第8話「空の戦い」
林田が黒い煙を抜けると、彼よりさらに高い位置から銃声が鳴り響く。
「修復……間に合わ!」
彼らの銃弾の雨が降り注ぎ、林田の両翼は翼としての原型を留めない姿となる。彼がそのまま海面に落ちると、サンダー少尉の部下は冷や汗を垂らして顔を見合わせた。
「い、今のは一体……。戦闘機でも、ミサイルでもない。ましてや、人なのか機械なのかも……」
「どうでもいい、回収すればわかることだ」
サンダー少尉は片手で指示し、部下の数人を海面付近へ向かわせる。彼の部下は墜落した林田を捜索するため、海面へ銃口を立てた。彼が落ちた地点にぶくぶくと気泡が湧き、水紋が広がる。彼らは危険を察し、自動小銃を水紋の広がる中心へ放った。その瞬間、銃弾と海面から放たれた空気の弾は真横を交差する。彼らの弾丸は林田に擦り傷を負わせた。対して、空気弾が直撃した兵士は小銃を海に落とす。ゆらゆらとした軌道で飛行し、兵士は落とした銃を追うように海へ降下する動きを見せた。浮上した林田は翼を完全に再生させ、指砲を残りの兵士目掛けて発射する。彼の攻撃がもう1人に当たり、同様に気絶した。
「応援を要請した。対象を牽制し、過度に深入りするな!」
サンダー少尉の指示を受け、彼らは海上から数メートル上空へ距離を離した。彼らは弾幕を張り、林田を海上付近に留めさせる。
「逃げていたら輸送機がまた遠くに……」
林田が銃弾を回避するため飛行速度を加速させると、通った軌跡に水飛沫が跳ねた。
「林田君、2番をもう一度使えば良かろう。蜘蛛の糸を凌ぐ強度であるミノムシの糸。それを生態模倣した網状のシールド弾は、ミサイルをも防げた。奴らの豆鉄砲など、造作もない」
「しかし防いでも……あっ」
林田は車田に聞く前に、2番のボタンを押した。彼の右腕は、花の蕾のように変化する。彼は輸送機に繋がる軌道へ、蕾を数回放つ。放たれた蕾はカーテンのように空中に垂れ、林田が上昇する際の側面をガードした。彼らの攻撃が糸に直撃するも、弾は2つに割れて速度を落とす。林田に到達する前にそれらの弾は、力尽きて放物線状に落下していった。
サンダー少尉らが降下した後部ハッチは開かれたままで、林田はそこに着陸して飛行モードを解除する。戻ろうとするサンダー少尉らは、林田が後部ハッチに糸を張り巡らせたせいで足止めを食らった。
「これで奴らは、戻るのに時間が掛かるはずだ。中の兵士を制圧し、コックピットを奪え」
車田からの無線を聞き、林田は武装を切り替える。左腕のフォルムを鋏に切り替え、右腕を砲筒に変化させた。
「車田さん、輸送機を乗っ取れたらどうすれば……」
機内を移動しながら、林田はそう話しかける。
「あぁ、恐らく日本に戻ろうとすれば奴らは撃ち落としに来るだろう。だが、日本の海域内まで戻れれば俺が海岸に潜ませたドローンでそいつらを迎撃する。後はみんながこの事実を知って立ち上がるのに望みを賭け、飛行場を破壊していくぐらいだ」
車田の話を聞き、林田は立ち止まる。身を屈め、彼は口を開いた。
「えっ、てっきり俺は北米に行くものかと」
「何しに行くんだよ。北米に送られた奴らはもう……」
話し合いの途中、林田が身を潜めていた壁際に弾痕ができる。彼が顔を少し壁から出すと、相手も壁際からフルオートで撃ち始めた。林田はもう一度身を壁に寄せ、車田の指示を待つ。
「壁際に1人、接近する兵が1人だ。俺は戦闘に関してはわからん。さっきみたいに自力で頑張れ」
「そ、そんなぁ!」
林田が機内で戦闘している最中、機外ではサンダー少尉がハッチの糸に苦戦していた。彼と部下がナイフや銃弾を浴びせるも、糸は僅かに表面に傷が付くだけだ。
「少尉、奴の武装は我等の上を行っています。このままでは機内が制圧……」
