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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第五話【神の坐す国】
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第五話【神の坐す国】4

 「おお、シャウカットか。どうした? 確か今日はお前の所の団長が顔を見せにくると聞いておったが」

 「あのさ、旭さん、それなんだけど……何とか中止に出来ないかな?」

 不可解な頼みに旭は首を傾げたが、トキヤは直ぐに意図を察した。

 「まさか、オオニタの団長……! それが狙いで急に来るって言ったのか!」

 「トキタロウが明日までここを留守にするってうっかり言っちまって、そしたら兄さん目の色変えてさ……どうすりゃいい?」

 「俺なんかよりあの人の方が……その方が、旭の為、だったのかもな。アハハハ……」

 「やめろよトキヤ! お前が諦めたら俺の旭さんが兄さんに取られちまうだろ!?」

 「いやお前のじゃないだろ」

 途方に暮れる様子の二人の会話から、

 「成程? 大体察したぞ。よくぞ教えてくれた、シャウカット」

 旭は何を企んでオオニタ傭兵団の団長が今更ノコノコと面を見せに来たのかを悟った。

 ……その上で、旭はまずトキヤの方を向く。

 「お前が取り乱す程ともなれば、そのオオニタの団長は余程頭の切れる美丈夫なのであろう。然れば、其方を捨ててその男に乗り換えるのが道理なのやもしれぬな」

 「……」

 旭は、黙り込んでしまって何も声を上げられないトキヤの耳元へ顔を寄せた。

 「道理を返したくば、如何様な手を使ってでも、私がお前のものと分からせよ……!」

 ……耳元から顔を離した旭と目を合わせたトキヤは、冷や汗を掻きながらも決意に満ちた表情をしていた。

 「さて、シャウカットよ。わしも一国の主の立場が目前にある故、そう簡単にお前の団長に靡いてやるつもりはないし、当然だが無策でいるつもりもない。故にな……」

 にこにこと愉しそうな満天の笑顔を浮かべながら、旭はトキヤの手を引き、シャウカットの肩を掴んだ。





 あちらこちらで造営が行われている御所に向かって、悠々と進む一団があった。

 見目麗しい男達が煌びやかでありながら嫌味らしさの無い紺に金の差し色が施された鎧を纏って進みゆく。

 思わず男でも女でも目を奪われるこの行列の主は、更に絢爛で誰もが一番に気付く姿を誇っていた。

 「兄さん!」

 紺の直垂を着た少年が、黄金の大鎧を纏う目鼻立ちの極めて整った男へ声を掛けた。

 「うむ、ワシ等の案内ご苦労であったぞ! シャウカット!」


 チランジーヴィ・オオニタ

 武闘派として名高いオオニタ傭兵団を率いる絶世の美男子。

 底抜けに明るく振る舞い歌や踊りにも長け転生者の中でも指折りの比類なき聡明さをも誇るが、トキタロウにも引けを取らない節操なしの女好きという噂で、何処で覚えたか妙な話し方が玉に瑕。

 

