第五話【神の坐す国】1
山を越え、川を渡った頃には朝が来て、その後も道無き道を進み、出会った山賊を討ち滅ぼして拠点と食糧と旭の着替えを奪い……。
そうしている内にまた夜が来た。
「えっと、これからどうするって話だったっけ」
「なあ本当に狩衣は無かったのか? やはり小袖だけではあまり落ち着かぬ……ん? なんか言ったか?」 「そこに無ければ無いですねー。で、トキヤはこれからどうすればいいの? って訊いてたのかな?」
皆で焚火を囲み猪の干し肉を焼いて食べていた中で、話を切り出したのはトキヤだった。
「先ずは何処かに拠点を構えたいんだけどねー……出来れば攻められにくい地形で、尚且つ困った時にはすぐ逃げられるような……海沿いの何処かがいいんだけど。ジョンヒはそういう土地、心当たり無い?」
「あったらもう伝えてると思う……っていうか、コレ血抜き雑過ぎて臭いヤバくない? 旭ちゃんあげる。あたし等別に食べなくても死なないし」
「食わぬと死ぬ方の生き物にも選ぶ権利があると思うのだが……」
ジョンヒから押し付けられた肉と、ジョンヒと同じように臭いがきつくて食べられずにいる自分の肉を両手に、困り果てた様子の旭は……トキヤを見るなり、
「おい、トキヤ。わしのもやるぞ。お前は男故よく食わねばならんだろ」
そう言って両方の腕を突き出したが、
「ジョンヒの話ちゃんと聞いててそれ言ってんのか?」
と返されてしまい、渋々引っ込めた。
「ええい! ままよ! ……うええぇぇぇ」
嫌がりつつも、自分は食わない訳にはいかずヤケクソで食べ進む旭を横目に、
「トキヤはなんか良い場所の心当たりないのー?」
話題を戻そうと、ニャライはトキヤに軽く問う。
「ニャライが知らなくて俺が知ってる訳無いだろ……かといって今更キタノの屋敷に戻るのは悪手だよなー。追っ手の目を盗んで次の戦の準備をするには、あまりにも場所が知れ過ぎてるから」
「いっそここを暫く拠点にする?」
「流石にそれは衛生上良くないだろ。死なない俺達は兎も角……」
「……あ、わしの事は気にするな。こういう事は慌てて決めても何もいい事が無い。カゲツに殴られた傷も痣一つ残らず治っておるから、事は慎重に進めようぞ」
その言葉を何一つとしてトキヤは信用出来なかった。
あれほど酷く殴られておいて綺麗さっぱり治るなんて幾ら何でも有り得ない。きっと心配させまいと言っているのだろう。
そう思い彼は、
「旭……ちょっと、いいか?」
いつもベタベタしてくる彼女のノリに合わせたつもりで、ジョンヒとニャライには見えない角度に旭を立たせると、
「え……っ、と、トキヤ……?」
その首元から手を差し込んで……、
「ま、待てトキヤ何を!?」
それ以上は旭が身をよじって防いだ。
「普通の人間がそんなに早く治る訳が無えだろ」
「……ああ、そういう事か。わしの言う事が信用出来ぬと言いたいのか?」
「今回に限ってはそうだな」
「だからといって、こんなニャライもジョンヒもいる前で脱がせる等と……お前はそういう奴ではないと思っていたのだがな」
「この前そこの二人が見てる中で散々俺を弄んだお前がそれ言うのかよ」
「ではあのまま捨て置けばよかったか?」
「……ごめん。でも、ホントに心配で」
「旭ちゃんは嘘ついてないよ。さっき着替えさせた時にあたし見たから」
白けた目つきで二人を見つつ、ジョンヒはため息をついた。
「……ま、でもちょっとびっくりしたよね。普通の人間なら跡ぐらい残るでしょ」
「昔からわしは傷の治りが良くてな。きっと武家の血がそうさせておるのだろう。まあ、今回はいつもと比べてもやけに治りが早かったが……」
「へーそうなんですねー。っていうかさトキヤ、何の話してたっけ」
「拠点だよ。いつまでも旭にこんな生活させたくないんだって……っと、旭?」
話題が脱線する度になんとか元に戻そうとするニャライだったが、今度は話し始めたトキヤの袖を旭が引っ張って止めてしまった。
「……」
他所を向きながら袖を引き顔を赤らめる彼女の様子を前に、
