第27話「運命の日」
2103年4月30日午前6時半。フロリダ州ケープカナベラルにあるロケット発射場のとある室内。サングラスを装着した大統領は、晴天の下にある巨大な発射施設を見つめていた。彼がサングラスの縁にあるプラスと表示されたボタンを押すと、ロケットが拡大表示される。
「大統領、車田様から通信が入っております」
近くの側近がそう耳打ちすると、大統領はホログラムを表示した。ホログラムの画面には車田透と秋が映る。
「ありがとうございます。大統領が私の話を聞いてくれなければ、今日の打ち上げは実現しませんでした」
透はスーツ姿で容姿を整えた状態だった。彼は映像が映ると、秋に部屋から出ているようジェスチャーする。彼女は「ちぇっ」と呟きながらも、彼に言われた通り部屋から去っていった。透は顔を戻し、大統領と目を合わせる。
「何をいう。こちらもデモやら君が送り込んできた兵士やらの対処で混乱していたところだ。一歩間違えれば富裕層らが私兵を動員し、戦争の火種になるところだった」
大統領はそう話ながら、電磁破吸収体の散布計画書をホログラムの画面に展開した。そこにはロケットを打ち上げ、アメリカ全土を覆う特殊な物質の散布に関する説明が詳細に記されていた。コロナが開始する数分前にそれが散布され、太陽から訪れる強大な電磁波を吸収することができるとある。
「はい。午後6時に発射予定ですよね。コロナの影響でこちらは電子機器が復旧してからでないと、結果は把握できないのですが後は頼みました」
「あぁ、頼まれなくとも抜かりはない。自国を守るのだからな」
そう言い残し、大統領は通信を閉じた。彼によって映像を遮断された車田透は、すぐさま別の相手へ連絡を取った。
車田透が連絡を取った少し前、ロザンゼルスのとおる高層マンションの一室で着信音が鳴り響いた。サンダー少尉とアンナ、そして真田カレンは同じ卓を囲んで朝を迎えていた。
「今日でここに居候させてもらうのも最後ね。打ち上げが成功したら、何か日本の名産品でも送らせてもらうわ」
真田がそういうと、アンナは「えぇ!」と声を上げる。
「お姉ちゃんもう帰っちゃうの? やだ〜」
アンナはため息混じりにそう口にする。しかし、サンダー少尉にピコンと額にデコピンをくらうと、バッテン目で黙り込んだ。
「電磁波を吸収できる範囲がこの国の領土内でしか発生しないから、2人を泊めていたんだ。本当ならすぐにでも帰国したいんだろ?」
サンダー少尉はアンナにそう説明しながら、真田にも話しかけた。
「そう……ね」
真田は言葉を詰まらせ、背後の部屋を横目で見る。彼女の反応で察したのか、サンダーは何かを思いつく。
「そうだ。俺らはこれからナイトマンの映画を見に行くんだった。君も今日の過ごし方、考えておくことだ。PTSDだろうとなんだろうと、最後かもしれないからな」
「……」
真田は朝食を終えると、先ほど目をやった部屋の前に立つ。コンコンとノックをするも、中から反応はない。彼女は構わずドアノブを捻り、中を除いた。そこには、ベッドの上に仰向けで横たわる林田の姿がある。彼はぼーっと天井を眺め続けていた。
「純、たまには外でも出たら? ていうか、今日が日本に帰国する日なのよ」
真田は腰に手を当て、林田を見下ろした。
「嫌だ。外には出たくない。歩いている人を見ると、頭から血を噴き出す映像が浮かぶんだ。その度に、この手で人を殺したことを思い出す」
林田は手のひらを天井へ向け、そう口にした。真田は部屋から出ようとするも、サンダー少尉から言われた言葉を思い出す。
「わかった。じゃあ純は目をずっと閉じて!」
真田は突然、林田の手を握る。彼は動揺し、目を見開く。しかし、真田は彼の両目をもう片方の手で塞いだ。
「見るな。いい、今日は私と純の初デートなんだからね?」
「で、デート!? そんな急に」
林田は真田に言われるがまま動かされ、マンションの外へ出た。目を閉じていた彼でも、途端に騒々しくなった音と澄んだ空気によって街中にいることは察しがついた。彼は目を閉じて歩くことが怖くなり、そっと瞼を上げる。すると、前方から通行人が向かってきていた。その瞬間、彼の頭に収容所での光景がフラッシュバックする。彼は再び目を閉じ、真田の誘導を頼りに歩き始めた。
「さて、まずはどこへ行こうかしら」
オレンジの雲と青空が混じる時刻、林田らは公園のベンチで休憩していた。林田は人通りが少ないこの場所で、ようやく落ち着いて視界を確保できた。彼の隣に座る真田は、浮かない顔で噴水を眺める。
「ごめん。俺が不甲斐ないばっかりに……」
林田がそう口にすると、真田は首を横に振る。
「ううん。私が無理矢理連れ出したのが悪いの」
2人は数秒沈黙し、空を飛ぶカラスの鳴き声だけが耳に入った。真田はすっと立ち上がり、林田に背を見せる。
「純、わかってる?」
「……え?」
「今日で最後かもしれないんだよ? ロケットの打ち上げが失敗したら、機械の身体になった私たちは死ぬ。最初で最後のデート……かもしれない」
真田は涙を落とし、噴水の方へ歩き出した。林田は彼女の後を追い、噴水の前に来た。
「ごめんカレン、俺わかってなかった」
林田はそういうと、真田を抱きかかえる。そして宙に浮くと、空を切って移動を始めた。
「え、何してんのよ! お、降ろしなさい!」
お姫様抱っこされたのは気恥ずかしいのか、真田は頬を染めながら怒り出す。しかし、林田は構わず飛行を続けた。
「最後だったとしたら、カレンには最後まで笑顔でいて欲しい」
しばらくすると、林田は崖の上へ降り立った。崖上からは、ロケットの発射場が見下ろせる。
「ここで見届けよう。俺らの運命を」
そう林田は言いながら、時刻を確認した。すっかり辺りは暗くなり、既に秒読みが開始されるタイミングだった。
「カレン、俺はまた君に助けられた。今日を越えられたら、ちゃんとこの病気も克服して……!?」
林田が言いかけると、真田は彼の唇を奪った。柔らかな唇の感触と、真田の紅髪から発せられる甘い香り。それらが彼の思考を止めた。思考が戻りかけても、追い打ちするように真田は更に唇を重ねた。次第に林田も、彼女のことを抱きしめる。呼吸が苦しくなり、ようやく2人はキスを終えた。
「純、助ける助けないなんて考えないで。これからは、お互いにダメなところを補えばいいの。それが付き合ってる……てことでしょ?」
真田は頬を染めながらも、目を反らさず近距離で林田にそう口にした。林田は瞳を震わせながらも、「うん」と首を縦に振る。その反応を見て、彼女は薄っすらと微笑んだ。
「……そろそろね」
二人は手を握り合い、発射場を眺める。ロケットの噴出口から煙が広がり、発射直前の動きを見せた。そして凄まじい音と共に天高く打ち上げられたロケットは、瞬く間に小指ほどのサイズになるほど遠くに行った。分針が12時に重なった瞬間、キラキラと眩いオーロラのようなものが成層圏を覆う。電磁波を吸収する物質が、北米大陸全土を覆いつくしたのだ。
「綺麗ね」
「……うん」
二人がそう言葉を交わしたのは、19時10分……太陽フレアの影響が、地球に直撃した数分後のことだった。




