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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】
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第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】4

 「あ、アレ……?」

 カチン、という金属の噛み合う音が鳴った。

 「え……っ、は?」

 何度も、何度も、何度も。

 引き金を何回引いても、火薬が炸裂して銃弾が放たれる事は無かった。

 「どういう事だ……!? コイツはついさっき手入れしたばっかりだぞ!?」

 少しだけ慌てたティナだったが、

 「い、いや、コイツが使えないなら別にいい、首を斬り落としてやれば……」

 そう独り言を呟いて自分を落ち着かせると、

 「フン、悪運の強い奴だね。生かしておいてもロクな事が無さそうだし、さっさと、地獄に……!」

 落ちていた刀を拾い上げて振りかぶったが、

 「やめろおおお!」「んなッ!?」

 ティナの身体を後ろから羽交い絞めにして抑え込んだのは、捕まっていた筈のトキヤだった。

 「どうしてあんたがいるんだい……!? おいボンクラ! 何をしている!?」

 「ケイシンの事? あたしがさっき奇襲仕掛けたら逃げてっちゃったけど」「誰だ!?」

 次に現れた黒い小袖姿の女が、有無を言わさずティナから刀を取り上げる。

 「おらァッ! 捕まえたぞ!」「チィッ! おい! いい加減に動け! コイツ等を捕まえろ! おい!」

 そしてトキヤと入れ替わるようにシャウカットがティナを捕らえて完全に無力化した。

 「旭!」「旭さん!」

 倒れたまま虫の息の旭にトキヤとニャライが駆け寄る。

 「横っ腹をやられてる……! ニャライ、どうにかならねえか!?」

 「まずは止血しないと! でも、こんな敵の本陣のど真ん中で……」

 まだ死んではいない。だが、そう長くは持たない。

 「頼みます、誰でもいい! あんた等現代兵器作ってるならそれなりの医療技術だって持ってんだろ!?」

 「トキヤ……サカガミ傭兵団は、転生者しかいないから……」

 「助けてくれるなら何だってする! この通りだ! 頼む……!」

 そこにいるサカガミの兵士一人ひとりにそう言って回るトキヤだったが、彼等は誰も応えない。

 目に見えて明らかな勝者のいないこの状況下で、誰も責任を取りたくないと言わんばかりに。

 「旭……!」

 絶望的な状況の中、トキヤは唯々彼女の手を握る事しか出来なかった。

 地面に乱れた桃色の髪が、絶え絶えの呼吸で静かに揺れていた……。

 「……えっ?」

 そう、茜色に染めた筈の髪色が、いつの間にか元に戻っていた。

 「トキヤ! 旭さんの髪が……!」

 「そんな事今言ってる場合……えっ?」

 その瞬間、そこにいた誰もが二人の釘付けになった。

 「認めぬ……! 私は、認めぬ!」

 「旭……?」

 トキヤを押し倒し、

 「旭!? な、何して……!?」

 異常な怪力で彼の服を破り捨てて跨った旭の目は、完全に正気を失っていた。

 「私が総てを失い、無様な骸を晒すなど……! 決して! 認めぬぞ……!」

 うわ言にしては強過ぎる語気で言葉を紡ぐ旭の衣服も黒く襤褸襤褸に腐食し消えて無くなり、産まれたままの姿になった二人。

 「私は生きる……生きてトキヤを再びこの手に取り戻す! だから、お前の、命を、私に捧げろおおおおお!」

 旭は相手が誰か分からないままに、トキヤと身体を重ね……。

 「ダメ!」「ぐえっ!」

 る事は適わなかった。

 ジョンヒに首を締め上げられて気絶した旭は、トキヤに覆い被さるように倒れると、そのまま気絶してしまった。

 「ジョンヒ……! って、違う! 旭は……」

 慌ててトキヤは旭を引き剥がすと、さっきまで血まみれになっていた旭の腹部へ目を向ける。

 ……そこにあった銃創は、跡形もなく消え去っていた。

 「えっ……? えっ?」

 困惑する事しか出来ないトキヤに、

 「はい、とりあえずコレとコレ。アンタが二つとも着たりしないでね?」

 雑にジョンヒが服を投げ渡した。

 「旭は……大丈夫なのか?」

 「これはあくまで素人の推理だけど……このままアンタが旭ちゃんと手でも繋いであげてたら、朝には復活してんじゃない?」

 「何だよそれ、そんなの、まるで旭が……」

 「仮にそうだとしても真実を知らせるべきじゃないと思う。ま、あたし等としても神輿が壊れにくい方が都合良いじゃん?」

 服を着たトキヤは、同じように服を着せた旭を腕に抱く。

 ……先程の事切れそうな呼吸とは違い静かに寝息を立てている様子を見て、トキヤは若干だが不安が拭えた。

 「クソ! アタシに触るな!」「おい、気をつけて連れて行けよ! それにしても……トキヤ、コイツ等何考えてんだと思う? 団長が捕まったってのに誰も何もしようとしないの、正直言って怖いよ……」

