第十六話【いざ鬼討ち!】11
その後、紅葉と旭、そして白鳥女王が話し合った結果『カゲツ傭兵団がいきなり手を引けば都の警備が儘ならなくなり治安が悪化する懸念がある』として、一先ずはカゲツ傭兵団、神坐軍の両者が都に居座る事で話がまとまった。
そして、夜。
大内裏の一角、広い板間の左右に分かれて、人間と亜人がごちゃごちゃと並び座り、好き勝手に談笑を繰り広げていた。
「これはこれは、お久しゅう御座いますな、イタミ殿。カゲツ殿を見限り遊び女の軍門に降ったと聞いた時には気でも触れられたかと、わしら赤鹿一門は気を揉んでおりましたが……まさか遊び目を上手く担ぎ上げて都まで攻め上って来られるとは」
「おやおやおや、暫く見ない内に都の貴族仕草が板についた雅やかな物言いをされる様になりましたね。つい10年程前はまだ年甲斐も無く野山を駆けて雌鹿の尻を追い回していたアナタが……。
それはさておき、ワタクシの気が触れているか、或いはアナタ達が時代の流れを読み違えているのかは、
もうすぐ分かる事でしょう。少なくとも神坐は亜人であろうと温かく迎え入れますので、命が惜しくばカゲツ傭兵団からはお早めに手を引く事をオススメします」
「おお、キタノ殿や、丁度良かった。麿が匿ってやっておる其方の妻子「その話外で聞かせてくれねえか!?」はて……? まあ、構わぬが」
「イシハラ殿、先日はこちらのつまらぬもの幾つかと引き換えに屍操術についてお纏めになられた書物を送っていただき、誠に忝う御座いました。お陰で……あの呪い師の鬼が中ヒノモトにて何をしでかしたのか、私でも大体見当がついたと謂うものです」
「礼を言うべきはこちらの方だ。光本家の目を掻い潜って円ちゃんの色病み研究資料を取り戻してくれるなんて……さぞかし大変だった事だろう。そうだ、あなたが良ければ明日にでも、僕をこの辺の野山へ山菜採りに連れて行ってはくれないだろうか?」
「もし、そこが銀の髪の女子よ……よければわたくしと酒でも酌み交わさぬか?」
「うん……? ああ、ボクの事? ……んふふっ、いいよおじさん。ボクも話し相手がいなくてヒマだったから。さ、ボクと2人であっち行こうよ。お酌ぐらいはしてあげる」
「ほう……坂東の田舎娘と侮っていたが、なかなか気立ての良い事。これは美味い酒になりそうだ」
「お待ちなさいな、アリーシャ。何故こんなボンクラそうな中年オヤジを捕まえて別室へ? 何を企んでるので?」
「ぼ、盆暗……!? 其方、いきなり出てきてなんと失礼な……!」
「げっ、ヴェーダ……べ、別に何でもないからあっち行けよ!」
「おう! どうしたアリーシャ! ……ほほう。お前、こういう中年男がタイプなのか。なかなかヤバい男の趣味をしているな! ガッハッハッハ!」
「ハァ!? 誰がこんなブサイクで何の取り柄も無さそうなオッサンの事好きがるかよ!」
「……もう良い。結構だ! 酒は充分不味くなったわ!」
「あっ! 待ってよおじさん……! おいセージ! テメエのせいでカモオヤジに逃げられちまったじゃねえかよ!」
七人七色に亜人や貴族、学者と話し合う七将軍達を一望する板間の最奥には高御座が設けられ、
「さて、カゲツに旭、それから我が忠臣共よ……此度はヒノモトの女王たる我の願いに応じ、夕餉を共に……おーい、誰か聞いておるかー?」
その黒い帳に囲まれた内側から声を掛ける者が有ったのだが、
「御言葉ですが陛下、先に宴を始めさせたは悪手であったかと」
「はっはっは! ……はぁ。如何なる時も我の味方をしてくれるはお前だけよ、暁」
誰一人として聞いている様子は無く、
「ほざけ! 貴様の様な物の怪を、わしは女王と思うた事は一度も無いわ!」
「何と不躾な! 陛下はこのヒノモトの世の神にも等しき御方! 神を認めぬとは天に唾を吐くも同然ですよ!」
