第十六話【いざ鬼討ち!】7
大内裏へと逃げ込んでいったアミカを追って、七将軍は合戦場と化した都の大通りを進みゆく。
「うわっ、何だよコレ……全部、銃創があるな。アイツ、マシンガンでもぶっ放したのか?」
門をくぐった辺りで護衛も貴族も尽く斃れている様子を前に、思わずアリーシャが眉をひそめて立ち止まったが、
「ああ、オレもやられたから間違い無い」
トキタロウが手早く答え、
「何て事だ……こんなメチャクチャをする転生者を放っておいたら、ヒノモトの文化も技術も汚染されきって正常な進歩や発展が失われてしまう。何としてでも止めなければ……!」
ガニザニはそれに続いて嘆きの独り言を漏らし、
「というか、単純に亜人がコレを乱射してくるのは脅威だろう」
思わずセージがツッコミを入れた、
その時だった。
「か、方々!」
「おお、何だなんだ、女か?」
緑の髪を長く長く伸ばして地面に引きずっている十二単を着た女が、その青い瞳一杯に映したセージに駆け寄って抱きついてきた。
「方々が東国の猛き武者共とお見受けして、頼みが御座います!」
「女王を守ってくれ、と仰りたいのですね? 浅葱様」
タンジンが女の横に立って、先んじて問う。
「私の名を知る者が……? 否、其方の顔は何度か見た覚えが……確か、何度か大番役で来られていた……イタミ、殿? でしたよね?」
「おや、最後に御会いしたのは6年前でしたが、覚えて下さっていたとは。然し……昔を懐かしむのは後にしましょうか。一先ずアナタの頼み、聞き入れましょう」
「忝う御座います……! 陛下を何卒……何卒……!」
悲痛な声を絞り出して、セージに抱きついたまま器用に頭を下げる緑の髪の女を見つつ、
「……え、誰だ? ヒョンウお前知ってるのか?」
「知らねえ。ってかタンジンのヤロー、こっちの都のこんな中枢にまで入り込んでたのかよ……俺達大内裏に入らせてもらった事すら無えってのに」
ボソボソとチャラく話し合う白い大鎧の武者と黒い小具足の武者だったが、
「浅葱暁様です。
この西ヒノモトの都で官位と謂う官位を恣にしている御藤家ほどではありませんが、それでも都の名門と名高い浅葱家の三女で、
白鳥女王への宮仕えを早々に放り捨てて御藤の貴族達の嫁に入った長女や次女の代わりに、幼少期から長年女王の側近をされています。
その様な境遇の方ですから……不用意な粉掛けや口説きを行って、ワタクシ達の評判を下げる事の無い様に。良いですね?」
「へーい」「ほーい」
全てタンジンの掌の内だった。
「あらあらあら……これ程までに高い地位の美人と知り合っていたとは。ゲイでミソジニストのクセに、隅に置けませんね」
更に後ろからヴェーダがちょっかいを出してきたが、
「え、はい……? イタミ殿は、女子が好かぬのですか?」
「いえ、ワタクシはバイセクシャルです。抱けと言われれば浅葱様アナタも抱きますが今はそんな場合ではないですよねヴェーダ」
「あ、両刀に御座いますか」
「本当ですか? では何故昨日はワタシの誘いを断ったので?」
「例えアナタがワタクシに打算無き好意を持っていようと、チランジーヴィに取り込まれる隙を作りたくはないのです。そんな事より!」
タンジンはどうにか怒鳴り散らして食い止めると、
「アミカは何処へ行ったのです?」
漸く脱線に次ぐ脱線を食い止めて話の主題に戻った。
「この先の大極殿に……一度は殿上で暴れる事を許した我等でしたが、此度は二の轍を踏むまいと皆して鎧を着込んで、陛下と共にそこで立て籠もっていたのですが……アミカは我等の想像もつかぬ武具を持ち、攻め込んできたのです……!」
嗚咽を上げて泣き始めた暁だったが、
「泣くな! 女であろうと女々しく泣くな!」
不意にセージは彼女へ声を張り上げた。
「己の不幸を悲しめば、それは理不尽に対する逃げの怒りとなってしまう。
逃げの怒りは何も生まない。
恐怖と絶望と謂う己の行動や思考を停止させる鎖となり、必要のない諦めをさせてしまうだけだ。
悲しい時こそ歯を食いしばり、何がまだ取り戻せるかを考えるのだ!
それが出来るか否かを、間違っているか否かを今考えるな! 答えは後にしか分からない!
