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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第十七話【因果】
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第十七話【因果】3

 東の市場の騒ぎから文字通り逃げる様に飛び出したトキヤ達は、その足で西の市場へと赴いた。

 西の市場は東の市場とは異なり、日用品や消耗品、生鮮食品の扱いはそれほど多くなく、主に味噌、牛、衣服、そして家具や呪具、美術品等が売られているのだが……。


 「あ、これアニキがいつも買ってる人の彫刻だ……旭、これ買って神坐に送ってもいい?」

 「は? お前な……兄貴と慕っておる奴の趣味すらも分からぬのか。其れは偽物よ」

 「え゛……な、何で一目で分かるの?」

 「これの彫り師と書かれている者は、奈城で最もでかい寺から木像を作れと頼まれる程の有名人でな。

 ヒノモトに住まう者なればその作風は人も亜人も知らぬ方が珍しいのだ。

 故に……おい真仲! 何を立ちながら居眠りしておる!」

 「ぐごっ!? むにゃ……あ、いや、すまない旭様、私は、こういった物には疎くてな……外で待っておこう「ならぬ。お前も一国の主の妻に相応しき嗜みを身につけよ」うぅ……ならばもう少し、私でも楽しく聞ける話し方をしてくれ……」

 3人は立ち寄った美術品店の静かで上品な雰囲気をものの見事にぶち壊していた。

 「全く、物の良し悪しどころか真贋すらも分からぬとは……あの貴族が東の市場を勧めたは、斯様な有様となるのを分かっておったが故であろうな」

 「ごめん、恥かかせて……俺もっと勉強するよ」

 「す、すまぬ旭様……」

 頭を下げる灰色の直垂を着た男女の前で、旭は特大の溜め息をつきつつも、

 「まあ? お前達は何も悪くはないぞ。この私が貴き都の武士の血を引くが故に、あまりにも聡く気品に充ち満ちておるのが良うなかった」

 嫌味たっぷりに二人への不満をぶちまけつつ、

 「今度はもう少し、こういった事の分かる者……そうよな、都の麗しく風流な貴族の美丈夫でも連れて……」

 そんな風に二人を貶める事を言い始めたが、

 「ハ?」

 「ひっ……」

 流石に冗談が過ぎた様だ。

 トキヤは露骨に怒りを露わにして旭を睨みつけると、

 「なあ」

 「ま、待て」

 「次来る時までに」

 「やめっ、おい」

 「勉強するっつっただろ?」

 「う……!」

 彼女を見せの壁際まで追い詰めて、

 「俺以外の男と来たい? 俺より頭の良くてセンスある金持ちのイケメンが良い? 次そんな事言ってみろ……!」

 「お前、待て、待て! ここは他の者も見て……! う、んむぅっ!?」

 彼女の腕を抑えつけ、唇を奪い、舌を無理矢理捻じ込んだ。

 「おー、いいぞ執権殿、その調子で利口ぶった屁理屈女を今日という今日こそやり込めてしまえー」

 にやにやと愉しげに笑い、真仲はその様子を見守る。

 「お客様、店の中で左様な事は……」

 流石に店員が止めに入るも、

 「すまない。我等は其方等の言うところの東夷あずまえびすである故、多少の蛮行には目を瞑っていただけないか?」

 「あの、困りますから……」

