第十四話【光る下衆】8
「ギャハハハハハ! まさか! こうも! あっさり! 引っ掛かってくれるとはなァ!」
爆煙を掻き分けて、下品な笑い声を上げながら現れたのは……。
赤い直垂、
赤い大鎧、
金の髪。
肩に抜き身の刀を担ぎ、心底楽しそうな笑顔を浮かべて、女は爆発で吹き飛び、倒れた6人を見下す。
「あ、義兄、上……! 一体、何が……!?」
「正義! クソッ、俺達は大丈夫だけど……! 良子さん! 義巴! 無事か!?」
「あっしは大事無え!」
「私は、ちょっと、拙い……」
トキヤは咄嗟の判断で、現在の状況での最善の選択を考える。
「シャウカット! 義巴を連れて一旦戻れ! 良子さんは正義をお願い出来ますか!?」
「嫌だ! 俺は今度こそ逃げねえ!」
「黙れ! これは執権命令だ! 行ってくれ!」
有無を言わさない剣幕で怒鳴るトキヤを前にして、シャウカットは……、
「トキヤがお前に死んで欲しくないってよ、だからしゃーなしだ!」「ごめんねトキヤ、でも、ありがとう……」
唯々折れて、着ている服の片側半分が焼けた様子の義巴を抱き上げて脱兎の如く逃げ去る事を選ばされた。
「正義殿、行きやすよ! しっかり!」「義兄上……申し、訳……」
次に良子と全身火傷と出血で見るも無残な有様となっている正義もその後を追う様に戦線から離脱した。
「見逃すんだな……意外と優しいというか、何というか」
ペイジの呆けた問いに、
「一回斬れば死ぬヤツなんて、相手してる時間がムダそのものだろ」
金髪の女は当たり前の様に答えると、次はトキヤの方へと目を向けた。
「その派手な鎧……テメエが神坐の執権殿だな? どういう訳だか知らねえが、転生者なのに呪いが使えるってウワサは都まで広まってるぜ。行く先々でその呪い……色病みの呪いの力使って、敵対した女って女を食い散らかして回ってるらしいな」
「別に殺したって良いと俺は思ってるんですよ。でも、旭が女は殺さず辱めたいみたいで」
「おお怖ェなあ! オレ様も斃されたらテメエの女にされちまうのか?」
売り言葉に買い言葉、トキヤを相手に赤い鎧の女は舌戦を楽しもうとしたが、
「えっ? ……あ、良いんですか? じゃあ俺が勝ったらあなたも愛人にしますね?」
「ブフォッ!? ガハハハハ! マジかよ! オレ様なんかを抱いてくれんのかよ!」
アミカはトキヤと謂う男の何も知らなかったが故に、予想外の答えを前にして思わず爆笑してしまった。
「笑っていられるのも今の内ですよ。俺は本気です。本気で、あなたを、堕とします。
骨の髄まで徹底的に犯して、逃げられない快楽を刻みつけて、あなたの人格が変わるまで愛を注ぎ続けて……。
ちょっと前までこの場所を統治してた女の様に、いつまでも俺と好き合える心と身体に書き換えます。
その時そうして俺を笑えるか、見物ですね?」
「そりゃあ……ちょっとそうなりたい気はするな。こんなオレ様が今更でも、他人を愛せる様になれるんなら……ハハッ、泣ける話だ。
でもよ、オレ様にその呪いは効かねえんだわ。
だからお前のファッジみてえに甘いご提案はここでお終いだ。
下から登ってきてる奴等が此処へ着く前に! ぶっ殺しきってやるよォ!」
少し寂しげな調子を塗り潰す様に、楽しげな声を張り上げて刀を地面に振り下ろし、叩きつけた女。
彼女に抗うべく刀を抜いて構えるトキヤだったが、その隣に立つペイジが向けたのは……。
「おい、ペイジやめろ! 相手はこの世界の人間だぞ!?」
慌ててトキヤが諫めるも、
「ほお? テメエはソイツでオレ様と戦うつもりか。面白え女だな!」
アミカはペイジの持っているモノが武器であると理解している様子だ。
「無闇矢鱈に強いだとか、転生者を殺せる呪具とやらが拳銃の形をしているだとか、そう謂う話を聞いた時から疑問に思っていた。
……お前がさっき起爆したヤツ、プラスチック爆弾だろ? しかも随分慣れた使い方だった。
これまでカゲツ傭兵団は何処の戦場でも、この世界の文明レベルに適した爆発兵器すら使った記録が取れていないにも拘らずだ。
トキヤ、コイツはこの世界の人間じゃない。
何らかの理由で東ヒノモトに現れなかったから我々が詳細を把握出来ずにいたのを良い事に、自分の素性を隠してこの世界を滅茶苦茶に荒らし回っていた、最低最悪の転生者だ」
ペイジは敵の正体を看破していたからこそ、拳銃を向けていた。
「流石にボムはやり過ぎたか……ま、でもテメエ等と本気で戦り合うのにいつまでもしらばっくれてる方がつまんねえだろ。なァ!」
先に始めたのは女の方だ。
ノーモーションで地に降ろしていた刀を逆手に持ち替えて刃をペイジに向けながら踏み込み、彼女の左から斬り裂こうと下から振り上げたが、
「くッ!」「おお! 良い反応速度だ!」
ペイジは拳銃の側面で受け流した。
そのままペイジは腕を振り上げきって右下がガラ空きの女の脇を潜る様に滑り込むと、
「喰らえ!」
後ろに回り込み、ガラ空きの背に狙いを定めて引き金を引く。
だが。
「そんなモン! ……喰らうか、バァカ!」
