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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】
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第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】2

 月夜見と神坐の攻防は続く。

 ひっきりなしに火花が飛び散る夜空の下、御所の中に居ても聴こえる程に山の方からも海の方からも軍勢の雄叫びが轟く。

 だが、この場において最も煩く耳障りな音、それは……。

 「遅い! ガニザニよ、チランジーヴィは何をもたもた攻めあぐねいておるのだ!?」

 「幾ら数で勝っていても相手は妖精だ、そう簡単に撃退とはいかない」

 「ならばこの有様であのような大口を叩いていたのか!? わしには……トキヤを見殺しにしたがっているようにしか思えぬ……!」

 「君はもう少し他人を信用すべきだ」

 「お前には一番言われとうないわ!」

 「あと彼は転生者だから死なないね」

 「言葉遊びをしておる場合かあああああ!」

 旭に何を怒鳴られてものらりくらりと躱すガニザニの様子を前に、場を同じくするペイジは表情こそ鉄面皮を貫いていたが言動としては唯々冷や汗を流しながら視線をあっちこっちさせる事しか出来ずにいた。

 「というかそうだ、そもそもトキヤが捕まったと分かった時、何故わしにそれを伝えなかった!?」

 「彼は僕達転生者と君達現地人を繋ぐ架け橋だ、君に判断を仰いだ結果トキヤ君を完全に切り捨てられるような事態が発生するリスクを考えると何も言えなかったんだ」

 「もっとましな嘘をつけ……! お前達のような人でなし共が、あの素直さだけが取り柄の能無しをそう高く見込んでおる訳がなかろう。大方わしがおらずとも神坐が成り立つ事を下々に見せつけようとしておったのだろうが!」

 「今のは嘘ではなかったのだが……まあいいか。君の威光が無ければ転生者以外の人間がついて来ないのに、そんな事をすると思うかい?」

 「黙れ! 今従っておるヒノモトの人間連中なぞ、どいつもこいつもわしの事など口から出まかせばかりの遊女崩れとしか思うておらんわ! ……そして、お前達流れ者どもはもっとたちが悪い。わしの預かり知らぬ所でわしの預かり知らぬ事ばかりしておるからな! それ故わしは、この身を使うて手籠めにしてやったトキヤの他に信じれる者が誰もおらんのだぞ……分かっておるのか!?」

 「君の知らない所で僕達が好き放題している、か……しかし、国とはそういうモノではないだろうか?」

 旭が本心を吐露して弱みを見せたのを、ガニザニは見逃さなかった。

 「君一人で全てを見渡せる訳じゃないのだから、何処かで誰かに責任を預けなければならない時が必ず訪れる。今まさに、皆が君を守る為、ひいてはトキヤ君を取り戻す為に自分の出来る事に全力を尽くしているけれど、それでも君にとって彼等は信用に値しないだろうか?」

 すかさず彼女の気持ちを汲むような言い回しをしつつ、自分達に理解を示すよう誘導する。

 抜け目のない話し振りにペイジは思わず感心したような表情を浮かべたが、その表情を旭も見ている事にまでは頭が回っていなかった。

 「なるほど? それでわしを言いくるめているつもりかもしれぬが、わしの問いには何一つ答えられておらぬぞ」

 「ハハハ……手厳しいね」

 「して、お前の真意を教えよ。わしの言うておる事が間違いなら、何故わしに何も伝えぬまま事を進めた?」

 「そうだね……君の納得いく真実を言うならば、今の僕達が出した結論として、神坐を守る為にトキヤ君を捨てる事にした。そしてそれを君に伝えるなんて恐ろしい事を誰もしたがらなかった、という訳だ」

 「やはりそういう事か……わしだってこんな大失態を演じたのがトキヤでなければそうするからな。して、お前程の知略を以てしても本当に打つ手無しか?」

 「手段としては幾らでもあるけれど、現実性・合理性を鑑みると実行に値しない。……それでも君はトキヤ君を見捨てる判断をしないのだろう?」

 「何時如何なる時でも信用出来る者を失いたくはないのでな」

 「さて、そうなると……可能な限り妥協しても人手を考えれば彼を今助け出せるのは君しかいない。だが君は僕達とは違って矢で射られても刀で斬られてもあっさり死んでしまうし、そもそもこの国の主の立場でありながらそんな軽率な行動は許されない。何か良いアイデアが君にあるのなら是非ともお聞かせ願いたいところだ」

 まるで『これ以上尽くせる最良の手筈は無い』と言わんばかりのガニザニを前に、旭は暫し沈黙してガニザニに背を向けた。

 確かに女王である自分がここを留守にしてトキヤの許へ飛び込む事は許されない。だが己に心酔し忠誠を誓う唯一の側近など早々手に入るものでもない。そして助け出すならば相手は一度彼の精神が壊れるまで辱めた相手なのだから、一刻も早く助け出さなければならない。

