第六話【時喰らう蛮勇も好き好き】1
夜の神坐は篝火を焚いて煌々と輝く。
その明かりは、普段は一部の区画や傭兵団の屋敷に留まるのだが……。
今、神坐の夜空には青や赤の火花が飛び散っては消え、白い雷が走る異様な光景が広がっていた。
「まさか空挺魔術兵団なんてモンが出てくるとはな……月夜見の奴等も無茶しやがる」
「念の為にこっそり魔術結界装置を用意しておいて正解だった……」
御所の縁側から夜空を眺める転生者達。
トキタロウは月夜見・サカガミ連合軍の予想外の搦手に素直に感心し、ペイジはそんな搦手が万に一つでも起きたら……と血迷い半分で行動に移した過去の自分に感謝していた。
「戦闘機を飛ばしてきたサカガミ程ではないにしても、君達も大概に酷いオーバーテクノロジー兵器を開発していたものだね……結界装置だなんて、何が原材料なんだい?」
「オーバーテクノロジーだなんて心外だな、ガニザニ。本体は魔術師がよく杖に使う木材で組んでるだけだし、エネルギーもトキタロウから紹介された妖精の魔力を使わせてもらってる程度のものでしかない。その妖精とはちゃんと雇用契約も結んでいる」
「トキタロウの……成程、あの子か。良い縁を持ったね」
「ま、困った時は助け合いってヤツさ。な!」
トキタロウが声を掛けた奥の部屋から、魔術結界制御用の木組み鎧を纏った妖精の女がひょっこり出てきた。
「他でもないトキタロウの頼みだから……! 私、頑張るね!」
「ありがとな。コレ終わったら一緒に何か美味いモンでも食いに行こうぜ!」「うん!」
「ケッ、人たらしがよ……まあでも、お陰で綺麗な花火を拝めて酒が美味いぜ。お前の元カノ様サマだな」「そういう言い方やめろよ」「ククク……!」
幾ら相手の攻撃が欠片も届かないとはいえ能天気なまでに落ち着いた様子の彼等に、
「ちょっと団長! 呑気なコト言ってる場合!?」
「そうですよ! これだけの数が上から来てるって事は、地上の方はもっと大勢で……」
思わずジョンヒとシャウカットは声を荒げるも、
「違うシャウカット! そっちはどうせアンタんとこの団長がどうにかするでしょ!?」
「え、ウチがやるの?」
「それよりも、サカガミと月夜見が繋がってるって事は……! トキヤが!」
「お前の心配事はそっちかよ!」
心配事の中身は全くの別物だった。
「それについては問題無い。彼が裏切って情報を売ったという話が出回っているから、寧ろこのまま放置しても神坐としては何も咎められない筈だよ」
「アンタあんな与太話信じてるの!?」
「落ち着いてよジョンヒ、そんな訳ないでしょ。今無理に助けに行く必要無いよねって事だよ」
ガニザニとニャライの話は筋が通っている。
それを理解して、
「また精神崩壊するまでグチャグチャにされてたら、どうすんの……!?」
ジョンヒは苛つきながらも言葉を引っ込める他無かった。
「さて、さっきのジョンヒの提案に乗っかって地上から来る奴らはワシ等がなんとかするのじゃ」
「いや待ってよ兄さん、まだウチはこの前の穴埋めが……」
「そこはワシが何とかする故心配するな」
「えー……あんまり無茶しないでくれよ兄さん」
「故に海の方はトキタロウ達に任せるのじゃ!」
「いいぜ。ヒョンウ、先に行って探り入れてきてくれるか?」
「ああよ。おい、お前も来るんだ。海風にでも当たって少しは気を紛らわせろ」「……クソ!」
「それじゃあ僕達はここで指揮を執ろう。ニャライ、まずは地上の軍勢の情報を確保したい」「いえっさー、将軍閣下ー」
「では私は空か……トキタロウ、君のガールフレンドは私が必ず守り抜く。だから安心して背中を預けてくれ」
それぞれに役目が決まり、いざ行かんとした、その時だった。
「何が起きておるのだ!?」
ようやく国主が、桃色の髪をぼさぼさにして寝間着のまま怒鳴り込んできた。
一方その頃、神坐近くの山の頂には緑の軍服を着た一団と妖精達が陣を構えていた。
「おい! どうなってんだよコレは!? 結界があるなんて言ってなかったよな!?」
いい加減で適当な情報に踊らされるがまま神坐攻めを始めてしまった暗君……月夜見の王ケイシンは隣に立つ黒い大鎧姿のティナに罵声を浴びせる事しかできない。
「まあそんな事もあるだろう、転生者を相手にしてるのだからな……それにしても、ガニザニはあんな事を言っていた癖に、自分達も随分と大それたモノを持っているじゃないか。やはり信用ならない連中だなあ? お使い係」
問いかけられた椅子に縛られているトキヤは、何も応えず唯々憎悪の籠った視線を返す。
「何だその目は……? また鉛弾の味が恋しくなったか?」
そんな彼を面白がってティナは手にした拳銃をトキヤに向けるも、いよいよ彼は繰り返される脅しに慣れ始めたのか抵抗の意志を崩さない。
「……ま、お前で遊ぶのは小娘を殺してから幾らでも出来る。せいぜいそうしておけ」
つまらなそうに雑な罵倒を投げつけると、眼下の神坐の方へと向き直った。
「さて……妖精が何匹星屑になったってどうでもいいんだよ、アタシは」
一人呟いた彼女は、じっと神坐へ目を凝らす。
「奴等の担ぎ上げた小娘がどれ程のものかを知りたいのさ」
「そんな事の為だけにボク達を嗾けたのなら、見返りが欲しいんだけど」
自分に酔っているティナにすかさず言い返して、ケイシンはその足をトキヤへ向けて進み始めたが、
「おっと、ご褒美は神坐を落としてからだ、王様」
露骨に機嫌を悪くしたティナが二人の間に割って入った。
「どうして? こっちはもう充分施してやった筈だ」
「ハ? お前達が勝手に鼻息荒くして攻め込みに行っただけじゃないかい」
「金も物も無いお前達に免じて死に損ないの男一人で許してやるって言ってるのに。物分かりの悪いオバサンだな」
「駄々を捏ねたいなら態度に気をつけな。先約が入ってるコイツを折角特別にくれてやる気になってたのに、今ので全部御破算だ」
「初めからその気なんて無かったクセに。……ムカつく言い方しやがって」
「いいや? 今まさにその先約を潰せるかどうかの瀬戸際にいるって話さ」
「そういう事かよ……! どこまでも人の事手玉に取りやがって!」
稚拙な口喧嘩のような話し合いの果てに取り付く島も無い事を悟り逃げ去ったケイシンの背中に、
「ま、頑張りなー」
ティナは嘲りを含んだ声色で応援の言葉を雑に投げつけた。