だから!」
セージは暁の両肩を持って己から引き剥がすと、次にパワードスーツの内側からダガーナイフを取り出して彼女に握らせた。
「俺達と共に行こう。共にぶちかますぞ!」
セージの強烈な闘気に充てられて、暁は思わず頷きそうになったが、
「やめろ、転生者同士の戦いに現地人を駆り出しても一瞬で死ぬのがオチだろうがよ」
流石にヒョンウが止めに入り、
「おい御嬢様、ここは危険だ。こっちの仲間に頼んで避難させてやるから、女王やら何やらは全部オレ達に任せてくれ。執権さんよォ! どこほっつき歩いてんだ!? ヒマならコイツ連れてってくれ!」
「わ、分かりましたサエグサの団長さん! 行きましょう、誰か分からない方「浅葱暁です、名前くらい覚えておきなさい、トキヤ」は、はいっ、タンジン。さあ、暁さん……あっ、俺には触られたくない感じですか? ごめんなさい……」
「おい貴様、トキヤを拒むとは如何なる了見「貴女様は……その桃色の髪、まさか! 神坐姫こと光旭様に御座いませんか!? なんとお美しい女子……!」お、おい! 何故左様にべたべたとするのだ!? わしは其方と同じ女子ぞ!」
やや鬱陶しげにトキヤを呼びつけ、ついでにやって来た旭に彼女を任せた。
「フン……折角命が輝こうとしていたというのに、つまらない事を」
愚痴を零すセージだったが、
「頼むからそのノリはオレ達相手だけにしてくれ。行くぞテメエ等!」
兎に角今は一刻の猶予もない。
トキタロウの掛け声を合図に、七将軍は大極殿を目指して再び足を進めた。
「追い詰めたぜ!」
大極殿の正面から乗り込んだトキタロウが開口一番、刀で彼女を指し示した。
だが……。
「ガハハハッ! バァーカ! 追い詰められたのはテメエ等だ!」
アミカも言い返しながら、自身の右腕の伸びる先……御簾の向こうへ突き付けた石蒜散らしを顎で指し示す。
「何……ッ!? 何でソイツを、女王に向けてやがる……?」
トキタロウの隣で驚き、慄くヒョンウ。
何故ならば、彼女の脅しが意味する事実は唯1つ。
西の都の女王……即ちはヒノモトの人々を束ねる『神』とも称される存在の正体が転生者であると謂う事。
「オイオイ、まさか幾ら痛めつけても死なねえヤツがオレ様達と『同業者』だって、7人もいて考えつかなかったのかよ? 流石に可笑しく……」
ヒョンウの想像をそのまま形とする様にアミカが7人を煽る言葉を吐き出し始めたが……。
「可笑しく……おか、しく」
その言葉は不意に止まり、
「あ、アレ……? オレ様、何が可笑しいって、思ったん、だっ、け……?」
思った言葉を口からそのまま垂れ流しながら、石蒜散らしを持った手を下げて、御簾の前で立ち尽くしてしまった。
「アミカよ、ちと喋り過ぎだ。ここにいる他の者と同じく、今の其方の思いつきと、その言動の全てを忘れよ」
御簾の向こうより左様なる声響き渡りて、
「……ッ! まッ、待ってくれ! やめろ! オレ様の記憶を弄るんじゃねえ!」
悪しき流れ者のアミカ慌てふためき乍ら抗わんとす。
然し白鳥の女王に情け容赦無し。
「あの時、約束しただろ! オレ様はお前の秘密を守ってやるから、お前のそのヤバい力をオレ様には使わねえって!」
「アミカよ、其方は思い違いをしておる故、教えてやるが……」
「ああ……ッ、い、嫌だ、いやだ、やだ……オレ様を、奪わないで……やめてええええエ!」
「神は人間如きとの約束なぞ守らぬ」
ヒノモトの理を冒さんとする者ことごとく白鳥の女王に裁かれる定め。
其は如何なる者も逆らう事叶わず。
「追い詰めたぜ!」
大極殿の正面から乗り込んだトキタロウが開口一番、刀で彼女を指し示した。
だが……。
「ガハハハッ! バァーカ! 追い詰められたのはテメエ等だ!」
アミカも言い返しながら、自身の右腕の伸びる先……御簾の向こうへ突き付けた刀を顎で指し示した。
然し。
「やめろアミカ、もう殿上で暴れるな」
颯爽と現れ、その腕を掴む者が1人。
「何だァ? オレ様に構って欲しくて、邪魔しに来たってか?」
アミカは顔の上半分を苛立ちで歪め下半分は口角を吊り上げて、歪な笑顔を浮かべながら自身の腕を掴む者を睨みつける。
「誰だ……? あんなヤツ、カゲツ傭兵団にいたか?」
ヒョンウがぼやいた言葉を、
「左様に言われるも無理は有りますまい。私は都へまともに腰を落ち着けていた事は無く、この機内で人々の反旗の芽をずっと潰して回っておりましたので。東国の其方等は顔はおろか、私の存在そのものすら知る機会が無かったでしょう」
アミカの腕を掴む者……。
浅黒い肌、腰まで伸ばした赤い真っ直ぐの髪、そして黒い束帯の上から赤い鎧を着込んだ鬼族の少女は聴き逃さず、緑の瞳を向けて無感情な声色で応えた。
「陛下! ……御無事で何よりです。然し、貴女。貴女がいるのなら、このアミカの狼藉は如何なる事ですか」
「あっ、ちょっと待って下さいって! 逃げなきゃ危ない……!」
「すまぬなヒョンウ、貴族様が急に女王を心配しだして踵を返しよって……」
そこへ戻って来て、少女を見るなり咎め始めたのは浅葱暁。
彼女を追って、トキヤと旭も戻ってきてしまった。
「……小煩い浅葱の女だ。相手にもしたくない」
疎ましげに赤い髪の少女は呟き、
「小煩く言われたくないのであれば、その悪しき流れ者の手綱をきちんと握りなさいな」
売り言葉に買い言葉、暁も言い返して、
「ギャハハハ! オレ様ったらモテちまって仕方ねえなあ、執権! テメエもそう思わねえか!?「いや……ごめんなさい、よく分かんないです」そこはウソでも共感しろよォ!」
愉快にアミカが喚く。
「お前は黙っていろ、白菊の蜜をくすねる虫螻蛄め」
「『蜜』なあ……お前にしてはド直球の下ネタぶっ込んできたじゃねえか」
「何とでも言え。左様な意味では言っていない。それより」
3人の話についていけていない東夷共をぐるりと一瞥した赤い髪の少女は、その中から、
「執権殿……ですね?」
一番まともな目つきで己を見ていた相手と話をする事に決めた。