 「ふふっ、では……其方も混ざるか? よく見れば私好みの可憐な顔をされているではないか」

 「え……っ、然し、わたしは女で、お客様も女では……?」

 「衆道は初めてか? 私は毎夜毎晩、神坐姫にそれはそれは熱く、烈しく愛でられ、抱かれていてな……?」

 「えっ……あの……♥ あ、あれ? 今なんで、私……」

 「美しい娘よ……私と共に、この悦びを分かち合おう?」

 「あっあっ、あ……っ♥」

 人たらしの真仲の前には、狼に睨まれた小兎だった。

 一方の旭とトキヤの方はと謂えば、

 「ごっ、ごめんなひゃい、執権様……♥ わ、わたしが間違っていましたっ、だからこんな都の真っ只中は駄目ええぇっ!?♥」

 「誰が口答えして良いって言った?」

 「でもっ、でもこんなの嫌ぁっ♥ わたしの皆に見せる顔が無くなっちゃうぅっ♥」

 「俺のプライドを傷つけておいて、お前はダメ? スジ通らねえだろ!」

 「あぎゃあああぁっ!♥ 胸ぇっ♥ 急にらめぇっ!♥」

 「それに、前言ってたよな? 『私の為に全てを敵に回して死ね』って。上等だ。ここでお前に恥晒させてやったら、都の連中は俺にビビるか嫌うかはすんだろ……!」

 「ひっ……♥」

 「表出るぞ。都の奴等全員の前で『お仕置き』してやるよ。

 格好つけて調子の良い事ばっかり言って回ってファンにした頭クルクルパーの愚民共に、下品な痴態晒して大悦びで善がり散らかすお前の姿見せてやれ。

 1人残らず幻滅させるまで、都中連れ回してやるからな……!」

 「あ……っ♥ あぁ……っ♥」

 「なに想像しただけで身体ビクつかせてんだ? このドマゾの遊女姫が……返事は『はい』か『分かりました』だろ!」

 「ぐひいいいぃっ!♥ ごめっ!♥ ごめにゃしゃいぃっ!♥ やりますっ!♥ 折角わたしの事を信じてくれた都の民の心をっ♥ わたしが全部裏切りますううぅっ!♥」

 ……と謂う感じで、今まさに『準備』が整った旭をトキヤが抱き上げて西の市の大通りに出ようとしていた。

 が。

 「煩いねん、東夷の餓鬼ども」

 「「え……」」

 トキヤの前にふらりと現れて立ちはだかったのは、身の丈が十尺はあろう、赤い束帯を着た異常な長身の老婆。

 肩口まで伸ばしっ放しにした藍色の癖毛の間から覗く、額に二本の角がある顔に付いた、ぎょろりとした目で見降ろされた二人は、先程までの乱痴気は何処へやら、すっかり背筋が凍り付いて冷や汗が噴き出し始めていた。

 「せ……石菖せきしょう様……!」

 「あ、おい待て娘……お、おお……なんという大女……」

 真仲と良い感じになっていた店員も彼女の姿を一目見るや否や慌てて真仲を捨て置いて店先へと駆け出してしまうと、

 「今日は如何なる御用事で……!」

 明らかに怯えきった様子で、石菖と呼んだ老婆へ貼り付けた様な笑みを見せた。

 「いつも通りの見回りや。それとも今日はわしが見回ったらあかんぶつでも仕入れとるん?」

 「い、いえ! 滅相もありませぬ!」

 「ほんまやで? もし嘘ついとったら……この前捕まえた野盗は『この手が悪いんですぅー』言うとったからみーんなその悪い手を斬り落としたってん。……さて、嘘つきって何使うて嘘つくんやろな?」

 「えぁっ!? が、あ……っ!」

 石菖は店の娘の口に無理矢理手を突っ込むと、彼女の舌を引っ掴み出した。

 「これ、無うなったらどうなるやろな?

