第五話【神の坐す国】2
全員の視線が旭に向けられた。
「おい待て! そこまで良い心当たりでもないから……」
「まあまあ、そう言わないで聞かせてよ旭ちゃん」
「……ここからもう少し東の辺りなのだが、まさにニャライが言っているような土地がある。ただ、少し曰くのある場所でな」
言い淀みながら、ぽつぽつと続ける。
「神代の昔に何者か分からぬ亜人の種族の都があったらしい。今も遺跡が残っておって、気味が悪いので人間はおろか、近くの月夜見の妖精共も立ち入らぬのだ。何か良からぬ魔物を封じておるという噂も聞く……」
ニャライは話の途中から、薄っすらと笑みを浮かべていた。
「めっちゃ良いじゃないですか、それ」
「良いのか!? 魔物がおるやもしれぬのに!?」
ニャライの考えが分からず困惑する旭だったが、
「魔物ねえ……トキヤ、この世界に来てからそんなの見た事ある?」
「無いな。ジョンヒは……その聞き方的に無いとして、じゃあ旭はあるのか?」
「いや……この目では、無い……」
トキヤに問われて冷静さを取り戻した。
「となると、今のヒノモトとは違う文化の遺跡があるから変な迷信やデマが生まれたってだけじゃないかなって思ったんです。まあ、どうしても嫌だと言うならこのお話は振り出しに戻しますけど……」
ニャライの話は理に適っているが、それでも不安を隠せない旭はトキヤの顔をじっと見つめた。
「まあ、行くだけ行ってもいいだろ。ダメだったらここにまた戻ればいい。それでどうだ?」
「わしに何かあった時はお前が責任を取るのだぞ。分かっているのか?」
「当然その覚悟で言ってる。ホントにバケモノがいたら、俺が盾になって時間を稼ぐつもりだ」
「良い心掛けだが、お前が無事でなくては片手落ちぞ」
「……そんな事言われると、命懸けられなくなるから、やめろよ」
「あのー、そうやってすーぐ二人の世界に入っちゃうの、やめてくださーい」
いい雰囲気になりそうになったところでニャライがぶち壊し、その夜は全員流れで眠っていった。
翌朝から歩き始めた4人は、旭を休憩させたり、またある時はトキヤが背負ったりしつつも何とか進み続け、更に明くる日の早朝には旭のいう曰く付きの地へと辿り着いた。
そこは。
「うーん……意外と目に見えて変なものは無いね」
「ただ山があって、平地があって……むしろ噂だけで人が寄り付かないのが不思議だな」
「ひょっとしたらあたし等が転生者だから効かない呪いとかがあるのかも……旭ちゃん、気分が悪いとか、苦しいとかは無い?」
「いや、それどころか……これは一体……? 力が漲るような……だが外から流れ込んで来ておるような……」
「えー、何それ怖……」
「やっぱり普通の人間には何かありそうだな……あれ? 誰か、いる……?」
最初に気付いたのはトキヤだった。
「しっかし参ったな。転生者以外のどんな種族にも効いちまう瘴気か……サカガミの奴等が工事請け負ってくれてホントに助かったぜ」
「かといってこのままサカガミの奴等を工夫に雇い続けてたら、オレ達の財布がすっからかんになっちまうぜ?」
「現実的な判断をするならば、やはり今この地に漂う瘴気を何とかしない限り例えここに都を構えたとしてもその先が無い。幾ら僕達に影響が無くても女王たる人間の旭姫が入れなくては、国として成り立たないのだから」
「めんどくせえなあ……何とかならねえのか? こう、瘴気をパーっと散らかすような魔術とかさ」
「あったらとっくの昔に誰かがここに街作ってると思うぜ。出処はアレって分かりきってんだからな」
「ほう、あの丘がそうなのか?」
「ああよ。この辺に住んでる奴から聞いたから確かな情報だぜ、姫……さま……」
当たり前のようにヒョンウの隣にひょっこり現れた旭。
「ただいま、アニキ!」
その隣で、ここ最近で一番の笑顔を最も敬愛する男へと向けるトキヤ。
「団長達もここにアタリ付けてたんだね」
