第四話【時や夜を明かせ】2
「……という育ちなのですよ」
「なあ、ちょっといいか?」
タンジンの話に、真っ先に疑問を呈したのはヒョンウだった。
「亜人の連中ってのは、その、良く言えば良識があって、悪く言えば騙されやすい奴等だろ。正直、カゲツと椹のやった事は、どう考えても亜人共が思いつかねえような、可愛げの欠片も無えやり方な気がするんだ」
「っていうかよお、亜人の夫婦って話なのに何でカゲツは種族についての話が無えんだ? そこ隠す意味とかあんのか?」
「然し彼の怪力について説明がつかなくなる。あれは人間業ではない。何か思考訓練のようなものを受けた亜人と考えるのが現実的ではないだろうか?」
「アイツ、死に戻り持ちだぜ。都の陛下に毒盛られても死ななかったってよ」
ヒョンウに続いて口々に話を始める団長達。
「皆さんの問いに一言で返しますと『これ以上の情報が無いのでワタクシ自身も分からない』となります」
ぴしゃりと答えてその場を纏めたタンジンは、改めて尚も暴力を受け続けるケイシンの方へと顔を向けた。
「確かな事があるとすれば、彼も被害者である……という事だけなのかもしれません」
その場にいた全員が視線を向けるも……ジョージが鼻で笑った事が示すように、誰も同情はしていなかった。
顔を合わせる度に行われる折檻が、今回も漸く終わった。
だがケイシンは安堵する事もなく唯々『いつもの儀式が終わった』としか感じていなかった。
「して、申し開きはこれで終わりでよいな?」
「あの……爺様」
「何だ? これ以上わしの手を煩わせて何が楽しい?」
「いえ、あの……ボクの通り名は、いつ頂けるのでしょうか。待っている間に刈茅が入ってきて、死んでいったのですが……」
「黙れ!」「うぅ……っ! ごめんなさい、爺様」
「刈茅は貴様よりは役に立っておったわ! 軽々しくその名を呼ぶな!」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「坊ちゃま、これ以上斯様な野蛮の地で時を潰すは無駄の極み。後はこの者に任せましょう」
「あ、あの、椹姐様……」
「此奴は全く信用出来ぬ」「しかしあまり都を留守にしますと、また陛下が要らぬ企みをするやもしれませぬぞ」「……仕方のない奴よ。では小娘の事は任せようぞ。煮るなり焼くなり好きにしてもよいが、必ず息の根を止めよ」
「……分かりました」
今回もカゲツは叱りつけるだけで、椹はこちらを構いもしない。
所詮自分は生きていても生き物として扱われない道具なのだろう。
自分はただ蹂躙されただけに過ぎず、その先に何かを期待されている事も無い。
挙げ句の果てに人っ子一人まともに殺せないと軽んじられている。
そんな鬱々とした思考が彼の頭の中で浮かんでは消えてゆく。
「今度は貴様がわしを殴るのか?」
「……どうしてだ?」
「は?」
「ボクは悪くないのに、どうして……」
「貴様本気でそう思っておるのか? わしを、トキヤを斯様な目に遭わせておいて……!」
耳障りだ。
手を下す事すら自分を穢す事になりそうで、虫唾が走る。
……何か、最近あった楽しかった事でも思い出そう。ケイシンはそう考えた。
「聞け、下賤な人間の遊女。お前の臣下をボクが調教してやった時の話だ。その日は暇でしょうがなくて、死に損ない共の暮らす辺りまで輿を進めさせてたんだけど、そしたらボクの好みそのものみたいな、まるでボクの為に生まれて来たような死に損ないの男を見つけたんだ。嫌がる生意気さも、服を燃やされたら怯え始めた可愛さも最高だった。久しぶりに愉しくなり過ぎて、気が付いたら壊してしまっていて、何も出来なくなっていた……あれがまさか、お前の臣下だったとはな?」
「何が言いたい……?」
怒りを露わにする旭を前に、ケイシンは更に気を良くして話を続ける。
「つまりボクとお前……一国の主とたかが遊び女という身分の差はあれど、男の趣味という一点に於いては分かり合えるのではないかと思ったんだ。まあ人間の遊び女如きと分かり合ったところで気持ち悪くて仕方がないけどな」
「まともに話す気が無いのであれば、わしに返事を求めるな」
旭の尤もな返事に……しかしケイシンは不思議そうに表情を歪めた。
「いや、こうして話してるのにそんな訳ないだろ……あ、そうだ、じゃあ実のある話をしよう。もし良かったらあの男、ボクにくれないか? どうせお前は死ぬんだし」
「ふざけるな!」「え……えっ、どうして?」
目の前の人間が何を言っているのか、どうして突然激昂したのか。
別に悪くない取引だと思うのに。
ケイシンの頭の中で、困惑と恐怖が増してゆく。
「トキヤは辱められて尚、初めはわしを傷付けぬ為にそれを黙っていてくれた……貴様も知っての通り、わしが女衒に育てられた身であり、その手の話に苦い思いを抱いていると知っていたが故に、わしには何も言わずに、一人で抱え込んでおったのだ。貴様のように壊して仕舞いの奴には到底想像もつかぬだろう? あいつはそれ程までにわしへの強い忠義を宿しているのだ……! あいつの心の全てが、わしを……私を慕う想いで満たされているのだ!」
この人間は、要するに何が言いたいのだ?
よく分からない事を自慢されて、それが理解出来ない。
虫唾が走る……。
「聞け、心亡き妖精よ。私の愛刀が受けた痛みは、苦しみは! 全て私が……この私が自らの身を以て拭い去ってやったぞ? 故にあいつは貴様のものにはならぬ。あれは私のものだ……! トキヤは未来永劫、私が死せども永遠に私の為に生きるのだ!」
「黙れ遊び女」
「私は遊女ではない! 私は貴様等の尽くを地獄へ葬り、ヒノモト遍くの人々に希望を齎す、夜明けに光る朝日となる者だ! 例え貴様が私を殺そうとも、この意志は人々の! 転生者達の! そしてキタノトキヤの心の中で、生き続けるのだ……!」
「煩い黙れ汚い遊び女」
鬱陶しげにケイシンは吐き捨てると、即死魔術の予備動作を始める。
重々しく腕を振り上げ、指で円を……。




