第十四話【光る下衆】4
チランジーヴィの膝の上で気絶したシャウカットを旭達が見守り始め、暫しの沈黙があった後。
「……ッ! 兄さん! 痛゛でっ……!」
「あ痛゛っ……! し、シャウカットよ! 目が覚めたか!」
服の血と汚れが消えて無くなった瞬間に飛び起きたシャウカットは、元気にチランジーヴィへと頭突きをぶちかました。
「兄さん……皆もいるんだな……」
「案ずるでないぞシャウカット、既にバレンティンに言いつけて兵を出す手筈は……」
「ま、待ってくれ旭さん、一旦待って!」
只ならぬ様子のシャウカットは、全身が竦み上がって震えていた。
「まずは俺の話を聞いて……それから、ペイジをここに、直ぐに呼んで欲しい」
「……っ! 相分かった。トキヤ、頼まれてくれるか」
旭に問われたトキヤは何も言わずに頷いてその場を去った。
「ペイジを……と謂う事は、やはりジョージはもう……良子、バレンティンをここへ連れ戻しなさい。さっきの今なのでまだ御所を出てはいないと思います」「へえ」
シャウカットの断片的な言動から、タンジンは既に何が起きたのかを察していた。
「教えてくれ、シャウカット。敵は何処の誰だ?」
「多分カゲツ傭兵団だ、トキタロウ」
「はて、多分とは?」
「奇襲を仕掛けてきたんだよ、タンジン。あのリゾート山沿いに建ててたから、多分その山を登ってきて、上から来たんだ。ロクに名乗りもしないで、いきなり……」
「妙な話だ……カゲツ傭兵団の大将はほぼ全員都育ちの鬼か各種族の王族だから、礼儀作法に欠けた戦術は自分の名誉を傷つけると考えて嫌がっていた……敵将は見たかい?」
「見た、見たけど……変な奴でさ、ガニザニさん。赤い鎧……っていうか下に着てる直垂含めて全部真っ赤なコーデした金髪の女だった。……そうだ、多分アイツ人間だ、一度会った記憶がある。確かその時は真っ赤な水干を着てて、正義が『花童』って言ってたような……」
「元花童の人間だァ……? まさかアミカじゃねえだろうな」
ヒョンウが苦虫を嚙み潰した様な表情でそう口走ったのを、
「そのアミカと謂うのは誰だ? ヒョンウ、知っているのか?」
旭は聞き逃さなかった。
「……かなり厄介な奴を敵に回したかもしれねえぜ、姫様。
光アミカ……元々は光本家、つまるところ姫様の先祖がいた御実家の養子だった女だ。
何時の頃からか現れて、何処へ行っても素行を悪くしてて有名なヤツだった。
ま、そこまでだったら単なる可愛いクソガキで済んでたんだがな……。
ある日、光本家を出奔した。
そしてあれよあれよって間に、都を襲う盗賊団を結成してその頭になりやがった。
都の警備をしてたカゲツ傭兵団も相当手を焼いたみてえで、最終的にはかなりの金と待遇を条件にカゲツ傭兵団のスパイ部隊、花童に引き抜く事で組織を瓦解させて鎮圧するのがやっとだったらしいが……。
遂にはカゲツ傭兵団の将軍様か。ま、そういうヤツだから、今までの奴等みてえなお行儀の良い戦いは絶対ェにして来ねえ。
現に、普通は死なねえハズな転生者のジョージがやられちまったみてえだからな」
ヒョンウの話を聞いて、旭は険しい顔をしながら全員を見回していると、
「アミカの話ですかい? ありゃあ物の怪が如しの女でさあ」
バレンティンを連れて、良子が珍しく自分から話し掛けてきた。
「あっしも何十年と間者をやってきて、この前戦り合った高巴だか何だかいった餓鬼なんかは寄る年波さえ無けりゃあ勝てた相手だったがね……。
タンジンの大番役に付き合って行った時に、野盗だった頃のアミカと斬り合った事があったんだが、ありゃ無理だ。
並の人間の腕前じゃねえ。
確かに身のこなしは亜人共のそれには遠く及ばねえ人の其れだが、まるでこっちの手の内が全て読めているかの様に矢も槍も太刀も避けて防ぐんだ。
おまけに退き際もよく分かった女で、あっし等がもう少しで取り囲んでしまえるってなった瞬間、直ぐに見抜いて手下を捨て駒にして帰っていきやがった。
ありゃあ間者をやる為に生まれてきたような手合いだとあっしは思うんだが、あれ自身はどうにも己の器ってものを分かっちゃいねえ。だから目立って派手な事をしたがるんだろうねえ」
誰も勝つ算段を口にしない事から、旭は何事か考え始め、目を瞑り俯き、床に指を這わせ始める……そこへ、
「ジョージがやられたってどういう事だ!?」
「おい、落ち着けペイジ……!」
トキヤに連れられて怒鳴りながら現れたのは、迷彩柄の直垂を着たポニーテールの赤毛に眼鏡の女。
「そうだ、その話をしないと! 聞いてくれよ、そのアミカ? ってヤツ、妙な武器を持ってたんだ。見た目はちょっとした拳銃みたいだったけど、急に花みたいに開いて、ド派手なレーザーを撃ってきやがった。俺を狙って撃ったんだろうけど、ジョージさんが俺を突き飛ばして、庇って……それで、撃たれたジョージさん、うんともすんとも言わずに倒れちまって……動かなくなっちまって……」
話を最後まで聞き終わったペイジは、
「お前……! それでジョージを捨て置いてきたのか!? お前だけここまでノコノコ帰ってきたっていうのか!?」
シャウカットの襟首を掴んで、何度も何度もぐらぐらと揺らしながら怒鳴りつけた。
……シャウカットは、何も答えられなかった。
「どうしてそんな判断をしたんだ!? お前の指揮官じゃないからか!? 逆の立場で考えられないのか!? 私がチランジーヴィを見捨てたら! お前は!」
「やめよペイジ!」
錯乱していた彼女に旭はぴしゃりと言い渡すと、
「あ……う……」
シャウカットを引き離してペイジを抱き締めた。
「お前が不安な事、わしは分かっているぞ……独りは辛い。頼れる者を失う事は、耐え難い……」
「う……旭、あさひ……!」
「なればこそよペイジ!」
強く抱き締めながら、旭は続ける。
「先ずはわし等皆が一丸となって、ジョージの仇を討つのだ。弔い合戦ぞ、ペイジ!」
旭の激励に、ペイジの目は今、覚悟を湛えた。
「Yes Ma'am!」




