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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第三話【黄昏】
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第三話【黄昏】1

 目代の刈茅を討ち取った日の昼頃。

 キタノ傭兵団の一室でトキヤ達は一同に会していた。

 「いいやダメだウチが貰う! 何てったって目代の身柄を引き渡したのはオレだからな!」

 「はい! はい! あたしも団長の右に同じです! はい!」

 「それを言ったらアイツを動けなくしたのはオレだぜ! なあトキヤ!」

 「……」「何とか言ってくれよトキヤ! あー、じゃあニャライでもいいぜ!」

 「え? イシハラ傭兵団にもくれるの?」「違えんだなあ! っていうかお前出奔したんじゃなかったのかよ!?」「それはそうだけど……」

 「待てまてまて! 総取りはおかしいだろ! 俺とペイジだってイタミの屋敷を焼いてきたぞ!」

 「おいおいタンジンを逃してどの口が欲しがってんだ!?」

 「だがイタミ傭兵団は拠点を失ったから暫くまともに動けない筈だ! その為に我々も少なくないリソースを払って結果を出したんだ! 全部とは言わない! 1/3ぐらいはくれ!」

 「だぁー! 若い奴が結果を直ぐに欲しがるんじゃねえ! 後で良い思いは沢山させてやるから!」

 口々に言い争い、奪い合っているモノ、それは……。

 「よぉーし!!! わかったぞ皆の者!」

 旭の鶴の一声で一同は黙する。

 そして、トキヤ以外の全員が固唾を呑んで次の言葉を待つ……。

 「刈茅の所領は全部!」

 シャウカットとペイジは(おや?)という顔をして、トキタロウとヒョンウは目を輝かせた。

 「わしの所領とする!」

 トキヤ以外のその場の全員がずっこけた。

 「何故なら、奴の首を刎ねたのはわしであるからだ」





 非難轟々の言い争いの果てに結局所領は旭が最も少なく、残りを五等分という形で収まった。

 それぞれが初戦の戦果を報告しに意気揚々と戻っていきトキタロウもニャライについて行ってしまった為、屋敷にはトキヤと旭だけが残った。

 「全く、自分勝手な奴ばかりで嫌になるわ! ……やはり心を許せるのはお前しかおらぬな、トキヤ」

 「……」

 「おい」

 ずっと俯いて座ったままの彼を押し倒して、旭は憔悴したトキヤを見下ろす。

 「殺したのは初めてか?」

 「ええ……まあ」

 「私もだ」

 「あなたは強い……俺は、怖くなってしまったんです」

 涙を目尻に浮かべたトキヤに旭は溜め息をついて微笑むと、彼の耳元へ顔を近付けた。

 「……逃げるな」

 そう囁かれたトキヤはしかし恐怖を抱く事は無く、

 「もう、逃げられるとも思っていません」

 諦めに似た感情で一杯になっていた。

 「それでよい。お前は私と共に有れ……今は私を恐れても構わぬ。私を嫌っても構わぬ。だがゆくゆくは信用してくれよ。トキタロウと同じように……とは、少し烏滸がましいか」

 「こんな有様、アニキには見せられませんよ」

 それはトキヤのふとした弱音だったが、涙を拭うトキヤの滲んだ視界の先で、旭はにんまりと笑みが零れていた。

 「そうか、トキタロウには見せられぬか……! 案ずるな、私はお前の弱みをトキタロウに言いふらしたりなぞ決してせぬ。トキタロウに見せられなくとも、私には仔細伝えて相談しに来るがよいぞ?」

 トキヤの頭を抱いて宥める旭だが、その表情はおおよそ人を労る表情ではなかった。

 「私が受け止めてやろう……トキタロウの前では、お前がいつでも聡明で強かでいられるよう、お前の心の痛みを私が分かち合ってやろう」

 旭のとめどない無償の優しさに、トキヤは……流石に冷静になって、疑問を抱いていた。

 唯々トキタロウの女癖の悪さから助けただけで、何故ここまで彼女は自分に入れ込み始めたのだろうか?

 人から好かれる事は別に嫌ではないが……自分を利用して、何を企んでいるのだろうか?