サンダー少尉は口を手で覆い、張り詰めた顔をした。
「奴の顔、逃亡していたもう1人か。なんでか知らないが、厄介になった」
「少尉!」
部下の1人はサンダー少尉に何度も声をかける。気づいた彼は、目つきを変えた。
「背後から戻れないなら前からだ」
「えっ、ですが前は収容している日本人がいます」
「構わない! 事態は急を要している」
サンダー少尉がそういうと、部下はそれ以上何も言わず、前の非常口に向かう。操縦席の者は、機外の兵からそれを知らされて開錠スイッチを弾いた。カチッと扉が開かれると、中にいた日本人はシートベルトを腰に巻きつけられて眠らされていた。サンダー少尉たちは通路を進み、林田が接近している後尾に向かう。途中、彼は真田カレンの寝顔を見つめた。
「奴を倒しても失態の元は俺だ。このまま奴を倒せたところで……」
サンダー少尉は、小銃を部下に向けて構えた。彼は背中のエンジンを撃ち抜き、兵士たちを殴り倒す。真田を横抱きし、彼は非常口へ向かった。
「「止まれ!」」
非常口の扉前、サンダー少尉の前後から声が響く。操縦席側からはマキフ大尉が、後尾側からは林田が、彼へ銃口を定めていた。サンダー少尉は沈黙し、生唾を飲んだ。
「カレンを離せ!」
林田はサンダー少尉を睨みつけ、指筒を構えた状態で隙を伺っていた。
「まさか失態の上塗りを恐れ、欲を欠くとはな。少尉は優秀な男だと思っていたのだが、昨日の一件からメッキ剥がれが激しいな」
3人は膠着状態になり、互いに形勢が変わる兆しを待った。その直後、席に座らされていた日本人の1人が悲鳴を上げる。銃を構える3者のうち、2人が注意を逸らした。サンダー少尉は非常口へジャンプし、機外へ脱走する。それを見たマキフ大尉は林田に発砲して牽制をすると、非常口へ駆け寄った。
「クソッ、俺にも泥を塗りやがって。ただじゃおかな……!?」
非常口床の縁を掴み、サンダー少尉は拳銃を構えた。
「すまない、俺はもう手段を選ばない」
マキフ大尉は胸を撃ち抜かれ、その場に倒れ込んだ。サンダー少尉は非常口からよじ登り、真田をもう一度抱える。
「動くな!」
林田はサンダー少尉の真横に空気弾を飛ばし、威嚇する。彼は警告を無視し、マキフ大尉の身体を足で非常口に押し出した。
「君は優しいからな」
サンダー少尉が操縦席に向かうと、林田は選択を迫られる。しかし無意識的に彼は、空に放り出されかけたマキフ大尉の腕を掴んだ。自身も腕だけを残して機外へ身体を持ってかれていた。そこへサンダー少尉は現れ、林田に照準を当てる。
「どこを撃てば死ぬのかわからんが、追跡できなければいい」
そう口にし、サンダー少尉の拳銃は林田の腕に銃弾を撃ち込む。縁を掴む力が抜け、林田は空へと放り出される。糸を出すよりも早く、サンダー少尉は林田の身体に無数の風穴を開けた。落下していく林田は、見下ろすサンダー少尉を見て腕を伸ばす。
「……またかよ!」
海面にゆらゆらと浮く林田は、助けたマキフ大尉の安否を確認する。彼の呼吸を確かめるも、車田に死んでいると告げられた。林田は再生を終えると、飛翔してマキフ大尉の死体を眺める。
「林田君、悠長に弔っている暇はないぞ」
車田がそういったのを聞き、林田は周囲を見渡した。近くに戦艦が迫り、彼へ向けて砲撃が降り注いだ。林田はそれらを避けつつ、車田に声をかける。
「車田さん、俺は北米に行きます」
そう伝えた直後、林田のイヤホンへ僅かに爆風が当たった。回線の精度が徐々に弱くなり、彼は完全に車田の声が聞こえなくなる。
「そうか……なぁ林田君、もし生きていたなら俺の娘を……」
車田は映像が途切れたのに気づき、静かに酒を口にした。涙をひっそりと流し、太陽フレアの電磁波について書かれた資料を読んだ。
「生きていてくれ……秋」