第十五話【悪の転生者】7
爆発が起き、赤黒い煙に包まれた礼拝堂の中、
「クソッ、何が起きた!?」
「トキタロウ、敵の『転生者殺し』が暴発したんだ……!」
「一体何故じゃ……!? ガニザニよ、教えてくれ!」
「オーバーヒート……ではないだろうか、チランジーヴィ。あの兵器、我々が戦闘している間は連射している様子が見られなかった」
「だがトキタロウと俺を相手にバンバン撃ちまくっていたぞ!」
「それが為に耐えられなくなったのですよ、セージ……それにしても酷い煙です、晴れる様子が無い」
最後の1人がそう言った直後、ステンドグラスの右側……白い狩衣を着た桃色の髪の女のステンドグラスが割れて、何かが降り立った。
外の空気が今までよりも更に多く入り、煙が晴れてゆく中……、
「おい……! 何だ、ありゃあ……!?」
気を失った様子のアミカを抱きかかえる何かが、そこにいた。
その『何か』とは……。
「見えている……否、見えて、いな……ぐッ!? う、ア……!」
正体を喝破しようと凝視していたタンジンが、初めに頭を抱えて崩れ落ちた。
「タンジン!? 痛ッ……! 何、だ……!?」
「畜、生……! 頭が……!」
彼の後を追う様に、トキタロウ、ヒョンウも膝をつき、
「う……っ、ぐ……!」
「ペイジ! クソッ、一体何が起きてるんだ……!?」
『何か』を前に、転生者達は次々と立っていられない程の苦しみに苛まれだした。
「いや、待てトキヤ……ならば何故、お前だけは……!?」
唯1人、トキヤを除いて。
旭に問われたトキヤは、袖を掴む彼女を抱き寄せながら目の前の『何か』を見やる。
「煙……? 黒い、炎……? ダメだ、目が霞んでるのか……? マトモに見えない……!」
朧げに人の形をしているのは分かるが、その輪郭は曖昧で、色は黒以外何も認識出来ない。
だが……。
「何を言っている? あれは見るからに鬼だろう。頭の天辺から足の爪先まで真黒な、不気味極まりない鎧を着ているが、額の辺りから角が出ている」
「角……? あっホントだ。よく見たら角と……口元か? それはギリギリ見えるけど……」
トキヤの言葉と、アミカの持っていた『転生者殺し』の武器と……それらの状況証拠から、旭は現在の状況の原因について瞬時に思い至った。
「成程な……貴様の着ている鎧そのものが流れ者殺しと謂う訳か! だが、流石に見せるだけでは苦しめるのが精々と謂ったところの様だな……そしてトキヤは、また何らかの奇跡のお陰であまり効かぬ、と。そう謂う事か」
旭は果敢にも『何か』へと声を荒げ、そしてトキヤを横目に独り言ちた。
……『何か』の首の角度が、旭の方へと向いた。
「……ほう。この異の世の頼朝殿は、女子の姿をしておられましたか」
「よりとも……? 我が名は旭ぞ! 貴様何を言っている?」
「……否。今のは忘れよ。……やはり、魂の薫りこそ似ているが、この地に真の魂を宿すはわたしだけか。それにしても頼朝の名が旭とは……否、まさか木曾殿はあれではなくこちらの方であったのか?」
「つべこべと煩いぞ! その女の加勢に来たのであろう? 流れ者共がおらずとも此のわしがいる! 膝をつき許しを乞え。さもなくば、ここで縊り殺してやろうぞ!」
「左様に小鹿の如く震えて怯え、其処が……北条は義時殿……? 否、御台所か……? 兎に角、拙き若人の後ろに隠れしお前にわたしは殺せぬ。……例え女子になろうと臆病な癖に尊大なる性根は現世の頼朝殿と同じか。あの猛き清四郎はわたしの様な愚図をも慕う健気さを身に着けたと謂うに、お前は何処の世でも変わらぬのだな……」
アミカを後ろに置いて、徐に刀を抜いた『何か』……漆黒の武者は、同じく刀を抜いた白銀の鎧に桃色の髪の武者……光旭と、その横で同じく刀を抜いて構える黒地に七色の散りばめられた鎧を纏う青年、光トキヤと対峙した。
「見せてもらおうではないか。此の異の世の頼朝の刀捌きとやらを……!」
「うおおおオオ!」
間髪入れず、先に踏み込んだのはトキヤだったが、
「ふん」「ぐおォ……!」
漆黒の武者を縦一閃に斬り裂く直前、横真っ二つに斬れて崩れ落ちた。
「執念で立っていたのであろう、異の世の北条殿。だが其方に出しゃばられると厄介故、これで倒れて貰う」
そして、漆黒の武者はいつの間にか崩れ落ちたトキヤの前に立ち、血の滴る刀を構えていた。
(何……っ!? 太刀筋が、動きが、見えぬ……!)
