第十五話【悪の転生者】1
夜の篝火が煌々と照らす神坐の都。
御所は主が不在であるにも拘らず、いつもの議場として使われている広い板間に数人の姿があった。
「それは本当なのか……!?」
黒い小袖袴の男は半ば狼狽えながらも問う。
「へえ、間違いなく。敵は流れ者、誘い込まれて屋敷ごと吹き飛ばされた御味方は壊滅、執権殿は死……」
「トキヤが何と言った!?」
怒鳴って問い質したのは、青い麻の葉紋様の直垂を着た青い髪の女。
対する伝令係は、目を見開いて冷や汗を流し切羽詰まった様子を隠しも出来ていない女を前に、それでも己の使命を捨てはしなかった。
「が、瓦礫に埋もれて、あっしが出立した時には、まだ骸すら見つかってなかったんです! 如何に何をされようと死なぬ流れ者であろうと、これでは……!」
「真仲ちゃん落ち着いて。ねえ、トキヤは屋敷の下敷きになってるだけ、なんだよね?」
次に訊き直したのは、黒い小袖袴の男の後ろに控えていた黒い直垂に長い黒髪の女。
彼女の問いに、伝令係は素直に首を縦に振った。
「へーえ……そっか」
黒髪の女は気が動転して過呼吸気味になっている青い髪の女……真仲を意味あり気に一瞥し、
「下敷きになっちゃってるだけだったら、物凄く苦しい事にはなってると思うけどまあ生きてるハズ。ね? ニャライ」
「えっ? あ……そだね、ジョンヒ。だから大丈夫だよ真仲さん、トキヤ帰ってきたら、心配させられた分好き放題甘えちゃお?」
「……そうか、ならば、良かった」
緋色の直垂を着たドレッドヘアの少女……ニャライと会話を挟みつつ彼女を落ち着かせると直ぐに伝令係へと目線を戻して、
「で、トキヤは大丈夫だとして……皆がやられちゃった方が問題かな。団長、ここに残ってる兵力ってどんなモンだっけ」
「キタノは少数精鋭で、ウチはテメエのご注進のお陰で夏前に裏方専業に組織再編しただろうが「あっ、そうだったよね……ゴメン」他も一軍を出してたハズだから、こうなると兵は有ってもまとめ役が居ねえ。一旦神坐まで引き上げるよう姫様に伝えとけ」
「然しサエグサ殿、神坐姫がそれはならぬと申しておりまして……」
「ハ? ったく、戦ド素人の姫様らしい御判断だな」
しれっと話の主題をトキヤから逸らした。
「おいどうするよトキタロウ、ヤマモトの二軍は暴れ馬、イシハラの二軍は……「私、いつでも行けるよ」ニャライ、テメエはダメだ。そんなガンギマった目ェしてるヤツをカシラに添えて行かせるワケ無えだろ。……おい、トキタロウ!」
「執権殿が生きているのだ、そう狼狽える事でもなかろう、ヒョンウ殿。ここは私の手勢を出せば良いか? 別に私がここに居れば、旭様との取り決めを破る事にはなるまい」
「……悪ィな真仲」
「その代わり、必ずや勝って執権殿を連れ帰ってくれ」
「当然だ。じゃ、早速で悪ィんだが準備を頼む」
「相分かった」
小袖袴の男……ヒョンウに言われるがまま、真仲はその場を後にした。
……彼女の気配が周囲から感じられなくなるのを暫し待った後、
「おい、どうしてあんなウソついた? 転生者は物に圧し潰されて死んだら、ソレの上に死に戻る……お前も知ってんだろ」
「だってあの子、呪いのせいでトキヤがいないとダメになっちゃうんでしょ? いきなり死んだなんて伝えたら、壊れちゃうかなって」
漸く転生者達は、真実を露わに相談をし始めた。
「そんな……真に御座いやすか、サエグサ殿」
「おうよ。だがトップシークレットだ」
「承知……」
「伝令係がこんな調子ってェ事は、アイツ等姫様にもテキトーな事言って誤魔化してんじゃねえか? こりゃオレ達全員で相談した方が良いな……トキタロウ、いい加減何か言えよ」
先程からずっと声を掛けられているのは、白い直垂の男。
伝令の報告を聞くや否やずっと俯いたまま黙していた彼は……やはりヒョンウの問い掛けに応じず、音も無く立ち上がると全員から顔を背けたまま縁側の方へと歩いていった。
