第三話【黄昏】2
一方その頃。
撤退していた三人は、既に後方にいた伏兵に囲まれていた。
「こいつ等……! 青い鎧、イタミの奴等かよ!」
「ケッケッケ……屋敷焼いたくれえであっし等を止めたつもりたぁ、オオニタの坊ちゃん達もまだまだ青二才さねえ」
青い鎧を纏った中年の女……良子が貼り付いた微笑みを崩さぬまま、手勢に三人を目掛けて弓を構えさせる。
「トキヤ! どうするのだ!? 早う何とかせよ!」
露骨に冷静さを失って喚く旭だったが、ここにいる誰も打開策は持ち合わせていない。
「あぁーれまあ……! 旭様もおいでかえ? こりゃ手間が省けて助かったわ」
「どうして……? どうして人間のアンタ達があたし等の邪魔するの!?」
「邪魔?」
ジョンヒの狼狽えた問い掛けに良子が訊き返した。
「邪魔……? それはきっと、タンジンの方こそ言いたいだろうねえ。もっとマシなやり方が、もっと良い時が、もっと良い場所があったろうに、どうしてトキタロウはこんなにいつもせっかちで考え無しなんだい?」
戸惑うトキヤの様子に、良子はほくそ笑んだ。
「今ならまだ何とかなるさ。悪い事はしねえよキタノの坊ちゃん。とにかく今は時と場所が良くなかったんだ。旭様を返してくれさえすりゃあ、まーたタンジンが上手くカゲツをはぐらかして、適当言って何とかする。それで今度は、きちっと寝首を掻ける時を見て、タンジンが号令を出して挙兵をするんだわ……あっし等が敵より、味方の方がええんじゃないかえ?」
「騙されるなトキヤ! そのタンジンにわしは捕まって目代に嫁がされそうになったのだ! 此奴の言っておる事は全くの偽りだ! 信じるな!」
トキヤは考える……今、この状況をひっくり返す手段があるとすれば、それは転生者である自分達が彼等の相手をする事。
だがここで戦いとなれば旭は到底無事では済まない。
……否。
同じ人間の身体能力を持つ者同士であるのなら、死に戻りを持つこちらが優位に立てる搦め手がある筈だ。
「ジョンヒ……」
目配せをして意図を示す。
「……ま、出来ない事は無いとは思う」
それだけやり取りすると、トキヤは「旭さん、ちょっといいですか?」「な……何だ?」旭を促し、一緒に馬を降りて彼女の腕を引きながら良子の許へ歩きだす。
「い、嫌だ……! わしは、お前と離れたくない! 嫌だ! やめろ!」「俺を信じてください」「嫌だ! お前以外の誰も信じられない!」「俺を信じて!」「……だめなのか?」「俺を、信じてください」
そして、良子の前まで二人は歩き着いた。
「……私を捨てた事、永遠に後悔するがいい」
「良子さん……俺はあなたを信じます」
「すまないねえ。本当に、すまないねえ……」
そう言いながら良子は旭の腕を掴んだ。
「もうお前も……否、誰も二度と信用するものか!」
旭の捨て台詞に、
「ああそうかよ! でもここまでアニキや俺達におんぶにだっこしておいてその言い草はあんまりだろ!」
トキヤは大人げなく言い返した。
その珍しく、普段のトキヤは絶対にしない妙な態度を前に旭は……一瞬だけ口角を上げたが直ぐに口を拭うと、
「元はといえばお前達の挙兵の計画が杜撰だからこうなったのだろうが!」
トキヤに遠慮のない罵声を浴びせ返す。
「ニャライの事を悪く言うな! アイツは俺の元カノなんだぞ!?」「お前の色恋沙汰など知った事か! 折角わしが直々に可愛がってやっていたのに!」「飼い犬に手を噛まれたとでも思っておくんだな!」「おおそうか! お前など犬にも劣る畜生だ! まだ犬の方が諦めが悪くわしの為に働くわい!」「何をー!」
