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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第四話【時や夜を明かせ】
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第四話【時や夜を明かせ】3

 「いぎゃああアァ!」

 描く事は適わなかった。

 「うぅ……っ! 痛い、痛いぃ……!」

 何処からか投げられた小刀で指を切り飛ばされたケイシンが、悲痛な呻きを漏らしながら疼くまる。

 「おう、どうだい! 人間様にエンコ詰めさせられた気分はよお!」

 男の爽やかな声がする方へと目を向けかけたが「くそ!」慌てて反対側から投げられた手裏剣を五芒星の描かれた円形の魔方陣で防いだ。

 「おいおい、幾らヒーローは遅れてやって来るっつっても、随分焦らしてくれたじゃねえか。なあ? ……トキタロウ」

 手裏剣を投げた相手は、ケイシンの後ろ……陣幕の向こうに立つ木へと視線を向けてその名を呼んだ。

 ケイシンを挟んで、男は二人。

 「とうっ! 悪いヒョンウ、遅くなっちまった」

 近くの木から飛び降りて、

 「お陰でじっくりと、荒らさせて貰ったぜ……トキタロウ」

 陣中から悠々と歩いて来て、

 盟友二人が悪どおしく笑い合う。

 更にそれぞれの後ろから、

 「旭! 大丈夫か旭!? 今すぐ縄を解くから!」「流石は団長、タダで人に頭を下げるワケ無いとは思ってた」「シャウカットー! ペイジー! 無事で良かったー!」

 方や陣幕を切り開いて、

 「ヒョンウ、言われた通り陣中の武器も食料も全部焼いてきた……あ、トキヤ」「俺達死なねえのに無事も何も無いだろ?」

 もう片やは汚れ仕事を終えてきて、お互いに無事を喜び合う仲間達の姿があった。

 「ひいいいいい!」

 ここに信用出来る者は誰もいないと悟ったケイシンは「おっと」「あっ、こら待て!」一目散にヒョンウとシャウカットの脇を抜けて、器用に逃げ去ってゆく。

 「おい、捕まえなくていいのか? オレはアイツにケジメつけさせてやりてえんだけどな」

 「アレは向こうに居させてやった方がオレ達の得になるだろ」

 「それもそうか。で……」

 楽しく弾んだ会話はさて置いて、

 「無事か旭! オレ達が来たからには、もう大丈夫……」

 トキタロウは彼女の名を呼び駆け寄ろうとしたが、

 「莫迦!」

 当の旭はというと、トキヤに縄を解かれるなり彼をぶん殴り、かと思えば抱きついて涙を流しながら憤慨していた。

 「こんな目に遭ったのにブレねえヤツ……」

 思わずそんな言葉が零れたトキタロウだったが、何処か微笑ましげに二人の様子を見守る。

 「二度と私の側から離れるな……!」

 「俺がここに来たのはその為だ……旭」

 トキヤから今までとは違って呼び捨てで名を呼ばれた旭は、きょとんとした顔で思わず彼を見る。

 「ここから先は死ぬまでついて行くって覚悟を決めたから、もう他人行儀はやめにしたい。……ダメですか?」

 旭の答えは決まりきっていた。

 「私は初めから、そのつもりであったぞ?」

 それは真っ赤な嘘だった。

 キタノトキヤは都合の良い道具に過ぎなかったのだから。

 今、この時までは。

 「こんなにボコボコにされる前に間に合わなくて、ごめんな」

 「全くだ。痣が残りでもしたら、お前に責任を取ってもらうからな」

 「痣で済めばいいんだけど……気分が悪かったり、血を吐いたりはしてないか?」

 「どういう風の吹き回しかは分からぬが、タンジンが隙を見て少しばかり手当をしてくれた。腸にも傷は特に無いそうだ。お前から借りたこの鎧に守られたお陰だな」

 「旭……っ!」

 トキヤは感極まって目を涙で滲ませながら、、

 「お前がこの世界を生き抜くために、俺に何度でも代わりに死なせてくれ……!」

 思い浮かんだありったけの約束の言葉を捧げる。

 旭はそれを『拙く雅さの欠片も無い台詞だ』と感じた。

 だが、不思議といつものように彼を内心で見下すような事は出来なかった。

 だから唯々彼の全力の思いに応える言葉を紡ぎたい、そう思って、

 「時や……流れ過ぎ去る時や。夜の帷を、遠く彼方へと除けてくれ。朝日が昇り、再び世に光が満ちるために……!」

 彼女なりの精一杯の約束の言葉を返した。

 「そんなに上手く(したた)められたら、俺は何とも言い返せないな」

 二人は笑い合う。ずっとこの高揚感と多幸感に浸っていたいと願いながら。