 軽快に答えたチランジーヴィは、早速シャウカットに、

 「そいで、ワシの旭姫はどいつじゃ? お前が惚れ込む程ならばよっぽどの美人なんじゃろ!」

 と悪戯っぽく笑みを浮かべて問い掛ける。

 「いやー、美人……? というよりは、カワイイ系、かなー……背もそんなに高くないし」

 チランジーヴィはシャウカットの何とも言えない答えを受けて露骨に渋い顔をした。

 「ウーム……ま、いいじゃろ!」

 そう投げやりな返事をした直後、他の団員に気付かれないよう小声でシャウカットに真意を伝える。

 「ホントのところとしてはどんな女かなんてどうでもいいんじゃよ。ワシの目的はただ一つ、オオニタの皆を食わせる為に、ヤツに取り入る事じゃ」

 その横でシャウカットはずっと何とも言えない表情をしていた。

 「何が取り入るだよ。いつも相手が女の領主だったら『取り入る』じゃなくて『篭絡して領地ごと取り込む』クセに……」

 「さあいざ行かん! ワシの旭姫を、この手に収めるのじゃー!」

 馬から跳び立ったチランジーヴィは空中で華麗に腕脚を振り回しながら石畳の上に着地すると、頭を上げ、そのまま膝立ちポーズで目の前に立つ白い直垂姿の……。

 「お久しぶりですね、チランジーヴィさん」

 キタノトキヤに微笑み掛けられた。

 「おー、トキヤではないか。なんでオヌシがそんなところに突っ立っておるんじゃ? ワシの旭姫に会わせてくれ。そしたらもっとお前好みの女を紹介してやるぞ?」

 「チッ……旭は最後尾の方が来られるまで待ちたいと言ってました」

 「おお、そうか。では暫しオヌシと話していようかのう」

 どっかりと胡座をかいて座り、チランジーヴィは屈託の無いように見える笑顔をトキヤへ向けた。

 「そいで、なんでオヌシはそこにおるんじゃ?」

 「今は旭に頼まれて色々と側で手伝ってるんです。謂うなれば執事みたいな感じですね」

 「フム、それは感心感心。ワシが旭を娶って困った事があっても、オヌシがいるなら心強いのう!」

 「気が早過ぎますよ、まだ顔も見てないのに」

 「ところで一番後ろを待ちたいというが、この狭い御所の何処にそんな人数が入るつもりでおるんじゃ?」

 「……あー、そろそろお見えになるみたいなんで、よろしくお願いします」

 「うむ、是非ともワシを良い男だと褒めちぎって紹介してくれ!」

 そう言って膝立ちで頭を下げ直したチランジーヴィが再び旭を待ち始めてすぐに、

 「(おもて)を上げよ」

 年頃の女の声が聞こえた。

 顔を上げたチランジーヴィは……それまでの何処かふざけた調子が嘘であったかのように、麗しく強かな笑みを湛えていた。

 「オオニタ傭兵団の団長、チランジーヴィ・オオニタじゃ。此度はカゲツの追討軍を掻い潜りこの地に新たな国を築くと聞いて、我が軍勢を率いて馳せ参じた」

 そう話すチランジーヴィを挟んで、トキヤとシャウカットは何事か目配せでやり取りをした……のを、

 「あっ、待って兄さん」

 チランジーヴィは見逃さなかった。

 二人の邪魔が入る前に先手を打つ、その為に誰に言われるでもなく立ち上がると、チランジーヴィはそのまま旭に向かって歩み寄る。

 「光旭姫……噂通りの、なんと美しい桃色の髪。ワシも数多の女を愛でてきたが、そなたの様に麗しい姫君はこの目の前の他には見た事がない、故にワシの旭姫!」

 「ちょっ、チランジーヴィさん!」

 慌てて間に入ろうとしたトキヤだったが、それも織り込み済み。彼よりも速く、

 「是非ワシの妻に!」

 颯爽と旭に近付いたチランジーヴィはその手を取ろうと、自らの手を伸ばし……、

 「近寄るな……!」

 「んなっ!? 何、じゃと……!?」

 しかし彼女の手を取る事は適わなかった。

 否。

 正確に謂えば、確かにチランジーヴィはトキヤが反応するよりも早く旭に近付いて、その手を掴みに行けていた筈だった。

 ところが今、チランジーヴィの伸ばした手は何故か既に間に入っているトキヤに正面から握られている。

 チランジーヴィと、トキヤと、旭。