「お前達は一体何度同じやり取りをすれば飽きるのだ……はっはっは……ははは……」
旭の正面に座していた、背の高く体格の良い角の生えた厳めしい顔の老僧が辛うじて耳を傾けていたようで、律儀にも罵声を返した。
「久しいな、カゲツよ。して、わしを殴っていた時も貴様は同じ様な事を言っていたな。其れは如何なる意味ぞ?」
素朴な疑問を覚えた旭は、己個人の二百余年の恨みよりもカゲツの言う妙な言葉への興味が勝った様子で問い掛ける。
だがカゲツは旭をちらりと一瞥し、また白鳥を帳越しに睨みつけ、そして再び旭の方へと顔を向けると、片手を口元に当てながら、
「……わしを滅ぼした暁には教えてやろう。ここで話して白鳥に聞かれるは拙い」
「左様か……まあ、貴様が死ぬは時の問題であろうが? 然し……何を隠しているのか、少し恐ろしい気もするな」
更に不可解な言葉を返すに留まった。
そんな彼等の隣で向かい合っているのは、トキヤと白菊。
白菊は今まで相見えた時に着ていた転生者に対して認識阻害効果を持つ鎧を脱ぎ、一般的な黒い束帯に身を包んでいた。
「あ、改めまして、神坐で執権を務めています、光旭の夫の光トキヤです。
なんか、さっきまでぶち殺し合ってたのがウソみたいですけど、お手柔らかに……」
高い背丈。
角の色と大差無い程の異様に白く血の気の無い肌。
黄色い瞳。
後ろで一つに結った傷んだ藍色の髪。
そして、頬のこけた窶れ顔。
驚異的な強さで転生者達を粉砕してきた相手の真の姿は、トキヤが思っていたよりも遥かに儚いものを感じさせるソレだった。
「……あの」
周りの喧騒に反して返事さえもしない白菊。
流石に気まずさが頂点に達して、何とか口を開かせようと声を掛けたトキヤだったが、
「え゛っ」
突如として問答無用で白菊は立ち上がり、
「トキヤ!」「白菊止めよ!」
人も鬼も制止の声を上げる中、トキヤの首後ろを引っ掴んだかと思うと、
「神坐では直垂の着方も教えておらぬか? 襟が折れている……して、父上。何用で?」
トキヤの折れた襟を器用に片手だけで、何の気も無さそうに直した。
「あ……、は、はい……ごめんなさい」「「それだけか、白菊」とやら……」「して、白菊よ。何度目か分からぬが言うぞ。わしはお前の父ではない」
「おっと。申し訳ありませぬ……爺様」
どう聞いても形だけの謝罪をカゲツに言い捨てながら白菊は座り直すと、深いため息をついて……、
「異の世の北条殿、其方と話す事は何も無い。清五郎! ……否、牡丹よ! この宴が終われば再び南の寺へ戻るぞ!」
声を掛けられたのは、白菊よりかなり下座に座って楽しげに酒を煽りに煽っていた、水色地に牡丹の花柄の狩衣を着た女。
「えーっ!? また戻るの!? 今日はもうこんなべろべろだから休ませてよ白菊ー!」
白菊と同じ様に藍色の髪に黄色い瞳をして角が生えているが、こちらはまだ血の通った肌色をしていて、更に髪の幾つかを頭の左側で少しばかり結った髪型をしていた。
「成程な……テメエが都一の風流人、いや風流鬼ってウワサの牡丹か」
その向かいに座っていたのは、珍しくトキタロウとは別行動をしていたヒョンウ。
流石に西の都の女王を前にしているからか、いつもの黒い小袖袴姿ではなくしっかりとした黒い直垂を着込んでいる彼は……どうやら牡丹とは気が合わないらしい。
何とも言えない表情をしながらそんな事を一言零したが、
「そっ! あたしがカゲツ六鬼将が一人、牡丹! この都の面白そうなものは総なめしてるから『間者将軍』殿、あんたよりも都の事は詳しい自信あるよ!」
どうやら牡丹は、ヒョンウの嫌気に全く気付いていない様だ。
「ところでさ! ……ねえ、噂で聞いたんだけど、そこの尼僧の娘、光円に中ヒノモトの真仲を呪わせて、恋仲の男がいたのに執権殿の側女にしちゃったってのは真の話?」
「あァ? ……ま、あン時ゃそうするしか無かったからな」