 ティナの身柄を団員に引き渡したシャウカットは、主人を追うように逃げ帰っていった妖精兵達とは対照的に、主を失って電池の切れたロボットのように直立不動で何もしない兵士達の並ぶ異様な様子に耐えきれず、思わずトキヤに話し掛けに行った。

 「むしろ逆だ。余計な事を何も考えられないようにされてるんだと思う。最初にティナが暴力で従えた数人が、更に数人ずつをティナの命令で暴力によって従えて……ってのをネズミ算式に繰り返してな」

 「なるほどー、暴力によるマインドコントロールかー……超合理的でコスパ高いけど、今回みたいに支配者が負ける不具合が発生したら何も出来なくなっちゃうっていうのは、新しい発見だったねー」

 「っていうか、すぐそこに立ってる相手の事をそんな風に好き勝手言うの、なんか嫌な気分にならない?」

 「状況が落ち着いたら解決した方がいいのは確かだわな。このまま放っといても良い事なんてある訳無えし」

 「俺達に……出来ると思うか?」

 「さあな。……でも、仮に元の世界から何かを一つだけ持って来れるなら、今の俺達に必要なのは精神科医だと思ったよ」

 他愛のない愚痴を話し合いながら、四人は山々の向こうから姿を現した朝日に向かって如何ともし難い表情を見せていた。





 明くる日の昼過ぎには、旭はすっかり元気を取り戻していた。

 「頼むから無理はしないでくれ。昨日だって、どうして俺を見捨てなかったんだよ……」

 「私がお前を失って尚やっていけると本気で思うか?」

 そしてトキヤと二人、長い廊下を歩きながら静かに語り合っていた。

 「いや、それは……」

 「トキタロウやチランジーヴィは隙あらば私を手籠めにしようと身体を狙ってくる、ガニザニやヒョンウは成り行きで仲間となったが全く信用が置けぬ。ペイジは真面目な奴だが融通が利かな過ぎる。それに……」

 旭はあざとくトキヤの袖を引っ張って彼の注意を引きつける。

 「お前こそ、私が他の拠り所を見つける等と、耐えられぬ癖に」

 「……ホントはこういう共依存関係、あんまり良くないんだろうな」

 「だがお前は拒みきれない、私を愛してしまっているが故に。そうであろう?」

 「俺が破滅した時に、お前まで道連れにしたくない」

 「私はお前を失ってまで生きよう等とは思わぬ」

 「一国の主がそれはダメだろ……」

 「それに、お前は流れ者だ。心が枯れぬ限り死ぬ事は無い。故に私は考えた……お前の心を、何度死しても壊れぬ程に強く鍛える方法をな?」

 そう言って不敵に笑う旭に袖を引かれるまま、トキヤはやっと目的の場所に着いた。

 そこでは腕脚を縛られた銀髪の女が座らされていた。

 そして彼女を品定めするように、各傭兵団の団長・副団長が立ったりしゃがんだりしながら取り囲んでいた。

 「のーう、ティナ……やっとオヌシと話せる場が出来てワシは嬉しいぞ? サカガミにはたーんまりワシ等からカネを貸してやっとるのは覚えておろう?」

 最初に尋問を始めたのはチランジーヴィだ。

 「金を借りている……? 何を可笑しな。この前耳を揃えて返したハズだがねえ?」

 「全部偽造通貨じゃったがー?」

 「何……!? クソッ、また金庫番が余計な知恵を付けたな……申し訳ないが暫く待ってくれないかい?」

 「その言い訳は前の前の前も聞いたがのーう? オヌシんとこの奴等は戦の時は絶対服従のクセしてどうして金勘定は真面目に出来んのじゃー?」

 そのやりとりを聞いて、トキヤはティナが唯の悪党ではない可能性を感じた。

 「おいおい、お前んとこはそれでも収支が赤字じゃねえんだからカッカすんなって。それよりもだ……」

 チランジーヴィを追い払って、次に文句をつけに来たのはヒョンウだ。

 「なあティナさんよお、お互い余裕もロクに無え中で随分と派手な戦を挑んでくれやがったな? それも、オレ達人間を滅ぼそうとしてる亜人どもの手先にまで落ちぶれてだ……どう落とし前つけんだ?」

 「元はといえばお前達がナメたクソガキを寄越してきたからだ。売られた喧嘩を大人買いしたまでだが、我々にはその権利すら無いとでも?」

 「ククク……! 何しらばっくれてんだ? そのナメたクソガキが国主の側近だって、テメエ程スパイ張り巡らせてる奴が知らねえ訳無えだろ」

 ……しかしながら、確かにティナは自分にとって都合の良い事実を繋ぎ合わせた筋書きを押し付けてくるところはある。最初の交渉時にも自分にとって都合の良い話しか聞き入れる様子が無かったし、旭との決闘でも『自分が勝つ』という結論を曲げない為に卑怯極まりない手段を使った。

