第十六話【いざ鬼討ち!】9
「うおおおオオ!」
初めに踏み込んだのはトキヤの方だ。
刀を振り上げて、紅葉を縦一閃に斬ろうとしたが、
「ふんっ!」「ぐあッ!?」
トキヤは紅葉に近付く事さえ適わなかった。
紅葉が遠くから放った横一閃の一振りは炎の波を放つと、トキヤを呑み込み燃やし尽くしてしまったのだ。
呆気なく勝負はついた……。
等と、ここにいる誰も思っていない。
「……ほう。それが『死に戻り』か。成程、これはアミカが手を焼くのも納得です」
紅葉の言葉通り、黒炭と化したトキヤの身体は、徐々に水分を取り戻し始めると……、
「だろ? しかも俺は他の奴等より諦めが悪いからな。ウンザリしたらさっさと降参してくれよ?」
まるで炎に包まれた事が嘘であったかの様に、元通りの姿に戻ってしまった。
「生憎、私も一度始めた事は成し遂げるまで終われぬ性根。其方が諦めねば此の世が終わる迄斬り合う事となりまするぞ?」
「もう一つ終わらせる方法があるだろ。お前の命を終わらせるってやり方がな」
「……非力なる人の分際で、可憐ならざる減らず口を」
「お前は亜人だから知らねえかもだけどさ……男にカワイイって言うのは悪口だ、覚えとけ!」
再びトキヤは走り出すが、
「無駄だ」
またも紅葉は彼が十歩も進まない内にその身体を焼き尽くす。
「何時でも諦めて構いませぬぞ、トキヤ。元より私は白菊よりこの都の死守を任されている。ここを退くは即ち私の死を意味するのです」
「じゃあ何の為に真っ正面から喧嘩売ったんだ? それこそ俺がやったみたいに、後ろから刺せば良かっただろ」
「我等が左団長を謀った鮮やかなる狡猾さを是非にこの目で見てみたいと思うた迄。
続けるならばまだまだ追い詰めましょう。
其方の化けの皮が、何時剥がれるか見ものです……!」
「言っとくけど俺、ウソはヘタだからな。……これ以上は俺の口から言わせんなよ? 人の好きなヤツの悪口なんて、言いたくないからなァ!」
「へ……っ? なっ!? わ、私は別に……! 白菊は、我が兄の様なものなだけだ!」
死に戻りながら再び走り出し、一気に襲い来た不死身の人間が繰り出す一閃を、動揺した紅葉は思わず刀でそのまま受けてしまった。
「くっ!? ひ、卑怯な! 私を言葉で惑わせて、斯様な!」
「意外と初心なんだな、あんた! てっきり都の偉い人なら、男遊びもそれなりで色恋の話なんかでテンパらねえと思ってたけど……!」
「莫迦な! 私は浮ついた事ばかりしている牡丹や時と場所の見境が無いアミカとは違う!
真の武士に憧れ、其れにならんと研ぎ澄ましているのだ!
だから私は都にもあまり出入りせぬし、白菊とも必要な話以外はせぬ様にしているのだぞ!」
ムキになって怒鳴り散らし始めた紅葉。
それを見てトキヤは……。
「おっと」
「何っ!?」
わざと紅葉に押し切られる形で鍔迫り合いをやめ、もう一度斬り合いを始めた最初の位置まで後退した。
「トキヤ……何のつもりですか? 私を愚弄し、侮っておられるか!?」
「やりたくないズルをしちまったから。俺はあんたの動揺を誘って隙を突くなんて事、したくなかった。だからやり直させてくれないか?」
「……其方、なかなか人にしては莫迦正直で可笑しな方ですね。然し非力なる人から知略まで奪うは是また卑怯と私は考えます。私も公平に戦いたい。トキヤ、こちらへ来ていただけますか?」
言うや否やいきなりその場からすたすた歩き始めた紅葉の姿を見て呆気にとられつつも、
「えぇ……は、はい……(妖精のクソ王子とか虫族の女王様もそうだったけど……亜人のヒトってこういう有無を言わさないトコあるよなー……)」
トキヤは殿上を離れてその手前に広がる石庭へと歩みを進めた。
「間合いは先程の切り込む前と同じで構いませぬ」
「分かった、けど……こんな近くで良いのか?」
刀を構え直したトキヤの前で、
「その代わり、私も石蒜散らしを除いた全力で参りましょう……!」
紅葉は不敵な笑みを浮かべるや否や、彼女を中心に渦巻く熱風の嵐は更に勢いを増し、いよいよその手に持つ刀が徐々に溶け始める程の高温に達した。
更には背からも炎が噴き出したかと思えば其れは鳥の如き翼を象り、遂にその身を宙に浮かせ始める。
宛ら、朱雀が人に化身したが如く……!
「随分派手な見掛け倒しだな……! でも、俺は退かないからな!」
「何度焼かれようとも挫けぬ、その無謀なる覚悟……賞して進ぜよう! だが! これで御諦め下され、トキヤ!」
両者は再び激突し、
「おらあああアアッ!」
「はああああああっ!」
火花が飛び散る中、
「あっ!」「えッ」
あまりの高温に紅葉の刀が限界を迎えて融け落ち、トキヤの刀を通り抜けさせてしまった。
そして、
「紅葉さん!」
「っ! し、白菊……っ!」
トキヤの差し向けた刃はそのまま紅葉の首元へ向かい……。