二人の容赦の無い罵り合いにイタミ傭兵団の兵が全員うんざりしきった顔をしているのをトキヤは見計らって、
「とにかく! 後の事任せましたからね、良子さん!」
そう吐き捨てて馬の方へ歩いて行った瞬間、
「放て」
「待て良子! 何を!?」
良子が冷たく言い放ち、思わず旭が声を荒げた。
「トキヤあああああ!」
だが旭の叫びも虚しく、二匹の馬ごと二人の全身に矢が突き立てられた。
「さて、死に戻りが始まる前に、さっさとずらかり……」
悠々と喋る良子だったが、
「えェッ!?」
突然、何かに気付いて驚愕した様子を見せる。
彼女が呆気に取られている間に、
「よ、よし……上手くいったな」
トキヤが死に戻った。
一方、ジョンヒは死に戻らない。
「あの小娘、どこ行ったってんだい!? こんな速技で……!」
死に戻らないうえに、血も流れない。
「ぎゅぐぇ!?」
突然何者かに後ろから首を締め上げられて良子が気絶した。
「良子様!? ……というか、旭がいないぞ!」「キタノの小童もいねえ!」「探せ!」
旭を探す為、気絶した良子を介抱する為に兵達は散り散りにその場を後にした。
……馬の死体を二つと、ジョンヒの鎧を着た身代わり人形を残して。
逃げ延びた三人は山中の洞窟に身を隠した。
地べたに座り一息ついて、外で続いている土砂降りから隔絶された空間の中、ジョンヒは塞ぎ込み、旭はトキヤの腕を抱いて震え、トキヤはじっと雨の降る外へ目を向けていた。
「まさかあんなに上手く行くとはな」
「簡単な手品の要領。アンタが旭ちゃんと言い争って視線を集めてるうちに、あたしが身代わり人形に入れ替わった。次はあたしが入れ替わった事にあいつ等が驚いてる隙にあたしと死に戻ったトキヤが良子さんに近付いて、最後にアンタが良子さんから旭ちゃんを取り返した瞬間に首を絞め上げた」
「ぶっつけ本番でそこまで成り立たせられるお前には感謝しかないよ」
「そんな事どうでもいいからさ。ねえ、トキヤ……次の一手、どうする?」
問われたトキヤは少し考え込んで俯いたが、この状態から立て直せる作戦の幅は多くない事に気付いて直ぐに顔を上げた。
「まずは態勢を立て直すべきだ。けど、屋敷には戻らない方が良いだろうな。タンジンさんが刺客放ってるだろうから」
「みんな、大丈夫かな」
「俺達は死に戻りがあるから大丈夫だろ。……他の団員さん達の事は、あんまり考えない方が良いと思う」
「みんな団長の為なら命張ってもいいって、言ってたけど……あたしはそこまで、鈍くなれないな……」
「今は雨が止むのを待ちたい。誰か来たら……俺が殺すから」
「アンタのへっぴり腰じゃ人っ子一人無理だよ。あたしがやる」
何とか気を確かに持たせようとしてトキヤは話しを続けるが、ジョンヒは心が折れかけている状態から一向に戻って来る気配が無い。
もしも自分達が転生者でなければ、ここで旭と無理心中していたかもしれない程に重苦しい空気の流れる中、
「……あー、旭さん、さっきの迫真の演技、流石でしたよ。トキヤー! って俺の事呼んでくれて、ちょっと照れくさかったです」
今度は旭と話をして何とか嫌な雰囲気を払拭しようと努めるも、
「わしは……間違っていたのか?」
「それ今言う?」
当の旭もすっかり憔悴していた。
「わしが功を焦ったのが、駄目であったのか……!? わしのせいで、皆が……皆が……!」
「やめてくれ旭さん」
「そうだ、どうせ死ぬのであれば……」
そして素っ頓狂にそう言った旭は鎧を脱ぎ捨て「ちょっ、何してんの……!?」服を脱ぎ捨て、トキヤに跨り始めた。