 「ううむ……わしがもう一人いれば……」

 そう言いながら、旭はふとペイジに目を向けた。

 「え……どうしたんだ、旭?」

 結んでいる髪を解けば長さは自身とほぼ同じで、背格好も然程の差は無く、顔は遠くからであれば見分けなどつかない。

 何より、他の流れ者の面々ばかり目立って素性がよく分かっていない彼女を知るには良い機会だ。

 「ときに、ガニザニよ。確か流れ者共は髪の色を好きに変えられると聞いたが」

 「成程、悪くないアイデアだ。早速チランジーヴィ達に話を通しておこう」

 「え……旭?」





 月夜見・サカガミ連合軍の本陣は相変わらず最悪な雰囲気に包まれていた。

 人の心が分からない妖精の男と人の心を弄ぶ転生者の女の着地点不明な罵倒と嘲笑の応酬に挟まれて、トキヤはぼんやりとこの先どうなるかを考えていた。

 偽情報とはいえ裏切った体の話を流された以上、旭は取り決め通り自分を切り捨てるだろう。それは仕方のない事だ……これ以上彼女に迷惑は掛けられない。

 神坐に於いても自分の居場所は無いと考えた方が賢明だ。一片でも良くない疑いのあるような奴は、自分であれば躊躇なく追放する。かといってカゲツ側に寝返るつもりは毛頭無い。元より自分は人間、安全な立場が保障される可能性は絶望的だ。

 「……これを機に一人旅でもするかな」

 どうせ死なない身体でこんなにも美しい世界に転生してきたのだから、それも悪くない。

 悪くはない……寂しさはあるが。

 そう思って一人呟いた言葉だったが、

 「いや……残念だがそれは無理そうだね」

 地獄耳のティナは聞き逃さなかった。

 「無理? 俺をこれ以上叩いても面白い音は何も出しませんけど、それでも捨てない意味があるとでも?」

 「違う、そういう意味じゃないよ。……お前はホンットに、気に入られてるんだね」

 「えっ……?」

 ティナが指で示す先、神坐の門前をトキヤは凝視した。

 そこには……。

 「やあやあ! 遠からん者には音にも聞け! 近からん者には目にも見よ! 我こそは神坐の女王、光旭であるぞ!」

 眼鏡を外し、髪を旭と同じマゼンタに染めて、いつもの迷彩柄の直垂から白の狩衣に着替えたペイジが立っていた。

 「卑怯にも我が側近のキタ……違った、トキヤを人質にするばかりか、剰え出鱈目な謀反の噂を垂れ流した月夜見の人でなし共よ! これより……」

 「莫迦め!」「のこのこ出てきやがったぞ!」「殺せ!」

 口々に嘲り、罵る妖精兵やサカガミ兵がすかさず魔術弾・銃弾を浴びせる。

 爆炎、煙に包まれた『光旭』だったが、転生者は死なない。当然煙が晴れたそこに尚も無傷でいるが……。

 「下劣な亜人共、そして道理を知らぬ哀れな流れ者共よ……! 貴様等は、このペイジ・ヤマモトの不死の身体が有る限り! 旭姫に指一本すら触れられぬわ!」

 彼女を守るように、迷彩柄の大鎧を着た赤毛の女が前に立って刀を逆手に構えていた。

 「……これより、我が隷下のヤマモト傭兵団副団長ペイジ・ヤマモトが不死の身体を盾にして、貴様等を押し退けトキヤを取り返しに行くぞ! 死にたくなければ道を開けろ! 死にたい奴がいても道を開けろ! 行け! ペイジ・ヤマモト! 私の唯一無二の友人キタノトキヤを取り返しに行けえええ!」

 ヤケクソ気味に怒鳴り散らすペイジの言葉に応じて、迷彩柄の大鎧を纏い髪を茜色に染めた旭が僅かな手勢と共に馬に乗って一目散にこちらへと向かって来る。

 「あれ……? あの遊び女、あんなに声低かったっけ? というかそれどころではないなこれは!」

 疑念を抱きつつも確信に至れないケイシンとは裏腹に、

 「……成程。アタシはとんでもないヤツに喧嘩売っちまったってワケかい」

 ティナは、急に黙り込み固唾を飲んで『ペイジ』を見守り始めたトキヤの様子から全てを察した。

 「くそ……っ! 数で抑え込め! 殺せなくても、ここまで来させるな!」

 「駄目です! もう麓の兵達はオオニタとの戦いで消耗しきっております!」

 「だったら……おい死に損ない! お前の兵を盾にさせろ!」

 「お断りだ」「どうして!?」

 狼狽えるばかりのケイシンに反して、ティナはもう『次のアソビ』を思いついて浮足立っていた。

 「アタシがこの手でもてなしてやりたくなったからさ……お前等! 手出しは無用だ、妖精共にもちょっかいを出させるな! 『ペイジ・ヤマモト姫』を悟られないようここまで連れてきな!」

 「姫……!? どういう事だ!? お前は何を言ってるんだ!?」

 「バカな坊ちゃんは引っ込んでな。興が覚めちまうからねえ?」

 尚も喚くケイシンに捨て台詞を投げつけて、ティナはトキヤの方へと顔を向ける。

 「お前の目の前で見せつけてやろう。この世界の主に相応しいのが、誰なのかって事をね?」

 「もしも旭を殺すような事があれば……どんな手を使ってでもお前がマトモに生きられなくしてやる」

 「小娘が死んでも同じ減らず口を叩いてくれよ?」

 トキヤの異常な覚悟を宿した刀の如き眼差しに悦んで身体を震わせながらも、ティナは悪辣に笑った。

 

 

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