第十六話【いざ鬼討ち!】8
「執権殿……ですね?」
無感情とも感ぜられる程に落ち着いた声を発したのは、
黒い束帯の上から赤い鎧を纏った鬼族の少女。
肌は黒胡桃材を思わせる落ち着いた艶やかな滑らかさを湛える浅黒で、
瞳は翡翠を思わせる程に煌めく緑。
腰まで伸ばした髪は爛々と赤く、さらさらとそよ風だけでも美しく舞い、まるで炎が舞うが如くだ。
そして鬼族の最たる証である角は、象牙から彫り出したかの様に白く美しく細長い其れが左右の額から生えていた。
「えっ……ああ、はい。神坐の執権、光トキヤです」
至極真っ当に、ともすればつまらない答えを返したトキヤだったが、
「光トキヤ……ふむ」
少女は寧ろその事に好感を抱いた様子で口元だけ緩めて微笑みながら頷いた。
「私はカゲツ傭兵団を束ねる六鬼将が一人、紅葉と申します。文治の左団長である白菊とは対になる、武断の右団長も務めています」
「紅葉さん、ですか……。どうして、俺に話しを? 神坐の主は、こっちですけど……」
紅葉の放つ威圧的な空気に思わずトキヤは一歩退きながら、隣に立ち、彼女を睨む旭の方を一瞥してみせる。
だが、
「トキヤ、まずは私の話を聞いていただきたい。構いませぬな?」
「え、えぇ……まあ、はい(何でいきなり呼び捨て……?)」
紅葉は奇妙な程に旭へ興味を示さない。
「我等カゲツ傭兵団は今より遡る事二百と五十年前、悪しき人の左大臣がこの都にて起こした『花治の乱』を鎮めた事で、人ならざる者共の集まりでありながらもその武功を讃えられて都を守るよう任じられてきました。
然しながら都を守る、と謂うのはそう生易しい務めではない。
我等はその二百余年の中で、幾度も非情なる決断を強いられてきました。
反抗的な東ヒノモトの武士共への見せしめに左大臣へ与した光家の娘を辱めて遊び女に貶めた事から始まり、
同じ亜人である妖精の国月夜見が増長した為に乗っ取って傀儡国家に仕立て上げた事もあれば、
近頃は都にて爺様……否、頭領カゲツの首を狙う謀があったが故に貴族共を血祭りと上げ……。
此度のアミカの狼藉については、確かに面目ない事。この通り、謹んでお詫びを申し上げましょう。
少なくとも都のど真ん中で戦を仕掛けた、そこの痴れ者は早急に摘み出します。
ですが……我等は今後もアミカを用いらざるを得ない事は、どうかご承知を。
そこが遊び女崩れの武士気取りが、其方等死なず老いずの化生を要したのと同じ事。
我等も力が無ければ人々に安寧を与えてやれぬのです。
……分かっていただけましたかな? トキヤ」
紅葉は『礼には礼を』と言わんばかりに素直に頭を下げたが、それは、
「おい、何勝手に終わらせようとしてんだよ! オレ様の楽しみを奪うんじゃねえ!」
アミカの意思も、
「何と図々しい物言いを……それに先ず頭を下げるべき相手はこの東夷共ではなく陛下に御座いましょう!?」
暁が口にした正論も、そして、
「遊び女崩れだと……? わしは一度も遊女になった事など無いわ!」
旭の沽券もまるで無視した歪さの極まるものだ。
然し紅葉は彼女達の抗議に対して疎ましげな眼差しを返すばかりで、まともに取り合う気は明らかに無い。
「……それで、俺達どうすれば、もう少し言葉選んでもらえますか?」
トキヤは不快感から、かなり礼を失して単刀直入に問い掛けたが、やはりというべきか、寧ろそれが紅葉は快いらしい。
「光トキヤ……流石は質実剛健なる武士の国の宰相。気持ちの良い単刀直入な言葉です。
この腐った人の都の回りくどい物言いしか出来ぬ貴族共にも、其方を見習っていただきたいものだ……故に」
表情や声色には出ていないが、明らかに気分良さげに、少し気取った所作で彼女は刀を抜いた。
その、瞬間。
「うおッ! 何だ……!?」
状況を見守っていたトキタロウが思わず狼狽えたのも無理は無い。
紅葉を中心として衝撃波と感じ紛う程の熱風が吹き荒れ始めたかと思えば、
彼女の抜いた刀の刀身が烈しく燃え上がり、赤熱し始めたのだ。
「この人ならざる鬼が興じる『武士の真似事』を、真の武士の業で退けて下され。
左すればカゲツ傭兵団は、この京安の都より退き下がっても構いませぬぞ?」
熱風に赤い髪を靡かせながら、紅葉は目を見開いてトキヤを凝視した。
「くっ……! 雷の次は炎か! 何故我等の敵は斯様なまともに斬り合えぬ相手ばかり! おいタンジン!」
「ええ、旭。待ちなさい紅葉とやら、我等が執権はそう安っぽく戦う身分ではないのです。ここは将軍のワタクシが相手をしましょう」
トキヤでは絶対に勝てない。
一目見てそう判断した旭が慌ててタンジンを嗾け、2人の間に割って入らせたが、
「七将軍、貴様等が相手をするならばこちらは『石蒜散らし』を使いますぞ。何やらアミカの武具には対策を講じた様だが、我が一閃も同じく防げるか……その身を以て試すと謂うならば、止めは致しませぬが?」
紅葉は言うや否や一度手に持っていた刀を収めると、別の黒く禍々しい刀を抜いた。
タンジンはそれでも……刀を構えようとしたが、
「やめましょうタンジン、今あんたがいなくなったら俺達お終いです」
「……すみません、トキヤ」
「タンジン! 何をしているのだ!?」
「無茶振りやめろって、旭」
流石にトキヤが止めに入って、彼に代わり刀を構えた。
それを見て紅葉は……やはりトキヤの言動に深く感動した様子で目を細めながら、また石蒜散らしを仕舞い普通の刀へ持ち換えると、
「トキヤ……何とも潔い其方の性根を疑いたくはありませんが。
卑怯にも我等が左団長、白菊の背を貫いた、その報いを受けるがいい……! 六鬼将紅葉、参る!」
「成程、そういうコトだったんですね……だったら、団長の右も左も、仲良く腹に風穴開けてやるよ!」
トキヤを相手に、悠々と一騎打ちへ踏み出す。