 疑問は尽きないが、例え裏切られたとしても転生者は死なない。

 ならば甘んじて受け入れるのが誠意なのだろうか。

 同じ『アニキに助けられた身の上』なのだから……。

 「……ありがとう、旭さん」

 信じきれないままではあるが、旭の好意を裏切るのは間違っていると判断して、トキヤはそれだけ言葉を紡いだ。

 「頼りにしておるぞ、我が愛刀よ」

 互いの目的を信じ合ってはいるが、互いの人間性を信じ合ってはいない。

 傍から見れば十分に愛し合っているのかもしれない。だがそこには、愛などという甘ったれた感情はカケラも無い。





 それから数日後の夜。

 東ヒノモトの転生者達が住まう一帯から更に東へ行くと、妖精の国がある。

 『月夜見』という名のその国は既にカゲツ傭兵団の手に落ちており、傀儡の王が支配するその国は見目麗しい男女を交易の道具として売り捌くまでに落ちぶれてしまった。

 そんな国を遠目に見ながら進軍する一団があった。

 「しっかし、刈茅の次が月夜見攻めになっちまうなんてな」

 「しょうがねえだろ。向こうが兵を集め出した以上、手に負えねえ数になる前に仕留めとかねえと。そうだろ、姫様」

 「相手にとって不足無しだ。わしのトキヤを辱めた下衆の首を、この手で取ってくれるわ! なあ、トキヤ!」

 「……」

 「トラウマで縮み上がってる。だから無理して連れて来ない方がいいって言ったじゃん。ね? ニャライ」

 「こんな調子でこっちの準備も急いでやっちゃったから、ちょっと心配なんだよね。……遅いなあ、ペイジも、シャウカットも」

 「この雨だからな……ま、そのうち来るだろ」

 そんな事を言いながら進んでいた彼等は、思っていたよりも随分早く月夜見の軍と対峙した。

 トキタロウの軍は縦と刀と弓を構える。

 対する月夜見の軍は盾、刀、そして……杖を構えている。

 魔術を使う妖精達は弓を嫌い、魔術兵が弓兵の代わりを担っている為だ。

 「待ち構えてやがったのか……マズいな、トキタロウ」

 「仕方ねえ……オレが時間を稼ぐから、ちょっとその辺までペイジとシャウカット探してきてくれ」

 「その辺だと……!? ったく」

 馬上で深刻な顔を見せながら話し合っていた二人は、一旦そう取り決め合って別れた。

 「おい! 月夜見の王様! いるんだろ!? 出て来やがれ! このまえはよくもオレの弟を可愛がってくれたな!?」

 トキタロウの呼びかけに……「いけませぬ王よ!」「死に損ない如きの挑発に乗ってはなりませぬ!」「黙れ」月夜見の王、ケイシンが諫める臣下を押し退けて姿を現した。

 「お前は……トキタロウ、だったよな? 何時だったか、ボクが信頼を置いていた女を寝取った、屑の死に損ない……そうだったよな?」

 「寝取ったってのは人聞き悪いな。あのお前にゾッコンだった魔術兵団長の女の子、そのままだといずれお前が無茶ばっかりやらせて殺してただろ。だからオレに心変わりさせて逃がしてやっただけさ」

 「よくも恥ずかしげもなく言えたものだな……!」

 「オレの大事な弟を陵辱しやがったのはその仕返しか?」

 「そのさっきから弟、弟って言ってるのは誰の事だよ。ボクは知らない……」

 ケイシンの言葉は途中で途切れた。

 「……ああ、そいつか。久し振りだな、白髪の死に損ない。随分元気そうじゃないか。ボクが恋しくなってここまで来てくれたのか?」

 呼ばれたトキヤは応えない。というより、応える余裕が無い。

 馬上でガタガタと震えだし「ごめん……旭さん……アニキ……たすけて……」そんなうわ言を繰り返していた。

 「本当にお前は面白くて愛おしい人間だなぁ……! この戦に打ち勝ったら今度こそ、二度と言葉も喋れなくなるまでボクの寵愛を注いでやるからな?」

 「させるものか!」「お、おい旭落ち着けって」

 女の鋭い声が響く。

 その瞬間、トキヤの恐怖は薄れ、温かい血の通う感覚が戻った。

 「フン。誰かと思えば、その桃色の髪……遊び女の光旭じゃないか。齢十七まで育ててもらった女衒を裏切って逃げ出すなんて、飯を一口食わせてやれば忠義を尽くす犬にも劣るメス人間だな」

