第十六話【いざ鬼討ち!】15
「あんっ♥ 執権様ぁ……♥ もっとぉ……♥」
その喘ぎを紡ぐ声色に、紅葉は聞き覚えがあった。
(し、執権様……!? 神坐姫は何を言っている!?)
少し戸惑いはしたが、
(あ……いや、左様なる戯れか……? というか、遊び女崩れはそのやり方しか分からぬという事か)
と思い直し、声の源へと恐るおそる近付いていく。
「今日はやけに欲しがるな。まさか、紅葉を口説いてる所を見てたのか?」
その声が聴こえた瞬間、紅葉は背の髄に沿って氷の棒を刺し込まれた様な衝撃を覚えた。
冷や汗が急に流れ始めて、心の臓が音を感じる程に激しく速く脈打ち始めて……。
「だ、だって、急にいなくなったから……あの鬼に誑かされるのではないかと、心配になって」
「勝手に盗み見して良いなんて誰が言った?」
「で、でも……」
「俺に口答えするのか?」
「あっ……♥ あっあっ、あぎゅっ!♥ うぎい゛い゛い゛い゛い゛っ!♥」
「おいおい、まだ何にもしてないだろ。勝手に妄想して善がりまくりやがって、いよいよマゾメス丸出しの妄想癖も末期症状だな? 雌奴隷姫の旭……!」
「はぁーっ♥ はあぁっ♥ しっ、しっけんしゃまっ♥ ごめんなしゃいっ♥ ごめんなしゃい゛い゛い゛っ!♥」
「何で謝ってるんだ? 言ってみろよ」
「か……勝手に、果てて、ごめんなさぃ……♥」
「ハ? 何誤魔化してんだ、もっと謝らなきゃいけないコト、あるだろ……!」
「あぎゃあ゛あ゛あ゛っ!♥ 勝手に盗み見してごめ゛ん゛な゛さ゛い゛い゛い゛っ!♥ しっ、執権様を信じれなくて、ごめ゛っ!♥ なざい゛ぃ゛っ!♥ お願いしますっ♥ 捨てないでぇっ、わたしを捨てないでえ゛え゛え゛!♥」
「旭……俺だって同じだよ。お前を捨てたくなんかない。だけど悪い事をした罰は受けないとだろ? 俺が1番欲しいものを出せ。1番の雌奴隷からしか得られないものをな。ほら、言ってみろ」
「は……っ♥ あっ♥ あっあっあっあ゛お゛っ♥ ほお゛ぉ゛っ!♥ お゛ほっ……!♥ う、産みますっ♥ 罰として産みましゅ♥ 私と執権様の子を授かりましゅうううっ♥」
「100点満点だよ、旭。ご褒美にお前の望み通り、俺の子を何人でも欲しがれるよう、徹底的に『お仕置き』してやる……!」
「あは、あは♥ あはっ♥ あはははっ♥ きゃははははは!♥ お仕置き好きぃっ♥ おしおきらいしゅきいいいいい……!♥ 」
……紅葉は耳を塞ごうとしたが塞げなかった。
二人の交わす言葉は、女王の戯れにしてはあまりにも真に迫っていて……。
(これは、真に戯れなのか……? まさか神坐姫は、本当にトキヤに従わされているのでは……!? だからトキヤは、我等との恨みつらみを軽く見ていた……そう謂う事、か……!)
唯々、自分勝手に結論を導き出して、
故に『己も彼の手に堕ちればどの様な目に遭わされるのか』が知りたくて……。
聞きたくもない他人への愛の囁きに、耳を欹ててしまう。
もっと知りたい。
その思いに突き動かされて、紅葉は一つだけ開かれていた蔀戸から部屋の中を伺った。
「……っ!」
部屋の内には、紅葉が想像だにしていなかった事が二つ。
一つは、神坐姫……旭の着ている服。
見た事も無い煌びやかな桃色の布を金具で繋ぎ合わせただけの、果たして服と呼んで良いのかも分からない下品な意匠をした下着の上から、生絹だけで織られた狩衣らしきものを羽織っている。
もう一つは……。
「ふふっ……♥ トキヤ、今宵の旭様は一段と乱れておられるな? 余程あの鬼の娘にお前を取られたくないそうだ……♥」
見た事の無い女が。
空色の髪を首元辺りで短く整えて、旭とは違って藍色の下品な形の下着に、こちらは直垂の形を模した様な生絹を羽織っている、背の高い女がいた。
「だってぇっ♥ あの娘は鬼だけどっ♥ 鬼だけど……わたしと違って、生まれついての武士、だから。わたしと違って、高貴で、落ち着いて、気品があって、都でぬくぬくと恵まれて育って……鬼の癖に、鬼の癖に! 鬼の癖にい゛い゛い゛い゛っ!」
「おい、俺の見初めた女を貶すとはどういう了見だ?」
「ち、違っ、ごめんなしゃいぃっ!♥ でもあいつが貴い武人のまま死ぬなんて嫌なんれしゅうぅっ!♥」
