第十六話【いざ鬼討ち!】10
「「……あれ?」」
熱風の収まった大極殿の庭で、2人は同時に間抜けな声を漏らした。
トキヤは恐るおそる自身の握る刀を見てみると……。
信じられない事に、紅葉の喉元辺りから先……丁度そこにあれば彼女の頸を裂いていた筈の刀身は、全て消えて無くなっていた。
「……ッ」
赤錆びた先端の様子から、紅葉とは別の力が働いて刀が朽ち果てた事に気付いたトキヤは、真っ先にこんな有り得ない現象を引き起こしそうな相手に目を向けた。
その相手、旭は、こちらをじっと……もっと厳密に言えば、紅葉をじっと睨みつけている。
その目つきにトキヤは見覚えがあった。
見覚えがあったからこそ、トキヤは、
「そうか、旭……お前は、コイツも、楽には死なせないつもりか……」
思わずそんな言葉を漏らす。
「どうやら、此度は私の方が天に愛でられた様ですな」
声を掛けられて、トキヤは慌てて紅葉の方へと振り返り直した。
「然し、本来であれば私の命は失われていた。それも、普通の刀で斬り合う等と手加減をした事が仇となって……」
俯き、目を逸らしながら、紅葉は続ける。
「約束は約束です。私の命を以て、カゲツ傭兵団はこの都より引き揚げさせます」
そう言い放った直後、七将軍達は歓喜にどよめき、対するアミカは、
「オイ! 何勝手な事言ってんだよ!? 白菊が死んでも守れって言ってただろ!」
慌てて怒鳴り散らす中、
「……貴族様よ、其方は何故喜ばぬ」
旭に肘で小突かれても、暁は御簾の向こうの白鳥女王と視線を交わし合いながら、黙して何も言わない。
「なあ、アミカさんメチャクチャキレてるけど、ホントにあんたの独断で決めちゃっていいの?」
「人と亜人の未来を信じてみたくなったのです。其方の様な忠肝義胆なる人もいるならば、狡く愚かしいと断じる私こそ愚かではないかと、そう思えたのです」
「いや、でもここを死守しろって言われてたんだろ? そんな事して、そのせいであんたが死ぬのはイヤなんだけど」
「ではもしもの時にはトキヤ、其方が私を助けて下さるとでも?」
「分かった。もしマジで追放されたり殺されそうになったら、直ぐ助けに行く」
「はぁ……御止めになられよ。
其方の奥方、ひいては其方等の旗印たる神坐姫は、我等のせいで二百年も虐げられたのですぞ。
左様に恨み深き者の前で仇の助命を為されれば、トキヤ、其方の立場が無くなりましょう。
近場の物しか見えぬと、何れ大事な物を取り落とします」
「でも……」
トキヤが尚も食い下がろうとした、
その時。
「うあッ!?」
突如、トキヤと紅葉の間に真黒な槍が降ってきた。
「何だ、コレ……!?」
狼狽えるトキヤが考える暇も無く、
「清四郎……あまりわたしを困らせるでない」
「白菊……」
いつの間にか、紅葉の後ろには黒い陽炎が立っていた。
「「「トキヤ!」」」
旭やトキタロウ、タンジンが口々にその名を呼んで助けに入ろうとしたが、
「ふんっ!」
黒い陽炎……白菊が腕を振るった直後、夥しい、壁の様にしか見えない異常な量の黒い槍がトキヤ達を囲む様に降り注ぎ、彼等が入れない様にしてしまった。
「清次の兄上が拵えたこの石蒜散具足に抗えたからと謂って、わたしを討ち果たせる等と努努思わぬ事だ。耳囂しき東夷共め」
鬱陶しげに吐き捨てた白菊の許へ、
「聞いてくれよ白菊! 紅葉のヤツ、勝手に執権と決闘しやがった上に負けたからって全軍退くとか言いだしやがってよオ!」
その槍の雨の内側に先んじて入り込んでいたアミカが文句を言いながらも駆け寄って来たかと思えば、
「ん……っ、全て空より見届けていた。序でと都の外の敵軍にも槍を振らせてやったが、雷の魔術を使う者がいてな。尽く撃ち落とされ、数を減らせなかった」
「じゅる……ッ、ばっきゃろ、だから言ったろ? れろ……ッ、オレ様のボム使えって」
「ふ……っ、あれは扱いが難しい。其方に任せたい。それから、これより後は夜に。清四郎が見ている」
「へへっ、見せつけてやろうぜ?」
彼女は白菊と口付けを交わしながら、カジュアルに人を効率よく殺す方法についての会話も交わすも、
「駄目だ。あれはわたしの愛い弟……其方がわたしの一番ではあるが、出来得る限り等しく慮ってやらねばならぬ」
白菊はアミカとの交わりに満足してしまったようで、
「……いつも思うんだけどよ、お前にアイツ等はどう見えてるんだ?
キヨシローとか、キヨジのアニウエとか、弟とか……まるで違う人間見てるみてえな言い方するけど……」
ぼやく彼女を捨て置いて、
「さて……異の世の北条殿「トキヤだ。光トキヤ。その変な呼び方はやめろ」これは失礼した……北条殿」
「人の話聞けよ」
今度はトキヤと向き合った。
「我が弟の清四郎……否、右団長の紅葉を誑かそうとは、其方もなかなか食えぬ男。
だが、わたしの目の黒い内はこの平家の者の命は誰一人として其方の手に掛けさせはせぬ。
そしてこの都も、帝も、断じて渡さぬ。其方等が生きるを許されし所は坂東の他に無いと心得よ」
有無を言わさず静かに言い渡した白菊。
「待ってくれ白菊、私はこの者と武士の面目を懸けて果し合い、都を明け渡すと……」
慌てて紅葉が割って入るも、
「よもや……女子供を誑かして引き出したる放言までもを利用する等とは言うまいな?
北条義時!!!
……清四郎、何も案ずる事は無い。北条殿は御分かりいただけたようだ。そうであろう? 北条殿」
「……すまない、トキヤ。忝い、白菊」
一言もトキヤに喋らせないまま、全てを自分達の都合よく丸め込んだ。
「して北条殿よ、頼朝殿……否、光旭に『早々に都を去れ。このまま居座ると謂うなれば、相応の報いを受ける事となる』と伝えていただきたい「……何、勝手なコト言って」頼みますぞ」
「おい! 人の話、聞けよ……!」
言い捨てると白菊は「来い、アミカ。次は南の寺にいる清五郎を手伝い、夜までに連中の強訴を鎮める」「……おう! この世界で最強のオレ様とついでにテメエがいれば、他のヘナチョコ共なんざイチコロだぜ! ヒャハハハハハ!」アミカを連れて颯爽と大内裏を出て行ってしまった。
……後に残された紅葉は、その場にへたり込んで両耳を塞ぎ、両目を固く瞑っていた。
流石に見兼ねたトキヤが「あの、もうアミカさん行ったから……」そう声を掛けてはみたが、
「白菊……行かないでくれ……何故……何故私は、斯様に弱い……」
紅葉が助けを求めている相手は、悲しい事にトキヤではない様子だった。




