第十五話【悪の転生者】8
『白菊』と名乗った謎の鬼武者。
彼との戦いで満身創痍となった転生者達が、這う這うの体で岩山の礼拝窟から降りた先。
「おい見ろよトキタロウ……こんな芸当出来るなら、初めからアイツも連れてくりゃあ良かったじゃねえかよ」
黒い鎧の男は、その美貌が台無しになっているどっと疲れた表情でぼやいた。
「違い無え、ヒョンウ。そうすりゃもうちょっとオレ達も楽出来たってモンだ」
その隣に立つ白い鎧の男は、疲れを感じさせつつも何処かスッキリした表情を浮かべていた。
2人が見ている先の景色、それは……。
岩山を囲んでいたゾンビの大群を転生者達がいない間に一匹残らず黒焦げにしていた、短めの空色の髪をして黒を基調とした七色の散りばめられた鎧を着ている女。
「迎えに来てくれたのか、真仲!」
女へ呑気にそんな事を言っているのは、同じ意匠の鎧を着ている白髪に眼鏡の青年。
「(トキヤ……! 良かった……! 良かったぁ……!)執権殿! 旭様! 御無事で何よりだ!」
声を掛けられた空色の髪の女……真仲は、凛々しい声で応えた。
「正直なところ、散々精神攻撃を受けた上に山下りまでさせられて、挙句ゾンビと戦わされていたら憤死していましたよ、ワタクシ」
「御役に立てて良かったが、それ程の相手からよくぞ執権殿を守って下さった、イタミ殿」
「おや? 四六時中トキヤに発情しているアナタにしては珍しく、他人が目に入っておられるようで」
「こんな時ぐらい素直に喜んでくださいよ、タンジン。ごめんな真仲、この人ホントに女嫌いだから……」
青い鎧に長い黒髪の男は、かなり消耗している様子だが減らず口を尚も絞り出す。
慌ててフォローに入ったトキヤだったが、真仲は全て理解している様子の苦笑いを浮かべていて、思わず彼も笑み返した。
「それはそうと、お前まさか神坐を空っぽにして来たのではあるまいな? 誰に役目を代わらせた?」
2人の間に割って入ったのは、2人の主である白銀の鎧に長い桃色の髪の女。
「ああ、それならば大事無いぞ旭様。
オオニタの天才軍師だと名乗る美しい女と、サカガミの団長と名乗る銀の髪の歳若そうな女が、後は任せろと言ってくれたんだ……ん?
でもサカガミの将軍はバレンティン殿だから……旭様、サカガミは将軍と団長は違う方がされているのか?」
真仲の返事を聞くや否や、2人の転生者が顔を真っ青にした。
「天才軍師じゃと……!? ヴェーダか! 奴め、真仲を言いくるめて何を企んでいる!? すまん旭姫! ワシは急ぎ神坐へ帰らねば! シャウカット! 出てこいシャウカット!」
「あっ、兄さん! 無事だったんだな! 真仲さんも来てくれて……」
「そのせいでワシ等は大問題が発生しているのじゃ! 真仲が来たのはヴェーダの差し金じゃった! アイツが自分から神坐の留守を担おう等と言いだすハズが無い、絶対に何かやらかそうとしておる!」
「そういう事だったのかよ兄さん!? クソッ! ごめん旭さん! 俺達一抜けします!」
「えっ……? あ……旭様、私は、何か拙い事をしたのだろうか……?」
「いや、いきなり過ぎてわしも全然分からぬが」
驚いて、首を傾げて、いまいち要領を得ていない2人は、
「真仲、その自称我々の団長とやらは『アリーシャ』と謂う名前ではなかったか?」
「あ、ああ、確かにアリーシャと名乗る銀の髪の女であった。……その御様子からするに、信用してはならない相手であったのだな、サカガミ殿」
「クソッ、アリーシャのヤツ、他の傭兵団の反団長派と結託してクーデターを起こすつもりか……! すまない女王、俺も一刻も早く帰らねばならない。これは神坐存亡の危機に繋がるかもしれない」
「何だと!?」
「だが安心して欲しい。俺が必ず、女王が帰る頃には事態を終息させておく。では、これで失礼する」
「……何だと?」
結局最後まで、驚いて、首を傾げて、いまいち要領を得ないままだった……。
陣幕を、旗を、武具を仕舞って、帰り支度をする神坐軍。
片付けられていく本陣の端でトキヤは、ぼんやりと立ち尽くして己の手を見つめていた。
……敵の転生者殺しを喰らって、気を失い。
気がつけば、旭達の目の前で復活していた。
その間の自身が記憶している事は……何も無かった。
死とはそういったものなのだろう。
眠りでも、闇への幽閉でもない。
無。
目耳が効かないだけでなく、時間を感じる事すら出来ず、
思考をする事も許されない。
「……ッ」
悪寒が強くして、思わず自分自身の身体を抱き締めた。
「えっ」
その直後。