 「ちょっと二人ともー! イチャつくのは後にして早く行くよー!」

 だが今は時が限られている。大将が尻尾を巻いて逃げたとはいえ、他の兵達はまだ残っている。

 不意を突いて助けたは良いが、この後捕まってしまっては今までの苦労が水の泡だ。

 「トキヤ! オレ達で足止めするから、お前は旭を連れて出来るだけ遠くに行ってくれ!」

 「分かった、ありがとうアニキ! どこかで落ち着けたら、直ぐに探しに行くからな!」

 「先にオレ達が見つけてやるよ! だからトキヤ! ……旭を死なせんじゃねえぞ」

 「そう簡単にわしは死なぬわ! お前の自慢の弟もいるからな!」

 旭を抱き上げて、トキヤはニャライとジョンヒが待つ方を見た。

 一寸先も見えない闇だ。

 この腕の中に抱かれながらも顔を覗き込んできて、この袖を掴んで握り締めてくる彼女の不安は無理もない。

 「地獄へ落ちる時は、お前も道連れぞ」

 「大丈夫だ、誰も地獄へは行かせない」

 だから夜が明けるまで……否、夜が明けても、二人で走り続けていたい。

 ずっとずっと、叶うのならこの身が滅ぶその時まで。





 雨が止んだ森の中を、四人は只管に進みゆく。

 奇妙な程に追手が来ないのは、あの陣中にいた転生者が全員トキヤ達の味方になってくれたから……というのは、都合の良すぎる考え方だと分かっている。

 唯々あの場において全員の利害が一致したに過ぎない。

 それが真実なのだろう。

 少なくとも、今回の事でカゲツに会わせる顔が無くなったタンジンとは、次に顔を合わせれば殺し合いを避けられない

 「……無事でいてくれよな、アニキ」

 誰に言うでもなく呟いた言葉は、

 「きっと大丈夫だ。あいつは殺しても死なぬ」

 意図せず腕の中の旭に拾われてしまった。

 「そうだよな……今は俺達自身の事に集中しないと」

 前を向き、遠くを見やる。

 何処まで行っても草と木と時々岩しか見えない。

 きっとどっちに向かって歩いているのかはニャライくらいしか分かっていない。

 それでも、今は足を進め続けるしかない。

 自分の意思でやっと見つける事が出来た、命を懸けられる者の為に……。

 「ニャライ、どこまで逃げたら巻けると思う?」「この先の川を渡れば、追ってくるのにも手間が掛かるハズ」「じゃあそれで」「ま、待て! わしは泳げぬのだが……」「は? 冗談だよな旭」「舟とかあるといいね。無かったらアンタ頑張りな?」「トキヤー、頑張れがんばれ」「死ぬ気で舟探すわ」「何をー! わしはそんなに重くないぞ!」

 4人で軽口を叩き合って集中力が切れていたトキヤは、

 「「ぎゃーっ!」」

 旭と一緒にすっ転んでしまった。

 「あーあ……」「うわっ、これ、泥か……大丈夫か、旭?」「わしに泥を啜らせようとは、お前は本当にいい度胸をしているな? トキヤ……!」「ごめん! ホントに悪かったって! この通りだから!」

 「あーあ、お姫様汚れちゃったじゃん。はい、ダメダメ騎士様」

 ジョンヒが鼻で笑いながらトキヤの手を取って起こし、次は旭に手を差し伸べる。

 「……何だ?」

 「このダメ男の面倒を旭ちゃんだけに任せるなんて、そんな無茶はさせたくないから……一人より二人、二人より三人、みんなで助け合って、こんなとこ早く逃げよ? お姫様」

 微笑んでくるジョンヒを前に、旭は……。

 その手を取らずに一人で立ち上がった。

 そしてジョンヒとすれ違い様に、

 「いつまで自分のものだと勘違いしている? 女狐」

 と言い捨てて、

 「トキヤ、早うわしを抱け」「えっ……あ、ああ」

 お互い泥塗れなのも気にせず、再びトキヤの腕の中に収まった。

 「ごめん、ジョンヒ……何してんだよ旭、ジョンヒがああいう事してくれるのってかなり珍しいんだぞ?」「これ以上泥のついた汚い奴を増やす訳にもいかんだろ」「こういう時は甘えて良いんだよ。ったく、変なところで律儀っていうか、何ていうか……」

 話し合う二人を前に一人立ち尽くすジョンヒの近くへ「ジョンヒ……大丈夫?」ニャライが駆け寄った。

 「あの子……もうあたしに勝った気になってるね」

 「なーんか空回りしてるだけな気がするけどねー?」

 「っていうか、そもそも張り合ってるつもりもないんだけど」

 好意を不意にされて、罵られても尚、ジョンヒは楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 「だってあたしは恋愛ゴッコしてる訳じゃないから」


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