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異世界傭兵団の七将軍  作者: Celaeno Nanashi
第二話【誰が為に狼煙は上がる】
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第二話【誰が為に狼煙は上がる】6

 その日の夜。

 蛙の鳴く声が静かに響き渡る中、叢の中を進む一団があった。

 彼等はこの辺りで一際大きな明かり一つ灯さない屋敷の近くで歩みを止めた。

 この東ヒノモトの一帯は亜人が比較的少なく、特に屋敷を構える身分……武家や傭兵団ともなると、夜でも篝火を消す事は無い。

 即ち、ここにいるのは夜に灯が無くとも目が利く、高貴な身分の亜人に他ならない。

 さて、歩みを止めた一団はがさごそと何かを準備し始める。

 ……暫くして、彼等が引いた弓の先……鏃は、火を纏っていた。

 「放て!」

 爽やかで無慈悲な男の声が夜の闇を劈く。

 屋敷の見張り共は慌てふためく。幾ら不死の転生者とはいえ、都で絶大な権力を持つカゲツ傭兵団から派遣された目代を相手に、まさか夜討ちを仕掛ける者などいる筈が無いと高をくくっていたが故に。

 「掛かれぇー!」

 次に夜闇を切り裂いたのは若い女の張り上げた声だった。

 彼女の声に「応!」という無数の返事が轟き、そして屋敷を目掛けて鎧姿の人間達が刀を、槍を、その手に持って攻め込む。

 「こっちだ亜人ども!」

 襲い来る猫の亜人達を切り伏せながら、その男……キタノトキタロウは誰よりも一番前で戦っていた。

 「小癪な! 人間如きがぁ!」

 爪を伸ばして、亜人の一人が彼の胸を刺し貫いた。

 「敵将、討ち取ったり!」

 一仕事終えたと安堵していた亜人だったが……。

 「馬鹿! 油断するな、そいつは転生者だ!」

 「だから何だってんだよ! 転生者何するもの……」

 言葉を全て口に出すより先に、喋っていた亜人の首が落ちた。

 「転生者こうする者ぞ……だぜ」

 自らを貫く爪を引き抜き、崩れ落ちた猫の亜人の骸を踏み進んでトキタロウは不敵に笑む。

 「死に損ないの流れ者どもが! 囲め! 囲んで追い出せ!」

 狼狽えながらも指示を出す亜人だったが……。

 「おいおい、それは一体、誰に指図してるつもりなんだ?」

 もう一人、亜人達と斬り合う整った顔つきの男の転生者が問い掛ける。

 「え……」

 慌てて亜人が後ろを向いた瞬間、

 その首はもう刃の長い手裏剣によって身体と死に別れていた。

 「亜人ってのはどいつもこいつもふとした嘘にすぐ騙されるな……ちょろいもんだぜ」

 忍刀と手裏剣を手にして大立ち回りを繰り広げる彼は……サエグサヒョンウは、ハッタリに引っ掛かった間抜けの死体を嘲る。

 「首尾よく指揮官を潰せたみたいですね、ヒョンウ。それじゃあトキタロウ、作戦通り、みんなで屋敷を囲めー! 目代の首を討ち取るぞー!」

 ほんわかとえげつない事を喋っている少女……ニャライ・キタノの号令で、キタノ傭兵団の団員達が屋敷を取り囲む。

 転生者ではない人間達は、亜人とまともに戦えば勝ち目も無いまま死んでゆく。だからこそ本来は後方で指揮を執るべき大将の団長格が、危険な矢面に立って戦うのだ。

 これが東ヒノモトの人間傭兵団の戦い方だ。

 燃え盛る屋敷から焼け出されていく亜人の兵を仕留めていく人間達。身体能力や魔力の有無による力の格差を埋める為、人間は亜人を欺き、騙し、寝首を掻いて優位を取る。