 喋れんくする為やから喋れんくなるのは当然やし、飯もまともに食えんくなるやろな。

 飯が食えへんくなったら痩せるし、痩せると動けんくなるし、

 動けんくなって、

 道端に捨てられて、

 死に体のお前の身体には、

 皮と肉喰らう為に虫やら鼠やらが集って、骨を齧る為に野犬も来よるわ。

 生きたまま身体っちゅう身体を毟られて、食い荒らされて……。

 おお怖いなあ!」

 「あがあああぁ!」

 楽しげに店の娘を脅す石菖。

 絶望の呻きを上げる店の娘。

 「おいやめろよ」

 趣味の悪い見世物を前に、流石にトキヤが待ったをかけた。

 「お? なんや餓鬼? 色情魔の分際で検非違使別当様に説教するんか?」

 「その人、別に嘘ついてないんだろ? だったらどうして脅す必要があるんだよ」

 抱いていた旭を下ろして、改めて向き合ってきたトキヤの問い掛けに石菖は、丸くて大きな目をゆっくりと横一文字に細めて口角を吊り上げると、

 「がっ! げほっ! けほっ……」

 それまでの執心を感じさせる言動が全て嘘であったかの様に、店の娘をあっさり解放した。

 「白い髪に、眼鏡に、なんやえらい細工された色病みの呪いに……もうだいぶ『成っとる』身体。

 餓鬼……お前が神坐の執権やな?」

 「だったら何なんだよ」

 「ほな聞かせてくれや。お前がサカガミの将軍をいきなり、何の罪も無かったのにぶち殺したのは何でや?」

 「俺達の事よく調べてるんだな……あれは、他の好き勝手してた6人の将軍に気を引き締めて貰う為に見せしめとして処刑した。理不尽だと思うだろうけど、今にして思えば……必要な犠牲だった」

 「それが良くて何でわしのこれはあかんねん」

 「え……」

 底意地の悪い笑顔をにたにたと浮かべながら、石菖は続ける。

 「わしもお前も一緒や。言う事聞かん屑共に『お願いやから悪さはせんといてぇー』なんて呑気に言うたかて守る様な奴だぁーれも居ーひん。

 ほな、皆の気ぃ引き締めたらなあかんやろ?

 わしがやっとんのはまさに其れ。

 いい歳こいた婆が年甲斐もなくしょうもない嫌がらせなんざせえへんわ」

 「まあ……そりゃそうですよね。特に検非違使別当なんて務めてらっしゃる方が、意味のない理不尽をするハズがない……。

 寧ろ昔の俺の方がやり過ぎですらあるから、何も言い返せない……くっ」

 言いくるめられたトキヤ。

 石菖の表情はそんなトキヤを前に、意図の読めない妙な優しさを含む笑みに変わった。

 「まあ、今回はお前の漢気に免じてこんなもんで許したるわ。おう娘! これからも真面目に務めに励むんやで! 道の踏み外し方によっては……舌だけや済まへんくなるかもしれんからなあ……!」

 「しょ、承知に御座います!」

 店の娘は深々と頭を下げる。

 それだけしか出来ないとでも言わんばかりに。

 彼女の態度を見て静かに、深く頷いた石菖は次に、

 「お前等もやぞ東夷の餓鬼ども! そんな盛りたいんやったら、もうちょい南まで歩いたらでかい宿屋があるさかい、そっち行ってやれや」

 トキヤの後ろへ隠れる様に三人寄り固まっていた『東夷』達に怒鳴る。

 「おい、お前のせいだぞトキヤ……!」

 「ごめん旭……」

 恐怖からうっかり旭がそんなやり取りをしたのを、

 「旭? ほなお前が神坐姫の旭か」

 「うっ……」

 石菖は聞き逃さなかった。

 「……ほーお?」

 「な、何ぞ言いたい事があれば言え!」

 「別に。なんも。まあ、どうしても言うんやったら……浅葱の娘が言うとったような、凛々しさやら麗しさやらは欠片も無い、乳ばっかりでかいだけでちんちくりんのけつの青い小娘やんけ、と、そう思うたぐらいやな」

 「……っ!」

 「もっと見栄え良うしたいんやったらな、お前等が今朝行っとった東市から更に川渡って東行ったとこに遊郭があるさかい、そこへ行って勉強さして貰い。

 と言うても……ほんまに見た目と喋りだけはええ男もええ女もようけおるさかい、執権の餓鬼もお前自身も、心移りさせられへんよう気ぃつけや」

 「……まあ、考えてやらぬ事もない。然し、たかが一役人の分際で一国の主をそう易々と貶そうとは、貴様、夜道には気をつけるのだな」

 旭の返事を聞いた石菖は……、

 「せやから、そういう言葉選びがもうあかん言うとんねん」

 手で口元を覆い隠してくすくす嗤いながら、悠々と西の市場の大通りを北の方へと歩き去っていった。

 「……東ヒノモトの『淫魔』の姫さん、そのほんまの力、是非とも拝ませてくれや……!」

 去りゆく石菖の口走った言葉を聞いた者は、誰もいない。


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