「ごめん、ニャライ、ジョンヒ。あー……旭が服を着直すのを手伝ってくるから、ちょっと二人で話してて欲しい」
訳の分からない事を言いながら旭を連れて近くの小屋の中へと入って行ったトキヤ。
その背中を見つつ、
「あれ、今回は立ち会わないの?」
「流石に二人共この状況で破滅的な判断しないでしょ」
「そうかな……お若い二人だから何かの間違いで、なんて」
「気になるなら見てきたらー?」
「アンタってさ……そういうとこホント治しな?」
二人はしょうもない雑談を始めた。
それからだいたい半刻後。
小屋から出てきた二人は、息が上がって血色が少し良くなっていた。
トキヤは浮かれているような、それでいて何かを耐えきったような色濃い覚悟と少しの疲労感が見える表情で旭に目を向けている。
彼の隣で旭は心ここに有らずといった様子で、焦点が定まっていない虚ろな目をしながらも嬉しそうにトキヤの手を握っていた。
二人は小声で話し合いながらニャライ達の許へと歩みを進め始める。
「それにしても、本当に私の、ここに……お前の、その……それを入れさえしなければ大事無いとはな。さっきも言ったが、今宵はお前に正気を奪われる覚悟であったのだが」「もっかい言うけど、ニャライもジョンヒも待ってるのに、ここで自暴自棄になんてならないでくれ」「その割には遠慮なく私に色々とやってくれたな。指を入れられた時は破滅を覚悟したぞ」「折角だから色々試そうと思って。旭だってどこまで大丈夫か分かった方が気が楽だろ? それで、今度はさ……後ろとかダメか? 前はダメでも、こっちなら入れても大丈夫かもしれない」「う、後ろ……!? それは汚くないか?」「ごめん、嫌なら別にいい。でも……お前の身体は汚くなんかないし、後ろでもいいから……お前と繋がりたい、そう、思ったんだ」「私と、繋がりたい……そうか、そうだよな。私だって、お前をこの身体に迎え入れたい……お前と一つになりたい……でも……」
「聞こえてるんだけど! 全部!」
ジョンヒに怒鳴り付けられて二人は飛び上がって驚くも、
「あー、後ろ! そう! 他人の服って着付けるの意外と大変だよな! 後ろの紐の縛り方が、やっぱりちょっと感覚変わるから俺分かんないなー! ハハハ……!」
「そ、そうだな! 一つ! 一つといえば……わしは布が上から下まで一つになっているような着物だけで外を出歩いた事が無くてな! わしがいつも着慣れている狩衣とまではいかずとも、せめて直垂が欲しいのだがなあ! 早くトキタロウと合流したいものよ! わははは!」
だいぶ無理のある誤魔化しをしながら焚火の前に座り直した。
「トキヤの理性がちゃんと機能してよかったー」
「な、何の事だニャライ? わしはトキヤと服を整えておっただけだぞ?」
「そのケダモノ、今はあなたの事を好き好き大好きって言ってますけど、トキタロウと合流したらまたアニキアニキに戻りますから、脳を破壊されないよう気をつけてくださいね」
「案ずるなニャライ、トキヤはもうわしの虜よ」
「昔の私もそう思ってたんですよー。トキタロウが大番役から帰ってくるまでは……」
「ふむ……先達の話には耳を傾けておこう」
「私も二人の事は応援してますから、何かあればいつでも相談してくださいねー。それで、拠点の話に戻りますけど」
今度こそ話題の軌道修正に成功したニャライは、3人に目配せをして回る。
「転生してきてそれ程時間の経っていない私達は土地勘がありません。これがトキタロウであれば色々と詳しいのかもしれませんけど、ここにはいないので現状無いものねだりになります。なので」
わざとらしく眉を困らせて、ニャライは旭に再び目を合わせる。
「旭さん、そういう場所に少しでも心当たりは無いですか? この際土地が呪われてても水浸しでも構いませんので、何か手掛かりがあれば教えてください」
ニャライの問い掛けに旭は暫し考え込み……悩みながらも口を開いた。
「……ほぼ駄目の方に寄っているとは思うのだが、無い訳でもない」