自身の腕に、別の細く長い腕が添えられたのを感じた。
見れば、その腕は黒い袖をしていて……。
「死ぬのが怖くなったの? じゃあ、旭ちゃんと2人で神坐に引き籠ってたら?」
「何言ってんだよ、ジョンヒ。俺1人の感情なんて、神坐全体の事を思えば何の意味も価値も無いだろ」
「でもアンタが死んだら、この国ぶっ壊れると思うけど?」
「真仲の事か? 円に頼んで、シャウカットにでも呪いを引き継がせれば大丈夫だろ。アイツ結構モテるらしいし、俺なんかより……」
トキヤは横っ面に強い衝撃を受けて、地面に倒された。
「真仲ちゃんだけじゃない! 誰かに! アンタの代わりが務まるって、ホントに思ってんの……!?」
殴ってきた手に襟首を掴まれて、トキヤは目の前の激昂に歪んだ美しい女の顔から逃げられない。
「……ごめん」
「二度とそういう事言わないで」
「けど相手はもう転生者の死に戻りを封じて、普通に殺してくるんだ、俺だけじゃない、今いる誰かが死んだ後の事は……考えないとだろ」
「あっそ。じゃあ、あたしが死んだらどうすんの?」
「えっ……」
その問いをまるで想像していなかった様で、愕然とした表情を唯々見せるだけのトキヤを前にして、ジョンヒは特大の溜め息をつく。
「言い出しっぺアンタなのに、どうしてアンタの方がそんな顔してんの」
「いや……俺達は、こんなにもハイリスクな組織運営をしてたんだ、って気付いて……」
嗚咽を上げるでもなく、彼の頬を涙が伝う。
幾ら理性的な言葉で取り繕っていても、その所作が彼の答えだと言わんばかりに。
だが涙を流す本人は、果たして自身の感情に気付いているのだろうか……。
「アンタも、怖いんじゃん。あたしが死ぬのが……怖いんじゃん」
掴んだ胸倉に額を押し付けて、ジョンヒは静かに啜り泣き始めた。
「俺は、怖いのかな……怖いのか。怖いって思ってるのか。お前に言われないと、分からなかった……自分のバカさが嫌になるよ」
「アンタ1人がバカなんじゃない……皆死なないから、可笑しくなっちゃってた……そう謂う事だと思う……だからチランジーヴィさんだって、急にシャウカットに過保護になって……ガニザニさんも、作戦のキレが悪くなったのは、誰かが死ぬ事に責任を、感じたからで……」
抱き合った2人に結論は無い。
信じていた全てを失って、この先の何一つ見通しの立たなくなってしまった道を進むしかない運命を前に、互いの身体の暖かさに縋って、自分達の無力に怯える事しか出来ない。
「俺に……背負えるのかな。皆の、命は」
「そんな事させない……って、言いたいけど……ごめん……ごめんなさい……あたし、最悪だ……!」
「……自分を責めないでくれ。これは、元々俺が背負うべき因果だ。俺が旭を連れ出して、あいつの願いを叶える為に始めた事だから。……全ては神坐の為に」
ジョンヒの泣き言に、トキヤは震える声で決意を新たにした……。
が。
「ダメ……それはダメ、違う!」
深淵の底から足首を掴んでくるかの様な、冷たく真黒な決意に満ちた言葉が胸元に押しつけられた頭から返ってきた。
「これはアンタと旭ちゃんだけの物語なんかじゃない」
トキヤの決意を、彼女は頑なに否定する。
「ダメ……あたしは、アンタ達の恋愛小説の、脇役なんかに成り下がりたくない、だから……! あたしだって……あたしだって!」
ジョンヒは今一度、トキヤの胸倉を掴んだ腕を押して、彼の背を地面に押しつけ、組み敷く。
「ねえ、トキヤ……聞いて? あたしと約束して。アンタは、あたしの為に死なないで。その為ならあたし……何だってする。アンタの為に、死んでもいいから!」
何一つ整理のついていない、グチャグチャの覚悟を口から出任せに吐き出すジョンヒだったが、
「思ってもいない事を無理して言うなよ」
ぽろぽろと零れる涙を、トキヤが掬った。
「……お前に激詰めされて、ちょっと冷静になって考えたけどさ。確かに俺は死ねないし、お前を絶対に喪いたくない。
でもこの先の戦いで、絶対そうなれるワケがない。
……前に旭が俺に詰め寄った時、言ってた話覚えてるか?
『一緒に生きて、一緒に死にたい』って話。
俺は殺されない限り死なないから、旭と同じ時間を生きる事は出来ないけど……」
そう言って、トキヤは自身の胸倉を掴む彼女の手を包み込んだ。
「俺は1人で死ぬのが怖い。……情けない事を言ってるって自覚はある。でも……」
トキヤの出した答えに、ジョンヒは泣きながらも笑顔を見せた。
「ハぁ? ……バカじゃないの? 旭ちゃん、可哀想じゃん……!」