 三人の間の空間が歪んだのか、チランジーヴィの空間把握能力が一時的に働かなくなったのか……。

 「……あっ、いや、チランジーヴィさんごめんなさい。『近寄るな』だなんで、言うつもりじゃ……で、でもいきなり旭に近付いたあなたも悪いんですからね?」

 「何故ワシの手を握っとるお前の方が照れとるんじゃ……」

 「そりゃそうでしょう! あなたみたいな背も高くて顔も良い男の人と、手を繋いだら……男の俺でも、照れますよ」

 「あー、お前には悪いんじゃがワシは女しか愛せぬのじゃ、許せ。で……旭姫?」

 トキヤの後ろに立つ旭姫の顔を一目見て……、

 「無断で飛び掛かろうとした痴れ者が、どの面提げてわしを娶る等と言っておるのだ? ああ!?」

 冷めきった目で怒鳴られて、慌ててトキヤに視線を戻すも……、

 「残念でしたね。旭との縁談はお諦め下さい、チランジーヴィさん」

 最後に縋るような視線をシャウカットに向けるが……。

 「兄さん、もうこういうやり方はいい加減やめにしないか?」

 「とほほ……折角団長から王様になるチャンスじゃったのに」

 「初めから左様な目は無いわ!」

 怒られたチランジーヴィはしょぼくれた顔でいじけた。

 「さて、女だったら誰でも大好きなウチの団長は置いといて」

 言うや否や、チランジーヴィに代わって今度はシャウカットが得意げな顔で二人の前に立つ。

 「端的にオオニタ傭兵団としての要求を申し上げさせていただきますね。兄さんをあなたがこれより建てる国の将軍として取り立てて下さい。それが出来ないのであれば、これ以上あなたに協力する義理は無い」

 チランジーヴィを押し退けながら、耳を傾けていたトキヤは少し驚いたような表情を見せた。

 「あのな、俺達はボランティアでここにいるんじゃねえの。最初にイタミの屋敷焼いた時と同じで見返りが欲しいって言ってるんだわ。この前の戦いは人的被害こそ無かったけど何のリターンも無かったから赤字出してんだよ。だからこれ以上タダ働きは出来ねえの。お分かり?」

 「成程、それ故今後一切の戦の自由な裁量が欲しいという訳か……」

 結婚とまではいかずともかなり踏み込んだ要求を前に悩み始める旭だったが、

 「別に今答え出さなくてもいいですよ」

 シャウカットはフェアな取引を重んじて敢えてその場で急かす事はしなかった。

 「でも兄さんは俺と違って忙しいからあんまりもたついてると次は人っ子一人寄越さなくなると思いますんで、そのつもりでいてくださいね。さ、兄さん。実はもうウチらの屋敷を構えてるんだ、今日はそこで休んでくれよ。こっちこっち」

 「あ、ああー、ワシの旭姫ぇー……」「まだそれ言ってんのウケるんだけど」

 ぞろぞろと軍勢を引き連れて何処かへと向かっていくその背中を少しの間見送った後、

 「トキヤ……先程の身のこなし、見事であったぞ」

 旭はトキヤの腕を抱いて御所の奥へと戻ってゆく。

 「無我夢中だった。だって、あの人は俺よりも背も高いし、顔も良いし、頭も切れるから……」

 「それ故に奴はお前から私を奪えはしないのだ」

 「褒め言葉として受け取っておくからな」

 「然して、将軍か……上手くあしらって手駒に出来ぬものだろうか」

 「アニキが帰ってきたら一緒に相談しよう」

 二人は、日が暮れ始めている御所の奥の闇の中へと消えていった。





 翌朝。

 広い板間に通されたのは、転生者傭兵団の団長達と、彼らの補佐を務める副団長や参謀の面々、そして傭兵団や光旭の軍門に下る事を認めた東ヒノモトの武家や豪族の頭領達。

 彼等は並んで座して、この地を統べる者が姿を見せる時を今か今かと待っていた。

 ……足音が二つ、近付いてくる。

 頭を下げながらも、皆して目で二人の足を追う。

 それらはやがて一段高くなった彼等の前にて立ち止まると、その場に座って、少しの間の沈黙を経た後、

 「面を上げよ」

 彼等の顔を見せる事を求めた。


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