「それで、真仲の男はその後どうなったの?」
「その真仲が御自分でぶち殺したぜ」
「執権殿が命じて殺させたんだ? 恋仲の女を寝取って、自分の手を汚さず寝取った女の手を使わせて、用済みとばかり昔の男を……えげつないね」
「あんまオレ達の執権さんを悪く言わねえでくれるか? あんな陰キャでも、オレのダチの宝物みてえでな?」
表情を歪めるヒョンウだったが、
「御免ごめん、なんかそういう話、どきどきして気になっちゃうからさ。それで、真仲の男は最期どんなだったの?」
牡丹は無邪気に笑いながら、尚も首を突っ込む。
「……テメエ、良い趣味してやがるな。高巴は最期、アイツに斬られた腹を抑えて蹲りながら、絶望してたぜ」
「それで?」
「衰弱死する前に姫様が慈悲をくれてやった。首を刎ねてな」
「え……それだけ?」
「それ以上ってのは例えば何すりゃ良かったんだ? 執権さんが呪い漬けにした真仲とヤり散らかしてる前で腹搔っ捌いて殴って蹴って辺り一面血の海にでもすりゃあ、テメエの満足いくオチになったか? ア?」
投げやりなヒョンウの逆ギレ質問に、牡丹の表情は忽ちつまらなさが露わになった。
「なんか……野蛮なだけで何も面白くない。そうやって弱らせて殺したって風の噂で聞いてた話が真だったって謂うのも、厭な血生臭さしか覚えない。折角顔が良いのに、何も洗練されてなくてつまらない。もういいや、さよなら」
そう言って牡丹はヒョンウ以外の誰かと話に行こうと立ち上がり、去っていってしまった。
「……おい、どうして何時もみてえに嗤わねえ?」
ヒョンウが問い掛けた牡丹のいない空席から、
「別に……でも、今回は珍しく、団長と同じ気持ちだと思う」
女の声が返ってきた。
そこにいたのは、ヒョンウと同じ直垂を着た長い黒髪の女。
酒も呑まず、自身の座っている席から立ち去り、他の転生者達にふらふらウザ絡みしている鬼の女を、じっと睨みつける様に眼差している……。
「眩しいよな」
「別に。あたしの目が焼けそうってだけ」
「オレ達は嗤いモンにすらならねえってよ」
「あっそ。頑張れー、三流コント師見習い」
苛立ちに満ちたジョンヒの言葉に対して、突如ヒョンウは笑い声を静かに上げた。
其れは暗く、黒い笑い声だった。
思わずジョンヒが牡丹に向けていた顔を引き戻されてしまう程に……。
「聞け。オレは今自分でもヤベえって思うぐらい気分が良い。だから、
綺麗な星の壊し方を教えてやるよ。
トキタロウは少しずつ削って、削って、削り取って、粉微塵になるまで楽しむやり方が趣味だ。
執権さんはどうやら、女はどんな石ころでも壊さず愛で倒すクセして、男は無粋に砕いちまうらしい。
チランジーヴィ、タンジン、ガニザニはそもそも壊す事への嗜みが無い。つまらねえ男共だ。
じゃあオレは?
オレはな……。
壊れ散るまで何度でも、叩いて、叩いて、叩いて叩いて叩いて……砕き潰す。
良い声で啼きながらヒビが入って、
端から砕けて欠けていく事実に苦痛し、絶望する。
諦めの悪いヤツ、最期まで諦めないヤツ、そして……、
自他問わず心の光を信じてるヤツこそ、
最期の時に一際綺麗な輝きを見せてくれる……!
オレがトキタロウの隣にいる理由もソレだ」
何も言い返せず、唯々ヒョンウに目を向ける事しか出来ないジョンヒの顔を覗き返す様にヒョンウは目を合わせて。
「お前もそうなんだろ? だが、いきなりぶっつけ本番ってのは良くねえ。
良い練習台が見つかって良かったじゃねえか。
……オレに見せてみろ」
笑う。
ジョンヒはその笑みに言葉を返さなかった。
……返さなかったが、
「良い顔になったぜ?
その意気だ。
テメエの一番のダイヤモンドを、一番輝かせられる様に……。
先ずは一番気に入らねえと思ったヤツを、輝かせてみるんだ」
笑い合うヒョンウとジョンヒ。
そんな彼等の更に下座に座っているのは……。