「要らぬ事を訊いた私が悪かった、許してやってくれ、トキヤ。
旭様は唯、お前の奴婢を増やしてやりたい…………嘗ての私と同じ様に、浅ましき淫売の遊女に辱めたい……♥ 左様に御考えなのだ。そうなのだろう? 旭様……♥」
「きゃははははは!♥ そうっ♥ それがいい……!♥ 執権様ぁっ♥ あいつもわたし達と同じにしてくださいっ♥ わたしと、真仲と同じっ♥ 執権様の雌奴隷にっ♥ 武士どころかまともな体面も無いっ♥ 唯の醜い色欲の奴婢にい゛い゛い゛い゛っ!♥」
「言われなくてもそのつもりだったけどな。早く紅葉もここに呼んで、お前達の横に並べてやりたいなァ……! 妬かずに仲良くしろよ? 同じ俺のオンナなんだから。そうだろ? 真仲」
「ああ♥ 私も、旭様も、しっかりと躾けてやるさ……お前のものになった先達としてな♥ ……ん? トキヤ、どうした?」
「ご、ごめん真仲っ、ちょっと余裕、無い……旭っ! 俺の子を産んで……! 俺のを受け止めて、俺とお前の子を……!」
「あははっ♥ 旭様は強いお前を好むが、やっぱり私は果てそうなお前が一番愛いなあ、トキヤ♥」
「があ゛ぁ゛っ!♥ あ゛はぁ゛っ♥ はい゛ぃ゛っ!♥ う゛っ♥ 受け止め、ましゅっ♥ 執権様の、下しゃいっ♥ くだしゃっ!♥ あ゛がっ!♥ があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!♥ かは……っ♥」
旭は身体を激しく痙攣させたかと思うと……、
「おお、今回も派手に果てて……ああ、御眠りになられたぞ」
真仲の言葉通り、破滅的な快楽に満ちた、幸せそうな乱れきった笑顔を浮かべたまま、力なく倒れた。
「あー疲れた……真仲、ちょっと相談なんだけど」
「駄目だぞトキヤ。旭様と約束しただろう」
「でも、もう寝てるし良くない? 俺、真仲とは普通にシたい……え? あっ、そうなんだ。じゃあ、やるしかないか。
えーっと……。
おい、起きろ雌奴隷。ハァ、奴隷のクセに役に立たないヤツだな」
「トキヤ……次は、私と……♥」
「そうしてやりたいけど、俺は一度に2人よりも少ない女は抱けなくてな」
「そ……そんなのあんまりだ……誰か、誰か他に女が居ればいいのか?」
「ああそうだ。誰かもう一人、都合のいいオンナでもその辺にいればな。……その辺に」
紅葉は、逡巡の果てに……。
踵を返した。
重々しい足取りで、辛うじてその場を離れた。
……彼女の気配が消えた事を察した真仲は溜め息をついて、トキヤに凭れ掛る。
「何と意気地の無い娘か……つまらぬ」
「いや、昼に会ったばっかなのに一気にそこまでイケる方が可笑しいって」
「けれど、楔は打てたわ。これであの娘は、執権様の顔を見る度に……ふふっ、きゃははは……!♥」
「あ、起きてたんだ」
「左様か。では折角だ、旭様。そこで私とトキヤのまぐわりを……私と、トキヤが……♥ 二人だけで上り詰めてぇっ♥ 貴女様よりずっとずうぅっとぉっ!♥ 高い頂で抱き合ってるところを、見てくれえええ!♥ トキヤぁっ!♥ 早くぅっ!♥ 何人でも孕んでやるからあぁっ!♥ 早くうううぅっ!♥」
「分かったわかった、ずっと待たされて辛かったんだな? もう大丈夫だから、今日は朝まで俺と抱き合おうな」
「あははっ♥ やった♥ トキヤと朝までっ♥ 朝までえええ゛え゛え゛……!♥」
「愉しみね……! あの鬼の娘が、こんな風に浅ましく執権様をねだる様になる、その時が……! きゃははは!♥ あははははは……!」
神坐軍の泊まる一角を離れ、
己の部屋まで戻った紅葉は、
「……っはぁっ! はぁっ、はっ……」
どうにか正気を取り戻し、深く息をつき直した。
異常な熱気……己が戦の時に放つ物とは性質の違う、引きずり込まれそうになる、熱く蒸される様な熱気に充てられて、直ぐにでも部屋の中へ飛び込み「私も同じ様にしてくだされ」と縋り付きそうになったが、辛うじて戻って来た。
それは白菊の言う様なトキヤの操る魅了術によるものなのか、或いは自身が光トキヤと謂う人そのものに惹かれつつあるせいなのか……。
「それでも……それでも、私は、私は……っ!」
強く、強く仲間の顔を、声を、言葉を思い出しながら、紅葉は己の身体を抱き締めた。