 今こうして、火を生理的に嫌う動物の亜人を火攻めにする事で、まともに太刀打ち出来ないようにした上で彼等に戦を挑んでいるように……。

 その様子を遠くから見ていた旭は、高揚感に満ちて目を輝かせていた。

 「トキヤ! わし等も行くぞ!」

 気をよくした旭はトキヤを誘うが、

 「ダメ、旭ちゃん。アンタはあたし等と違って、何かの間違いで首に矢でも刺さったら死んじゃうんだから」

 あっさりとジョンヒに止められてしまった。

 「目代さんを見つけたら、生け捕りにしてここに連れて来ます。それでいいですよね?」

 不服そうな顔をする彼女の心を察してトキヤが提案すると、

 「素晴らしいぞトキヤ。わしの望みをよくぞ察した」

 旭は不敵な笑みを浮かべた。

 「気をつけてね、アンタは斬り合いが全然ダメなんだから」

 「これでも毎日時間作って鍛錬してんだよ! ったく、じゃあもう行くからな!」

 ジョンヒのあまりにも正直過ぎる心配に素直な反感の言葉を返したトキヤは、そのまま屋敷の方へと駆けていった。





 燃え盛る屋敷の中、トキタロウとヒョンウがずかずかと進みゆく。

 転生者は致命傷以外の傷は一切負わない。

 火に囲まれて気を失う事も、肌が炙られる事もない。

 「どわーっ!?」

 「おいおい……」

 たった今トキタロウに起きたような、燃え盛る箪笥の下敷きにでもなると一度は死ぬが……、

 「ど熱っちいぃ!」

 直ぐに死に戻って箪笥の上に姿を現す。そのまま大慌てでまだ燃えていない床へと移る事で、死に続ける事もない。

 「こんな時までうるせえ奴だな」

 「お前も一回火の塊に潰されてみろ!」

 「生憎だがお断りだ……っと?」

 減らず口を止めてヒョンウは……遠くで誰かが切り結んでいる気配を感じた。

 「トキタロウ……こっちだ、ついて来い!」

 そう言って振り向いたヒョンウの視界に、もうトキタロウはいなかった。

 「ったく、弟の話となりゃあ鼻が利きやがるな」

 やれやれ……といった表情を見せながら、ヒョンウも駆け出し、

 「ぐっ……!」「いい加減、くたばれニャ!」

 一人と一匹に気付かれないよう、密かに壁の影から様子を見る。

 トキヤは刀で目代……刈茅の爪と鍔迫り合いになっているが、亜人の力に押し切られようとしていた。

 「ぐはあぁっ!」

 胸を切り裂かれ、その場に転げ斃れたトキヤ。

 だが刈茅は未だ警戒を解かない。

 「く、くそ……くそがぁ! こんなど田舎に流されて、訳の分からねえ逆恨みをされて! ……こんなところで、死んでたまるか、死んでたまるかニャアアあああ!」

 「それは……運が、悪かった、な……?」

 トキヤの斬り傷は消えて無くなり、再び彼は立ち上がる。

 「てめえ等、本当に死なないのかニャ……!? そんなの、初めから、おれ達に、勝ち目が……!」

 「なあ目代さん」「うるせえニャアああ!」

 再び刀と爪がぶつかり合う。

 ……トキヤは執拗に、刈茅の首を避けて刀を振るう。

 その目的に刈茅自身も気付いていた。

 「どうせあの女の指図なんニャろ!? おれを生け捕りにして、甚振ってぶち殺してえって! そう言われてのこのこ来やがった! そうニャろう!?」

 「あんた、旭さんに何やったんだ? 不躾だって怒ってたけど」

 「うるせえええ!」

 またもトキヤは斃れる。今度は頭を切り裂かれて。

 「あの女……いかれてやがる……! 人間の分際で、おれが『遊女を娶るなんて末代までの恥だニャ』っつっただけで……!」

 「……は、ははは……ふははははは! それホントに言っちまったのかよ、目代さん」