「トキタロウ! 今は感傷に浸ってる場合じゃねえだろ! あっちにいるのはテメエの弟だけじゃねえ! 姫様までやられちまったら……!」
「オレはずっと、旭が死のうがどうしようが関係無えつもりだったぜ」
「カッコ付けてる場合かよ!」
「オレはトキヤが旭を助けるって決めたからアイツに頭下げてただけだ。そのトキヤが死んだなら、アイツの為に動くつもりは無い」
「今更タンジンの劣化コピーに成り下がるなんざ、見下げ果てたモンだな」
「失望したなら放っといてくれや。オレはオレに遺されたモン貫いたら、一抜けさせて貰うからよ」
それ以上答える言葉は無い、と言わんばかりに彼はずかずかと目の前の中庭を裸足のまま進みながら、
「じゃ、後はお前等に任せたぜ」
自身の拠点、キタノ傭兵団の屋敷の方へと帰っていった。
……置いていかれたヒョンウは、唯々その後ろ姿を目で追う事しか出来なかった。
彼の呆然とした背中を一瞥しながらも……ジョンヒは軽い溜め息1つで自身の心に一旦整理をつけて、
「それじゃ、ここは旭ちゃんの血縁を神輿に担ぎますか。ニャライ、あたしは円ちゃん呼んでくるから、アンタはヤマモトの二軍に声掛けてきて」
「えぇ……ホントに言ってる? セージさん話通じないからムリなんだけど」
「他にマトモな戦力あんの? アンタの自意識過剰はナシね」
「ごめんなさい……」
「じゃ、よろしく」
現在の状況での最良の一手を進め始めた。
それから数日後。
神坐の残存戦力のうち、円……というのは表向きで、実際の所としてはジョンヒの呼び掛けに呼応したのは、殆ど転生者の傭兵団と真仲の配下だけだった。
他は『神坐の防衛こそが肝要である』と謂う建前を崩さず、元々の指示が旭からのものであると聞かされても意見を曲げなかった。
「ま、こうなる事も視野に入れてたけど……旭ちゃんはまだまだ人望無いね。西側あたし等が抑えてるってのにどこから敵が来るんだか」
「北から……北ヒノモト御藤家を警戒してるんじゃない? 正義さんを送ってくれた割に小隊規模の部下しか与えてなかったから」
「アレどう考えても厄介払いだよね。出てくる話がお孫さんとの不仲エピばっかだし」
「やめていただけませぬか、あれでも私達の血縁の中で唯一人の男性なのです。姉上に何かあれば、神坐の国を担うのは兄上なのですよ?」
「ふーん、『あれでも』ね?」
「……っ! そう謂う所ですよ」
そんな会話を交わしながら馬を進める3人の前に、
「よう来た、円」
白い狩衣に銀の鎧を纏った桃色の髪の女が姿を見せた。
「姉上……」
「感傷に浸っておる場合ではない故、お前の言いたい事は後で聞く。
先ずは、ジョンヒ。其方が取り纏めてくれたのであろう?
お前からトキヤを奪っておきながら斯様な為体となったわしを恨まず神坐の為に尽くしてくれた事、真に有難い。
次にニャライ、聡明なる其方は神坐を守るか此処へ来るか悩んだ事であろう。
然し敢えてわしの呼び掛けに応じなかった者にすら奉公の建前を授ける妙案を成したるは、天晴れであるぞ」
旭の感情を押し殺して紡がれた言葉を受け止めながら、2人は馬を降りて彼女の前に立った。
「お出迎えは嬉しいんだけど、何でこんな森の中に……」
ジョンヒは疑問を言葉にしかけたが、よくよく周りを見て陣幕や旗だったのであろう物が散乱している事に気付いた。
「ごめん何でもない。他の将軍達はまだ生きてる?」
「皆サカガミに加わってどうにか戦を続けているが、この数日は目も当てられぬ有様であった」
「そっか……じゃあ、皆が戻って来るまで、あたし等ここで本陣構え直しとくね。おーい! ここに本陣構えて! いい?」
余計な事は何一つとして訊かなかったジョンヒの優しさに、旭は目頭が熱くなり……。
「もう……こんな時ぐらい、あたしを頼ってよ」
咄嗟に2人に背を向けてしまった。