目にも留まらぬ動きを前に、旭の刀を握る手が怯えて震えた。
「如何した? 現世のお前は我等の一族を滅ぼし、日の本の天下を統べたぞ? わたし如きの何を恐れる?」
刀を構えながら、漆黒の武者は悠々と足を進める……が。
「や……やめ、なさい……!」
「んん? 誰だ……? まさか伊東殿か? 何故斯様な後の世にまだ生きている……?」
不意に足首を掴む者が有り、
「やめろ!」
「おっと」
下から先程のトキヤの一振りとは次元の違う速度の斬撃が襲ったが、其れすらもゆらりと余裕すら感じさせる動きであっさり躱すと、
「それ」
「ぐぎょッ……!」
次の瞬間には斬撃の源、タンジンの頭を握り潰していた。
「今のはなかなか良い太刀筋であった。だが清次の兄上がくれたこの鎧の前には形無しだな」
「ひ、ひいいいいい……!」
タンジンの居合斬りすらも易々と避けてしまう漆黒の武者を前に、旭の手は更に強くがたがたと震えた。
「木曾殿も辱めるに留めた事といい、成程、この異の世の頼朝殿は敵をなるべく殺さず仲間に取り込んできたのか。人を信じぬ筈の頼朝殿が、一体如何なる風の吹き回しか?」
漆黒の武者が、更に歩みを進める。
「うおりゃああアアア!」
次なる挑戦者は、迷彩柄の鎧の女。
いつの間に天井へと貼り付いていたのか、上から奇襲を仕掛けたが、
「何ッ!?」
漆黒の武者はもうそこに居らず、
「あの畠山殿が不意打ちとはな。だが、遅い……! はあああああっ!」
「グアアアアア!」
次の瞬間には鎧がバラバラに砕け散る程の強力な斬撃を、ありとあらゆる方向から喰らい、
「があああアア……!」
鎧を失った女、セージは漆黒の武者が纏う鎧の力に蝕まれて倒れ、気を失った。
「異の世の頼朝殿、確かお前は遊び女と蔑まれた事が気に入らず挙兵をされたのであったな?」
「ああ……うあああああ……」
漆黒の武者は、遂に旭の目の前に立った。
だが、旭はもう戦える精神状態ではなかった。
「では、わたしが父上……否、爺様と談判する故、お前に遊び女を強いさせるはやめにしよう。
北条殿と二人、伊豆に帰るがよい。
其処で何時迄も仲睦まじく、慎ましやかに暮らせ。
左すれば我等は、是より事を荒立てぬ」
漆黒の武者は、何処か哀れみの様なものを感じさせる語り振りで屈辱極まる提案を投げ掛けてきた。
旭はその提案に、一歩、二歩、退いて……己の刀を持つ手を今一度見やった。
「異の世のお前も、政の才覚こそあれど武士の素養は牛若に……弟に遠く及ばぬのであろう?
然れば現世のお前と同じ運命を歩む必要など無い。
お前の望む武士の世は既に我等平家が二百余年、成し遂げているのだ。
故に、もうこれ以上苦しむ事の無き様、ここで改めて流罪を申し付ける。
これよりは武士を名乗らずともよい。
将の座を強いられる謂れも無い。
遠く伊豆より我等平家の終わりなき繁栄を、指を咥えて眺めておれば、それでよい。
お前は、武士を辞め゛ぇ……っ!?」
悠々と語る漆黒の武者の口を止めたのは、
「黙れ……! 黙れよ! 旭の事、何も知らねえクセに!」
「う……! お、の、れ、北条の、死に損ないが!」
初めに斬り捨てられた青年……トキヤの一突きだった。
「ああそうだ! 俺は死なねえ! 旭がこの世界の頂点に立つまで! 何度でも生き返って、何度でも戦ってやる! 旭の邪魔をするモノは、全部俺が始末してやる……!」
「待て……何故、この鎧が効かぬ。お前、唯の流れ者ではないな?」
「知るかよ……!」
「……どけ」
「えっ? あ……」
何事か分が悪いと感じた様子で漆黒の武者はトキヤを振り払うだけに留めると、そそくさと歩き始めた。
「えっ……? ま、待て!」
そして呆気にとられる旭すらも捨て置いて、腹に刺さった刀を雑に抜いてアミカを抱き上げると、
「我こそは『白菊』。カゲツ傭兵団が左団長にして、カゲツ六鬼将に名を連ねし鬼の武士也。
神坐の武士共よ、此度の戦、卑劣なるアミカを打ち破り、誠に見事であった。
然して東夷共よ、其方等は此の戦による東ヒノモトの所領安堵に満ち足りて足を止めよ。
神坐の軍が都を目指すは、我等が頭領カゲツの築きし二百余年に渡る天下泰平の世を乱す事を意味するものぞ。
世が乱れれば、夥しい血が流れ、山の如き骸が積み上がる事となる。
其は我等亜人の骸のみに非ず。人々の骸も同じか、その倍は積み上がるものと心得よ。
……お前に言うておるのだぞ、光旭とやら。
あまり欲深いと、却って全てを失う。
足るを知らぬは赤子に等しと知れ」
長々と言い捨てた後、驚異的な跳躍で以て入ってきた窓から跳び去っていった。