 またも立ち上がったトキヤは声こそ笑っていたが、顔は怒りに満ちていた。

 「それは死んで、償わねえとなあぁ!」

 「こんなところで、死にたくねえニャアァ!」

 互いに斬り合う為に腕を振り上げたが、

 「ギニャッ……!」

 刈茅の腕は振り下ろされなかった。

 「手足の筋を斬っただけだ。このまま連れ出せば、旭でもトドメを刺せる」

 「あ……アニキ」

 うつ伏せに倒れた刈茅の後ろに立っていたのは、獣の返り血で染まったトキタロウだった。

 「全く、ご注文の多い姫様だぜ」

 ヒョンウが軽口を叩きながら、抵抗の言葉を吐き続ける刈茅を担いだ。

 「じゃ、行こうぜ。トキヤ」

 「……ああ、行こう。アニキ」

 三人は崩れゆく刈茅の屋敷から足早に退散し始めた。





 青ざめた顔の猫の亜人が縛られていた。

 その血色の悪さは失血によるものなのか、この先に死の運命以外が無い絶望によるものなのか……それは彼以外には分からない。

 そう、今この猫の亜人……刈茅の前には、刀を手にして鎧を纏った女が……光旭が立っているのだ。

 「久しいな、カゲツの飼い猫よ」

 「……殺すなら、とっとと殺せニャ。こんな悪趣味な事、しやがって!」

 「おお、おお、すまぬなあ。都の風流な猫である貴様と違うて、わしは学も無ければ品も無い、貴様が娶れば末代までの恥となるような遊女であるからなあ? 故に!」

 刀を振り上げ、

 「ギニャアアアッ! ガアアアアア!」

 刈茅の右胸を刺し、抉り回した。

 「こうした遊びの他には愉しい事は何も知らぬのだぁ、あははははは!」

 「ガアァッ! アァッ、ウ、グ……」

 抉る肉はまだまだ有るが、あまり痛めつけてはやりたい事を為す前に死んでしまう。

 故に旭は名残惜しさを感じながらも刀を引き抜いた。

 「さて、飼い猫。貴様もこれで身の程というものがよう分かったと思うが、如何か? わしを遊女と蔑んだ事、この場でねうねう鳴いて謝り許しをこうのなら、楽に死なせてやらぬ事も無い……!」

 「……ゆ、許してくれ、ニャ」

 「ほう? 意外と聞き分けが良いのだな」

 「許してくれニャ! この通り! だから、こ、殺さないで、くれ……ニャ……!」

 思っていたものと違う答えが返ってきた旭は、

 「はぁ?」

 怒り、憎しみ、不快感に満ちた声を上げた。

 「おれは、爺様に……カゲツに言われてこんな辺鄙な東の果てに追いやられて……お前との縁談だってそうニャ、椹姐様が無理矢理進めたんだニャ! おれは何も悪くない! 全部爺様と姐様のやった事なんだニャ! それでどうして! どうしておれが!? どうし」

 刈茅は死んだ。

 「う……っ、あ……!」

 トキヤの目の前で、さっきまで話をしていた相手が死んだ。

 それは彼にとって異様な感覚だった。

 憎むべき相手の死にも拘らず、恐怖とも悲しみともつかぬ、不気味な喪失感を覚えた。

 「呆気なく、惨めな最期であったものよ……」

 唯それだけ吐き捨てて刀を仕舞い、旭はトキヤの方へと向き直る。

 「その目に刻んでおくがいい。これがわしに盾突き、抗った愚か者の末路だ。……わしの挙兵に従って良かったであろう? トキヤ……!」

 昇り来る朝日を背にして、その者は強かな笑みを浮かべた。

 朝日に唯々照らされる事しか出来ないこの者は……今は未だ、強過ぎる光を放つ朝日を前に怯える事しか出来ない。


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