第十六話【いざ鬼討ち!】6
「オイ! トランシーバー使うなんざズルだろ! ネタバレしちまったら、面白くねえだろうが! よォ!」
爆煙の彼方から、女の下品な怒鳴り声が轟く。
……やがて煙は晴れて。
幾つもの焦げた肉塊に覆い被さられて無傷で済んだ、桃色の髪に白い狩衣と白銀の大鎧の女がその身に纏うものを血で汚しながらも立ち上がった。
「成程な。手荒い歓迎をしてくれるではないか、鬼に与せし悪しき流れ者よ」
「フン、テメエがマヌケに死に晒して、執権のカワイイ面が絶望でグッチャグチャになるのを見たかったんだがな? 女王サマ」
「お前の主に死に掛けるまで殴られた事もあったこのわしが、斯様な事で死するならば此処におらぬわ」
売り言葉に買い言葉で言い合う2人の会話に、
「ぐ、あ……ッ、旭! 生きてるな!?」
「だが死ぬかと思ったぞ、トキタロウ」
「へへッ、お前死なせちまったらトキヤに合わせる顔が無いからな」
死に戻ったトキタロウが加わり、
「あ……、さ、ひ……!」
「莫迦、しっかりしろトキヤ。敵襲ぞ」
「よかった、無事だな……! で、トランシーバー以前の問題として、爆弾はアリなんですか? アミカさん」
続いてトキヤも死に戻るや否や、旭を慮ったかと思えば爆破攻撃の源を睨みつけた。
「おいおいおいおい……何で全員死に戻りやがったァ……!?」
煙が晴れゆく中、遂に姿を見せたのは赤い直垂に赤い大鎧と、全身を赤色で纏めた短い金髪の女。
この女こそが亜人組織カゲツ傭兵団に与する『悪の転生者』光アミカ。
だが、彼女は爆破した筈の神坐軍の隊列が馬以外すっかり元通りに死に戻っていく事に狼狽えていた。
そんな彼女の問い掛けに応えるように歩み出てきたのは、赤いルシネーク紋様の走る黒い鎧に身を包んだ銀髪ツインテールの少女。
「ヤマモトのリゾートで汚ったねえ花火ぶち上げたって聞いたからさあ。
そういう事する程度の低いテロリスト崩れは一度作戦が成功したら絶対に味占めて、田舎の婆ちゃんみたいに何度も同じモン食らわせに来ると思って。
だから本隊を一度都の外で待機させて、ボク達サカガミが変装したダミー兵士で構成した部隊を囮として使って突入する作戦を提案してみたら、この通りだ。
お前みたいなドブネズミが幾ら浅知恵を働かせたって、ボクの掌の上で踊ってるだけなのさ」
敢えて涼しい顔をしてアミカを煽りに煽り倒す少女の後を追う様に、
「アリーシャ……まさかあなたの考え通り、本当にここまで杜撰且つ低レベルな作戦の繰り返しで勝ちを狙ってくる相手だとは思いもしませんでした。この天才軍師ヴェーダ一生の不覚です」
藍色の鎧を着て藍色の布を被せた女もしゃしゃり出てきた。
「おっと、転生者殺しはもう通用せんぞ? ソイツの原理はまるで分からんが、アンチマジックコーティングで無効化出来ると謂うデータが収集されたからな。既に神坐軍の鎧は全てコーティング処理済みだ!」
更にその後ろから迷彩柄のSF染みたパワードスーツで全身を包んだ女の声を発する存在も飛び出してきて、
「セージ、その点に関しては非常に感謝しているが……アリーシャにヴェーダも、皆して隊列を乱すのはやめないか」
緋色の鎧を纏う眼鏡にドレッドヘアの男が流石に止めに入ったが、
「ガニザニ、もう縦に並ぶメリット無えぜ。周り見てみろ、ここら一帯は全部木っ端微塵で、しかも……四方八方敵に囲まれてやがる」
ヒョンウは異論を唱えながら悠々と現れ、
「残念ながら、最早乱戦は避けられませんよ、ガニザニ。全員に告ぎます! 旭だけは何としてでも守りなさい!」
「お前達に守られずとも己の面倒ぐらい見れるわ、タンジン。万一不覚を取ってもトキヤがいるしな」
最後に青い狩衣に青い鎧を着た、長い黒髪の男……イタミタンジンが刀を抜いた。
「さてと、派手に都を焼いてくれやがって。この落とし前、キッチリつけてもらうぜ? チンピラァ!」
トキタロウが啖呵を切ったのを皮切りに、神坐軍はアミカの方に向かって攻め込み、
「ハハッ、二度もやられるかよ。テメエ等! 返り討ちにしろ!」
対するアミカも亜人の軍勢を差し向ける。
斯くして、都のど真ん中で戦が始まってしまった。
転生者が何度斃れても死に戻り、対する亜人も驚異的な身体能力を見せる戦。
一瞬の隙を突かれた亜人が一人また一人と倒れてゆくが、手練れの亜人は何人の転生者を相手にしても動じず、淡々と死に戻っては遅い来る転生者を殺し続ける。
だが、長丁場となれば亜人に勝ち目は無い。
故に亜人は圧倒的な身体能力の差を見せつけ、短期決戦で転生者の心を挫こうとする。
……この五分五分の様相は、爆破攻撃を恐れた神坐側が本隊を外で待たせて、対するカゲツ傭兵団側も都の内側を極力荒らさずに戦うべく数を絞った為に偶然起きた事だった。
その戦闘の一角で。
「ひいいいい! お助けえ!」
「早く逃げろ、死ぬぞ! それにしても、都を守る様に言われたヤツの戦い方とは思えねえな? ここまでくると哀れみすら覚えるぜ」
「おのれ死に損ない共め! 斯様な連中に構っていられるか「邪魔だ死ね!」ぐええええ……!」
「ギャハハハハハ! そのバカ面で地獄に落ちてろ! で、えーっと、何つった?