一方のジョンヒは余裕綽々の不敵な微笑みを浮かべている。
「いやー、長旅でした。足がもうパンパン……にはならないですけどねー。転生者ですから」
最後にニャライが軽快なジョークを飛ばして愛嬌満天の笑みを浮かべた。
「トキヤ! 無事だったんだな!」
トキタロウはカッコもつけずにトキヤを抱き締め、
「いつも俺の心にアニキがいるお陰だよ。ありがとうな、アニキ」
トキヤも彼の背中に腕を回す。
「どういたしまして。オレとお前はいつだって二人で一つだからな、トキヤ!」
「アニキ恥ずかしいよ……みんなが見てる」
「何も恥ずかしくねえさ。お前はオレの自慢の弟なんだからな!」
「アニキ……!」
二人の眩しい義兄弟愛を前に、
「あー、これかー、ニャライが言っておったのは」
「そうそう、これ。なんかもう、自分が霞んでるように思えてこないですか?」
旭とニャライはグチグチ小声で話し合う事しか出来ない。
「アレ始まると暫く終わらないから、先にこっちで話しとこ? ね、団長」「オレ達は死なないが時間は有限だからな」
二人を放っておいて、ジョンヒとヒョンウは旭とニャライを促して小高い丘に向かって歩き始めた。
「でだ、姫様。そのご様子だと……何か知らねえが瘴気は大丈夫なんだな?」
「むしろわしはここに来てからの方が元気だが」
「姫様って転生者なのか?」「は? わしは貴様等流れ者共とは違う高貴な武家の末裔だが?」「けっ、トキタロウに助けられるまでは遊女寸前だったクセに」「あまり口が過ぎるようであればトキヤを嗾けるぞ」「あの陰湿ヒステリー尻軽男を誑し込んだつもりか? アイツはジョンヒにゾッコンだからその上司のオレが相手だと動かねえぜ?」「いや、悪いけど団長と旭ちゃんだったらあたし旭ちゃん選ぶわ」「あははははは! 裏切られておるぞ!」「……話し戻すぜ」
ヒョンウは旭達を連れながら話を続ける。
「アレは何の変哲もない丘に見えるが、大昔ここに住んでた高貴な亜人の墓なんだとよ。でだ……続きはガニザニが話してくれるみてえだ」
「ヒョンウ、人の話はよく聞いて覚えておくように……。それで、この近くの住民や寺の住職から聞いた限りでは、立ち寄った者の感覚や意識を著しく鈍らせる瘴気が漏れ出ているのは確かなのだが、どうも一般的な呪いで撒き散らされる瘴気とは性質が違うそうだ。過去にかなり高名な都の陰陽師の女性が瘴気払いをやってみたそうだが、結果は逆に瘴気に中てられて……その、まあ「四六時中男に抱かれなきゃ正気が保てねえ状態になっちまったんだとよ」そう、君の言う通りだヒョンウ。こういった事を恥ずかしげも無く言ってくれる君がいて助かったよ「ケッ……どういたしまして」だから僕達みたいなそもそも効かない存在以外は立ち入る事すら危険……と聞いていたのだがね」
「しかし……わしは流れ者でなければ亜人でもないぞ? 確かに、髪の色は他の者達と比べて目立つかもしれぬが……」
「まあ、理由は分からないが折角瘴気に耐えられるのなら、是非一緒に調査をして欲しい。転生者の僕達だけじゃなく、現地人である君なら何かひょっとすると、瘴気を抑える糸口を見つけられるかもしれない」
「そう言われても、あまりこの手の事は詳しくないぞ。女衒共も甚だ怪しい噂話しか教えてくれんかった故な」
「ま、見るだけ見てくれよ。ほら、ここをさっき言ってた坊主共が崩して、石室に通じる横穴を作ったらしい」
ヒョンウの連れている4人と「おい! オレ達を置いてくなんて水臭えぜ?」「そりゃ兄弟水入らずで話し合ってたら誰でも遠慮すると思うよアニキ」追いついてきた二人は、真っ暗な横穴を前に合流した。
「……トキヤ」
「分かった」
旭に促されてトキヤは彼女の手を握る。
「一応オレとトキタロウが松明を持っておくから、そう心配するな」
最後尾に回ったヒョンウが準備していた松明を2本手にすると片方をトキタロウへと渡した。




