第二話【誰が為に狼煙は上がる】4
「ペイジ……? おい、トキヤに何を」
「すまないトキヤ。今お前を失う訳にはいかないんだ」
言うや否や、赤毛の女はトキヤの頭を斬り落とした。
「成程……でも、これでもトキヤの正気は戻らないんじゃ……」
「さあな。だがあのままよりは少しはマシな気分になるだろ」
二人が見守る中、トキヤにも死に戻りが発動する。
身体だけでなく、衣服まで元に戻り……彼は静かに目を開けた。
「トキヤ、グッドニュースだ。ヤマモト傭兵団はキタノ傭兵団の挙兵に加勢しない……だが、我が傭兵団所属の兵士の中には光旭を奉ずる者や、個人的にキタノ傭兵団と懇意にしている者、そして……トキヤ、お前に個人的な友情を見出して協力したいと考えている者もいる。よってジョージ団長は寛大な判断を下した。先ずは私が、ペイジ・ヤマモトが彼等を代表して君に挨拶をしよう。どうぞ、よろしく」
ペイジ・ヤマモト
ヤマモト傭兵団の副団長。公正さを重んじているが理屈っぽいところがある。ガラの悪い団長に率いられるヤマモト傭兵団が周囲の傭兵団から広い信頼を得ているのは彼女の働きによるところが大きい。
よろめきながら立ち上がろうとするも、脚の力が抜けて倒れそうになったトキヤの腰をシャウカットが抱いた。
トキヤはそして、シャウカットとペイジにそれぞれ目を向けると、
「大丈夫だ……いや、大丈夫ではない、けど、お前に出来る事は無いから、変に気遣いしないでくれ」
そう早口でシャウカットを宥め、わざとらしく大声で、
「畜生、あのダークエルフ野郎! 転生者に呪いは効かねえって言ってんのに聞く耳持たずにやりたい放題しやがって……! 何が快楽漬けだ、ケツにひたすらぶっこまれ続けるだけで男娼になりたくなる訳ねえだろ!」
と悪態をついた。
「よ、良かった……いつものトキヤに戻った! 良かったぁ……」
嬉し涙を流すシャウカットに調子が外れて、トキヤはそれ以上減らず口を叩けなかった。
そして、嫌な記憶を振り切るようにペイジの方へ身体を向けた。
「ペイジ、お前がいればもう何も怖くないよ、ありがとう」
「そう過信されても私は200%の能力を発揮する事は出来ない。上手く使いこなせるか否かは、お前と旭と……あとはトキタロウの腕次第だ」
表情一つ変えず、涼しい顔でトキヤに応えるペイジだったが、更に底意地の悪い言い方をしてくる彼女の上司……ヤマモト傭兵団団長のジョージと比べれば、トキヤにとっては随分話しやすい相手だ。
「望むところだ、俺とアニキでお前を使い倒してやるよ」
「そうと決まれば!」
シャウカットがトキヤの返事をもって満を持して、キタノ傭兵団の屋敷の方角を指差して示した。
「早速今晩から、みんなで作戦会議しようぜ!」
翌日。
夜を通して行われた顔合わせと簡単な作戦会議が終わると、再び日が暮れた後にはイタミ傭兵団の屋敷を襲撃するべくシャウカットとペイジは準備の為にさっさと帰っていった。
残ったトキヤ、トキタロウ、ジョンヒ、ヒョンウ、ニャライ、そして旭は、最初の標的……目代である刈茅の屋敷を襲撃する準備を始めていた。
「それにしても、イタミ傭兵団が刺客も何も寄越してこないのは如何なる理由なのだろうな」
ふと疑問を口にした旭に、ヒョンウが得意げな微笑みを向ける。
「オレ達は殺し屋とスパイ屋でメシ食ってるからな、攪乱も情報戦もオレ達の得意分野だからこの通り、お手のものなのさ」
「とはいってもいつまでも口先だけで騙せる相手でもなかろう。手筈通り今夜には必ず決行しようぞ。なあ、トキヤ」
旭がそう言って顔を向けた先には……誰もいなかった。
首を傾げる彼女は、更に周りを見回してジョンヒもいない事に気付く。
「……トキヤ?」
露骨に不機嫌な表情を浮かべて旭はすっと立ち上がると「おい、ちょっと待て旭!」「姫様、厠はそっちじゃねえぞ待て!」止める二人を振り切って、そのまま廊下を二回ほど曲がった先の部屋の襖を蹴破った。
「……何を、している?」
「そっちこそ、どういうつもりなの?」
服をはだけた二人を前にした旭だったが、それでも彼女は物怖じしない。
「え、ちょっ」「どけ」ジョンヒをどかしてトキヤの襟首を掴み上げた旭は問う。
「昨日帰ってきた時から様子が可笑しいと思っておったのだが……何かあったな?」
「……旭さんに言っても、困るだけだと思ったんですよ」
「これでも遊女になる為とはいえ色々と教わってはきたからな。聡い私に隠し通せるとは思わぬ事だ」
旭はトキタロウとヒョンウを睨みつけてその場から退かせると、今度はジョンヒへ目を向けた。
「貴様……人のものを臆面なく、隙を突いて奪おうとは……いい度胸だな?」
「いや、トキヤは別に旭ちゃんのモノじゃないし……っていうか旭ちゃんがヤる訳にもいかないでしょ? だって……」
歯ぎしりをしながら拳を握り締める旭を前にしても、ジョンヒは全く動じない。
「もう、やめてください、旭さん……俺が悪かったから」
「アンタは口出ししないで。一人じゃどうにも出来ないんだから」