ああそうだ、野盗の頃と同じやり方だって? 仕方ねえだろ! だってコレ以外やり方知らねえし、誰も教えてくれねえんだからよオ!」
近くの屋敷に逃げ込んだアミカは、問い質すトキタロウを前に、追い詰められて引き攣った笑みを浮かべながらカジュアルに屋敷の主人を斬殺して叫び返した。
「……チンピラ、テメエはホントにどうしようもねえヤツだ。この前はオレの弟を半殺しにして、さっきは旭をバラバラに殺そうとしやがって、挙句の果てにカタギ共どれだけ巻き込んでも何食わぬ顔ときやがる」
「何が言いてえ? オレ様の踏み台にならねえなら死ね。オレ様はな、この世界の王になるんだよ」
「テメエの器じゃ何億年経っても無理だ。諦めろ」
「ほざけ!」
頭に血が上ったアミカは、思わず腰のホルダーから石蒜散らしを抜いてトキタロウを撃った。
人一人を呑み込む程の赤と黒の光線が放たれて、彼の後ろの家屋がバラバラに砕け散ったが、
「クソが! マジで効かねえのかよ!?」
トキタロウは傷一つ付かなければフラつきもしない。
「オレ達はどんだけの困難が有ろうと、絶対ェに諦めねえ。
幾らでも乗り越えて、守りてえモンの為に勝つまで負けねえのさ。
だから、テメエの負けだ! 光アミカ!」
「気取ってんじゃねえええエエ!」
焦り、激昂したアミカが背中に手を回して取り出したのは……。
「ぐああああア……!」
「オラオラオラァッ! だったらァ! 死に戻るヒマを無くしてやらあああアア!」
マシンガンを乱射して、トキタロウを血と肉と白い襤褸布の破片に化せしめてしまい、
「じゃあな! テメエと話してると変な汗止まらなくなって気持ち悪ィんだよ!」
そそくさとその場から逃げ去っていった。
「ま、待て……! おい! 逃げんじゃねえ!」
死に戻ったトキタロウも後を追って大路に戻るが、
「嘘っそだろ、マジかよ……」
アミカは既に大路の彼方まで走り去っていた。
「おいどうしたトキタロウ!?」
呆然と立ち尽くすトキタロウの許にヒョンウが駆け寄り、彼の目線の先を追う事で何が起きたかを察したが、
「……おい呆けてる場合じゃ無えだろ、アイツ大内裏に向かってんぞ! 何企んでやがる!?」
「何ぃッ!? そう謂うコトかよ!」
嫌な予感を察する力はヒョンウの方が勝っていた。
白と黒、二人の武者は赤い女武者を追って大内裏へと走りゆく。
「アミカ様を止めるつもりだ!」「通すな! 囲め!」
すかさず彼女の配下が止めに入ったが、
「邪魔だ木っ端! どけええええエ!」
「何してんの? ……手柄抜け駆けとか、ボクが許さないから」
「「「ぐわーっ!」」」
セージとアリーシャも加わり、
「お待ちなさいな! 如何なる時も! ブレインは欠かさずに!」
何処からともなくヴェーダも刀を振り回しながらやって来て、
「状況を把握した、恐らくは女王を人質に何かを起こそうとしているんだね?」
「それはマズい、何としてでも止めなければ。旭はまだ都へ足を踏み入れたばかり、女王に死んでいただくには早過ぎます」
ガニザニ更にタンジンまで加われば、七将軍を止められる者は誰もいない。
7人は全力疾走してアミカを追い、大内裏へと駆けていった……。