 だがそれも団員を守る為ならば手段を選ばないと謂う、強い正義感からの行動だったとも考えられる。

 「やめとけってヒョンウ、コイツはオレ達がどれだけ真正面から話しても都合の良いとこしか聞こえねえタチだろ。……後はオレに任せろ」

 最後にティナの前に立ったのはトキタロウだった。

 彼は威圧感のある笑顔をティナへ向けながら、その肩を叩いて話し始めた。

 「久しぶりだな、ティナ。この前力仕事をお前んとこへ頼んだのに顔すら見せてくれなかったから、ずっと寂しい思いしてたんだぜ? 折角こんな良い機会が出来たんだ、良かったらこの後オレと久しぶりに海見に行かねえか? 馬はオレが走らせてやるからさ」

 トキタロウの呆れるほど平和な提案に思わずトキヤは『何呑気な事言ってんだよアニキ』という言葉が喉まで出掛けたが……ティナの黙して唯々震えている様子を見て、何か含みのある脅し文句を言っている事を理解した。

 「おいおい固い顔すんなって。ドライブがイヤならまた特等席で将棋を見せてやろうか? 前は苦無を使い回したから駒がデカ過ぎて盤面に収まりきらなかったけどよ、あの後ヒョンウに特注で細長えの作って貰ったんだ。今度は逃げずにオレ達の千日手、じっくり楽しんでくれや。なあ?」

 「トキタロウ、その辺にしておいた方がいい。彼女との間に何があったのかは知らないが、あなたの脅迫のせいでまともに会話の出来る精神状態ではなくなっている様子だぞ」

 思わずペイジが止めに入る程度にはトキタロウの脅しで普通に精神が磨耗する様子を見ても、やっぱり意外と彼女は話の通じる相手なのかもしれない。

 トキヤはそんな事をあれこれと考える。

 「さて……随分と方々から恨みを買っておるな。さぞかし困って仕方なかろう」

 殿上から旭が感情の読み取れない顔つきでティナへと語り掛け始めた。

 「身から出た錆……といえばそれまでだが、ヒョンウの言う通り我等は同じ亜人に虐げられたる身の上。この場はわしが収めてやる故、我が軍門に下るがよい」

 「断れば?」

 「トキタロウ、こいつを好きにしてよいぞ」

 「フン……良い気になるなよ、小娘……!」

 「残念であったな、トキタロウ」

 思ったよりもティナが呆気なく折れた事に胸を撫で下ろしたトキヤだったが、

 「けれど良いのかねえ? アタシ等を唯々手放しで神坐に迎え入れるなんて……アタシは兎も角、アイツ等は何度躾けても素行の治らない奴ばかりさ。どう手綱を握るつもりだ?」

 ティナが雲行きの怪しい事を言い始めた事で再び気を引き締め直した。

 「トキタロウ、斯様な事を言うておるが」

 「流石にそれは幾らティナをシバいてもどうにもならねえな」

 「そこで、提案があるんだ……監視役を一人差し出しな。あんたが一番大事にしてる奴を一人、アタシに渡せ。それが互いの信頼の証になるし、あんたがそれだけアタシに信頼を置いてるってなりゃあ、アイツ等も素直になるだろうさ」

 「そうか。ではトキタロウ、お前が行け」

 「おっと、アタシの話を聞いてたかい? そんな安っぽいチンピラじゃダメだよ」

 「あ? 誰が安っぽいって?」

 「チンピラは認めるんだね……まあそれはさておき。もっと適任がいるじゃないか。あんたが自分で選んで寄越してきた、お気に入り中のお気に入りがさあ……!」

 回りくどい言い方を徹底するティナだったが、その場にいる全員が要求の内訳を既に察していた。

 「駄目だ。トキヤは一度お前の調略に失敗した故、わし一人がどれだけ信用しておっても二度と向かわせる訳にはいかぬ」

 「だからこそだよ? 汚名を返上させてやれば、あんたの信用に足る実績をお使い係にくれてやれるじゃないか。それにあんたが最も重用している男を差し出す事こそが、他のどんな屁理屈よりも手っ取り早い方法だとアタシは思うけどねえ?」

 ……暫し二人は睨み合うも、結論は決まりきっていた。

 「そこまで言ったのだ、さっさと東ヒノモトを纏めて来い。そしてトキヤを一刻も早く無傷で返せ」

 「えっ、旭……!?」

 慄くトキヤ。対する旭は奇妙な表情を……ある種の信頼をティナに寄せているような表情を浮かべていた。

 「話が早くて助かるねえ! それじゃ、またよろしく頼むよ。お使い係」

 この場に於いて旭があっさりとティナにトキヤを引き渡した真意を知る者は、本人以外誰もいなかった。

 

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