「何、だと……!?」
あろう事か、女は振り子染みて後ろに振り返しきった刀で、銃弾を見もせず軽々と弾いてしまった。
「まさかガン・カタをリアルにやるヤツと戦えるとはな。最ッ高の異世界ライフだぜ!」
ペイジの方へと振り向いた女は『血沸き肉躍る』と謂う言葉が透けて見える嬉しそうな満面の笑みを浮かべて、
「オレ様の名は光アミカ! いつかこの世界の王になる、最強の人間だ!」
女は……光アミカは漸く自身の名を示し、もう一度順手に持ち直した刀の切っ先をペイジへと向けた。
「おい赤毛、テメエとは円のケツを追い回してた時以来だなァ? 安心しな、オレ様は強い女が大好きだ。だから」
手に持つ刀の背を舐めながらペイジを睨みつけ、アミカは目を細めて嗤う。
「徹底的に殺し倒して、テメエの心も、身体も! 骨の髄まで美味しく喰らってやるよ……!」
「俺を忘れるな!」
そんな余裕綽々のアミカの後ろから、次はトキヤが斬り掛かる。
「今はテメエじゃねえ!」
だがアミカは「がひゅっ!?」トキヤの腹に雑な蹴りをぶち込むだけで彼を適当に払い退けてしまう。
「トキヤ!」
「余所見してんじゃねえ! オレ様を見ろ!」
「黙れ! どけ! 失せろ!」
「ギャハハハハハ! 手元が焦ってフラついてんぜ!」
距離を置いて銃撃を喰らわせても、アミカはその全てを刀で防ぐ異常な反射神経の高さを見せつける。
「もっとマジになって殺しに来いよ……! さっきのキレはどうしたァ!?」
再び刀を、今度も下段からペイジを真っ二つにするべく一閃を繰り出す。
ペイジは「やらせん!」その太刀筋へ十字に組んだ両手の拳銃の腹を押し付けて、
「何ッ!?」
アミカの斬撃の力を利用し跳び上がると、
「両脇が、ガラ空きなんだよ!」
アミカの反対側、トキヤの許へと跳びながら、彼女が刀を振るよりも速く、防ぎきれない量の銃弾を浴びせまくった。
が。
「ヒャハハッ! 危ねえ!」
「嘘だろ!?」
アミカはペイジが銃を撃った事を認識した上で、驚異的な瞬発力でその場からペイジのいない方へと跳躍し、全ての弾丸を回避して見せた。
「トキヤ!」
「良いのか悪いのか、内臓がやられたから死に戻ったみたいだ」
トキヤに駆け寄り、死に戻りが発動した事で寧ろ精神的負担が減った事に安心したペイジは、アミカと向き合う。
先程の挟み撃ちの状況から再び2人で相対する形に戻るも、アミカはそれを不利とも思っていない素振りを見せたが……。
(赤毛のヤツ、オレ様の戦り方のクセをこんな一瞬で見抜き始めてやがんのか……!? こりゃ長引くとマズいな。そろそろ『石蒜散らし』も冷却が済んだろ)
少しずつ、着実に追い詰められている事をペイジが自覚するよりも先に察していた。
既に下のフロアまで大勢の人間の気配が押し寄せてきている事も感じられて、これ以上遊んでいると一気に盤面がひっくり返される事を察した彼女は、
「おい仲良しゴッコはその辺にしてくれよ! もっとオレ様と遊ぼうぜ!?」
先ずは平静を装って刀を構え直す。
対するペイジはアミカの常軌を逸した戦闘能力をひしひしと感じ、敵を打ち崩す手段もまるで見えてこない。
……半ばヤケクソ気味に敵を斃す事ではなく『一矢報いる』事を目的と見定めつつ、トキヤと小声で話し合い始める。
「トキヤ……良子が言っていた通りだ。あの女、転生者と謂う事を抜きにしても常軌を逸して強い」
「旭達がここに来るまで、上手いこと時間稼ぎをして数で押しきろう」
「いや……今、旭がどこまで来ているのかも分からないのに危険な賭けは出来ない」
「そうなると、悔しいのは分かるけど一旦撤退だな」
「それは出来ない。私はヤマモト傭兵団の副団長だ。ジョージの為にも、他の団員達の為にも、尻尾を巻いて逃げる無様を決して晒すつもりは無い……だからせめて」
話し合っているペイジ達をぼんやり見ている様子のアミカが、耐えかねて大あくびをしたのを、
「この一発だけでもぶち込んでやる!」
ペイジは見逃さず、アミカの真正面に飛び掛かりながら引き金を引いた。
相手の動きが遅い一瞬の隙を突き、更に自身の移動による速度を上乗せした銃弾は、
「が、は……っ!」
アミカに命中した。
「やった! チャンスだ!」
ペイジは、そのまま倒れたアミカにすかさず圧し掛かり、
「この! 死ね! 死ね! 何度でも! 死ねえええエエ!」
その顔面に何発も銃弾を浴びせる。
一発を喰らう度にアミカは死に戻り、腕脚を激しく痙攣させながらヘッドショットの激痛に甘んじ続ける。
普通の転生者であれば、みるみる内に精神が削れて廃人になるであろうペイジの猛攻を前に、トキヤは唯々慄き……?
否。
アミカの左腕が、腰の辺りにゆっくりと伸びていた。
その先にあるものは小刀と、拳銃のホルダーにしか見えない装飾具だ。
「ペイジ逃げろ!」
アミカが何を企んでいるのか察したトキヤは無我夢中でペイジの許へと突っ走った。
そして、
「な……ッ!?」
突然、彼の視界一杯に赤と黒の光が輝き、そのまま意識を失った。