「お前の提案を受け入れた俺が悪かった。これは本来、俺一人で解決すべき問題で……」
俯いて言葉を紡ぐトキヤの口を、下から覗き込むように旭の口が覆う。
「えっ……? ダメ、何やってんの旭ちゃん!」
ジョンヒに引き剥がされた旭だったが、特に精神の変調は無い様子だった。
「案ずるな。口付け程度では病まぬようだから、まぐわりさえしなければよいのだと思う」
口元を拭って、ジョンヒにニタニタと嫌な笑みを見せながら旭は続ける。
「さて、貴様がわしら一族の因果の話をトキヤから吐かせたのか、或いは何処からか嗅ぎつけて来たのかはこの際どうでもよい。わしは己の刀の手入れは誰かに頼まず自分でやりたいのだ」
旭はそれっきり、ジョンヒに顔を向けることなくトキヤを押し倒して首元に口付けをすると「やったのはどこのどいつだ」「男か、女か」「何をされた? 隠す事は許さぬ」「全て、私が上書いてやるからな」と言い寄り始める。
「……あっそう。じゃ、あたし帰るね」
言い捨ててジョンヒは立ち上がろうとした……が。
「何?」
ニャライが彼女の肩を押さえ、立つのを止めさせた。
「旭さん!」「な、なんじゃいきなり!? ニャライにも代わってやらんからな!」「そんなつもりはカケラもありません、しかしです!」
ニャライはジョンヒの隣に座って、わざとらしい程厳めしい顔を二人に向けた。
「このまま放っておいて、旭さんがやっちゃダメな事を始めては挙兵が頓挫してしまいます! なので! ここで二人で、きっちり監視させてもらいます、いいですね!?」
その場にいるニャライ以外の全員が、とても気まずさを隠しきれない表情を浮かべていた。
「何故お前にまで話が知れ渡っておるのだ……というか、わしが左様に分別の付かぬ稚児にでも見えるのか?」「いえ、どちらかというとトキヤがやらかしそうだなって思ってるんですよ」「ああ、そっちか……どうなんだトキヤ? わしと口付けを交わし、身体をまさぐり合い、男と女の関係になる以外の事をすべてやるつもりだが、お前は耐えられなくなってわしを襲ってしまうのか? 言ってみろ」「ジョンヒたすけて……」「あたし知らなーい……」
一方その頃。
トキタロウとヒョンウは昼酒を呷りながら、トキヤ周りのいざこざが収拾するのをぼんやりと待っていた。
「なあ、ヒョンウ」
「お前の自慢の弟が4Pやってる割にはうるさくねえから不安になってんだろ?」
「あはは……ヒョンウには敵わねえな」
「それにしても、とっととお前に手籠めにさせちまう腹積もりだったが、まさか弟に先を越されちまうとはな? 色男の面目丸潰れじゃねえか」
「どの道アイツがオレ達のうち誰かを信用してくれりゃあ良かったんだ、オレの顔ぐらい幾らでも潰れて構わねえさ。何ならお前の自慢の副団長ちゃんでも良かったんだぜ?」
「アイツはダメだ」
「へえ、意外とお前も女に執着があるんだな」
「その冗談、面白くねえぜ。なに、アイツは面倒な拘りがあるそうでな。お前の弟以外には股開きたくねえらしい。オレが口説いても鼻で笑いやがった癖に、お前の弟が月夜見の王様に辱められたって聞いたらあの調子ですっ飛んで行きやがった」
「トキヤ、寝ても覚めてもオレの話しかしねえ割にそういうやる事はしっかりやってんだな。ちょっと安心したよ」
「アイツがああなのはお前がいる時だけだぜ。意外とお前がいないときは、お前にいつも言ってるような口から砂糖が出てきそうな事を方々の奴等に言って回ってっからな」
「アイツなりの欲求不満の解消法なのかもな」
「どうだか。ずっとお前が本命のままだと良いんだけどな」
「……」
「おいおい、何だよその顔は。お前ってホント分かりやすいよな」
「あ? 何がだ?」
「いや……」
ヒョンウが次の言葉に困っているところへ、旭達がトキヤを連れて戻ってきた。
「よお、真っ昼間から女三人も侍らせて良いご身分だな、キタノ弟」
「勘弁してくださいよ、サエグサの団長さん」
「団長、あんまり茶化さないでやって。ホントに可哀想な目に遭ってたみたいだから」
ジョンヒに窘められても尚もヘラヘラしているヒョンウだったが、
「ヒョンウ、ちょっと俺に喋らせてくれ」
トキタロウの一声で、つまらなそうに背筋を正す。
「トキヤ、オレが助けになってやれなくて……っておい旭」
トキヤの前に立って話し始めたつもりだったが、彼の前に立つ旭が退かない。
「案ずるなトキタロウ。わしがトキヤの心の傷は埋めてやったぞ。他の誰の手も借りてはおらぬ。このわしが、トキヤを救ったのだ」「へえ、そうかよ……トキヤ、後でオレの部屋に来ねえか? 出来れば脱ぎやすい服で……」「もうやめてくれよ! アニキまでそういうの!」「いや、だってよぉー、このままだとオレだけハブられてるみてえじゃねえかよぉー」「前にも言ったよな!? 俺と! アニキは! プラトニックラブなんだよ! 分かってくれや!」「頼むよぉー」
「まあまあ、落ち着いてトキヤ。あとトキタロウも、いつまでも下世話なトークやってると楽しいけど」
ようやくニャライが話の腰をぶち折ると、何か封書のようなものを二つ懐から取り出した。