 「わしは遊女ではない! そして都で一番の武勇を馳せた光家の末裔たるわしを遊女に貶めんとした女衒など、食いっぱぐれて死ねばよいわ!」

 売り言葉に買い言葉でケイシンに怒鳴り返す旭を前に、トキヤは心の中でこみ上げる希望の感情があった。

 一方、ケイシンを挑発して時間を稼ぐ算段であった筈なのに、逆に旭が挑発に乗ってしまった事態を前にトキタロウは焦っていた。

 「わし等の一族を遊女の立場に貶め、剰え我が忠臣をも辱めた亜人どもめ! これ以上わしから何も奪わせはせぬ! ここで貴様等の首を全て斬り落としてくれようぞ!」

 「フン……最近は女に興味無くしてたけど、お前についてはそうでもないかな。この勝ち目の無い戦をやめてボクに跪いて許しを乞うのなら、その忠臣とやらのオマケでお前もボクの犬として飼ってやるよ」

 「貴様……! 我等人間の怒りを侮った事、ここで後悔させてくれるわ!」「落ち着け旭、まだペイジとシャウカットが来てねえんだ」

 最早、旭の耳にトキタロウの言葉は入っていなかった。

 「者共! 掛かれえええええ!」「えっ旭さん!?」「旭ちゃん何言ってんのやめて!」「やめろ旭! ……畜生!」

 雨の中、矢と魔術弾が飛び交う。

 それらを掻い潜り、刀を持った兵達が斬り合う。

 トキタロウの段取りは全て水泡に帰した。

 兵の数、亜人との能力差、地の利……全てにおいて月夜見の軍が優位の状態で始まった戦は、

 「く、くそ……! 何故押されておるのだ!」

 既に始まる前から決着がついてしまっていた。

 「おいトキタロウ! どうなってやがる!?」

 慌てて戻って来たヒョンウがトキタロウを問い質す。

 「旭がトチりやがったんだ!」

 「違う! わしのせいでは……わしの、せい、なのか……? トキヤ……トキヤ! 何とか言え! 言ってくれ!」「あ……ああああ……旭、さん……アニキ、ごめんなさ……!」

 何も出来ず、唯々目の前の光景に慄く事しか出来ないトキヤに、

 「大丈夫だトキヤ!」

 トキタロウは強く呼び掛けて、微笑んで見せた。

 「それよりこっからやって欲しい事があるんだ、出来るか?」「あ、アニキ……分かった。せめてその頼みぐらいは、やり遂げるよ、アニキ!」

 そして頼み事を託す事で、彼の平常心を取り戻させた。

 「よし、その意気だぜトキヤ! ……ヒョンウ、ペイジとシャウカットはどうなってたよ?」

 「この雨で川が氾濫してやがった。……姫様がやらかさなくても、オレ達の負けは決まりきってたってワケさ」

 トキタロウはこの絶望的な状況を前にして……尚も引き攣ってはいるが笑みを浮かべていた。

 「トキヤ、ジョンヒ……旭を頼めるか?」

 不意にトキタロウが何時にも増して真面目な声色で呼んだ。

 「……分かった」

 「ま、そうなるよね」

 言うや否や、

 「ちょっ、え、待てトキタロウ、わしを何処へ……!?」

 ジョンヒが旭を引き剥がしてトキヤの馬に乗せると、二人と一人を乗せた馬二頭は逆方向へ走っていった。

 「……なあ、さっき帰ってきた時に見かけたんだけどよ、あっちにはイタミの奴等がいたぜ」

 「やっぱりか」「分かっててジョンヒをそっちに行かせたのかよ!? どういうつもりだ!」

 「面倒くさがりのタンジンがトキヤとジョンヒを潰すような事、すると思うか?」

 「あ? アイツ等が無事でも、姫様は……まさか……!」

 「おいお前等! 退け! これ以上はもういい! 自分の命を守って逃げろ!」

 トキタロウの号令でキタノ・サエグサ両傭兵団の兵達は素直に従い散り散りに逃げて行った。

 残ったトキタロウ、ヒョンウ、ニャライは少しずつ退きながら妖精兵達を斬り伏せ、一般兵が逃げ切る為の時間を稼ぎ始める。

 「旭にはここで! ……体よく死んでもらう。オレ達の責任を、全部背負ってもらってな!」

 「とんだ損切りだな。おい! ……で、お前はそれでも、いいのかよ!」

 「私は別に、いいんだけ、ど! ……むしろあの二人があっさり諦めてくれるかな」


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