える数人の人影の中に、見覚えのある髪色の誰かが見えた。
(こんな時に縋る相手がアニキじゃなくなったのは、ちょっと現金な感じがして嫌だな)
そう心の中で苦笑したトキヤだったが、
「……えっ?」
幻覚は、こちらを認識して手を振って来た。
「おーい! 旅のお方ですか?」
彼女……光旭と全く同じ桃色の髪を背中まで長く伸ばしているが、よく見れば身体つきや背丈が旭とは全然違う。服も旭が好んで着ている白の狩衣ではなく、水色の水干だ。
「……まあ、そんなところです……ね……」
歯切れの悪い返事を返しながらトキヤは、数人の郎党を連れる桃色の髪の青年に対してぎこちない笑顔を向けた。
「……そうですか。旅のお方。この辺は最近、危険な流れ者が方々を荒らし回っているそうですから、お気を付けられた方がよろしいですよ」
「あ、ああ……そうですか。ありがとうございます」
「ところで、旅のお方はどちらへ?」
「えーっと……まあ、道草食ってるんですよ。ホントは神坐に行くところなんですけど」
「神坐ですか! 実はわたくしも神坐を目指しておりまして!」
「えっ……?」
旭と同じ色の髪をした青年が、旭に会いに行こうとしている。
その事実を前にしたトキヤは言い知れない不安を覚えた。
「神坐に……? 一体、何のために……? なあ、君ってひょっとして、旭の……光旭の、御親族とかなのか?」
その問いに、青年も不安を隠せない表情を浮かべながら半歩退いた。
「はあ……これで何度目だか。この髪の色も考えものだな。逆に問わせていただきたいのですが、それをあなたが知って、わたくしを如何なされるおつもりですか?」
腰の刀の柄を握りながら問い返した。
「答えによっては、お前にはここで死んでもらうってだけだ。俺達の邪魔になる奴の芽は、摘み取っておきたいからな」
相手の態度からトキヤはその目的が旭の命だと判断した。
神坐の主の座を奪わんとする、旭の血縁者……。
そんな危険な存在はここで殺すしかない。
お互いに刀を抜き、構え合う。
更に青年の後ろの郎党も槍や薙刀を構えたが、
「やめろ。おれは卑怯な事はしたくない。一対一で戦わせてくれ」
「しかし、御曹司……!」
「構わない。負ければそれまでの事」
青年が諫めてしまった。
「別に構わねえぞ。俺は一度や二度斬られたぐらいじゃ死なねえからな」
だが、正々堂々戦いたいのはトキヤも同じだ。
「成程……あなたは、流れ者であったのですね。という事は……この辺りを荒らしていると聞く、サカガミ傭兵団の手の者ですか」
「ご名答だ。旭の兄弟だか親戚だか知らねえけど、自分の運の悪さを呪いながら死んで逝くがいい」
「わたくしを侮った事、後悔しないでくださいね……いざ、尋常に!」
言うや否や、トキヤは刀を振り上げて真っ正面に突っ込み、対する青年は異常な跳躍力で自分の身長の倍ほども跳び上がって、上からトキヤ目掛けて刀を振り下ろした。
その後、刃こぼれした刀や折れた弓矢の散乱する中マトモな悲鳴も上げられない様子で捨て置かれたトキヤを見つけたティナは、流石に現場の異常さを前に「出来ればこんな事する奴とは会いたくないもんだね」とだけ言葉を漏らすと部下に彼を拾わせた。




